30 / 34
第二章
4-4
しおりを挟むフォルシェンド公爵家の屋敷には、王城から時折、美しく整えられた包みが届く。
届け主は、王国第一王子、レンツィオ・ルバート。
緩衝材に包まれた繊細な細工の髪飾り、上質な香料を染み込ませた詩文の綴り、今季の王都で流行していると言われる仕立て服――。
そのどれもが、贈り主の洗練された感性と、相手を想う細やかな気遣いを滲ませていた。
だが――
「……で、坊ちゃまは、これに何をお返しになるおつもりですか」
スノーファが苦い声で問いかけたのは、そんな贈り物の山を眺めながら、机に頬杖をついていたシオンに向けてだった。
「返す?」
当然のような顔で、シオンは小首を傾げる。
「されど、あやつ自ら望みて贈りしものなればな。わざわざ返礼いたす道理、あろうや」
「いえ……まあ……そうなのですが……」
スノーファは、言葉を選びながら視線を落とした。
「坊ちゃま、あの……こうしたお返しの無い状態が続けば、王族への不敬と見なされる可能性もあります」
「ふむ……」
そこへ部屋の扉がノックもなく開き、クローヴィスが姿を現した。
「彼の言う通りだ。……贈り物には返す文化がある。まして王族相手となれば、無視は許されん」
かつて神として在った頃のシオンにとって、「誰かから物を受け取る」ことはあっても、「返す」という概念は、そもそも存在しなかった。
神殿に捧げられた供物に、神が何かを返すことなどないように。
彼にとって贈り物とは、一方的な信仰や敬意の表明であり、それに対する応答は“慈悲”や“恵み”として与えるものであって、“対等なやり取り”ではなかったのだ。
それゆえ、王子からの繰り返される贈り物に対しても、彼はただ淡々と受け取り、それ以上の意味を見出していなかった。
しかし、人間界では、贈り物には返礼を――というのが当然の文化らしい。
「うむ。心得た」
数日後。
王城の庭園。その片隅の東屋で、シオンとレンツィオは向かい合っていた。
「……殿下。こちらを、お渡しします。」
そう言って、シオンが取り出したのは一枚の札だった。
それを見たレンツィオの表情が、わずかに変わる。
「……これは……もしかして、前に見せてくれた“結界札”っていうものか?」
「はい。以前のものと、同じ術式ですが……これはそれよりも…遥かに、強力です。
この国全体を覆う、範囲に、力を広げています。発動、させれば、ありとあらゆる……害意、を持ったものを、無効化し、遮断、します」
それを聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
この国を、まるごと“守る”――そんな力が、この紙一枚に?
冷や汗が首筋を伝うのを感じながらも、レンツィオは笑顔を作り、札を胸元にしまった。
「……ありがとう、シオン。大事に、する」
その笑顔は、ほんの少しだけ引き攣っていたかもしれない。
「……この札を、あの子から?」
王は低く呟き、目の前の札に視線を落とした。
「……はい。これを……贈り物として、私に……」
レンツィオは、言葉を選びながら続けた。
だが、話を聞くにつれて王の顔から血の気が引いていた。
椅子の肘掛けを握る手に力が入り、青ざめた唇が震える。
「……こんなものが……国に一枚でも存在することが知られたら……」
絞り出すような声だった。
「他国が黙っているはずがない……奪いに来る。せ、戦争が……!」
がたん、と椅子が倒れる音がして――次の瞬間、王の体は後ろへ崩れ落ちた。
「陛下っ!?」
「父上!!」
侍従たちの叫びが響く中、王は白目を剥いたまま、ぴくりとも動かなかった。
翌朝。フォルシェンド公爵家。
「――なんてものを渡しているんだお前は!!」
クローヴィスの怒声が、執務室に響いた。
その前では、椅子に腰掛けたシオンが、ぽかんとした表情で彼を見つめていた。
「されど、わらわが受け取った贈り物も、なかなかに麗しきものであったゆえな……」
「だからって!!………うぅうううんぐぅうう!」
クローヴィスは頭を抱えて唸る。
「贈り物には気持ちの釣り合いってものがあるんだ。あまりにも価値が違いすぎると、相手は素直に受け取れない」
「……ふむ。やや、過ぎたるやもしれぬな」
「“やや”どころじゃない!」
それから間もなく、シオンから改めて香水の瓶が王城へ届けられた。
それは、小さなガラス瓶に詰められた透明な液体だった。
