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18 公爵邸へ
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ゴルトベルガーは借用書の束を大きな木箱に詰め込むと、机の上の小さなベルを鳴らした。乾いた音が響きドアが開いた。
黒い髪を短く刈り上げた長身の若者が現われた。
「これは手前の倅です」
「初めまして、ブルーノ・ゴルトベルガーです」
ノーラの言っていた若旦那らしい。が、あまりゴルトベルガーには似ていない。母親似であろうか。
「私はこれから人と会う用件がありますので、倅がお供します。一応武芸の心得がありますので、多少はお役に立つかと」
「お供? どこへ」
グスタフの問いに商人は当然のように言った。
「公爵様のお屋敷ですよ。ここから歩いて行けますが、馬車を用意しております。この箱は重いですから。倅はこう見えて返済の督促が上手なのですよ」
つまり、借金取りとともに公爵に会えということらしい。確かに父に会って話さなければ何も始まらない。だが、そう簡単に会えるのだろうか。公爵夫人アデリナはコルネリウスを使ってグスタフを殺そうとしたのである。彼女が入れるなと命ずれば力ずくでも屋敷には入れないだろう。何より、兄殺しのグスタフを討つために公爵家の騎士団を領地にまで派遣しているのである。これでは飛んで火に入るなんとやらではないか。と思った時、グスタフは「武芸の心得」という言葉の意味に気付いた。ゴルトベルガーは武器の使用までも想定しているのだ。
「息子さんを巻き込むわけにはいかない」
商人は笑った。
「お気遣いなく。武芸の心得があるのは息子だけではありません。よろしいですか。あきらめぬ事。それが肝要です。あきらめねば必ず道は開けます」
オスカー・ゴルトベルガーの言った事の意味は車寄せに出てすぐにわかった。御者も馬車に同乗するお供の若者ゲッツも見るからに腕力がありそうだった。とはいえ、公爵家には警護の家来もいる。これだけでは心もとないと思っていると、ブルーノが言った。
「公爵家の騎士団は今ほとんど都を出ています。パスカルも領地に向かっています」
「なんと!」
宮廷の騎士である兄が都を離れるなど許されるのだろうか。
「宮廷騎士団に休暇の願いを出しています。ただ、子爵もなかなかの手練れ。用心なさいませ」
ブルーノは平然と恐ろしいことを言うとエルンストは思った。兄弟であるグスタフとゲオルグが剣を交えるかもしれぬということではないか。
キャビンに乗り込んで、グスタフはまたも驚いた。拳銃や剣が席に置かれていた。
「お好きなものをお取りください」
そう言ったブルーノは拳銃を二丁を手にし弾を込めると、ジュストコールの内側の隠しに納めた。グスタフとエルンストは剣を取った。ゲッツは何も取らない。すでに武器を持っているらしい。
ブルーノは公爵邸に詳しいようだった。
「屋敷の二階に公爵様の部屋があります。現在、公爵様は病に臥せっておいでです」
なんとなく予感があった。アデリナが好き勝手にしているのはそういうことだったのだ。
「今日は子爵は屋敷においでです。手前が先に子爵に請求書を渡すために中に入ります。御者が三回ドアを叩いて合図をしますので、お二人は借用書の入った箱を持って来てください。それまでは馬車の中でお待ちを」
ブルーノの話の最中に馬車は動き出した。
初めて訪れる都の屋敷を想像しグスタフは緊張していた。
エルンストがブルーノに尋ねた。
「すぐに子爵様に会えるのでしょうか」
「どこの貴族の屋敷でもゴルトベルガーの名を出せばすぐに会えるのですよ」
それが金の力であることはグスタフにもわかる。
五分とかからぬうちに馬車は止まった。もう少し時間が欲しいとグスタフは思った。兄と会う覚悟が定まっていないのだ。
門番らしい者が御者を誰何した。
「ゴルトベルガー銀行から参りました」
「中を見せろ」
門番はドアを開けた。グスタフはまずいと思った。が、門番はさっと中を見ると「よし」と言った。
グスタフもエルンストも一度もこの屋敷に入ったことはない。門番がグスタフの顔を知っているわけはないのだ。
馬車が屋敷の門をくぐると、門は閉じられた。
馬車は屋敷の裏手に止められた。御者がキャビンの扉を開けた
ブルーノが地面に足を着けた瞬間、空気を裂くような音がした。ゲッツが短銃を懐から出した。
「出て来い、グスタフ。隠れていてもわかっているんだ!」
一年に数度しか聞いたことのないゲオルグの声だった。
グスタフはおしまいだと思った。
何もしないうちに自分はゲオルグに撃たれて死ぬのだ。たぶんエルンストも道連れだ。
だが、何故兄は自分がここにいることを知っているのか?
