神様は身バレに気づかない!

みわ

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第二章

1-2

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 あれから数日。
公爵家の屋敷は、いつになく慌ただしい空気に包まれていた。

使用人たちが廊下を駆け、玄関前には立派な馬車が据えられている。
その理由は一つ。
今日、クローヴィスとシオンが王城へ向かう日であるということ。

 

王城までは、シオンと共に向かうことにしていた。
だが、謁見の最中は別室で待たせることに決めている。

理由は明白だ。
今日、クローヴィスは「シオンが人の子ではない」という話を、王に直接伝えに行く。
だが、その当人の前でその話をするわけにはいかなかった。

シオンは、あくまでも“人間として生きていこうとしている”。
隠しきれていないのは明白だが、それでも、日々の所作のひとつひとつに、
周囲へ馴染もうとする姿勢があった。

だからこそ、問えなかった。

「お前は、本当に人間なのか?」などと。

それを言ってしまえば、全てが壊れてしまう気がした。


正直、王がどこまで信じてくれるかはわからない。
唐突な話だ。

だが、話を聞いたあとで、実際にシオンに会ってもらう。
話のすべてが通じなくとも、その“姿”を見れば、何かは感じ取ってくれるかもしれない。

――そのわずかな可能性に、賭けるしかなかった。
 

 

「……うむ、着づらいのう……」

そう言って鏡の前で不満げに立っていたのは、上等な金糸の縫い取りが施された貴族服を纏うシオンであった。
光沢ある金ボタンの前合わせ。足元まで整った礼装に身を包んでいる。

けれど、何年経っても、彼にとって貴族の服はどうにも馴染まないらしい。
鏡の中に映る自分の姿に眉をしかめ、胸元の襟を指で引っ張っている。

その横で、背の高い椅子に乗り、丁寧に黒髪を梳いていたのは小夜だった。

「そんな顔をしはって……えらいようお似合いでございますえ、主さま」

小夜は柔らかく笑みを含んでそう告げた。
櫛の動きは滑らかで、慣れた手つきだった。

「そうですわ、御坊ちゃま。まるで絵画のように麗しゅうございます」

「お姿が王城の光に映えますわ、シオン様」

控えていた侍女たちも、次々と声を添える。
けれどシオンはどこか腑に落ちない表情のまま、襟元をくい、とまた引っ張った。

「やはり、かたきのう……身が締めつけられるようじゃ」

「あらあら……まったくもう、せっかく綺麗に整えたんどすえ、主さま」

襟のズレを見て、小夜は腕を伸ばした。
身だしなみを丁寧に直し、最後に金の留め具を軽く整えてから、
にっこりと微笑んで頭を下げる。

「さぁて――気ぃつけて行かれておくれやす、主さま。……ご無事で、またお戻りやすな」

「うむ。任せよ、小夜。七日(なぬか)もあらば戻れるでな」

 

そして、玄関前に待たされた馬車にシオンとクローヴィスが乗り込むと、
屋敷の扉が重々しく閉じられた。

 

魔力検査以来、久方ぶりに屋敷の外へ出たシオンは、窓の外の景色に瞳を輝かせた。

「おお、あれは……ふむ? 屋根が尖っておるな。して、あれは何の建物ぞ?」

「……あれは宿屋だ。街道筋の商人が泊まるためのな」

「ほう、なるほど……して、そこの煙は何処より?」

「鍛冶屋だ。武器や蹄鉄を鍛える」

「ほほう。良き音がしそうじゃな……」

 

次から次へと現れる建物や人々の姿に、
シオンは本当に心から楽しげに目を輝かせ、何度も首を傾げ、問いを重ねた。

クローヴィスは、静かにその様子を見守る。

やはり――
この子に、王族の婚約者などという枷をはめてはならない。

再び、その確信を深く胸に刻むのだった。

 

