神様は身バレに気づかない!

みわ

文字の大きさ
20 / 34
第二章

第二話 これは鬼ごっこではありません

しおりを挟む

 穏やかな朝の陽が、さわさわと梢を揺らす風に乗って差し込んでいた。柔らかく澄んだ空の下、しっとりと苔むす庭の石畳を抜け、縁側へと続く木道には、かすかに新茶の香りが漂う。

 そこは、フォルシェンド公爵家の奥庭──シオンが己の手で改造を願い出て完成させた庭園である。細やかに手入れされた植栽と、浅く水を湛えた池、そしてどこからともなく響く鈴の音が、訪れた者の心を清らかに鎮めてくれる。

 縁側では、オリヴィア夫人が扇子を片手に涼んでいた。オリヴィアはこの庭が完成した当初からすっかり気に入り、朝のひと時をここで過ごすのが日課となっている。

 そんな風景の奥で、シオンは、今日も和紙作りに勤しんでいた。傍らには小夜が立ち、湯を沸かしていた。

「主さま、茶の仕度ができましたえ。いっぺん、お休みになりませんか?」

 湯気の立つ茶器を手に、小夜が恭しく声をかける。シオンは手を止めると、優雅に返した。

「うむ、良き頃合いじゃな」

 そう言って立ち上がると、母の隣に腰を下ろす。小夜は丁寧に膝をつき、夫人とシオンの前に茶と小ぶりな菓子を供した。

「ほな、召し上がってくださいませ。これは……栗きんとんに、よう似せてみましたんや」

 シオンは懐かしげに目を細める。煎った茶葉の芳香が鼻をくすぐり、木の皿にはころんと丸い、淡い黄土色の菓子が並んでいる。
 
 渋みの強い茶葉を使った煎茶を初めて目にしたとき、オリヴィアは「薬か何かかしら」と訝しげに眉をひそめていた──が、今ではすっかり虜となり、公爵家の食卓でも日常的に所望するほどになっていた。

 ある日の食後、片付けのために使用人たちが忙しく動く中、小夜は茶器を手に持ち、ふと料理長の方へ振り返る。

 そして言葉こそ交わさずとも、満面のドヤ顔を向けてみせた。

 料理長は手を止め、数瞬だけ虚を突かれたような顔をした後、肩を竦めて静かにため息をついたのだった。

 そして栗のような実を見つけたのは、小夜が料理人たちの手伝いで食物庫へ入った折のことだった。見た目も香りも栗に酷似していたそれに目を留めた小夜は、栗と砂糖のみで菓子が作れると記憶していた古き調理法を頼りに、何度も試作を重ねて完成に至った。

 そしてついに、小夜は勝利の菓子を作り上げたのである。今日のこの栗きんとん擬きが、まさにそれだった。
 もちろん味見は料理人たちにさせたが、料理長だけは頑なに外されたままだった。

 シオンは一口、ふわりと頬張る。

「……うむ、美味じゃ。少しばかり味は違えど……たまには、昔食しておったものを思い出すも、悪くはないな」

 まるで朗らかな太陽のような微笑みを浮かべてそう言った。

 ──が、その一言で世界は崩壊した。

「た、たたた、"たまに"はああぁ!?」

 小夜の体がガクンと揺れ、傍らの和紙へと走る。和紙を器用に札サイズに切り出すや否や、墨と筆を取り出し、荒ぶる筆致で怨念の込もった札を描き始めた。

「おのれあやつめ……!料理長なんぞに、うちが負けるかいな……っ!」

 (※なおこの札は、後にシオンによって「やめい」と言われ回収された)

 そんな中、静かに足音を響かせて一人の男が縁側へ現れた。

「シオン、いるか?」

 現れたのは、クローヴィス。小夜の様子に目を瞬かせつつ、軽く咳払いをして言った。

「王子殿下から手紙が届いてな。定期的に君と交流を持ちたいそうだ」

「…………」

 シオンは、母の横でお茶を啜ったままぴくりと動きを止めた。

 微妙な表情を浮かべるシオン。その顔は、王子に会うのが嫌なのではない。問題は“服と馬車”だった。

「……また、あの堅苦しき衣を着ねばならぬのか。あれはまことに苦しゅうての」

 溜息と共に、心底憂鬱そうに眉を寄せた。

「して……馬に揺られ、時を掛けるのも億劫じゃの。いっそ空を飛ぶか、空間を繋げて時を縮めてしまえば良かろう」

「………。」
 

 
 次の瞬間、 その場に、静けさが落ちた。
 しばし聞こえたのは、風に揺れる鈴の澄んだ音と──
しゃっ……しゃっ……ばしゃっ
 和紙に墨を飛ばしながら、小夜が怨念たっぷりに札を書きなぐる音だけであった。

「……それ、外では言うな。頼むから。というか、出来るわけがないだろう。出来てもやるな。」

 眉間を押さえて嘆息する父に、首を傾げるシオン。隣で、オリヴィアはそっと茶を口に含み、微笑を零した。

「シオン。お茶、冷めてしまうわよ」

 そんな穏やかな朝。今日もフォルシェンド公爵家は、通常運転だった。

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

最可愛天使は儚げ美少年を演じる@勘違いってマジ??

雨霧れいん
BL
《 男子校の華 》と呼ばれるほどにかわいく、美しい少年"依織のぞ"は社会に出てから厳しさを知る。 いままでかわいいと言われていた特徴も社会に出れば女々しいだとか、非力だとか、色々な言葉で貶された。いつまでもかわいいだけの僕でいたい!いつしか依織はネットにのめり込んだ。男の主人公がイケメンに言い寄られるゲーム、通称BLゲーム。こんな世界に生まれたかった、と悲しみに暮れ眠りについたが朝起きたらそこは大好きなBLゲームのなかに!? 可愛い可愛い僕でいるために儚げ男子(笑)を演じていたら色々勘違いされて...!?!?

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

わがままで口の悪い主人様はいつまでも子供

千崎
BL
6歳の頃、孤児である俺を拾ったのは公爵家のソレイユ様だった。あれから数年経ち、俺が15歳になると同時に、再婚相手であるルナ様を紹介された。そしてルナ様の息子であるシエル様の従者として任される事になった。複雑な気持ちだったが、その事に納得した俺はシエル様の面倒を見る事になったのだが…

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

学園ものに転生した悪役の男について

ひいきにみゐる
BL
タイトルの通りにございます。文才を褒められたことはないので、そういうつもりで見ていただけたらなと思います。

記憶喪失のフリをしたあざといスパイですが、全部お見通しの皇帝陛下に「嘘の婚約者」として閉じ込められています

たら昆布
BL
処刑寸前のスパイが事故にあった後、記憶喪失のフリをして皇帝の婚約者だと偽る話

処理中です...