神様は身バレに気づかない!

みわ

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第一章

2-5

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 フォルシェンド公爵家の屋敷は、高く厚い石塀に囲まれていた。
 その内側に住まう少年――シオン・フォルシェンド。8歳。彼は、この塀の外に出たことがない。

 それは単に病弱だったからではない。
 否――もっと深く、もっと切実な理由があった。

 彼の存在は、あまりにも異質だった。
 神のごとき輝きをまとうその瞳。全身から溢れる神秘。
 たとえ本人に自覚がなくとも、彼を見た者は直感する――この子は、違う、と。

 家族も使用人たちも、それを理解していた。
 彼を、世に晒してはならないと。
 外に出せば、必ず争いが起こる。
 傷つけようとする者が現れるかもしれない。
 そして何より――この子自身が、世界の悪意に触れて傷つくのを、見たくなかった。

 だからこそ、彼を外に出すという選択肢は、誰の中にもなかった。

 だが――

「……ごめんね、シオン」
 夜、寝顔を見守るオリヴィアが、ぽつりと呟く。

 「本当に、これがあの子のためになるのか……」
 クローヴィスの手には、未開封の外出許可願い。いつかの使用人が提案したものだった。

 「でも……外に出すわけにはいかない」
 グラーヴェは唇を噛む。シオンを傷つける世界があるかもしれないことが、何よりも怖かった。

 「これが、あの子を守るためだ……」
 公爵家の者たちは、皆そう言い聞かせていた。

 「……本当に、ごめんなさい」

 愛しているからこそ――
 信じているからこそ――
 それでも、閉じ込めてしまった。
 守るために、幽閉した。

 その事実に、家族は今も胸を痛めている。
 愛情と罪悪感の狭間で揺れながら、今日も塀の内からシオンを見つめていた。



 そんな彼は今――

 中庭の片隅、塀の近くで、ぽつんと立っていた。
 塀の上を越えて、蝶がひらりと舞い降りる。少しのあいだ彼の周囲を漂ったかと思えば、すぐに塀の外へと戻っていく。

 少年は、それを目で追いながら、ぽつりと呟いた。

 「……あやつら、よう飛ぶのう……」

 けれどその声に、物悲しさは一切なかった。
 羨望も、戸惑いも、疑問すらも。
 ただ、少しばかり不思議そうに首を傾げた、それだけ。

 そして次の瞬間――

 「ほわぁ……っ、う、うまっ……! 本日の菓子、殊更にうまし!!」

 満面の笑みでクッキーを頬張った。

 彼は幽閉されていることに、まるで気付いていない。
 外に出られないことを、不満に思うことすらない。

 ――かつて、神であった彼は、地に縛られる日々を過ごしていた。
 特定の土地に留まり、人の祈りを受け、変わらぬ景色を見守る毎日。
 ゆえに“出られぬこと”は、むしろ馴染みのある感覚だったのだ。

 それよりも彼にとっては――

 「この世にては、日々このような甘味が食せるのか……まこと、現世とは素晴らしき所よのう……!」

 クッキーの味が何よりも衝撃だった。





 そんなシオンに、最近できた“お気に入り”があった。
 それは――馬の世話。

 公爵家の厩舎には、良馬が何頭もいる。
 だが、彼らは皆、シオンが近づくだけでブルブルと震え、目を白黒させる。
 それもそのはず。彼は神なのだ。本能で理解してしまう。

 だが、当の本人は――

 「……寒いのかえ? 毛が足らぬかのう?」

 と、真顔で心配していた。

 「よいしょ、よいしょ……じっとしておれ。今、たてがみに櫛をいれてやるさかい」

 立髪を丁寧に梳きながら、にこやかに声をかけるシオン。
 動物好きな彼にとっては、愛しい時間。
 ただ、馬たちにとっては、ある意味、試練である。

 使用人や騎士たちは毎回、焦りに焦っていた。

 「し、シオン様……っ! 馬の世話など……!」

 貴族が、しかも公爵家の嫡子が、厩舎に入り馬の世話をするなどあり得ない。
 だが、シオンの微笑みに、誰も止めることができなかった。



 そして――当初、最も騒然となったのは、あの馬である。

 公爵の愛馬・シード。

 誇り高く、荒々しい気性を持ち、
 公爵クローヴィス以外の者に背を許したことはない。

 その馬が――

 「おぬしは、ようおるのう。誇りをたずさえながらも、道を誤らぬ心を持っておる」

 シオンの前で、静かに跪くように頭を垂れたのだ。

 瞳はどこまでも穏やかに潤み、視線を下に落とし、
 櫛を持ったシオンが届きやすいよう、首の位置を自ら調整する。

 さらに、周囲の馬たちがビビり散らして腰を抜かしていると――

 「ヒヒィィン!!」

 シードが鋭く鳴いた。
 威嚇ではない。それは叱責であった。

 震える仲間たちに向けて、
 「シオンの前にて座れ!」とでも言うかのごとく、指導を始めたのだ。

 結果――

 黒髪の少年の前に、馬たちが綺麗に並び、座り込むという異常事態が発生した。

 「……シードが、シオン様に……!? そ、そんな馬鹿な……」

 目を見開く騎士たちの前で、
 シオンは、また今日も言うのだ。

 「よきこっちゃ。さすれば毛並みも整いやすいのう」



 屋敷の中では、
 今日もまた、シオンの存在に恐れ、愛し、悩む者たちがいた。

 だが、彼自身は――

 「クッキー、うま……っ!!」

 全てを知らず、今日もまた、平穏と笑顔の中にいた。

 ――シオンは、今日も気付かない。


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