道中は、途中で宿を取りながら三日をかけての移動となった。
王都の郊外に入ったあたりで、道の左右に聳える石壁が見えてくる。

重厚な城壁に囲まれた巨大な都の中心、そこに立つのが――王城である。

正門には金と銀の装飾が施された紋章付きの大扉。
塔の上には王家の旗が風に翻っている。
外壁は美しく磨かれ、衛兵たちが厳粛に並び立っていた。

門前で手続きを済ませると、騎士たちは無言のまま一礼し、一行を中へと通した。
ほどなくして、ひとりの騎士が現れる。

「こちらへどうぞ。陛下はすでにお待ちです」

鎧の軋む音を響かせながら、彼は王城の回廊を先導した。

しんと静まり返った石造りの廊下を抜け、
高い天井と赤い絨毯が敷かれた長い廊下を進む――
その途中、クローヴィスは足を止める。

シオンに向き直ると、穏やかな声で告げた。

「……ここから先、陛下との謁見の間は、別室で待っていてくれ」

シオンはきょとんとした目で見上げ、小さく口を開いた。

「なにゆえ、わらわは――……」

そう言いかけたところで、傍らの騎士に気づいたのか、シオンは口元をきゅっと引き結ぶ。
そして一拍置いて、頑張るように言い直す。

「……わたくし、分かりました。おとなしく、待っております」

クローヴィスはその様子に目を細め、ふっと小さく微笑んだ。

「……ああ。いい子にしていろ」

そう言って、そっと手を伸ばし、シオンの頭を撫でる。

しっとりとした黒髪が、父の掌の下でふわりと揺れた。

そして――
騎士の案内に従い、クローヴィスは王の間へと進み、
シオンは別の扉へと、静かに歩を進めていった。



扉が重々しく開き、クローヴィスは深紅の絨毯を踏みしめながら静かに王の間へと進んでいった。
玉座の前に至ると、片膝をつき、深く頭を垂れる。

「ルバート王国公爵、クローヴィス・フォルシェンド。
陛下の御前にて謁見を賜り、深く感謝申し上げます。」

その声音には礼節と覚悟が込められていた。

玉座に座す王がゆっくりと頷く。

「顔を上げよ、クローヴィス。……久しいな。遠路、ご苦労だった」

「ありがたきお言葉、陛下」

顔を上げたクローヴィスの瞳には、いつになく厳しい光が宿っていた。
しばしの沈黙の後、意を決して言葉を継ぐ。

「……本日は、シオンと第一王子殿下の婚約について――お断りの申し出に参りました」

 

王の眉が動く。

「……断る、とは。理由を聞こう」








王城内の来賓控え室。

椅子に腰をかけていたシオンが、不意に首を傾げた。

「……む?」

周囲には騎士と侍女が控えているが、皆、静かに時間の流れを見守っている。
そんな中で、シオンの黒き瞳が遠くを射貫くように細められる。

(……これは、魔の気配。力の流れが澱み、淀んでおる……)

それは、苦しげな魔力のうねりだった。
何者かが、力の制御に苦悩し、心の中に渦巻く感情が魔力に染み出している。
その揺らぎは、まるで森の中で迷い道を探す風のように、城の一角から漂ってきていた。

(……気になるのう)

好奇心が勝った。シオンの唇に、わずかな笑みが浮かぶ。

「ふむ……少しだけ、覗いてみるとしようかの」

次の瞬間、シオンの姿は音もなく掻き消えた。
まるで空気に溶けるように、誰にも気づかれず、ふわりとその存在が霧散する。

部屋に控える騎士も侍女も、その異変には一切気づいていなかった。






玉座の前に立つクローヴィスは、深く頭を垂れたまま、静かに言葉を紡ぐ。

「……あの子は、ただの人の子ではありません。
ですが、それをあの子自身が語ったことはありません。
私たちもまた、問いただしたことはございませんでした」

王は目を細め、ただ耳を傾けている。

「――それでも、あの子は人として生きようとしています。
礼儀作法や学問、日々の振る舞い、全てにおいて懸命に人を学ぼうとする姿を、私は見てまいりました」

クローヴィスは顔を上げ、王をまっすぐに見つめた。

「婚約という立場は、表に立つことを意味します。
その名が広く知られ、あの子の内にあるものまで他者の目に晒されることにもなりましょう。
そして、王城には王族だけでなく、さまざまな思惑を抱く者たちが集います」

言葉の端に、確かな危惧がにじむ。

「……私は恐れております。
あの子が、そうした者たちの手にかかり、傷つけられるのではないかと。
そして――この世界を離れてしまうのではないかと」

 

王はしばらく黙したのち、低く問う。

「そこまで言うとはな……。それほど、重い事情なのか」

「はい。陛下がご判断なさる前に、どうか一度――あの子の姿をご覧いただければと存じます。
話のすべてを信じていただけぬとしても、何か、感じ取っていただけるはずです」

その時だった。

 

扉の外から、軽くノックの音が響く。

「……失礼いたします」

王の許可を得る前に部屋へ踏み込む者などいないはず――

現れたのは、一人の騎士だった。
彼は深く頭を下げ、沈黙する二人の前で慎重に言葉を選んだ。

「陛下、クローヴィス閣下。
ご対話の最中、まことに恐縮に存じます。
誠に僭越ながら、発言の許可を頂けますでしょうか」

王は一瞬の間を置き、短く応じた。

「許す。申せ」

騎士は姿勢を正し、眉をひそめながら報告する。

「控えの間にて待機されていた公爵家の御子息が――忽然と、姿を消されました。
出入口に異常はなく、外部からの侵入や脱出の痕跡もございません。
控えていた侍女も騎士も、まったく気づいておりませんでした」

報告を聞いたクローヴィスは、顔を手で覆い、深々と溜息を吐く。

「……やってくれたな。まったく……」

肩を落とし、ぼそぼそと呟くその様子に、騎士も王も一瞬反応に困る。

王が口を開く。

「……姿を消した? それは、魔法か?」

「おそらく……魔法とは異なる力でしょう。
あの子は、そうした力を使えるのです。
気配ひとつ残さず姿を消すなど、常識では測れません。
……陛下、私が探してまいります」
 

クローヴィスが身を翻そうとしたとき、王もまた腰を浮かせた。

「私も行こう。……その子の姿を、この目で見てみたい」

クローヴィスは一瞬驚いたように王を見たが、すぐに頭を下げた。

「……恐れ入ります。陛下」

 

――そして、王と公爵は共に、ひとりの少年を追って歩み出す。

 
 
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