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絡まる謎
伍 赤岩とシロ
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その日、赤岩半兵衛発見の報が上屋敷に知らされたのは暮れ六つを過ぎた頃だった。
品川周辺を探索していた目付配下の小物の丑蔵が七つ頃(午後四時頃)喜久乃屋という茶屋に入る半兵衛を見つけたのである。
茶屋といっても半兵衛が入ったのは、男女が逢引きに利用することの多い茶屋の体を借りた宿屋だった。丑蔵は恐らくここで誰かと会うに違いないと察し、近くで探索していた仲間に上屋敷に連絡に行かせた。丑蔵は引き続き、はす向かいの茶屋の二階の部屋を借りて喜久乃屋を見張っていた。
二刻(四時間)ほど待っていると武家風の紺色の御高祖頭巾の女が一人で喜久乃屋に入って行くのが見えた。
これはと思い下に降りると、ちょうど吉井が用人三人とやって来た。他の小物らも遠巻きにするように周辺に配置されていた。
吉井は茶屋の主儀兵衛にこれはさる家中の御用の筋と言って、部屋に踏み込む許しを得た。茶屋の主は吉井の厳つい顔と鋭い目つきに否とは言えなかった。
吉井らが二階の客室に踏み込む用意をするのを横目に、茶屋の番頭は表に休みの札を掲げ客が来ぬようにした。
狭い階段を二階に上がり、主人が部屋の中に向かって「お客様」と声を掛けた。
返事はなかった。部屋の襖を開けた吉井と配下の者が見たのは血まみれの畳の上にうつ伏せに倒れている赤岩半兵衛だった。配下の一人下田はすぐに外に出て丑蔵ら小物を茶屋の裏口に回らせた。もう一人の配下村中はすでに裏口にいた。今一人の配下上林は他の部屋の押し入れや厠を片っ端から見てまわった。
両隣の部屋に客はおらず、向かい側の部屋にいた客はすでに帰っていたので、上林の捜索は容易だった。が、猫の子一匹出て来なかった。
残った吉井は部屋の中に入り周囲を観察した。部屋まで案内した主人は入口でガタガタ震えていた。
裏口に回っていた村中は女の姿はなく、小物らが二手に分かれて探していると報告に来た。
後からまた小物が来た。彼らはむしろを持って来た。吉井は彼らがいざという時のために漬物を積んだ荷車を引いてきたことを知っていたので、裏口に回すように命じた。
途中、隣の茶屋の女将が何かあったのかと茶屋に顔を出した。男ばかりの出入りに不審を覚えたらしい。
番頭は、田舎のお武家様が酒を飲み過ぎて酔いつぶれたので、御家中の方が迎えに来たところでと言った。女将は自分のところでもそんな田舎侍が時々いると思い、それ以上聞かなかった。
現場を検分した後、残っている者で遺体を運ぶこととなった。
品川から一番近い屋敷は白金の下屋敷である。
吉井采女ら目付の一行は浪人赤岩半兵衛の遺体をむしろで包み、さらに箱に入れ荷車に載せ、その上に漬物樽を並べて品川から白金に向かった。景色のいい白金は高台にあるので登り坂に難儀したが、どうにか全員で荷車を押して上りきった。辻番には漬物を運んでいると言い、樽の中を見せてしのいだ。
連絡を受けていた下屋敷の用人は一行を入れると、門を固く閉ざした。
赤岩半兵衛の遺体は下屋敷の裏手の小屋に運ばれ、そこで調べられた。傷跡だけでなく、身体の特徴、着衣の生地、仕立てまで念入りに調べられた。奉行所の者の言っていた通り、背丈は五尺二寸で痩せており、左の頬にほくろがあったので、赤岩だと確認された。
夜中になって品川に残り探索していた丑蔵ら小物が下屋敷に入った。
丑蔵の報告では御高祖頭巾の女が茶屋を出たのを見た者はおらず、奥女中の乗るような女乗り物を目撃した者もいなかった。付近を流す駕籠屋に訊いても、それらしい女を乗せてはいないと言う。
丑蔵の見た紺色の御高祖頭巾の女など武家屋敷に行けばいくらでもいるので、一体何者か特定できるものでもない。
上林が番頭から人相を聞いたものの、頭巾のために目だけしか見えず特徴らしい特徴もなかった。目は切れ長と言ったが、そう見えるように化粧するのは奥女中の常であった。
