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20 火薬
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ブルーノは馬車の横に仰向けに倒れていた。銃弾は右肩をかすめて馬車の屋根にめりこんだが、その勢いで彼は均衡を崩し芝生の上に倒れたのである。仰向けになった彼の視界に数名の銃を構えた男達の姿が入った。彼らは皆銃口を馬車に向けていた。
屋敷のほうから足音が近づいてきた。
コンラート子爵ゲオルグである。彼は倒れているブルーノをちらっと見た。
「生きていたか。まあいい。後でおまえの親父に騒ぎを起こした代償を払ってもらうとしよう」
まるで暗黒街の小悪党のようなことを言う。ブルーノはあきれ果てた。要するにこの男はブルーノの命を代償に借金を帳消しにしてもらおうとしているのだ。自らは借金を減らす努力を何もせずに。
ゲオルグは馬車に銃口を向けている家臣のそばまで下がり叫んだ。
「出て来い、グスタフ、臆病者め」
扉が少し開くのが見えた。ゲオルグはニヤリと笑った。父親が見たら下品だとたしなめる表情だった。
「出るけど、いいのか」
グスタフの大声が聞こえてきた。
ゲオルグは構わんと叫んだ。これでグスタフもおしまいだ。ゆっくりと嬲り殺しにしてやる。父公爵が作らせている遺言状を盗み見て以来ゲオルグはグスタフを憎んでいた。
「んん?」
扉から最初に見えたのは大きな木箱だった。続いてそれを抱きかかえているグスタフの姿が見えた。盾にするつもりだろうかとゲオルグは思ったものの、それにしては不格好である。そばにいる射撃手もとまどっていた。
「何のつもりだ」
ゲオルグの問いにグスタフは裏庭中に響く声で答えた。
「この箱に入ってるのは火薬だ」
はったりだろうとゲオルグは思った。火薬なんてグスタフが手に入れられるわけがない。
だが、銃口を向けていた家臣達の間には動揺が広がっていた。彼らは火薬の危険性をよく知っていた。
「嘘を言え」
「嘘じゃない。ゴルトベルガーさんから手に入れた」
グスタフは知らなかったが、ゴルトベルガー商会は武器や火薬の取引もしていた。ゲオルグはありえないと思ったものの、もしやという思いもあった。五男坊のグスタフに失うものは何もない。怖いものなどないのだ。この屋敷が爆破されたところで痛くも痒くもないだろう。
一方、ブルーノは笑いたくなった。確かにあの中に入っているのは火薬も同様。蓋を開けてぶちまければ、公爵家を揺るがすことになる。
「あれは本当に火薬なのか」
ゲオルグはブルーノに向かって叫んだ。ブルーノは左手を上げて親指と人差し指で丸を作った。
そばで銃を構えている家臣は不安げな顔でゲオルグを見た。ゲオルグは蒼ざめた顔で構えを解くように命じた。
「父上に会わせて欲しい。病が重いのだろう」
グスタフはゆっくりとゲオルグに向かって進んだ。背後からエルンストとゲッツが周囲を警戒しながらついてくる。
「火薬を持って父に会うなど」
「安心しろ。父上の前で火はつけぬ」
とうとうゲオルグの正面、あと数歩というところまで来た。エルンストはもし誰かが斬りつけたらと剣の柄を握りながら周囲を見回した。
「会わせてもよいが、箱を置いて俺を倒せ」
ゲオルグは剣を抜いた。グスタフの最も恐れていたことだった。親しくもない兄だが、身内である。兄を殺さねば王はおろか公爵にもなれぬとは何ということか。
ためらうグスタフの前にすっとエルンストが立った。
「それがしが相手をつかまつる」
剣を抜いたエルンストにグスタフは止めろと叫んだが、ゲッツに肩をつかまれた。
「さあ、参りますぞ」
信じられないような力で引きずられ、グスタフは箱を抱えながら屋敷へと駆けた。
