17 / 39
17 借用書
しおりを挟む
「さて、ではこちらへ」
食事の後に二階の書斎に案内された。書類棚と大きな机と硬そうな椅子しかない部屋だった。
机の上には書類が山のように積まれていた。入るなりゴルトベルガー氏は書類を指さした。
「これは借用書です。レームブルック公爵夫人と令嬢及びコンラート子爵、カスパル様の」
改めて御礼を言おうと思っていたグスタフは出鼻をくじかれた。意味がわからなかった。なぜ、兄が金を借りる必要があるのか。夜会に出るドレスを作る女性だけならともかく、兄までが借りるとは。
「元利合わせて8,346マルコになります」
「嘘だろ」
グスタフにとっては途方もない金額だった。1マルコ金貨でさえめったに見たことがないのに。
「いいえ、本当でございます。領地からの収入は公爵の家来衆がきちんと管理しておりますので、夫人も子爵もそちらから金を引き出すことができません。そこでゴルトベルガー銀行の融資をご利用されているのです。ただ、このところ返済が滞っておいでで。いずれは倍にして返すと仰せですが、無理かと。すでに元金5,000マルコに対し利子は3,346マルコ。利子が元金以上になるのは時間の問題。たとえコンラート子爵が王になられても、国庫も厳しいのですから払えるわけがない」
なぜゴルトベルガーが国庫のことまで知っているのか。グスタフもエルンストも疑問を抱いた。二人の疑問に気付いたのか、禿頭の男は言った。
「当銀行は国にも貸付をしております」
「なんと!」
「王朝初代から三代様までは国庫もゆとりがあったと聞きます。四代様の時に戦がありました。また五代様の時には飢饉が起きました。以来、国の庫はぎりぎりの状態。今の幼い陛下にはどうしようもできません。このままでは財政破綻。銀行も倒産します。誰かがこのありさまを変えねばなりません」
グスタフにはようやくわかってきた。王になって財政改革をせよと、この商人は言っているのだ。そのためにグスタフを担ぎだしたのだ。
「俺では無理だ」
財政の勉強なんかしたことがないのだから。できるのは畑の広さに応じた肥料の必要量の計算ぐらいだった。
「そうでしょうか」
商人は穏やかなまなざしをグスタフに向けた。
「貴方様はまだお若い。いくらでも学ぶことができましょう。財務省には多くの有能な官吏がおります。彼らの手ほどきを受ければ、きっと財政を好転させることができましょう」
「有能とは、あなたの影響を受けたという意味ですか」
それまで黙っていたエルンストの問いに、商人は一瞬穏やかな表情を崩したようにグスタフには見えた。
「滅相もないことです。手前がお役人にどうこうできるものですか。手前はただの商人です」
口の端を少し上げて笑ったような顔になったゴルトベルガーの目は笑っていなかった。
「それに無理だとここで諦めて領地に帰っても居場所はあるのですか」
兄の差し向けた公爵家騎士団が今頃は館に入っているはずである。居場所があるとは思えない。
あきらめたら、死。
グスタフはうなずいた。
「やってみることにしよう。ただし、あなたの気に入るやり方とは限らないが」
「それでこそ、未来の陛下です」
商人の手のひらの上で転がされている気がした。けれど、もう引き返せない場所にグスタフはいた。
「まず、何から手を付ければいいんだ」
5日に大臣たちの会議があるとノーラは言っていた。それまでにすべきことは何か。グスタフもエルンストも知らないことが多過ぎた。
「まず、貴方様はレームブルック公爵にならねばなりません。公爵位がなければ国王にはなれません」
不可能としか思えぬことをゴルトベルガーは平然と口にした。
呆然としているグスタフに代わってエルンストが尋ねた。
「それは簡単なことではないでしょう。グスタフ様は庶子です」
「王国の貴族法には妻所生の男子が存在しない、もしくは存在しても不届きな振舞のある場合、国王の認可を得れば庶子を後継とすることができるという条項があります。公爵様が貴方様を跡継ぎにすると決め、御隠居なされば貴方様がレームブルック公爵です」
つまり現公爵である父の許しがいるということである。だが、父はグスタフに何かあったら隣国ラグランドに行けばよいと言った。父はグスタフが公爵になることを許すとは思えない。
「父上がお許しになるはずがない」
