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第二章
第五話 子が故に
しおりを挟む王城の庭では、今日もまた、シオンとレンツィオの茶会が開かれていた。
純白の布が掛けられた丸卓には、繊細な焼き細工の茶器と、甘い果実を使った小さな菓子が並べられている。
春の陽気に包まれたその空間で、シオンは一杯目の茶を飲み干した後、ふと手を止めた。
庭の奥――白い花々が静かに風に揺れる一角を、じっと見つめている。
その様子に、レンツィオはカップを置いたまま、シオンの横顔を凝視する。
(……まただ)
彼は思わず息を呑む。
庭での茶会のたびに、シオンはときおりこうして動かなくなることがある。
猫や犬が、何もいない空間を凝視するかのような、ぞっとするような静けさで。
それが今日もまた繰り返されていた。
――そして、見つめる先は、いつも決まって同じ場所だ。
(……あの辺りに、いったい何がある?)
ただ白い花が咲いているだけの、平穏な植え込み。
けれど、何も知らない者には見えぬ“何か”が、そこに在るような――そんな気配を、シオンは確かに感じ取っているようだった。
最初の頃は、偶然かとも思った。
だが、それが幾度も続けば、さすがに気にもなる。
カップを置いたレンツィオが、そっと声を掛けた。
「……シオン。さっきから、あそこを見てるけど……どうかしたのか?」
レンツィオの静かな問いかけに、シオンは視線を逸らすことなくしばらく黙していたが、やがてそっと顔を正面に戻す。
「ちょっと……気になっただけです」
そう答えると、何事もなかったかのように、侍女によって再び注がれた紅茶をひと口、ゆっくりと味わった。
その仕草はいつもの優雅なもので、取り立てて不自然な様子はない。そしていつも通りの、曖昧な答えだった。
だが今日のレンツィオは、それでは引き下がらなかった。
「気になるって、何が?」
その問いに、シオンはゆっくりと目を瞬かせた。
しばし沈黙が流れる。
レンツィオが視線を向けた先には、特別なものは何もない。
「だったら、行ってみよう。気になるんだろ?」
「……え?」
「私も気になる。君が何を見てるのか」
レンツィオが椅子を引いて立ち上がると、シオンは戸惑ったように目を瞬かせた。
その時だった。
庭園の石畳を、複数の足音が急ぎ駆けてくる音がした。
振り向けば、焦った様子のクローヴィスが、数人の騎士たちを伴って現れた。中には公爵家の顔ぶれだけでなく、王城付きの騎士の姿も混ざっている。
「殿下、お待ちください!」
「シオン!!」
騎士たちが周囲を囲み、クローヴィスは真っ直ぐにシオンの元へ向かってくる。
「シオン!……無事か? 何もしてはいないな……!? 」
クローヴィスは、全身から緊張を滲ませていた。
周囲を囲む公爵家と王城の騎士たちはいずれも剣を帯び、警戒を解いていない。
「父上……?」
椅子から立ち上がるシオンに、クローヴィスは顔色から衣服の乱れに至るまで一瞥をくれる。
「……ふむ、問題なさそうだ。何もしていないな。」
「……? はい。何も、しておりません」
「……そうか。ならば、良い」
ひときわ深いため息をついたクローヴィスは、ようやく少しだけ表情を緩めた。
「……それで、何が、あったのですか?」
控えめに問いかけたシオンの横から、レンツィオが進み出る。
「公爵。一体何が起きている?」
「――殿下。申し上げます。現在、王城が襲撃を受けております」
庭に漂っていた穏やかな空気が、一瞬にして張りつめる。
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