神様は身バレに気づかない!

みわ

文字の大きさ
25 / 34
第二章

3-2

しおりを挟む


 暫くすると重厚な足音が近づいてきた。
 振り向けば、王とクローヴィスが並んで歩いてくるところだった。
 王はいつもと変わらぬ威厳を漂わせていたが、隣を歩くクローヴィスは、どこか顔色が悪い。

 テーブルの傍らまでやって来たクローヴィスが、無言のまま椅子に腰を下ろす。
 レンツィオとシオンは思わず視線を交わした。

「……どうやら、話が済んだようですね」

 レンツィオの声に王が頷き、椅子を引く。

「うむ。先程、捕えた闇魔法の使い手に尋問を行った。……結果は、芳しいものではなかったがな」

 王の口調には静かな怒気が滲んでいた。

 闇魔法の使い手――。
 先の襲撃で捕えられた、黒き瘴気を纏う男。
 あれから王城に送られ、すぐに尋問が行われたという。
 その結果、奴が「フォルシェンド公爵家を標的にした計画的な襲撃の一員」であることが明らかになったのだ。

 シオンはふと目を瞬かせた。

(……あれが、“襲撃”……?)

 彼にとって、あの出来事は“鬼ごっこ”だった。
 黒い影はただの鬼で、走るのも跳ぶのも、ただの遊び。

 だが人は、それを“襲撃”と呼ぶ。
 命を狙われる出来事として、重く、恐ろしく語る。

 ――人の世の常識とは、かくも違うものなのか。

 その落差に、淡く胸の奥がざわついた。

 クローヴィスはシオンの頭を撫でた。

「……首謀者の名は?」

 レンツィオの問いに、王はわずかに目を伏せる。

「聞き出す前に……奴は自ら舌を噛み切って死んだ。死の魔法の痕跡は無かった。魔法封じの手錠をかけておったからな。おそらく事前に仕込まれた“逃げ道”だろう。名前すら分からぬまま……」

 その言葉が放たれた瞬間、シオンの手がピクリと止まった。
 紅茶の入ったカップを持ったまま、ほんの一拍、動きを止める。

(……死、んだ……?)

 この世界に降り立ってから、初めて直面した「人の死」。
 それも、自らの関わった一件の果てに起きた死。
 たとえ直接手にかけたわけではないとしても、そこに生じる“結果”は避けがたく、彼の胸に影を落とした。

 その気配に、クローヴィスとレンツィオは小さく眉をひそめた。
 だが、シオンはすぐに表情を持ち直し、そっと目を伏せて紅茶を口に運ぶ。

 ……表面上は、何も変わらぬように見えたかもしれない。
 けれど、確かにその瞳の奥に揺れたものがあった。

 暫くしてクローヴィスがその口を開く。

「――陛下は、シオンを王城に住まわせてはどうかと提案してくださったが…。」

 そう言うと、クローヴィスは自分のこめかみを押さえながら、苦しげに目を閉じた。
 それは、王城での生活を想像しただけで頭痛を誘うかのような仕草だった。

 王は続ける。

「王城ならば警備は万全だ。すでにレンツィオの婚約者として名を連ねているのだ。いずれは住むことになる場所だろう?」

 理屈はごもっともだった。
 しかし――クローヴィスは、即座にその申し出を断ったという。

 なにしろ、今のシオンを王城に住まわせるというのは……無理があった。
 人前でお菓子をつまみ食いし、馬車を空に浮かせようとし、庭を一瞬で改造し、人形が歩き出し……。
 その自由奔放な行いは、公爵家の使用人達ですら未だに対応に四苦八苦している。
 この王城の格式と緊張感の中で、どんなことをやらかすかなど、想像するのも恐ろしい。

 クローヴィスは頭を抱えながらも、最善を尽くしたのだ。
 そして――苦肉の策として提案したのが、王都にあるフォルシェンド公爵家の屋敷への移住だった。

 王城から馬車で二〇分。
 遠すぎず近すぎず、必要とあらばすぐに駆けつけられる距離だ。
 当然、王都の中心に近いため、人目は多く、好奇の視線も避けられない。
 それでも、安全を優先するなら、これしかなかった。

 青白い顔をしたクローヴィスは、再びシオンの方を見やる。
 どうか、どうか……と願うような、熱のこもった視線を送った。
 ――どうか大人しくしてくれ。目立たず、騒がず、日々を穏やかに……!