「待て!」
ゲオルグが追いかけようとすると、足元に銃弾が飛んで来た。いつの間にか起き上がっていたブルーノの拳銃の銃口からうっすらと煙が上った。
「いざ、尋常に勝負」
エルンストはゲオルグに斬りかかった。ゲオルグの剣はそれをはっしと受け止めた。
家臣達はエルンストに向けて銃口を向けた。ゲオルグは叫んだ。
「私はいい! グスタフを追え!」
家臣達はグスタフを追うため、走った。だが、その腕をブルーノの二丁の拳銃が次々と狙った。
銃声がするたび、家臣達は腕や肩、足を押さえてその場に倒れた。
ブルーノに向けて銃口を向けた家臣も倒れた。その腕には御者の投げた短剣が刺さっていた。
「やれやれ、鍛え方が足らんの」
御者は自分の投げた短剣だけでなく家臣の銃を回収し、ブルーノに渡した。ブルーノはエルンストのことを頼むと御者に言い、グスタフを追った。
御者はエルンストとゲオルグの戦いを御者台から眺めた。よく訓練された馬たちは銃声にも驚かずじっとしているので御者は落ち着いて二人を観察できた。
ゲオルグの剣は優れた師匠から習ったものなのであろう。エルンストを執拗に攻めた。エルンストはそれを受け流す。劣勢に見えたが、次第にゲオルグを鋭く追い詰めていった。エルンストが若いからだけではない。恐ろしいほどの気迫があった。
何も言葉を発することなく、エルンストはついにゲオルグの右肩に斬りつけた。
「うおっ!」
ゲオルグはその場によろよろと尻もちをついた。
「殺せ、とどめを刺さぬか」
苦し気なゲオルグの肩から血がじわじわとしみ出て絹のジュストコールを染めていく。エルンストは王になることを願った男を見下ろした。
「主の兄を殺すつもりはありません。あなたを足止めするのが目的ですから」
「甘いな」
ゲオルグは左手に持ち替えた剣をエルンストに向けて投げた。だが、剣は地面の上にこつんと落ちただけだった。御者の短剣がゲオルグの投げた剣を落としたのだ。
「くっそおお」
叫ぶゲオルグを後目にエルンストは館の中へ駆けて行った。
御者はコンラート子爵の上着を脱がせ、用意していた血止めの薬を傷に塗った。
屋敷のほうから足音が近づいてきた。
コンラート子爵ゲオルグである。彼は倒れているブルーノをちらっと見た。
「生きていたか。まあいい。後でおまえの親父に騒ぎを起こした代償を払ってもらうとしよう」
まるで暗黒街の小悪党のようなことを言う。ブルーノはあきれ果てた。要するにこの男はブルーノの命を代償に借金を帳消しにしてもらおうとしているのだ。自らは借金を減らす努力を何もせずに。
ゲオルグは馬車に銃口を向けている家臣のそばまで下がり叫んだ。
「出て来い、グスタフ、臆病者め」
扉が少し開くのが見えた。ゲオルグはニヤリと笑った。父親が見たら下品だとたしなめる表情だった。
「出るけど、いいのか」
グスタフの大声が聞こえてきた。
ゲオルグは構わんと叫んだ。これでグスタフもおしまいだ。ゆっくりと嬲り殺しにしてやる。父公爵が作らせている遺言状を盗み見て以来ゲオルグはグスタフを憎んでいた。
「んん?」
扉から最初に見えたのは大きな木箱だった。続いてそれを抱きかかえているグスタフの姿が見えた。盾にするつもりだろうかとゲオルグは思ったものの、それにしては不格好である。そばにいる射撃手もとまどっていた。
「何のつもりだ」
ゲオルグの問いにグスタフは裏庭中に響く声で答えた。
「この箱に入ってるのは火薬だ」
はったりだろうとゲオルグは思った。火薬なんてグスタフが手に入れられるわけがない。
だが、銃口を向けていた家臣達の間には動揺が広がっていた。彼らは火薬の危険性をよく知っていた。
「嘘を言え」
「嘘じゃない。ゴルトベルガーさんから手に入れた」
グスタフは知らなかったが、ゴルトベルガー商会は武器や火薬の取引もしていた。ゲオルグはありえないと思ったものの、もしやという思いもあった。五男坊のグスタフに失うものは何もない。怖いものなどないのだ。この屋敷が爆破されたところで痛くも痒くもないだろう。
一方、ブルーノは笑いたくなった。確かにあの中に入っているのは火薬も同様。蓋を開けてぶちまければ、公爵家を揺るがすことになる。
「あれは本当に火薬なのか」
ゲオルグはブルーノに向かって叫んだ。ブルーノは左手を上げて親指と人差し指で丸を作った。
そばで銃を構えている家臣は不安げな顔でゲオルグを見た。ゲオルグは蒼ざめた顔で構えを解くように命じた。
「父上に会わせて欲しい。病が重いのだろう」
グスタフはゆっくりとゲオルグに向かって進んだ。背後からエルンストとゲッツが周囲を警戒しながらついてくる。
「火薬を持って父に会うなど」
「安心しろ。父上の前で火はつけぬ」
とうとうゲオルグの正面、あと数歩というところまで来た。エルンストはもし誰かが斬りつけたらと剣の柄を握りながら周囲を見回した。
「会わせてもよいが、箱を置いて俺を倒せ」
ゲオルグは剣を抜いた。グスタフの最も恐れていたことだった。親しくもない兄だが、身内である。兄を殺さねば王はおろか公爵にもなれぬとは何ということか。
ためらうグスタフの前にすっとエルンストが立った。
「それがしが相手をつかまつる」
剣を抜いたエルンストにグスタフは止めろと叫んだが、ゲッツに肩をつかまれた。
「さあ、参りますぞ」
信じられないような力で引きずられ、グスタフは箱を抱えながら屋敷へと駆けた。
「待て!」
ゲオルグが追いかけようとすると、足元に銃弾が飛んで来た。いつの間にか起き上がっていたブルーノの拳銃の銃口からうっすらと煙が上った。
「いざ、尋常に勝負」
エルンストはゲオルグに斬りかかった。ゲオルグの剣はそれをはっしと受け止めた。
家臣達はエルンストに向けて銃口を向けた。ゲオルグは叫んだ。
「私はいい! グスタフを追え!」
家臣達はグスタフを追うため、走った。だが、その腕をブルーノの二丁の拳銃が次々と狙った。
銃声がするたび、家臣達は腕や肩、足を押さえてその場に倒れた。
ブルーノに向けて銃口を向けた家臣も倒れた。その腕には御者の投げた短剣が刺さっていた。
「やれやれ、鍛え方が足らんの」
御者は自分の投げた短剣だけでなく家臣の銃を回収し、ブルーノに渡した。ブルーノはエルンストのことを頼むと御者に言い、グスタフを追った。
御者はエルンストとゲオルグの戦いを御者台から眺めた。よく訓練された馬たちは銃声にも驚かずじっとしているので御者は落ち着いて二人を観察できた。
ゲオルグの剣は優れた師匠から習ったものなのであろう。エルンストを執拗に攻めた。エルンストはそれを受け流す。劣勢に見えたが、次第にゲオルグを鋭く追い詰めていった。エルンストが若いからだけではない。恐ろしいほどの気迫があった。
何も言葉を発することなく、エルンストはついにゲオルグの右肩に斬りつけた。
「うおっ!」
ゲオルグはその場によろよろと尻もちをついた。
「殺せ、とどめを刺さぬか」
苦し気なゲオルグの肩から血がじわじわとしみ出て絹のジュストコールを染めていく。エルンストは王になることを願った男を見下ろした。
「主の兄を殺すつもりはありません。あなたを足止めするのが目的ですから」
「甘いな」
ゲオルグは左手に持ち替えた剣をエルンストに向けて投げた。だが、剣は地面の上にこつんと落ちただけだった。御者の短剣がゲオルグの投げた剣を落としたのだ。
「くっそおお」
叫ぶゲオルグを後目にエルンストは館の中へ駆けて行った。
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