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何やらうまそうな食べ物の匂いでグスタフは目覚めた。寝台にしては妙に揺れる、変だ、馬車の中だと思い出した瞬間、自分が何によりかかっているか気付き、はっとした。エルンスト!
「御目覚めになりましたか」
すでに起きていたエルンストの声を聞き、グスタフは見苦しい姿をさらさなかったか不安になった。とにもかくにもエルンストの腕と肩から離れ姿勢を正した。
「ああ、おはよう」
「よくお休みになれたようですね」
見ればエルンストの目は少し赤い。あまり眠れなかったのだろう。
「おまえこそ眠ったのか」
「家臣が眠るわけには参りません」
「なあ、ハンスは寝ているのか。ずっと御者台の横だぞ」
「そういえば、眠っている様子がありませんね」
「家来でもないのに律儀なことだな」
ハンスは超人なのではないかとグスタフは思う。揺れる馬車の中で平気で眠ってしまう自分はまるで凡人だ。こんな自分が王になれるのかとグスタフは不安になる。だが、ならなければ、恐らくエルンストとともに柩に入って領地に戻ることになる。
元々城壁に囲まれていた都はその範囲を広げ、いまや城壁の外にまで家々の屋根が連なっていた。馬車の構造と石畳の道のおかげか、馬車は驚くほど揺れなかった。
都の賑わいは馬車の中にいてもよくわかった。年明けて二日目ということで昨日は休んでいた商店が開いているので街はにぎやかだった。人々の声、馬のいななき、馬車の音、馬の足音といった音だけでなく、食べ物の匂いもどこからか漂ってくる。腹のすいた青年二人は食欲を刺激された。
馬車は賑やかな通りを抜け、静かな住宅街に入った。
速度が遅くなったと思っていると、馬車の動きが止まった。
「ゴルトベルガーの屋敷です。主にお目通りくださいませ」
ハンスの声が聞こえた。グスタフは背筋を伸ばした。
「失礼します」
ハンスの開けたドアから、グスタフはさっと降りた。
そこは屋敷の車寄せで、大きな扉の前には禿頭に立派な鼻髭をたくわえた五十代に見える男性が立っていた。
エルンストが続いて下りた。
禿頭の男性がつかつかと近づいてきた。意外に小柄でグスタフは驚いた。銀行も経営している大商人ならもっと堂々たる体格をしていると思っていた。
「よくおいでくださいました」
それは奇妙な光景だった。ペティコートの上にエプロンを身に付け、頭にボンネットをかぶった青年に禿頭の男性が恭しく声をかけているのだから。
「レームブルック公爵の五男グスタフだ。ノーラの主だな。いろいろと世話になった。感謝する」
「お初にお目にかかります。ゴルトベルガー商会会長のオスカー・ゴルトベルガーです。中へどうぞ。朝餉の支度ができております。御着替えも用意してあります」
「ありがとう。世話になる。今手持ちがないから、後で請求書を出してくれ」
グスタフの言葉にゴルトベルガーは目を丸くした。
「滅相もない事でございます。請求など」
「ただほど高いものはないという言葉がある」
「なるほど。かしこまりました。ハンス、旅で使った経費を計算しておいてくれ」
ハンスは驚いて主を見たが、すぐにかしこまりましたと答えた。
中に入ると、女中頭と思われる老女が屋敷の一室に二人を案内した。
「これがお嬢様の、こちらが若様の御召し物です」
そう言って下がった老女はグスタフとエルンストの身元を知らないようだった。ゴルトベルガーは用心に用心を重ねてグスタフを屋敷に迎え入れたのだ。
老女はグスタフを本当に女だと思い込んでいたようで、部屋の中央に折り畳み式の仕切りが置いてあった。屏風という東洋の調度品で大きな虎の絵が描かれていた。
グスタフは安堵した。エルンストの裸を見たら、何が自分の身体に起きるかわかったものではない。
身体を拭く熱いタオルも用意されていたので、二人はそれぞれ二日余りの間に汚れた身体を清めることができた。
ただ、滅多に着た事のないキュロットやタイツだったので、時間がかかった。
やっとのことで着替え終わって屏風の仕切りの向こうから出ると、エルンストはすでに着替えていた。
「これは御立派な」
ふだんは着ない丈の短いキュロットと白いタイツ、ベスト、それにジュストコールと言われる上着にグスタフはとまどっていた。
「動きにくいな。このコートの丈は」
腰よりも長い丈のジュストコールはウール製できらびやかな刺繍がほどこされていた。
「確かに。襲われたら脱いで逃げるしかありませんね」
冗談ではすまないエルンストの言葉だった。
そう言うエルンストも刺繍のないジュストコールを着ていた。
二人はそれぞれ帽子を携えて廊下に出た。控えていた老女は驚きもせずに二人を食堂に案内した。
食堂には温かなスープや柔かいパン、香り高いソーセージや輸入品の果物等が用意されていた。
毒が入っているとは思えないが、ためらっているとゴルトベルガー氏がやって来た。
「大丈夫ですよ。あなた方の身に何かあったら、手前どもは大損です」
冗談とも思えぬ顔でそう言った彼はスープを口にした。