丑蔵は報告の最後に言った。
「あんまりあの辺をうろついたもんですから、岡っ引きらしいのがつけてきまして。まくのに難儀しました。墨引きの外だってのに、仕事熱心なことで」
吉井は奉行所に知られるのは時間の問題だなと思った。と同時に、江戸の町奉行の管轄外の品川で赤岩を殺害するというのは、殺害した者は町奉行の介入を恐れているのではないかとも思った。
明日早いうちに家老と御前様に報告し、さっさとこの浪人を寺に埋葬しなければならない。
二刻も眠らぬまま、明け六つより前に吉井は配下とともに下屋敷を出た。上林には遺体を清め線香を上げ、棺桶を準備するように命じておいた。
犬の毛刈りは、方便である。
佐野を取り調べから一時解放するための苦肉の策だった。彼の精神的疲労は頂点に達しているはずだった。外の空気を吸わせて気を紛らわせなければ、とても取り調べに耐えきれぬと思われた。
それにまだ残暑が厳しく、シロの伸びた毛を刈る必要があった。なにしろ、シロの毛刈りは佐野にしか出来ない。仔犬の時から、シロは佐野の鋏しか受け付けなかった。一体どういう秘訣があるのか聞いても、犬は高い台の上に乗せれば大人しくなるものですという答えが返ってくるだけだった。
シロのほうも佐野という名前を聞いただけで、声のしたほうに顔を向けた。自分の長くなった毛を切って気持ち良くしてくれる人と認識しているようで、佐野が来ると台の上に自分で上った。
どうも、シロは人の名まえを覚えているようだった。又四郎が分家にいる頃は若様と呼ばれていたので若様と聞くと、遊んでもらえると思い、犬小屋から出ようとした。本家に来てからは若殿様だが、それも覚えたらしくやはり同じように小屋の出口に走り、又四郎の顔を探すのだった。
ちなみに餌をくれる小姓の顔も匂いもすでに覚えており、近づくだけで餌の茶碗を置く場所のそばに控えて待っている。風向きによっては少し離れた廊下を歩いているだけでもわかるらしく、そわそわとしだすのだった。
だからといって、小姓が置いた餌を意地汚く食べることもなく、よしと言われるまで待っていた。
そういうわけで、本家の犬の世話に関わる者達の間ではシロはすこぶる評判のいい犬だった。狆も可愛いが、大人しいので何を考えているかわからないところがあった。奥方様は機嫌がいい悪いがわかるらしいが、シロほどはっきりしないのだった。猫に至っては人間などどこ吹く風で、屋根や塀を乗り越え木の枝を伝い、奥から中奥、下手をすると表御殿まで出て来て、役人達を慌てさせるのだった。それに引き換え、シロは素直で従順な犬だった。
ともあれ、その朝、食事を終えた佐野は取り調べのため押し込められた座敷からシロの毛刈りのために出され中奥の庭に出た。彼自身が髭を剃らねばならぬと見えたが、それは許されていなかった。
すでにシロは小屋を出され、庭に置かれた整髪用に作られた木の台の上に乗って佐野を待っていた。
庭を見下ろす回廊には又四郎と奥から出て来た佳穂とおつきのお三奈が座っていたので、佐野はまず、そちらに一礼した。
「覚兵衛、よろしく頼む」
「はっ」
佐野の背後には大番組の番士が二人監視のためについていた。彼らは佐野が鋏を使うということで、警戒しているのである。シロはその気配に気づいたのか、大番組の二人を見て耳をやや後ろに倒して口を少し開けていた。又四郎はその表情に気付き、番士に犬に見えぬところに立つように命じた。
「しかしながら、佐野はまだ取り調べ中の身」
「犬がそなたらを見て怖がっているのだ。怯えると、毛刈りが早く終わらぬ。そなた達の仕事も長引くだけ」
番士はしぶしぶシロの視界に入らぬ後方の植え込みの横に下がった。
佳穂とお三奈は一体どんな形に刈られるのか、好奇心を隠さずに佐野の仕事を見た。
シロは佳穂の顔を覚えていたらしく佳穂を見ると穏やかな表情になった。お三奈は初めて見る犬種だったが、表情を見て思ったよりもかわいいと思った。
佐野はシロに何やら話しかけながら、くしけずり始めた。シロは気持ちよさそうにじっとしていた。
櫛が終わると、小姓がシロが動かないように身体を押さえ、佐野が鋏を入れた。