「この借用書の束を見れば気が変わるかと。借金を作る息子に後を任せたいと思う者はおりますまい」
そういうわけかとグスタフは気付いた。
「わからぬことがある」
「何か御不審でも」
「夜会のドレスに女性が金を使うのはわかる。なぜ兄達が貸付を受けているのだ。二人とも相応の収入があるし、悪い遊びに手を出しているわけでもあるまい」
商人はそれは簡単な話ですと言う。
「お二人はそれぞれ陛下の御生母様、宰相をはじめとする大臣や高位の僧侶らに、賂を贈っているのです。次の王に推挙してもらうために。勿論、公爵夫人もあちこちに金貨をばらまいておいでです。この一か月でどれほど使われたことか。公爵夫人は銀行の融資では足らず、結婚の際に送られた王家の直轄地を担保にして闇の金貸しから融資を受けているとのこと」
腐敗している。グスタフもエルンストも絶句した。
恐らく高位の貴族や僧侶らは国王の逝去に気付いているはずである。たとえ知らなくとも国王が病に臥せているというのに、賂を受け取るとは。
「そういうわけで御生母様は陛下を蔑ろにした振舞と怒っておいでなのですよ。絶対にアデリナ様の息子に王位は譲らぬと」
母親の気持ちとしては当然だろう。もっとも夫であった前国王亡き後、夜会や舞踏会を頻繁に催し贅沢に耽っているのは感心しない振舞だが。
食事の後に二階の書斎に案内された。書類棚と大きな机と硬そうな椅子しかない部屋だった。
机の上には書類が山のように積まれていた。入るなりゴルトベルガー氏は書類を指さした。
「これは借用書です。レームブルック公爵夫人と令嬢及びコンラート子爵、カスパル様の」
改めて御礼を言おうと思っていたグスタフは出鼻をくじかれた。意味がわからなかった。なぜ、兄が金を借りる必要があるのか。夜会に出るドレスを作る女性だけならともかく、兄までが借りるとは。
「元利合わせて8,346マルコになります」
「嘘だろ」
グスタフにとっては途方もない金額だった。1マルコ金貨でさえめったに見たことがないのに。
「いいえ、本当でございます。領地からの収入は公爵の家来衆がきちんと管理しておりますので、夫人も子爵もそちらから金を引き出すことができません。そこでゴルトベルガー銀行の融資をご利用されているのです。ただ、このところ返済が滞っておいでで。いずれは倍にして返すと仰せですが、無理かと。すでに元金5,000マルコに対し利子は3,346マルコ。利子が元金以上になるのは時間の問題。たとえコンラート子爵が王になられても、国庫も厳しいのですから払えるわけがない」
なぜゴルトベルガーが国庫のことまで知っているのか。グスタフもエルンストも疑問を抱いた。二人の疑問に気付いたのか、禿頭の男は言った。
「当銀行は国にも貸付をしております」
「なんと!」
「王朝初代から三代様までは国庫もゆとりがあったと聞きます。四代様の時に戦がありました。また五代様の時には飢饉が起きました。以来、国の庫はぎりぎりの状態。今の幼い陛下にはどうしようもできません。このままでは財政破綻。銀行も倒産します。誰かがこのありさまを変えねばなりません」
グスタフにはようやくわかってきた。王になって財政改革をせよと、この商人は言っているのだ。そのためにグスタフを担ぎだしたのだ。
「俺では無理だ」
財政の勉強なんかしたことがないのだから。できるのは畑の広さに応じた肥料の必要量の計算ぐらいだった。
「そうでしょうか」
商人は穏やかなまなざしをグスタフに向けた。
「貴方様はまだお若い。いくらでも学ぶことができましょう。財務省には多くの有能な官吏がおります。彼らの手ほどきを受ければ、きっと財政を好転させることができましょう」
「有能とは、あなたの影響を受けたという意味ですか」
それまで黙っていたエルンストの問いに、商人は一瞬穏やかな表情を崩したようにグスタフには見えた。
「滅相もないことです。手前がお役人にどうこうできるものですか。手前はただの商人です」
口の端を少し上げて笑ったような顔になったゴルトベルガーの目は笑っていなかった。
「それに無理だとここで諦めて領地に帰っても居場所はあるのですか」
兄の差し向けた公爵家騎士団が今頃は館に入っているはずである。居場所があるとは思えない。
あきらめたら、死。
グスタフはうなずいた。
「やってみることにしよう。ただし、あなたの気に入るやり方とは限らないが」
