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さすがに木箱を抱えて戦うことはできない。館に入った途端に警護の家臣らに取り囲まれたグスタフは箱を足元に置いて、剣を抜いた。エルンストのことは心配だが、今はこの場を切り抜けねばならない。
ゲッツは剣も持っているが抜いていない。彼は格闘を得意としていた。
二人を囲むのは十三人。リーダー格らしい男が叫んだ。
「この不埒者を成敗せよ」
幸いにも銃を持つ者はいない。屋敷の中で銃を使えば高価な絵画や美術品に傷がつく恐れがあるので禁じられているのだ。
だが相手は一人ではない。一人の剣を受け止めると、もう一人が襲いかかってくる。と、それを倒したのはゲッツだった。彼は先ほどまで熊のような大男と組み合っていたが、股間を蹴り上げ倒すと、グスタフに剣を向ける男の背中に膝蹴りをくらわせたのだ。さらに襲い掛かる男をゲッツは次から次へと投げ飛ばし、蹴り飛ばした。
グスタフはおかげで一人に専念できた。最初の相手の腕を斬ったところで、ブルーノが現われた。
ブルーノは拳銃を天井めがけて撃った。銃声が響き、天井からつり下げられたシャンデリアがカタカタと音を立てて揺れた。
「いい加減にしろや」
叫ぶと持って来た銃をゲッツとグスタフに向かってそれぞれ投げた。まだ倒れていない家臣は五人。彼らは剣しか持っていなかったので、飛び道具に怖気づいていた。
リーダー格の男は驚き、慌てて拳銃を懐から出そうとしたが、その動作の終わらぬうちに、ブルーノに背後に立たれていた。無論、背中には拳銃が突きつけられている。
「グスタフ様は父上の公爵様に会いに来ただけだ。邪魔するんじゃない」
「グスタフ様?」
「公爵領に住む五男の若君だ」
どうやら彼らは不埒者が公爵の子息だとは知らなかったようである。だが、目の前にいるグスタフの容姿をよく見れば屋敷の壁に飾られている先代の公爵の肖像画に似ていることに気付いた。
家臣達は公爵の息子を相手に戦っていたことを知り、一挙に戦意を喪失した。彼らはゲオルグではなく公爵家に忠誠を誓っているのだ。
リーダーが叫んだ。
「剣を納めよ」
ブルーノは拳銃を突きつけたまま命じた。
「二階の公爵様の部屋へ案内しろ」
リーダー格の男は三人を大階段のある広間へと案内した。
「この階段を上って右側の廊下をまっすぐ行けば公爵様のお部屋です」
父に会える。グスタフは病に臥せる父の心労を思った。妻や息子たちの借金を知ったらどう思うだろう。だが、グスタフの目的は借金の督促ではない。そちらはブルーノに任せればいい。
大階段の下へ向かって足を踏み出した時だった。
階段の上から衣擦れの音が聞こえてきたかと思うと、甲高い声が広間に響き渡った。
「無礼者ども、ここはぬしらが来るような場所ではない」
見上げると二階に女達がずらりと並んでいた。甲高い声の持ち主は黒ずくめの衣装に身を包んだ小柄な老女だった。
「俺は公爵の五男グスタフ。婆さん、名は何というんだ」
老女は答えた。
「婆さんではない。わらわは公爵夫人に御幼少のみぎりより仕えているヘルムート男爵の妻パウラぞ」
「ヘルムート夫人、お通しください」
拳銃を突きつけられたままでそう言った家臣をパウラは嘲笑った。
「情なや。妾腹の五男坊の一味にいいようにされおって」
横にいた侍女が弓と矢を渡すと、パウラは弓に矢をつがえた。
「覚悟せい」
老女はグスタフに矢を向けた。不思議なことにグスタフは恐怖を覚えなかった。この矢は絶対に当たらないという確信があった。何故なのかわからない。
エルンストはグスタフの前に立ち、ゲッツから渡された銃を老女に向けた。
「撃つな、エルンスト」
グスタフの声に一瞬エルンストがひるんだ隙に老女はグスタフ目掛けて矢を放った。
矢はエルンストの足元の絨毯を射抜いた。
「おやめ、パウラ」
突然、凛とした声が響いた。女達が左右に分かれて、道をあけた。
「おひいさま」
パウラは構えた弓と矢をその場に置いた。
女達の前に進み出たのは金色の髪をひっつめにしたうら若い女性だった。
「グスタフ、よくここまで来た」
「エリーゼ?」
年に一度、夏に館にやって来る公爵の次女エリーゼだった。いつもグスタフを冷ややかに見ていた一つ上の姉は宰相ライマンの子息と婚約中だったはずである。けれど、その表情には結婚を前にした華やいだ雰囲気が欠けていた。
同じ頃、公爵家の門前に馬車が停まった。黒衣の僧侶、禿頭の男に続いて黒いベールで顔を隠した婦人が降りた。
「塗油式の依頼を受けて参った」