やはり暑さのため、長く伸びた毛をシロも鬱陶しく思っていたようで、佐野の鋏に一切動じなかった。佐野は軽快に鋏を動かした。細かいところは剃刀を使い剃っていった。
大胆な刈り方に佳穂もお三奈も目を見張った。
「まあ、さようなところまで刈ったら、お風邪を召しそう」
「冬までに伸びればいいけれど」
又四郎は説明した。
「シロはプドオという種類の犬。狩りで水鳥を追って川に入るので、冷えないように大切なところだけ毛を残して刈るのだ。まだ生まれて一年たたないので、もう少し大きくなる。地面に着いた足から背中までの高さが一尺五寸(約四十五・五センチメートル)ほどになるそうだ。仏蘭西では、これよりも小型のプドオが婦人たちに愛玩されている」
「小型のぷどおがいるのですか」
「ああ。狆のように可愛がられておるそうだ」
シロをおぶった時重かったことを思い出し、小さなぷどおならば、部屋の中でも飼えるだろうと佳穂は思った。
見る間に台の上のシロは頭や胸、足の膝やくるぶしの部分、尾の先以外すべて毛を刈られていた。
佐野は頭の毛も鋏で切り始めた。頭頂部の毛を集め、こよりで結び、髷のようにして頭の上に載せ鬢付け油で固めてしまった。
「まあ、かわいい髷」
佳穂は思わず微笑んでいた。佐野はシロの身体にまだついている毛を小さな箒で落とした。切られた毛も合わせると相当な量になった。
「まるで小さな小姓のようですね」
お三奈は無邪気に言った。佳穂も裃を着けたら人と間違えそうだと思った。
「佐野様は、シロに何と言っているのですか」
佳穂は佐野がシロに掛ける言葉が気になっていた。
「グッボーイ。いい子という意味だ」
「ぐっぼおい」
佳穂は繰り返した。それがシロに聞こえたのか、シロは佳穂を見た。
「まあ、わかるの。なんて賢い子」
佳穂は嬉しくて思わず立ち上がった。が、すぐにはしたないことをと思い座ろうとした。
が、又四郎も立ち上がった。
「そうだ、お佳穂にもコマンドを教えよう」
「こまんどとは何ですか」
小納戸に似ているとお三奈は思ったが、黙っていた。
「指図の言葉だ。シロは人が指図すると、その通りに動くのだ。ただ、人と同じ言葉だと、人に命じた時にシロも己に命令されたと勘違いする。故にシロだけに通じる言葉を使う」
そんな話をしている間に控えていた小姓が草履を持って来た。又四郎は先に降り、佳穂の手を取り履物を履くのを手伝った。お三奈はまあと目を見張った。御前様と奥方様とは逆だと思った。奥では奥方様が先に降りて、御前様の草履を揃えられるのに。
佳穂も又四郎の気遣いに恐縮していた。
「申し訳ありません。若殿様にさようなことを」
「レディファーストと言って、婦人が難儀しないようにするのが、西欧の習わしだ」
小姓もお三奈も番士も驚きをもって、又四郎の言葉を聞いた。
佐野はシロを台から下すと、鋏や櫛を用具入れにしまって小姓に渡した。
「鋏は前に教えたように手入れするのだぞ」
「かしこまりました」
番士が佐野に近づいた。佐野は従おうと振り返った。
「待て。覚兵衛、コマンドをお佳穂に教えるから、手伝ってくれ。番士はしばらく待て」
二人の番士は若殿様の言葉に顔を見合わせた。
「シロも佐野が急にいなくなれば不安になる。半刻もかからぬゆえ」
「畏まりました」
番士は再び植え込みの脇に控えた。
シロは又四郎に背中を撫でられると尻尾を激しく振った。
「お佳穂も撫でてみよ」
佳穂はそっと手を出した。首の回りをそっと撫でた。そこは毛が残っておりふわふわとしていた。
「シロ、ぐっぼおい」
シロは同じように尻尾を振った。又四郎は安堵した。
「シロもお佳穂が気に入っている」
「よかった」
「それでは、まずはお座りと御手だ」
又四郎はシロの前に立った。
「スイット」
シロはさっと腰を下ろしお座りをした。
「ハンド」
又四郎の手にシロが右の前脚を載せた。
「グッジョブ」
一連の動きに佳穂もお三奈も目を見張った。番士らもほおと思わず声を漏らしていた。
佳穂も同じように言ってみた。
「すいと」
シロは不思議そうな顔で佳穂を見上げるばかりだった。
「スイットだ」