シオンがかつて、自らの神力の制御のために風呂へ力を移していた時期がある。
それを香水瓶に詰めたものだった。
レンツィオは瓶の蓋を静かに開けた。
ふわりと立ち上る香気に、思わず目を細める。
甘すぎず、清らかな香り。
一滴、手の甲に乗せた瞬間、感覚が変わった。
皮膚の奥がすっと軽くなる。身体の中の靄が晴れていく。
「……これ、普通の香水じゃないよな……」
そう呟いたレンツィオは、王へ報告し、魔導士を呼んだ。
魔導士が瓶の封を切り、ひとしずくを銀の皿へ。
魔力を当てたその瞬間――
「……っ、これは……存在を撫で……清め……神格の核……っ、ああああ……!!」
魔導士は泡を吹いて倒れた。
「うん。普通の香水じゃないよな……」
香水瓶を見つめ、レンツィオはそっと息を吐いた。
「違う、そうじゃない……っ!!」
報告を受けたクローヴィスが、机に突っ伏して呻いた。
またしても胃痛がひどくなったようだった。
「やはり、あの子に選ばせてはいかん……っ!」
そう結論づけたクローヴィスは、それ以降、贈り物の候補を自らいくつか選び、シオンにその中から選ばせる形式へと変更することに決めたのだった。
こうしてまた、公爵家の胃薬の在庫がひとつ、底をついた。
49
あなたにおすすめの小説
元の世界では異端だった俺、転生したら不思議ちゃんキャラで愛され無双
太郎51
BL
“端”が存在する世界エイテルに生まれ育ってきた俺、ミラ・アベルはひょんなことから異世界に!
その世界とは“チキュウ”というらしく、魔術も世界の端も無いらしい!?
元の世界では魔術が使えず『異端』と呼ばれていた俺、まさかの無双____!?
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
異世界転生して約2年目だけど、モテない人生に飽き飽きなのでもう魔術の勉強に勤しみます!〜男たらし主人公はイケメンに溺愛される〜
他人の友達
BL
※ ファンタジー(異世界転生)×BL
__俺は気付いてしまった…異世界に転生して2年も経っているのに、全くモテないという事に…
主人公の寺本 琥珀は全くモテない異世界人生に飽き飽きしていた。
そしてひとつの考えがその飽き飽きとした気持ちを一気に消し飛ばした。
《何かの勉強したら、『モテる』とか考えない様になるんじゃね?》
そして異世界の勉強といったら…と選んだ勉強は『魔術』。だが勉強するといっても何をすればいいのかも分からない琥珀はとりあえず魔術の参考書を買うことにするが…
お金がもう無かった。前までは転生した時に小さな巾着に入っていた銀貨を使っていたが、2年も銀貨を使うと流石に1、2枚あるか無いか位になってしまった。
そうして色々な仕事を探した時に見つけた仕事は本屋でのバイト。
その本屋の店長は金髪の超イケメン!琥珀にも優しく接してくれ、琥珀も店長に明るく接していたが、ある日、琥珀は店長の秘密を知ることになり…
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
逃がしてください!王子様!
発光食品
BL
このお話は
主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』
に登場する王と皇后の出会いの話です。
学生時代に出会った完璧王子クラウンと、潰れそうな実家を立て直そうと奔走していたはずが国の第2王子に目をつけられた可哀想な子爵家のフィオーレの物語になります。
下のものを見ていなくても楽しめるファンタジーBLとなっております!
是非、執着激重王子様×幸薄努力型主人公の恋愛を除いていってくださいませ
是非【主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい】を読んでいただいてから入ると世界観がわかりやすいかと思います。
※ここに登場するクラウンとフィオーレは「主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい」の「16)父」にて登場しておりますので、気になる方はこっそり見に行ってくださいませ。少しネタバレにもなってしまいますので見る際はお気をつけください。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる