神様は身バレに気づかない!

みわ

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第二章

5-3

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 戦場は、王城の第二関門前にまで及んでいた。
 王城の騎士団が必死の防衛を続けているが、戦況は極めて深刻だった。

 クローヴィスは、第一騎士団と共にその最前線に立ち、水属性の魔法を駆使して応戦していた。
 鋭く伸びた水の刃が空を切り、敵の魔力障壁を穿つ。怒涛の奔流が、押し寄せる敵の前衛を薙ぎ払う。

その視線の先、敵の中核には闇魔法の使い手が確認できるだけでも十人以上。

 いずれもが、3級以上の実力を持つ、危険な存在だった。

(……以前より、明らかに戦力が上がっている!)

 歯を食いしばるクローヴィスのもとへ、次々と情報が舞い込んでくる。

 魔法防御を貫通され、後方に負傷者が出始めたこと。防衛線の一角が押され始めたこと。

 戦場に響くのは、激しい水音と剣戟、そして魔力の衝突音。夕暮れに差しかかった空を、焦げた匂いと血の匂いが染め上げていた。

 それでも、引くわけにはいかなかった。



 

 一方――

 シオンとレンツィオは、王城内部の奥深く、厳重な防壁魔法で守られた避難室へと移されていた。

 そこには王と王妃、他の王子や王女たちの姿もあったが、彼らが何を話しているのか、シオンにはまったく耳に入ってこなかった。
 
 シオンの様子は明らかにおかしかった。

 椅子には座っているものの、手は膝の上で強く握られ、目は絶えず泳いでいる。呼吸は浅く、わずかに肩が揺れていた。
 その視線は、まるでこの場にない何かを、ずっと見つめているかのようだった。

 ――それもそのはず。
 今、シオンの目には、クローヴィスの視界がそのまま映し出されていた。
 以前、クローヴィスの身体へ吸い込まれた「目」の御札が、シオンへと“映像”を届け続けている。

 魔法の閃光。飛び散る血。兵の悲鳴。
 クローヴィスの目を通して、シオンは戦場のすべてを“見て”いた。

 命のやりとりが、あまりにも近いところで。

 自分の胸がこんなにも軋むのは、初めてだった。

「……シオン」

 レンツィオの声に反応することもできない。

 その肩が、微かに震えていることに、レンツィオは気付いていた。

 そして、そっと、シオンの傍らに腰を下ろすと、迷いなくその小さな身体を抱き寄せた。

 「……大丈夫だ。君の父は、強い」

 耳元で囁かれたその声に、シオンの身体が、ぴくりと反応する。

 だが、返事はなかった。

 ただ、冷たい指先がレンツィオの袖をぎゅっと握っていた。



 夕闇が空を染めるなか、戦場は混乱を極めていた。
 次々と放たれる魔法の閃光、破裂音、怒号。
 その中心で、クローヴィスは水を纏い、なおも剣を振るっていた。

 全身に纏わせた水流が、炎の魔法を弾き、風の刃を逸らす。
 すでに何人もの闇魔法使いを退けたはずだったが――敵の数は、なおも減る気配を見せなかった。

 その時だった。

「囲め!」

 誰かの声とともに、五人の黒衣の男たちが、音もなくクローヴィスの周囲を囲んだ。
 全員が闇魔法の使い手。空気がぐんと重くなる。

 ――狙いは明らかに、クローヴィスひとり。

「……来るか」

 深く息を吸い、水気を纏った剣を構える。
 だが、身体は限界に近かった。
 魔力はほとんど残っておらず、足取りも重い。
 視界の端では、部下の騎士たちが次々と倒れていくのが見えた。

 次の瞬間、五人が同時に詠唱し、魔法を放つ。
 四方八方から放たれる闇を纏う矢、裂ける大地、重力の刃――

「ぐっ……!!」

 避けきれない。防御魔法すら展開できない。
 襲いかかる闇の奔流が、クローヴィスの身体を一斉に貫いた。
 激しい衝撃。血飛沫が宙に舞い、膝が崩れ、地面に倒れる。

(……ここまでか)








 


 


 「……っ!!」

 その様子を視ていたシオンは、鋭く息を呑んだかと思うと、胸から張り裂けるような叫び声をあげた。

「父上――っ!!!」

 レンツィオの腕の中で震えていたその身体が、急に大きく動いた。
 抱きしめていた腕をすり抜け、シオンは一直線に扉へ向かって走り出す。

 「待て、シオン!!」

 レンツィオの制止も届かぬまま、シオンが扉に手をかけようとする。

 「止めよ!!」

 王の怒声が鋭く飛ぶ。

 すぐさま控えていた王城の騎士が動いた。
 シオンの細い身体をがっしりと抱きとめ、動きを封じる。

 「離せ! 離せ! 離せと申しておろうが!!」

 狂おしいほどの勢いで叫び、もがく。

 「シオン!! やめろ!」

 追いかけてきたレンツィオが騎士と代わりその身体を抱きしめて止めた。

 「……よせ、行ってはならぬ!!」

 王が、重く低い声で言い放つ。

 それでもシオンは迷うことなく、拒絶を突きつける。

 「退け! 遮るな、行かせよ!」

 叫ぶような声に、空気が震えた。
 誰もがその必死な姿に、言葉を失っていた。

 「シオン……!」

 いつもは静かで落ち着いた彼が、いまは顔を歪め、掠れた息で扉へ身を投げ出そうとしている――

 その“初めて見る焦り”が、レンツィオの胸を鋭く抉った。
 (……こんな顔、見たことがない)
 抱き止めていた腕に、ほんの刹那、力の迷いが生じる。
 
 ――たった一瞬だけ、力が緩んだ。


 

 シャアアアアン……!!

 鈴の音が空間を満たす。

 高く澄んだ音色が、胸の奥まで響きわたる。

 青い花弁が舞った。

 風もないはずの空間に、ふわりと咲いたその刹那。
 シオンの姿は、もう、そこにはなかった。



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