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第二章
4-2
しおりを挟むシオンはスノーファの様子を、まじまじと観察していた。
己の力の制御ができるようになった今、意志に反して他者がこの空間に入り込むことなど、本来あり得ないはずだった。
それにもかかわらず、スノーファは、迷い込むようにしてここへ現れた。
(やはり、この者……)
初めて顔を合わせたあの時から、シオンはスノーファを気にかけていた。
彼には、極めて繊細な視認変格魔法がかけられている。他の者は気づいていないようだが、シオンの目には見える。
現在の姿は、どこにでもいる茶髪と茶色の目。しかし本来の容姿は、まるで別物だった。
それだけなら、特別に気に留めることもなかっただろう。
だが、スノーファの魂には、シオンに近しい“何か”が纏わりついていた。
似てはいるが、決して同じではない。……別の存在だ。
(……堕ちた末使か)
スノーファには、かつて神であったものが取り憑いている。
本人に自覚はないようだが、時折、シオンが秘している力の一端を、無意識に感知している。
それは、彼の内にいる存在――堕ちた神の力が、無自覚のまま働いているからだろう。
本来、堕ちた神に取り憑かれた人間の末路は、暗い。
多くは共に堕ち、破滅の道を辿る。もし例外があるとすれば、それは祓われた場合のみである。
シオンも最初は、祓うつもりだった。
だが、“それ”は――スノーファに害をなすどころか、堕ちた後でさえ、彼を守ろうとしていた。
(……不可思議なることも、あるものよ)
意識のほとんどを失っているはずの存在が、なお彼を護る。
それが可能であるという事実に、シオンは小さく息をついた。
「そちは、いかにして此処へ来た?」
静かに問えば、スノーファは困惑した顔のまま答えた。
「分かりません。自室の扉がノックされて……開けたら、ここに居たんです」
(なるほど……。招かれたか)
理由は分からない。だが、その存在が空間の力を働かせたのだとすれば、スノーファがこの場へ来れたのも説明がつく。
堕ちてはいるが、神であった者の力ならば、この空間の“外”からでも接触できる可能性はある。
そう結論づけたシオンは、軽く頭を振ると、そっと手を伸ばし、スノーファの肩に触れる。
「戻るとしようかの。そは、そろそろ眠る刻なれば」
「……はい」
スノーファが頷いた瞬間、空間がひとひらほど揺らぎ、景色は静かに溶けていった。
気づけば、見慣れた屋敷の廊下。
窓の外には星が瞬き、燭台の明かりが、ようやく現実の温度を取り戻させる。
スノーファは小さく息をついた。
「……戻れた」
その安堵の声に、シオンは何も答えなかった。
ただその様子を見つめながら、心の内にひとつの問いを宿す。
なぜ堕ちた神は、スノーファをあの空間へと“招いた”のか。
その理由は、シオンにも分からない。
だが、この出来事はやがて繋がってゆく。
忘れられぬ、大きな事件へと。
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