佳穂は又四郎の言い方を真似てみた。やっとシロはお座りをした。
「はんど」
これはすぐにわかったようで佳穂の手に前脚を載せた。
「まあ、賢いこと。ぐっじょぶ」
「うまいではないか」
又四郎の嬉しそうな声に佳穂も嬉しくなり、もっと教えてくださいませと言った。
「よし。覚兵衛、扇を投げよ」
又四郎は覚兵衛に扇を渡した。覚兵衛はさっと広げた。
「シロ、ルック」
覚兵衛の声にシロは扇を見つめた。扇を投げると同時に覚兵衛は命じた。
「テイク」
シロは扇をめがけて走り、地面に落ちる前に口にくわえてまた戻って来た。
「よーし、グッボーイ、グッボーイ」
覚兵衛に撫でられ、シロは上機嫌そうに尻尾を振った。
犬がこのようなことをするのを佳穂もお三奈も初めて見た。無論、番士らも初めてだった。
「なんと、素早いこと」
「さすがは狩り犬」
又四郎も扇を投げた。すると風に乗って先ほどよりも遠くまで飛んだ。池にまで飛びそうになったので、佳穂もお三奈もはらはらしながら見ていた。
が、今度もシロは扇を追いかけ池に落ちる前に口でつかんで走ってきた。
佳穂も扇を投げてみたが、扇自体がさほど遠くまで飛ばなかった。それでも、シロはそれをくわえて戻ってきた。
「シロ、ぐっぼおい」
佳穂が首元を撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。
その後も、又四郎は伏せはダウン、来いはカメ、止まれはノーなどと教えてくれた。佳穂はそれを繰り返し練習した。シロは佳穂の命令をきちんときいた。番士二人は、賢い犬と驚くばかりだった。
圧巻は探し物だった。シロの注意をそらしている間に池のそばの植え込みにお三奈が隠した又四郎の根付を見つけると、その場でワンと吠えたのである。
「なんと賢いこと」
「シロ、グッジョブ!」
根付をくわえて持って来たシロを又四郎が撫でると、尻尾が激しく振られた。
佐野覚兵衛はそんなシロを愛おし気に見つめていた。佳穂はシロをこれほどかわいがる佐野が取り調べを受けているというのが解せなかった。
「若殿様、佐野をお返し願えませんか」
不意に聞こえた声に皆振り返った。いつの間にか、庭の隅に吉井采女が立っていた。厳めしい顔は相変わらずだった。
「調べたき儀がございますので」
「わかった」
覚兵衛はそれではと頭を下げ、番士とともに吉井に従った。
「もしや」
又四郎は呟いた。嫌な予感があった。
佳穂もまた又四郎の声の調子に不安を覚えた。何か起きたのだろうか。
佳穂らが奥に戻ってしばらくして、又四郎が御前様の元に行くと、そこに吉井がいた。
御前様の顔は明らかに曇っていた。
「何があったのですか」
吉井が畏れながらと答えた。
「浪人赤岩半兵衛が昨夜殺害されました」
又四郎は一時でも赤岩の死を願った己に嫌悪を覚えた。
浪人がもし生きていて町奉行所に捕われ何等かの証言をして月野家に捜索が入り、長岡の件が露見したら。
月野家を守るため、己の立場を守るため、口封じなどということを思った己はなんと卑しいことか。
御前様は沈鬱な表情で言った。
「赤岩とやらは星川家ゆかりの者、くれぐれも粗略に扱わぬように」
「畏まりました」
吉井が去った後、御前様は言った。
「佐野の知人だそうだな」
「はっ」
「佐野もつらかろう。それにしても、女子に殺されるとは」
「女子でございますか」
佐野の知り合いなら相応に腕が立つはずである。普通の女に殺されるはずがない。
「御高祖頭巾の女子だとか。だが逃げられたと」
武家の女子にしても、よほど油断しなければ殺されることはあるまい。薬でも盛られたのか。
「この一件、おかしなことが多過ぎる。目付も難儀しておる。これはやはり、余が分家の奥方に直接あたるしかあるまい」
「よろしいのですか」
「そなたにこの家を譲る前に、片を付けねばならぬこと。心苦しいかもしれぬが、そなたは命を狙われ、お佳穂はおかしな薬を盛られそうになったのだ。しかも直接関わりのない浪人まで殺された。元凶を問い質し、あるべき姿に戻すのが、余の最後の勤め。元はといえば、余があの方と縁組したくないと我儘なことを言うたからかもしれぬのだ。その責任をとるのは余自身」