「それでこそ、未来の陛下です」
商人の手のひらの上で転がされている気がした。けれど、もう引き返せない場所にグスタフはいた。
「まず、何から手を付ければいいんだ」
5日に大臣たちの会議があるとノーラは言っていた。それまでにすべきことは何か。グスタフもエルンストも知らないことが多過ぎた。
「まず、貴方様はレームブルック公爵にならねばなりません。公爵位がなければ国王にはなれません」
不可能としか思えぬことをゴルトベルガーは平然と口にした。
呆然としているグスタフに代わってエルンストが尋ねた。
「それは簡単なことではないでしょう。グスタフ様は庶子です」
「王国の貴族法には妻所生の男子が存在しない、もしくは存在しても不届きな振舞のある場合、国王の認可を得れば庶子を後継とすることができるという条項があります。公爵様が貴方様を跡継ぎにすると決め、御隠居なされば貴方様がレームブルック公爵です」
つまり現公爵である父の許しがいるということである。だが、父はグスタフに何かあったら隣国ラグランドに行けばよいと言った。父はグスタフが公爵になることを許すとは思えない。
「父上がお許しになるはずがない」
「この借用書の束を見れば気が変わるかと。借金を作る息子に後を任せたいと思う者はおりますまい」
そういうわけかとグスタフは気付いた。
「わからぬことがある」
「何か御不審でも」
「夜会のドレスに女性が金を使うのはわかる。なぜ兄達が貸付を受けているのだ。二人とも相応の収入があるし、悪い遊びに手を出しているわけでもあるまい」
商人はそれは簡単な話ですと言う。
「お二人はそれぞれ陛下の御生母様、宰相をはじめとする大臣や高位の僧侶らに、賂を贈っているのです。次の王に推挙してもらうために。勿論、公爵夫人もあちこちに金貨をばらまいておいでです。この一か月でどれほど使われたことか。公爵夫人は銀行の融資では足らず、結婚の際に送られた王家の直轄地を担保にして闇の金貸しから融資を受けているとのこと」
腐敗している。グスタフもエルンストも絶句した。
恐らく高位の貴族や僧侶らは国王の逝去に気付いているはずである。たとえ知らなくとも国王が病に臥せているというのに、賂を受け取るとは。
「そういうわけで御生母様は陛下を蔑ろにした振舞と怒っておいでなのですよ。絶対にアデリナ様の息子に王位は譲らぬと」
母親の気持ちとしては当然だろう。もっとも夫であった前国王亡き後、夜会や舞踏会を頻繁に催し贅沢に耽っているのは感心しない振舞だが。
244
あなたにおすすめの小説
[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。
BBやっこ
BL
実家は商家。
3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。
趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。
そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。
そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!
愛などもう求めない
一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした
Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち
その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話
:注意:
作者は素人です
傍観者視点の話
人(?)×人
安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)
従者は知らない間に外堀を埋められていた
SEKISUI
BL
新作ゲーム胸にルンルン気分で家に帰る途中事故にあってそのゲームの中転生してしまったOL
転生先は悪役令息の従者でした
でも内容は宣伝で流れたプロモーション程度しか知りません
だから知らんけど精神で人生歩みます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる