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第二章
5-2
しおりを挟む王城への突然の襲撃。
現在、王城の騎士団が応戦しているものの、敵には闇魔法の使い手が数人混じっており、対応はかなり困難なようだ。
使われている魔法の性質からして、かつてフォルシェンド公爵家を襲った者たちと同一の組織と見られた。
しかも、今回はその時の三倍の戦力で攻め入ってきているという。
クローヴィスは、第一王子であるレンツィオと、自身の息子シオンのもとへと駆けつけてきた。
その理由は一見、「王族と息子の無事を案じて」のようにも見えたが――
「シオン、本当に何もしていないか? いや、何もやらかしていないな?」
クローヴィスはシオンの顔をまじまじと見つめながら、もう一度、矢継ぎ早にそう問いかけた。
このときの問いかけは、決して“襲撃に巻き込まれていないか”という意味の心配によるものではない。
クローヴィスが本当に確認したかったのは、この異変を察知して、息子がまた何か余計なことをやらかしていないかという意味の心配によるものだった。
その様子にレンツィオがぽつりと呟く。
「……心配の方向、そっちなのか……」
近くにいた侍女は思わず小さく吹き出しそうになったが、今は笑っていられる状況ではなかった。
そのとき、もう一人の騎士が駆け込んできた。
「報告します! 第一関門、突破されました!」
場の空気が一瞬で張り詰める。
クローヴィスの表情も、瞬時に厳しいものへと変わった。
「――分かった。私も向かう。伝令には後続を急ぐよう伝えろ」
「はっ!」
騎士が再び駆け出していくのを見送ると、クローヴィスはレンツィオとシオンに振り返った。
「殿下、ここは危険になります。急ぎ、避難所へ移動なさってください。シオン、お前も行きなさい。」
厳しい声音に、シオンがぴくりと反応する。
そして迷いのない声で口を開いた。
「私も、行きます」
「……何だって?」
レンツィオが目を見開く。
クローヴィスも一瞬言葉を失い、眉を寄せて息を吸った。
「ダメだ」
静かだが、強い否定だった。
「っ!?…ど、どうして? …人数は、いた方が有利、でしょう。それに……狙われているのは、公爵家のはずです。だったら…これは、公爵家の…戦いでしょう?」
「その通りだ。だから私が行く」
真っ直ぐな視線のまま、クローヴィスは応じる。
それでもシオンは引かない。
「だったら……!」
「――だが、お前は子供だ」
低く、強く。
その言葉は、確かな重みをもってシオンの胸に突き刺さった。
返された言葉に、シオンの瞳が大きく揺れる。
「子供は、戦わずに守られているものだ。だから――決して来てはならない。
いいか、子供のお前は、ここに居るんだ。安全な、ここに」
クローヴィスの声が優しくなることはなかった。
だが、それは拒絶ではなく、守ろうとする者の真摯な決意だった。
シオンは俯き、言葉を失った。
視界の端で、レンツィオが不安げにこちらを見ているのが分かる。
(……子供、だから?)
その言葉が、じんと胸に滲んでいく。
人の子だから――。
今の私は、
わらわは、人だから――。
何もできないのか。
頭の奥に、前回の襲撃事件の記憶が蘇る。
公爵家の者には軽傷者こそいたが、死者は出なかった。
襲撃してきた賊たちの多くは騎士団によって捕らえられ、今も王都の牢に収監されている。
だが、その賊たちの頭であり、共に捕らえた闇魔法の使い手のひとりは、あの後、自害したのだ。
気付けなかった。
周りの者は襲撃だと言っていたが、あの者達から感じたものは殺意ではなかった。
まるで自らの意思を持たぬかのように、ただ命令に従っているだけだったのだ。捕えられた襲撃者の大半は、思考も曖昧な、まるで操られたかのような様子だったという。尋問を試みても、皆揃って同じ言葉を繰り返すばかりで、要領を得なかった。
闇魔法の使い手――ただひとりだけが、『自分の意思』で動いていた。
情報が得られたのも、彼のみだった。
だが、そんな彼からですら――あのとき、シオンは殺意を感じ取ることができなかった。
後にわかったことだが、彼は忠誠から動いていたのではない。
呪いか、契約か――抗うことのできない強制に縛られた、『奴隷』という存在だった。
命じられたから動き、命じられた通りに任務を遂行し、
そして――成功しても、失敗しても、その結末には自害が待っていた。
それを、彼自身が受け入れていたのかどうかは分からない。
だが、どこかで自らの人生に絶望し、死を望んでいたのだろう。だからそこには“敵意”と呼べるほどの波がなかった。
だから気付けなかった。止められなかった。助けられなかった。癒すことも、語ることも、できなかった。
そして今も、何もできないと言うのか。
自分は、ただの子供で、だから――。
「……っ」
小さく息を呑んだシオンの頭に、そっと大きな手が乗せられる。
クローヴィスだった。
その瞳は、まっすぐにシオンを見ていた。
何も言わず、ただ一度、しっかりと撫でるように手を動かすと、クローヴィスは背を向けて歩き出す。
その背中が、遠ざかっていく。
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