御前様の実直さに、又四郎は頭を垂れていた。浪人の死を望んだ己とは大違いではないか。
「まことに御前様には申し訳なく」
「何を申すか。そなたは息子。息子が苦しんでおる時に何もせぬ親はおらぬ。余は光信院には何もできなかった。せめてこれくらいはやらせてくれ」
月野斉尚はそう言うと、しばし何かを思い出すかのように目を閉じた。
又四郎は黙ってそんな養父を見つめていた。
品川周辺を探索していた目付配下の小物の丑蔵が七つ頃(午後四時頃)喜久乃屋という茶屋に入る半兵衛を見つけたのである。
茶屋といっても半兵衛が入ったのは、男女が逢引きに利用することの多い茶屋の体を借りた宿屋だった。丑蔵は恐らくここで誰かと会うに違いないと察し、近くで探索していた仲間に上屋敷に連絡に行かせた。丑蔵は引き続き、はす向かいの茶屋の二階の部屋を借りて喜久乃屋を見張っていた。
二刻(四時間)ほど待っていると武家風の紺色の御高祖頭巾の女が一人で喜久乃屋に入って行くのが見えた。
これはと思い下に降りると、ちょうど吉井が用人三人とやって来た。他の小物らも遠巻きにするように周辺に配置されていた。
吉井は茶屋の主儀兵衛にこれはさる家中の御用の筋と言って、部屋に踏み込む許しを得た。茶屋の主は吉井の厳つい顔と鋭い目つきに否とは言えなかった。
吉井らが二階の客室に踏み込む用意をするのを横目に、茶屋の番頭は表に休みの札を掲げ客が来ぬようにした。
狭い階段を二階に上がり、主人が部屋の中に向かって「お客様」と声を掛けた。
返事はなかった。部屋の襖を開けた吉井と配下の者が見たのは血まみれの畳の上にうつ伏せに倒れている赤岩半兵衛だった。配下の一人下田はすぐに外に出て丑蔵ら小物を茶屋の裏口に回らせた。もう一人の配下村中はすでに裏口にいた。今一人の配下上林は他の部屋の押し入れや厠を片っ端から見てまわった。
両隣の部屋に客はおらず、向かい側の部屋にいた客はすでに帰っていたので、上林の捜索は容易だった。が、猫の子一匹出て来なかった。
残った吉井は部屋の中に入り周囲を観察した。部屋まで案内した主人は入口でガタガタ震えていた。
裏口に回っていた村中は女の姿はなく、小物らが二手に分かれて探していると報告に来た。
後からまた小物が来た。彼らはむしろを持って来た。吉井は彼らがいざという時のために漬物を積んだ荷車を引いてきたことを知っていたので、裏口に回すように命じた。
途中、隣の茶屋の女将が何かあったのかと茶屋に顔を出した。男ばかりの出入りに不審を覚えたらしい。
番頭は、田舎のお武家様が酒を飲み過ぎて酔いつぶれたので、御家中の方が迎えに来たところでと言った。女将は自分のところでもそんな田舎侍が時々いると思い、それ以上聞かなかった。
現場を検分した後、残っている者で遺体を運ぶこととなった。
品川から一番近い屋敷は白金の下屋敷である。
吉井采女ら目付の一行は浪人赤岩半兵衛の遺体をむしろで包み、さらに箱に入れ荷車に載せ、その上に漬物樽を並べて品川から白金に向かった。景色のいい白金は高台にあるので登り坂に難儀したが、どうにか全員で荷車を押して上りきった。辻番には漬物を運んでいると言い、樽の中を見せてしのいだ。
連絡を受けていた下屋敷の用人は一行を入れると、門を固く閉ざした。
赤岩半兵衛の遺体は下屋敷の裏手の小屋に運ばれ、そこで調べられた。傷跡だけでなく、身体の特徴、着衣の生地、仕立てまで念入りに調べられた。奉行所の者の言っていた通り、背丈は五尺二寸で痩せており、左の頬にほくろがあったので、赤岩だと確認された。
夜中になって品川に残り探索していた丑蔵ら小物が下屋敷に入った。
丑蔵の報告では御高祖頭巾の女が茶屋を出たのを見た者はおらず、奥女中の乗るような女乗り物を目撃した者もいなかった。付近を流す駕籠屋に訊いても、それらしい女を乗せてはいないと言う。
丑蔵の見た紺色の御高祖頭巾の女など武家屋敷に行けばいくらでもいるので、一体何者か特定できるものでもない。
上林が番頭から人相を聞いたものの、頭巾のために目だけしか見えず特徴らしい特徴もなかった。目は切れ長と言ったが、そう見えるように化粧するのは奥女中の常であった。
丑蔵は報告の最後に言った。
「あんまりあの辺をうろついたもんですから、岡っ引きらしいのがつけてきまして。まくのに難儀しました。墨引きの外だってのに、仕事熱心なことで」
吉井は奉行所に知られるのは時間の問題だなと思った。と同時に、江戸の町奉行の管轄外の品川で赤岩を殺害するというのは、殺害した者は町奉行の介入を恐れているのではないかとも思った。
明日早いうちに家老と御前様に報告し、さっさとこの浪人を寺に埋葬しなければならない。
二刻も眠らぬまま、明け六つより前に吉井は配下とともに下屋敷を出た。上林には遺体を清め線香を上げ、棺桶を準備するように命じておいた。
犬の毛刈りは、方便である。
佐野を取り調べから一時解放するための苦肉の策だった。彼の精神的疲労は頂点に達しているはずだった。外の空気を吸わせて気を紛らわせなければ、とても取り調べに耐えきれぬと思われた。
それにまだ残暑が厳しく、シロの伸びた毛を刈る必要があった。なにしろ、シロの毛刈りは佐野にしか出来ない。仔犬の時から、シロは佐野の鋏しか受け付けなかった。一体どういう秘訣があるのか聞いても、犬は高い台の上に乗せれば大人しくなるものですという答えが返ってくるだけだった。
シロのほうも佐野という名前を聞いただけで、声のしたほうに顔を向けた。自分の長くなった毛を切って気持ち良くしてくれる人と認識しているようで、佐野が来ると台の上に自分で上った。
どうも、シロは人の名まえを覚えているようだった。又四郎が分家にいる頃は若様と呼ばれていたので若様と聞くと、遊んでもらえると思い、犬小屋から出ようとした。本家に来てからは若殿様だが、それも覚えたらしくやはり同じように小屋の出口に走り、又四郎の顔を探すのだった。
ちなみに餌をくれる小姓の顔も匂いもすでに覚えており、近づくだけで餌の茶碗を置く場所のそばに控えて待っている。風向きによっては少し離れた廊下を歩いているだけでもわかるらしく、そわそわとしだすのだった。
だからといって、小姓が置いた餌を意地汚く食べることもなく、よしと言われるまで待っていた。
そういうわけで、本家の犬の世話に関わる者達の間ではシロはすこぶる評判のいい犬だった。狆も可愛いが、大人しいので何を考えているかわからないところがあった。奥方様は機嫌がいい悪いがわかるらしいが、シロほどはっきりしないのだった。猫に至っては人間などどこ吹く風で、屋根や塀を乗り越え木の枝を伝い、奥から中奥、下手をすると表御殿まで出て来て、役人達を慌てさせるのだった。それに引き換え、シロは素直で従順な犬だった。
ともあれ、その朝、食事を終えた佐野は取り調べのため押し込められた座敷からシロの毛刈りのために出され中奥の庭に出た。彼自身が髭を剃らねばならぬと見えたが、それは許されていなかった。
すでにシロは小屋を出され、庭に置かれた整髪用に作られた木の台の上に乗って佐野を待っていた。
庭を見下ろす回廊には又四郎と奥から出て来た佳穂とおつきのお三奈が座っていたので、佐野はまず、そちらに一礼した。
「覚兵衛、よろしく頼む」
「はっ」
佐野の背後には大番組の番士が二人監視のためについていた。彼らは佐野が鋏を使うということで、警戒しているのである。シロはその気配に気づいたのか、大番組の二人を見て耳をやや後ろに倒して口を少し開けていた。又四郎はその表情に気付き、番士に犬に見えぬところに立つように命じた。
「しかしながら、佐野はまだ取り調べ中の身」
「犬がそなたらを見て怖がっているのだ。怯えると、毛刈りが早く終わらぬ。そなた達の仕事も長引くだけ」
番士はしぶしぶシロの視界に入らぬ後方の植え込みの横に下がった。
佳穂とお三奈は一体どんな形に刈られるのか、好奇心を隠さずに佐野の仕事を見た。
シロは佳穂の顔を覚えていたらしく佳穂を見ると穏やかな表情になった。お三奈は初めて見る犬種だったが、表情を見て思ったよりもかわいいと思った。
佐野はシロに何やら話しかけながら、くしけずり始めた。シロは気持ちよさそうにじっとしていた。