「……?」

 その視線に、シオンは首をかしげて、どこか体調の優れない様子のクローヴィスに、すっと一枚の札を差し出した。
見たことのある札、癒しの御札だった。

 違う、そうじゃない。
 クローヴィスは無言で御札を受け取り、素早く懐へと仕舞い込んだが、その一連のやり取りを――王と王子は、しっかり見ていた。

 「今の紙って、前にシオンが使っていたもの?」
 レンツィオが問いかける。

 「種類は、違いますが、似たようなもの…ですね」

 そう答えながら、シオンは一枚の札を机に置く。何もない空間から突如現れた紙には、見慣れぬ筆致で文字が記されている。

 「な……なんだこれは」
 王が声を低くして言う。

 「結界札です」
 あくまで当然のように答えるシオン。

 「結界….ふだ……?」

 聞き慣れぬ言葉に顔を見合わせる王と王子。そのとき、レンツィオが思い出した。

 ――あの時のことを。
 初めて出会った日、暴走した自らの火魔法が、四角く囲まれた透明な壁に封じ込められたことを。あれは防御障壁ではなかった。魔法では説明できない、まるで異質な“力”だった。

 「その紙…ふだ?、で……あの時、私の魔法を封じたのか」

 呟くようにそう言ったレンツィオの言葉に、王は息を呑み、クローヴィスは机に突っ伏した。王族の前で、不敬などと考える余裕もなかった。

 シオンは再び心配そうにクローヴィスを見つめると、今度は静かに彼の頭に癒しの御札を一枚――ぺたり。

 その瞬間、札に記された文字が赤黒く浮かび上がり、まるで生きているかのようにクローヴィスの身体を一周したあと、すう、と彼の体へ吸い込まれていく。

 「……今のは……」

 クローヴィスがハッと顔を上げた。以前に体験した体の奥に響くような温かな感覚。
 王と王子は目を見開いたまま動けずにいる。

 「勝手に使うなと言っただろう!!」

 「使えるものは、使わなければ。癒されたでしょう?」
 シオンはきょとんとした顔で返す。

 「そういう問題じゃない!!」

 ふたりのやり取りを見て、レンツィオはふと何かを察した。
 ――そうか。先程、シオンが言っていた「魔法の鍛錬」。
 毎日欠かさず“紙を作っている”と彼は言っていた。てっきり冗談か、あるいはものの例えかと思っていたが――まさか、この“札”を指していたのか。あれほど繊細かつ強力な力を秘めた札を、日々創り出しているというのか。

 納得とともに、深い驚嘆が胸に広がる。

 一方、王は冷や汗を滲ませていた。

 クローヴィスが「王城に住まわせることはできない」と断った理由が、今ようやく理解できた。
 この札――これは魔法の範疇ではない。見たことも、聞いたこともない異質な“力”。それを幼い少年が無造作に使っているのだ。
 しかもそれを、まるで傷薬でも差し出すように、気軽に人へと手渡す。

 これは……あまりにも危うい。

 王は目で合図し、背後に控える側近を呼び寄せる。
 今日ここにいた使用人たちすべてに、口外を禁ずることを命じるためだ。

 静かに肩を落としたクローヴィスに、王は心の中で同情を送る。
 ……確かに、これを王城に住まわせるのは酷というものだろう。

 だが――その王自身も、まだ知らない。
 これから巻き起こる数々の“事件”に、最も深く巻き込まれていくのが自分であるということを……。



 
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

最可愛天使は儚げ美少年を演じる@勘違いってマジ??

雨霧れいん
BL
《 男子校の華 》と呼ばれるほどにかわいく、美しい少年"依織のぞ"は社会に出てから厳しさを知る。 いままでかわいいと言われていた特徴も社会に出れば女々しいだとか、非力だとか、色々な言葉で貶された。いつまでもかわいいだけの僕でいたい!いつしか依織はネットにのめり込んだ。男の主人公がイケメンに言い寄られるゲーム、通称BLゲーム。こんな世界に生まれたかった、と悲しみに暮れ眠りについたが朝起きたらそこは大好きなBLゲームのなかに!? 可愛い可愛い僕でいるために儚げ男子(笑)を演じていたら色々勘違いされて...!?!?

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

わがままで口の悪い主人様はいつまでも子供

千崎
BL
6歳の頃、孤児である俺を拾ったのは公爵家のソレイユ様だった。あれから数年経ち、俺が15歳になると同時に、再婚相手であるルナ様を紹介された。そしてルナ様の息子であるシエル様の従者として任される事になった。複雑な気持ちだったが、その事に納得した俺はシエル様の面倒を見る事になったのだが…

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

学園ものに転生した悪役の男について

ひいきにみゐる
BL
タイトルの通りにございます。文才を褒められたことはないので、そういうつもりで見ていただけたらなと思います。

記憶喪失のフリをしたあざといスパイですが、全部お見通しの皇帝陛下に「嘘の婚約者」として閉じ込められています

たら昆布
BL
処刑寸前のスパイが事故にあった後、記憶喪失のフリをして皇帝の婚約者だと偽る話

処理中です...