神様は身バレに気づかない!

みわ

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第二章

4-3

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 王都に構えられたフォルシェンド公爵家の屋敷には、立派な馬場が設えられている。貴族の子として当然のたしなみとされる乗馬も、ここでは家庭教師により日々の授業として組み込まれていた。

 とはいえ、最近始まったばかりのその乗馬授業は、開始早々に暗礁に乗り上げていた。

 馬たちが、震えて動けないのだ。

「ほ、ほら、カンタービレ。お前、動けるだろう……!」
「ブリランテ、どうしてそんなに怯えてるんだ……っ」

 教師と厩務員たちが、交互に馬を宥めては指示を出していたが、生徒であるシオンが馬に近づくだけで、練習用の大人しいはずの馬たちが、生まれたてのように皆そろって膝を震わせ、鼻を鳴らし、ついにはその場にへたり込んでしまうのだ。いずれの馬もその場から一歩たりとも動こうとしなかった。

 当の本人――馬上の少年はというと、黒髪を揺らしながら、愛らしい顔を曇らせて首を傾げていた。

「……ふむ、そなたも動かぬか。先日と同じく、足の震えが止まらぬように見ゆる。……さては、近頃流行の馬病にでも罹うたかの……」
 
 (……あの、御坊ちゃま。馬は病気ではありません。たぶん、貴方の“何か”に本能で怯えてるんです……!)
 
 家庭教師も厩務員も、そんな内心を吐き出せずに、ただひたすら馬たちの機嫌を取り続けるしかなく、今日もまた「授業にならない」と嘆息していた。

 使える馬がいない以上、授業を進めようもない。

 ――おそらく、この公爵家でシオンを乗せることができる馬があるとすれば、それはフォルシェンド公爵の愛馬、シードただ一頭だろう。
 だがそのシードは、現在この王都にはおらず、フォルシェンド領に留め置かれていた。




「と、いう感じで、乗馬の…授業が、進んでいないんです。どうしたら良いんでしょうか。……殿下の方は、もう、乗りこなせて……おられますか?」

 シオンは、湯気の立つティーカップを手にしながら言った。

「ああ、私の方は普通に乗れているよ」

「そうなの、ですね。さすが、です!」

 シオンが目を細める。その顔は、どこか嬉しそうでもあった。

 その無垢な表情に、レンツィオの胸がどきりと鳴る。

(可愛い……)

 視線をそらすようにカップに口をつけたレンツィオは、静かに考えた。
 馬が動かない、というのがどういう状況なのか、正直よく分かっていなかった。
 しかし、シオンの顔が少し曇っていたのが気になった。

「……なあ。もし良かったら、今から一緒に練習してみないかい?」

「えっ……今、ですか?」

「ああ。私も少しだけ時間が取れるし。君と一緒に乗ってみたい」

「……はい!ぜひ、お願い、します!」


 

 それから程なくして、馬屋の前。
 シオンとレンツィオは、並んで馬たちの様子を見ていた。

「……動かないね」

 レンツィオが呟く。
 馬たちは王都屋敷にいたときと同じように震えていて、目を白くしている。

「この子も……。やはり病……」

 シオンはまたもや首を傾げたが、レンツィオはある種の納得を得たような表情をしていた。

(……なるほど、これか。君のそばじゃ、どの馬もこんな様子になるのか)

 そう思いながら、レンツィオは比較的おとなしくしている馬のひとつを選び、その背にシオンと共に乗った。

 

 二人乗りなど、王子の身としては本来ありえない。
 だが、今は例外だった。
 レンツィオが背後から手を伸ばし、シオンの手の上から手綱を握る。胸元には、華奢な背中がぴたりと触れる。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった
体が密着するたび、レンツィオの心臓が危険な音を立てる。

(……近い……柔らかい……それに……甘い香り……)

 既に精通している彼にとって、これは地獄の試練だった。
 優しく整えられた黒髪、そのすき間から覗く白いうなじ。
 細く華奢な腰に、ふと力が入ってしまいそうになる――

(だめだ、絶対にだめだ……理性……理性を保て……っ)

 手綱を握る手に、自然と力がこもる。

 一方、シオンの方はというと――。
 
「おお……歩いておる、歩いておるぞ!」

 感激したように目を輝かせて、心の底から嬉しそうに声を弾ませていた。

「このまま駆け出してもよろしかろうか!? いや、まずは止まらぬままに一巡いたそうぞ!」

 前を向いたまま、無邪気に身体を揺らすシオン。
 その柔らかな動きが、背後の男の理性を確実に削っていくとは露ほども思わずに。

 レンツィオの心中が嵐のように荒れ狂っているとも知らず、シオンはただ、楽しげに、嬉しそうに、馬上で風を受けていた――。


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