神様は身バレに気づかない!

みわ

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第二章

4-4

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 フォルシェンド公爵家の屋敷には、王城から時折、美しく整えられた包みが届く。
 届け主は、王国第一王子、レンツィオ・ルバート。

 緩衝材に包まれた繊細な細工の髪飾り、上質な香料を染み込ませた詩文の綴り、今季の王都で流行していると言われる仕立て服――。

 そのどれもが、贈り主の洗練された感性と、相手を想う細やかな気遣いを滲ませていた。

 だが――

「……で、坊ちゃまは、これに何をお返しになるおつもりですか」

 スノーファが苦い声で問いかけたのは、そんな贈り物の山を眺めながら、机に頬杖をついていたシオンに向けてだった。

「返す?」

 当然のような顔で、シオンは小首を傾げる。

「されど、あやつ自ら望みて贈りしものなればな。わざわざ返礼いたす道理、あろうや」

「いえ……まあ……そうなのですが……」

 スノーファは、言葉を選びながら視線を落とした。

「坊ちゃま、あの……こうしたお返しの無い状態が続けば、王族への不敬と見なされる可能性もあります」

「ふむ……」

 そこへ部屋の扉がノックもなく開き、クローヴィスが姿を現した。

「彼の言う通りだ。……贈り物には返す文化がある。まして王族相手となれば、無視は許されん」


 かつて神として在った頃のシオンにとって、「誰かから物を受け取る」ことはあっても、「返す」という概念は、そもそも存在しなかった。

 神殿に捧げられた供物に、神が何かを返すことなどないように。
 彼にとって贈り物とは、一方的な信仰や敬意の表明であり、それに対する応答は“慈悲”や“恵み”として与えるものであって、“対等なやり取り”ではなかったのだ。

 それゆえ、王子からの繰り返される贈り物に対しても、彼はただ淡々と受け取り、それ以上の意味を見出していなかった。

 しかし、人間界では、贈り物には返礼を――というのが当然の文化らしい。

「うむ。心得た」



 数日後。

 王城の庭園。その片隅の東屋で、シオンとレンツィオは向かい合っていた。

「……殿下。こちらを、お渡しします。」

 そう言って、シオンが取り出したのは一枚の札だった。

 それを見たレンツィオの表情が、わずかに変わる。

 「……これは……もしかして、前に見せてくれた“結界札”っていうものか?」

「はい。以前のものと、同じ術式ですが……これはそれよりも…遥かに、強力です。
 この国全体を覆う、範囲に、力を広げています。発動、させれば、ありとあらゆる……害意、を持ったものを、無効化し、遮断、します」

 それを聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 この国を、まるごと“守る”――そんな力が、この紙一枚に?

 冷や汗が首筋を伝うのを感じながらも、レンツィオは笑顔を作り、札を胸元にしまった。

「……ありがとう、シオン。大事に、する」

 その笑顔は、ほんの少しだけ引き攣っていたかもしれない。




「……この札を、あの子から?」

 王は低く呟き、目の前の札に視線を落とした。

「……はい。これを……贈り物として、私に……」

 レンツィオは、言葉を選びながら続けた。

 だが、話を聞くにつれて王の顔から血の気が引いていた。

 椅子の肘掛けを握る手に力が入り、青ざめた唇が震える。

「……こんなものが……国に一枚でも存在することが知られたら……」

 絞り出すような声だった。

「他国が黙っているはずがない……奪いに来る。せ、戦争が……!」

 がたん、と椅子が倒れる音がして――次の瞬間、王の体は後ろへ崩れ落ちた。

「陛下っ!?」
「父上!!」

 侍従たちの叫びが響く中、王は白目を剥いたまま、ぴくりとも動かなかった。




 翌朝。フォルシェンド公爵家。

「――なんてものを渡しているんだお前は!!」

 クローヴィスの怒声が、執務室に響いた。

 その前では、椅子に腰掛けたシオンが、ぽかんとした表情で彼を見つめていた。

「されど、わらわが受け取った贈り物も、なかなかに麗しきものであったゆえな……」

「だからって!!………うぅうううんぐぅうう!」

 クローヴィスは頭を抱えて唸る。

「贈り物には気持ちの釣り合いってものがあるんだ。あまりにも価値が違いすぎると、相手は素直に受け取れない」

「……ふむ。やや、過ぎたるやもしれぬな」

「“やや”どころじゃない!」




 それから間もなく、シオンから改めて香水の瓶が王城へ届けられた。

 それは、小さなガラス瓶に詰められた透明な液体だった。

 シオンがかつて、自らの神力の制御のために風呂へ力を移していた時期がある。

 それを香水瓶に詰めたものだった。

 

 レンツィオは瓶の蓋を静かに開けた。

 ふわりと立ち上る香気に、思わず目を細める。

 甘すぎず、清らかな香り。

 一滴、手の甲に乗せた瞬間、感覚が変わった。

 皮膚の奥がすっと軽くなる。身体の中の靄が晴れていく。

「……これ、普通の香水じゃないよな……」

 そう呟いたレンツィオは、王へ報告し、魔導士を呼んだ。


 魔導士が瓶の封を切り、ひとしずくを銀の皿へ。

 魔力を当てたその瞬間――

「……っ、これは……存在を撫で……清め……神格の核……っ、ああああ……!!」

 魔導士は泡を吹いて倒れた。

 

「うん。普通の香水じゃないよな……」

 香水瓶を見つめ、レンツィオはそっと息を吐いた。





「違う、そうじゃない……っ!!」

 報告を受けたクローヴィスが、机に突っ伏して呻いた。

 またしても胃痛がひどくなったようだった。

「やはり、あの子に選ばせてはいかん……っ!」

 そう結論づけたクローヴィスは、それ以降、贈り物の候補を自らいくつか選び、シオンにその中から選ばせる形式へと変更することに決めたのだった。

こうしてまた、公爵家の胃薬の在庫がひとつ、底をついた。




 
 
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