僧侶の言葉を疑うことなく門番は三人を中に入れた。
ゲッツは剣も持っているが抜いていない。彼は格闘を得意としていた。
二人を囲むのは十三人。リーダー格らしい男が叫んだ。
「この不埒者を成敗せよ」
幸いにも銃を持つ者はいない。屋敷の中で銃を使えば高価な絵画や美術品に傷がつく恐れがあるので禁じられているのだ。
だが相手は一人ではない。一人の剣を受け止めると、もう一人が襲いかかってくる。と、それを倒したのはゲッツだった。彼は先ほどまで熊のような大男と組み合っていたが、股間を蹴り上げ倒すと、グスタフに剣を向ける男の背中に膝蹴りをくらわせたのだ。さらに襲い掛かる男をゲッツは次から次へと投げ飛ばし、蹴り飛ばした。
グスタフはおかげで一人に専念できた。最初の相手の腕を斬ったところで、ブルーノが現われた。
ブルーノは拳銃を天井めがけて撃った。銃声が響き、天井からつり下げられたシャンデリアがカタカタと音を立てて揺れた。
「いい加減にしろや」
叫ぶと持って来た銃をゲッツとグスタフに向かってそれぞれ投げた。まだ倒れていない家臣は五人。彼らは剣しか持っていなかったので、飛び道具に怖気づいていた。
リーダー格の男は驚き、慌てて拳銃を懐から出そうとしたが、その動作の終わらぬうちに、ブルーノに背後に立たれていた。無論、背中には拳銃が突きつけられている。
「グスタフ様は父上の公爵様に会いに来ただけだ。邪魔するんじゃない」
「グスタフ様?」
「公爵領に住む五男の若君だ」
どうやら彼らは不埒者が公爵の子息だとは知らなかったようである。だが、目の前にいるグスタフの容姿をよく見れば屋敷の壁に飾られている先代の公爵の肖像画に似ていることに気付いた。
家臣達は公爵の息子を相手に戦っていたことを知り、一挙に戦意を喪失した。彼らはゲオルグではなく公爵家に忠誠を誓っているのだ。
リーダーが叫んだ。
「剣を納めよ」
ブルーノは拳銃を突きつけたまま命じた。
「二階の公爵様の部屋へ案内しろ」
リーダー格の男は三人を大階段のある広間へと案内した。
「この階段を上って右側の廊下をまっすぐ行けば公爵様のお部屋です」
父に会える。グスタフは病に臥せる父の心労を思った。妻や息子たちの借金を知ったらどう思うだろう。だが、グスタフの目的は借金の督促ではない。そちらはブルーノに任せればいい。
大階段の下へ向かって足を踏み出した時だった。
階段の上から衣擦れの音が聞こえてきたかと思うと、甲高い声が広間に響き渡った。
「無礼者ども、ここはぬしらが来るような場所ではない」
見上げると二階に女達がずらりと並んでいた。甲高い声の持ち主は黒ずくめの衣装に身を包んだ小柄な老女だった。
「俺は公爵の五男グスタフ。婆さん、名は何というんだ」
老女は答えた。
「婆さんではない。わらわは公爵夫人に御幼少のみぎりより仕えているヘルムート男爵の妻パウラぞ」
「ヘルムート夫人、お通しください」
拳銃を突きつけられたままでそう言った家臣をパウラは嘲笑った。
「情なや。妾腹の五男坊の一味にいいようにされおって」
横にいた侍女が弓と矢を渡すと、パウラは弓に矢をつがえた。
「覚悟せい」
老女はグスタフに矢を向けた。不思議なことにグスタフは恐怖を覚えなかった。この矢は絶対に当たらないという確信があった。何故なのかわからない。
エルンストはグスタフの前に立ち、ゲッツから渡された銃を老女に向けた。
「撃つな、エルンスト」
グスタフの声に一瞬エルンストがひるんだ隙に老女はグスタフ目掛けて矢を放った。
矢はエルンストの足元の絨毯を射抜いた。
「おやめ、パウラ」
突然、凛とした声が響いた。女達が左右に分かれて、道をあけた。
「おひいさま」
パウラは構えた弓と矢をその場に置いた。
女達の前に進み出たのは金色の髪をひっつめにしたうら若い女性だった。
「グスタフ、よくここまで来た」
「エリーゼ?」
年に一度、夏に館にやって来る公爵の次女エリーゼだった。いつもグスタフを冷ややかに見ていた一つ上の姉は宰相ライマンの子息と婚約中だったはずである。けれど、その表情には結婚を前にした華やいだ雰囲気が欠けていた。
同じ頃、公爵家の門前に馬車が停まった。黒衣の僧侶、禿頭の男に続いて黒いベールで顔を隠した婦人が降りた。
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僧侶の言葉を疑うことなく門番は三人を中に入れた。
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