櫛が終わると、小姓がシロが動かないように身体を押さえ、佐野が鋏を入れた。
やはり暑さのため、長く伸びた毛をシロも鬱陶しく思っていたようで、佐野の鋏に一切動じなかった。佐野は軽快に鋏を動かした。細かいところは剃刀を使い剃っていった。
大胆な刈り方に佳穂もお三奈も目を見張った。
「まあ、さようなところまで刈ったら、お風邪を召しそう」
「冬までに伸びればいいけれど」
又四郎は説明した。
「シロはプドオという種類の犬。狩りで水鳥を追って川に入るので、冷えないように大切なところだけ毛を残して刈るのだ。まだ生まれて一年たたないので、もう少し大きくなる。地面に着いた足から背中までの高さが一尺五寸(約四十五・五センチメートル)ほどになるそうだ。仏蘭西では、これよりも小型のプドオが婦人たちに愛玩されている」
「小型のぷどおがいるのですか」
「ああ。狆のように可愛がられておるそうだ」
シロをおぶった時重かったことを思い出し、小さなぷどおならば、部屋の中でも飼えるだろうと佳穂は思った。
見る間に台の上のシロは頭や胸、足の膝やくるぶしの部分、尾の先以外すべて毛を刈られていた。
佐野は頭の毛も鋏で切り始めた。頭頂部の毛を集め、こよりで結び、髷のようにして頭の上に載せ鬢付け油で固めてしまった。
「まあ、かわいい髷」
佳穂は思わず微笑んでいた。佐野はシロの身体にまだついている毛を小さな箒で落とした。切られた毛も合わせると相当な量になった。
「まるで小さな小姓のようですね」
お三奈は無邪気に言った。佳穂も裃を着けたら人と間違えそうだと思った。
「佐野様は、シロに何と言っているのですか」
佳穂は佐野がシロに掛ける言葉が気になっていた。
「グッボーイ。いい子という意味だ」
「ぐっぼおい」
佳穂は繰り返した。それがシロに聞こえたのか、シロは佳穂を見た。
「まあ、わかるの。なんて賢い子」
佳穂は嬉しくて思わず立ち上がった。が、すぐにはしたないことをと思い座ろうとした。
が、又四郎も立ち上がった。
「そうだ、お佳穂にもコマンドを教えよう」
「こまんどとは何ですか」
小納戸に似ているとお三奈は思ったが、黙っていた。
「指図の言葉だ。シロは人が指図すると、その通りに動くのだ。ただ、人と同じ言葉だと、人に命じた時にシロも己に命令されたと勘違いする。故にシロだけに通じる言葉を使う」
そんな話をしている間に控えていた小姓が草履を持って来た。又四郎は先に降り、佳穂の手を取り履物を履くのを手伝った。お三奈はまあと目を見張った。御前様と奥方様とは逆だと思った。奥では奥方様が先に降りて、御前様の草履を揃えられるのに。
佳穂も又四郎の気遣いに恐縮していた。
「申し訳ありません。若殿様にさようなことを」
「レディファーストと言って、婦人が難儀しないようにするのが、西欧の習わしだ」
小姓もお三奈も番士も驚きをもって、又四郎の言葉を聞いた。
佐野はシロを台から下すと、鋏や櫛を用具入れにしまって小姓に渡した。
「鋏は前に教えたように手入れするのだぞ」
「かしこまりました」
番士が佐野に近づいた。佐野は従おうと振り返った。
「待て。覚兵衛、コマンドをお佳穂に教えるから、手伝ってくれ。番士はしばらく待て」
二人の番士は若殿様の言葉に顔を見合わせた。
「シロも佐野が急にいなくなれば不安になる。半刻もかからぬゆえ」
「畏まりました」
番士は再び植え込みの脇に控えた。
シロは又四郎に背中を撫でられると尻尾を激しく振った。
「お佳穂も撫でてみよ」
佳穂はそっと手を出した。首の回りをそっと撫でた。そこは毛が残っておりふわふわとしていた。
「シロ、ぐっぼおい」
シロは同じように尻尾を振った。又四郎は安堵した。
「シロもお佳穂が気に入っている」
「よかった」
「それでは、まずはお座りと御手だ」
又四郎はシロの前に立った。
「スイット」
シロはさっと腰を下ろしお座りをした。
「ハンド」
又四郎の手にシロが右の前脚を載せた。
「グッジョブ」
一連の動きに佳穂もお三奈も目を見張った。番士らもほおと思わず声を漏らしていた。