グスタフはこの人は根っからの商人なのだと思った。
結局、二人は食事を平らげた。ゴルトベルガー氏はニコニコと笑って若い二人を見ていた。
「御目覚めになりましたか」
すでに起きていたエルンストの声を聞き、グスタフは見苦しい姿をさらさなかったか不安になった。とにもかくにもエルンストの腕と肩から離れ姿勢を正した。
「ああ、おはよう」
「よくお休みになれたようですね」
見ればエルンストの目は少し赤い。あまり眠れなかったのだろう。
「おまえこそ眠ったのか」
「家臣が眠るわけには参りません」
「なあ、ハンスは寝ているのか。ずっと御者台の横だぞ」
「そういえば、眠っている様子がありませんね」
「家来でもないのに律儀なことだな」
ハンスは超人なのではないかとグスタフは思う。揺れる馬車の中で平気で眠ってしまう自分はまるで凡人だ。こんな自分が王になれるのかとグスタフは不安になる。だが、ならなければ、恐らくエルンストとともに柩に入って領地に戻ることになる。
元々城壁に囲まれていた都はその範囲を広げ、いまや城壁の外にまで家々の屋根が連なっていた。馬車の構造と石畳の道のおかげか、馬車は驚くほど揺れなかった。
都の賑わいは馬車の中にいてもよくわかった。年明けて二日目ということで昨日は休んでいた商店が開いているので街はにぎやかだった。人々の声、馬のいななき、馬車の音、馬の足音といった音だけでなく、食べ物の匂いもどこからか漂ってくる。腹のすいた青年二人は食欲を刺激された。
馬車は賑やかな通りを抜け、静かな住宅街に入った。
速度が遅くなったと思っていると、馬車の動きが止まった。
「ゴルトベルガーの屋敷です。主にお目通りくださいませ」
ハンスの声が聞こえた。グスタフは背筋を伸ばした。
「失礼します」
ハンスの開けたドアから、グスタフはさっと降りた。
そこは屋敷の車寄せで、大きな扉の前には禿頭に立派な鼻髭をたくわえた五十代に見える男性が立っていた。
エルンストが続いて下りた。
禿頭の男性がつかつかと近づいてきた。意外に小柄でグスタフは驚いた。銀行も経営している大商人ならもっと堂々たる体格をしていると思っていた。
「よくおいでくださいました」
それは奇妙な光景だった。ペティコートの上にエプロンを身に付け、頭にボンネットをかぶった青年に禿頭の男性が恭しく声をかけているのだから。
「レームブルック公爵の五男グスタフだ。ノーラの主だな。いろいろと世話になった。感謝する」
「お初にお目にかかります。ゴルトベルガー商会会長のオスカー・ゴルトベルガーです。中へどうぞ。朝餉の支度ができております。御着替えも用意してあります」
「ありがとう。世話になる。今手持ちがないから、後で請求書を出してくれ」
グスタフの言葉にゴルトベルガーは目を丸くした。
「滅相もない事でございます。請求など」
「ただほど高いものはないという言葉がある」
「なるほど。かしこまりました。ハンス、旅で使った経費を計算しておいてくれ」
ハンスは驚いて主を見たが、すぐにかしこまりましたと答えた。
中に入ると、女中頭と思われる老女が屋敷の一室に二人を案内した。
「これがお嬢様の、こちらが若様の御召し物です」
そう言って下がった老女はグスタフとエルンストの身元を知らないようだった。ゴルトベルガーは用心に用心を重ねてグスタフを屋敷に迎え入れたのだ。
老女はグスタフを本当に女だと思い込んでいたようで、部屋の中央に折り畳み式の仕切りが置いてあった。屏風という東洋の調度品で大きな虎の絵が描かれていた。
グスタフは安堵した。エルンストの裸を見たら、何が自分の身体に起きるかわかったものではない。
身体を拭く熱いタオルも用意されていたので、二人はそれぞれ二日余りの間に汚れた身体を清めることができた。
ただ、滅多に着た事のないキュロットやタイツだったので、時間がかかった。
やっとのことで着替え終わって屏風の仕切りの向こうから出ると、エルンストはすでに着替えていた。
「これは御立派な」
ふだんは着ない丈の短いキュロットと白いタイツ、ベスト、それにジュストコールと言われる上着にグスタフはとまどっていた。
「動きにくいな。このコートの丈は」
腰よりも長い丈のジュストコールはウール製できらびやかな刺繍がほどこされていた。
「確かに。襲われたら脱いで逃げるしかありませんね」
冗談ではすまないエルンストの言葉だった。
そう言うエルンストも刺繍のないジュストコールを着ていた。
二人はそれぞれ帽子を携えて廊下に出た。控えていた老女は驚きもせずに二人を食堂に案内した。
食堂には温かなスープや柔かいパン、香り高いソーセージや輸入品の果物等が用意されていた。
毒が入っているとは思えないが、ためらっているとゴルトベルガー氏がやって来た。
「大丈夫ですよ。あなた方の身に何かあったら、手前どもは大損です」
冗談とも思えぬ顔でそう言った彼はスープを口にした。
グスタフはこの人は根っからの商人なのだと思った。
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