神様は身バレに気づかない!

みわ

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第二章

3-3

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 クローヴィスが王と話し合った翌日、シオンはそのまま王都に残ることとなった。
 フォルシェンド公爵家が所有する、王都の一角に構えられた屋敷。石造りの外観に高い塀と庭を備えた立派な邸宅ではあるが、普段は公爵家の者はほとんど使わず、使用人たちが暮らしているような状態だ。
 クローヴィスと数人の護衛が領へ戻ろうとしたその時、案の定――一悶着が起きた。

「ちと待たれい、時空を繋ぎはじめたとこじゃ」
 

 そう言いながら、シオンは屋敷の玄関前で空中に手をかざし、何やら神妙な顔つきで力を込め始めたのだ。指先にはうっすらと光が集まり始めている。

「待て、待て待て待て! 本当にやめてくれ!!」

 クローヴィスは慌てて彼の手を押さえた。不満気なシオンだが、屋敷の外で妙な術式を発動されてはたまらない。おそらく目的は自分をフォルシェンド領へ送るためだろう。純粋な親切心である。勘弁してくれ。

「頼むから良い子で大人しくしていろ。……ほら」

 そう言って、執事に目配せして、持って来させた甘菓子を見せると、シオンはぴたりと動きを止め、ぱあっと顔を輝かせた。

「うむ……!!心得た!!」

 目を細めて頬をほころばせるシオンを確認し、クローヴィスはため息をつく。

 そうして、騒動の名残を背に、クローヴィスはフォルシェンド領へと帰還していった。公爵家の家人たちへの説明、そして今後のための準備のために。




 フォルシェンド領へ戻ったクローヴィスは、すぐに家族を居間へと集め、王都で起きた出来事について説明した。

 オリヴィアは静かに眉を下げ、シオンの無事を確認して安堵したように胸元を押さえる。
 一方で、グラーヴェはというと、なぜか表情が明るい。

「シオンが王都に……!」

 それはもう、嬉々とした声だった。

 グラーヴェは王都魔法学園に通う年齢に達しており、王都にあるフォルシェンド家の屋敷から通っている。
 ほとんどの貴族令息たちは、学園内の寮か、王都に構える自家の屋敷を拠点にして通学するものだ。
 ただ、彼の場合は休みのたびに必ず領へ帰ってきていた。
 馬車で三日かかる距離を、馬に乗り、騎乗術を駆使してほぼ一日で駆け抜けて――それも、ただシオンと過ごすために。

 しかも、領に帰ってくるたびにシオンと同じベッドで眠る始末である。
 問題は、そのことをシオンがまったく不思議に思っていない点だ。
 「兄弟は一緒に寝るものだ」と、グラーヴェから吹き込まれて育ったせいで、彼自身もそれを当たり前だと思っている。

 つまり、シオンがこれから王都に滞在するということは――
 毎日一緒に居られるということであり、毎日一緒に眠れるということである。

 「はぁ~……」
 クローヴィスは静かに額を押さえた。

「では、僕は“学園”がありますし、先に王都に帰りますね!!!」

 期待に満ちた足取りで、グラーヴェは部屋を飛び出していった。

 その後ろ姿を見送ったクローヴィスの背後で、ぴょんと手が挙がる。

「うちも、行きます」

 と、当然のように言う小夜。

「駄目だ」

 即座に跳ね除けたクローヴィスに、小夜の目がまんまるに見開かれた。

「……な、なして?」

「王都でシオンが暮らすとなれば、王子自ら屋敷を訪れる可能性もある。小夜、お前の存在はあまり公にするべきではない」

 塀に囲まれているとはいえ、王都の屋敷は人目に触れやすい。
 領内と違い、小夜の存在に気付く者もいるかもしれない。
 いや、むしろ気付かれずに済むとは思えない――それがクローヴィスの懸念だった。

「うぬぅ……」

 口を尖らせ、膨れっ面をする小夜だったが、無理を通す様子はなかった。
 
「……仰せのままに、致しとうござりまする」

 少しだけ演技がかった笑みを浮かべて、頷いた。

 その様子にクローヴィスはホッと胸を撫で下ろし、自らの身支度に取り掛かった。



  再び王都へ戻ってきたクローヴィスは、深い頭痛に襲われていた。

 痛みの原因は言うまでもない。

 玄関をくぐったその瞬間。
 クローヴィスの上着の内ポケットから、ひらりと札が舞い上がったのだ。

空中で赤黒い光を帯びたそれは、しばし回転した後、閃光と共に霧散し——

 次の瞬間、膝丈にも届かない小さな少女がすうっと宙から姿を現し、静かに床へ着地した。

「ひぃ……っ!」

 悲鳴を上げたのは、王都屋敷に勤める使用人のひとりだ。
 無理もない。彼らはフォルシェンド領の使用人たちのように、あの子に付随する常識外れな存在に慣れているわけではないのだ。

 しかし慣れているクローヴィスも思わず数歩、後ずさる。

「なっ、な、ななな、なぜここに居る!? というか一体どうなっているのだ!?」

 驚愕に満ちた問いに、小夜はまるで当然のことを語るように、何の躊躇もなく応じる。
 
「うちは主の命形。主の居らぬ地に、己が価値など、なきに等しゅうて」

 平然とそう断言するその様に、クローヴィスはゾクリと背筋を凍らせる。
 ただそれが「そうあるべきもの」だと、当然のように口にしている。
 まるで、人間が心臓を動かすのと同じように――。