黒い髪を短く刈り上げた長身の若者が現われた。
「これは手前の倅です」
「初めまして、ブルーノ・ゴルトベルガーです」
ノーラの言っていた若旦那らしい。が、あまりゴルトベルガーには似ていない。母親似であろうか。
「私はこれから人と会う用件がありますので、倅がお供します。一応武芸の心得がありますので、多少はお役に立つかと」
「お供? どこへ」
グスタフの問いに商人は当然のように言った。
「公爵様のお屋敷ですよ。ここから歩いて行けますが、馬車を用意しております。この箱は重いですから。倅はこう見えて返済の督促が上手なのですよ」
つまり、借金取りとともに公爵に会えということらしい。確かに父に会って話さなければ何も始まらない。だが、そう簡単に会えるのだろうか。公爵夫人アデリナはコルネリウスを使ってグスタフを殺そうとしたのである。彼女が入れるなと命ずれば力ずくでも屋敷には入れないだろう。何より、兄殺しのグスタフを討つために公爵家の騎士団を領地にまで派遣しているのである。これでは飛んで火に入るなんとやらではないか。と思った時、グスタフは「武芸の心得」という言葉の意味に気付いた。ゴルトベルガーは武器の使用までも想定しているのだ。
「息子さんを巻き込むわけにはいかない」
商人は笑った。
「お気遣いなく。武芸の心得があるのは息子だけではありません。よろしいですか。あきらめぬ事。それが肝要です。あきらめねば必ず道は開けます」
オスカー・ゴルトベルガーの言った事の意味は車寄せに出てすぐにわかった。御者も馬車に同乗するお供の若者ゲッツも見るからに腕力がありそうだった。とはいえ、公爵家には警護の家来もいる。これだけでは心もとないと思っていると、ブルーノが言った。
「公爵家の騎士団は今ほとんど都を出ています。パスカルも領地に向かっています」
「なんと!」
宮廷の騎士である兄が都を離れるなど許されるのだろうか。
「宮廷騎士団に休暇の願いを出しています。ただ、子爵もなかなかの手練れ。用心なさいませ」
ブルーノは平然と恐ろしいことを言うとエルンストは思った。兄弟であるグスタフとゲオルグが剣を交えるかもしれぬということではないか。
キャビンに乗り込んで、グスタフはまたも驚いた。拳銃や剣が席に置かれていた。
「お好きなものをお取りください」
そう言ったブルーノは拳銃を二丁を手にし弾を込めると、ジュストコールの内側の隠しに納めた。グスタフとエルンストは剣を取った。ゲッツは何も取らない。すでに武器を持っているらしい。
ブルーノは公爵邸に詳しいようだった。
「屋敷の二階に公爵様の部屋があります。現在、公爵様は病に臥せっておいでです」
なんとなく予感があった。アデリナが好き勝手にしているのはそういうことだったのだ。
「今日は子爵は屋敷においでです。手前が先に子爵に請求書を渡すために中に入ります。御者が三回ドアを叩いて合図をしますので、お二人は借用書の入った箱を持って来てください。それまでは馬車の中でお待ちを」
ブルーノの話の最中に馬車は動き出した。
初めて訪れる都の屋敷を想像しグスタフは緊張していた。
エルンストがブルーノに尋ねた。
「すぐに子爵様に会えるのでしょうか」
「どこの貴族の屋敷でもゴルトベルガーの名を出せばすぐに会えるのですよ」
それが金の力であることはグスタフにもわかる。
五分とかからぬうちに馬車は止まった。もう少し時間が欲しいとグスタフは思った。兄と会う覚悟が定まっていないのだ。
門番らしい者が御者を誰何した。
「ゴルトベルガー銀行から参りました」
「中を見せろ」
門番はドアを開けた。グスタフはまずいと思った。が、門番はさっと中を見ると「よし」と言った。
グスタフもエルンストも一度もこの屋敷に入ったことはない。門番がグスタフの顔を知っているわけはないのだ。
馬車が屋敷の門をくぐると、門は閉じられた。
馬車は屋敷の裏手に止められた。御者がキャビンの扉を開けた
ブルーノが地面に足を着けた瞬間、空気を裂くような音がした。ゲッツが短銃を懐から出した。
「出て来い、グスタフ。隠れていてもわかっているんだ!」
一年に数度しか聞いたことのないゲオルグの声だった。
グスタフはおしまいだと思った。
何もしないうちに自分はゲオルグに撃たれて死ぬのだ。たぶんエルンストも道連れだ。
だが、何故兄は自分がここにいることを知っているのか?
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