 それが、この命形という存在の本質なのだと、クローヴィスは思い知らされる。
 歪で、底知れない異様さを孕んだ恐怖。


 だが、その次の瞬間。

「ふふん……」

 小夜の顔が、ぐっと勝ち誇ったように持ち上がった。
 袖の奥からするりと一枚の御札を抜き取ると、それをぴっと空中にかざす。

 札がぱあっと発光し、小さな手の上に具現化されたのは——

 白くてふわりとした丸い塊、皿にちょこんと乗った《大福》だった。

「ふふふふふ……ついに、ついに……ついにっ!!」

 小夜の肩が小刻みに震える。目元を妖しく細め、口元はつり上がるように歪む。

「うちは見つけたのじゃ……っ! あの御台所頭如きの童に負けぬ……っ! そう、米じゃっっっ!!!!!!!!」

「……ああ、そう……」

 クローヴィスは、遠い目をしていた。

 

 そう——小夜は、ついに《米に似た植物》を発見したのだ。

 前回の栗きんとんでの敗北から、執念深く調理場の料理人(もちろん料理長以外の者)たちに聞き込みを重ね、形や炊き方、粒の質感から近いものを探し出し、
 幾度となく失敗を繰り返して、ようやく辿り着いた“和菓子の命”とも言える素材。——それが、米だった。

 手にした《米らしきもの》から搗き、練り、甘味を包んで形作った大福。

 試しに屋敷の使用人たち(もちろん料理長…以下略)に振る舞ったところ、軒並み大好評だった。

(……勝てる、これは勝てる……!!)

 小夜は俯き、前髪で顔を覆いながら身を震わせていた。

 ふふふ……ふふふふふ……。

 誰の目から見ても、もはや不気味そのもの。

 使用人たちはすでに一歩距離を取り、目を合わせまいとし、クローヴィスはすでに死んだ目をしている。

 主人もその命形も、あまりにも自由すぎる。

 もう、何も言えなかった。

 シオンに頼まれて持参したクマのぬいぐるみの柔らかな手触りだけが、今の彼の癒しである。

 つい先日、シオンに「あの子も連れてきてください」と真顔で頼まれたのだ。
 今も変わらず、あのぬいぐるみを大切に抱きしめて眠っているのだという。

 その姿を想像して、クローヴィスはふっと小さく笑った。

 しかしクローヴィスがわずかな癒しを得られたのも、ほんの一瞬のことだった。

 執務室へと向かう廊下の途中、ふと窓の外に目をやった彼は、庭園の光景に目を見開いた。

「嘘だろっっ!!」

 クローヴィスはそのまま駆け出し、バタバタと足音を響かせて庭へと飛び出す。
 そこに広がっていたのは、領へ戻る前の庭の面影すら微塵も残さぬ光景だった。

 もはや見慣れ始めてしまっている異国めいた庭園──つまり、日本庭園である。
 フォルシェンド領の屋敷では一部の改造に留まっていたそれが、ここ王都の屋敷では、庭全体に渡って完全に作り替えられていたのだ。

 およそ一週間ちょっと。そんな短期間で、これほどの大改造をやらかす人物など、彼にはひとりしか思い当たらなかった。

 庭の入口で凍りつくクローヴィスの背後から、筆頭執事が小走りにやって来て、おそるおそる声をかける。

「も、申し訳ありません、旦那様……。御坊ちゃまが『庭を少し弄らせて欲しい』と仰いまして……まさか、こ、これほどのものとは思わず……」

 その顔は青褪め、震えすら見える。あまりに気の毒な有様だった。どこが少しなんだ。

 しかも聞く所によると、庭に植えられたねじれた枝ぶりの力強い木ー松の木ーは、屋敷の周りに居た平民達に一瞬で生えたところを目撃されてしまったらしい。騒動になった所を、庭師の特殊魔法だと誤魔化してくれた筆頭執事には感謝しかない。しかし庭師にはとんでもないものを背負わせてしまったのである。

 クローヴィスは早足で庭園の中にある建物へ向かう。それは精緻な彫刻が施された木の屋根と柱をもつ異国風の建築ー社殿ーであった。慣れたくもないが、すでに見慣れてしまった光景だ。

 中に入ると、柔らかく編まれた草のような敷物ー畳ーの部屋で、静かに眠るふたりの姿が目に入った。

 グラーヴェの腕の中に、ぴたりと身を寄せてすやすやと眠るシオン。
 穏やかな寝顔を見て、叱ろうとしていた怒気はすうっと霧散していく。
 
 クローヴィスの後をついて来ていたらしい小夜が、せっせと二人に薄手の毛布を掛けている。

クローヴィスは執事に胃薬を持ってくるように頼み、そっとシオンたちの傍らに腰を下ろした。

 クローヴィスにとって、頭痛の種でしかない存在――それがシオンであり、時にグラーヴェでもある。
だが、こうして静かに眠る姿を目にしてしまえば、その喧騒のすべてが遠ざかっていくようだった。
思わず微笑んでしまうほどに愛おしく、何があろうと、この子らは――自分にとって、かけがえのない息子たちなのだと、改めて思い知らされるのだった。




 
 
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