佳穂も同じように言ってみた。
「すいと」
シロは不思議そうな顔で佳穂を見上げるばかりだった。
「スイットだ」
佳穂は又四郎の言い方を真似てみた。やっとシロはお座りをした。
「はんど」
これはすぐにわかったようで佳穂の手に前脚を載せた。
「まあ、賢いこと。ぐっじょぶ」
「うまいではないか」
又四郎の嬉しそうな声に佳穂も嬉しくなり、もっと教えてくださいませと言った。
「よし。覚兵衛、扇を投げよ」
又四郎は覚兵衛に扇を渡した。覚兵衛はさっと広げた。
「シロ、ルック」
覚兵衛の声にシロは扇を見つめた。扇を投げると同時に覚兵衛は命じた。
「テイク」
シロは扇をめがけて走り、地面に落ちる前に口にくわえてまた戻って来た。
「よーし、グッボーイ、グッボーイ」
覚兵衛に撫でられ、シロは上機嫌そうに尻尾を振った。
犬がこのようなことをするのを佳穂もお三奈も初めて見た。無論、番士らも初めてだった。
「なんと、素早いこと」
「さすがは狩り犬」
又四郎も扇を投げた。すると風に乗って先ほどよりも遠くまで飛んだ。池にまで飛びそうになったので、佳穂もお三奈もはらはらしながら見ていた。
が、今度もシロは扇を追いかけ池に落ちる前に口でつかんで走ってきた。
佳穂も扇を投げてみたが、扇自体がさほど遠くまで飛ばなかった。それでも、シロはそれをくわえて戻ってきた。
「シロ、ぐっぼおい」
佳穂が首元を撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。
その後も、又四郎は伏せはダウン、来いはカメ、止まれはノーなどと教えてくれた。佳穂はそれを繰り返し練習した。シロは佳穂の命令をきちんときいた。番士二人は、賢い犬と驚くばかりだった。
圧巻は探し物だった。シロの注意をそらしている間に池のそばの植え込みにお三奈が隠した又四郎の根付を見つけると、その場でワンと吠えたのである。
「なんと賢いこと」
「シロ、グッジョブ!」
根付をくわえて持って来たシロを又四郎が撫でると、尻尾が激しく振られた。
佐野覚兵衛はそんなシロを愛おし気に見つめていた。佳穂はシロをこれほどかわいがる佐野が取り調べを受けているというのが解せなかった。
「若殿様、佐野をお返し願えませんか」
不意に聞こえた声に皆振り返った。いつの間にか、庭の隅に吉井采女が立っていた。厳めしい顔は相変わらずだった。
「調べたき儀がございますので」
「わかった」
覚兵衛はそれではと頭を下げ、番士とともに吉井に従った。
「もしや」
又四郎は呟いた。嫌な予感があった。
佳穂もまた又四郎の声の調子に不安を覚えた。何か起きたのだろうか。
佳穂らが奥に戻ってしばらくして、又四郎が御前様の元に行くと、そこに吉井がいた。
御前様の顔は明らかに曇っていた。
「何があったのですか」
吉井が畏れながらと答えた。
「浪人赤岩半兵衛が昨夜殺害されました」
又四郎は一時でも赤岩の死を願った己に嫌悪を覚えた。
浪人がもし生きていて町奉行所に捕われ何等かの証言をして月野家に捜索が入り、長岡の件が露見したら。
月野家を守るため、己の立場を守るため、口封じなどということを思った己はなんと卑しいことか。
御前様は沈鬱な表情で言った。
「赤岩とやらは星川家ゆかりの者、くれぐれも粗略に扱わぬように」
「畏まりました」
吉井が去った後、御前様は言った。
「佐野の知人だそうだな」
「はっ」
「佐野もつらかろう。それにしても、女子に殺されるとは」
「女子でございますか」
佐野の知り合いなら相応に腕が立つはずである。普通の女に殺されるはずがない。
「御高祖頭巾の女子だとか。だが逃げられたと」
武家の女子にしても、よほど油断しなければ殺されることはあるまい。薬でも盛られたのか。
「この一件、おかしなことが多過ぎる。目付も難儀しておる。これはやはり、余が分家の奥方に直接あたるしかあるまい」
「よろしいのですか」
「そなたにこの家を譲る前に、片を付けねばならぬこと。心苦しいかもしれぬが、そなたは命を狙われ、お佳穂はおかしな薬を盛られそうになったのだ。しかも直接関わりのない浪人まで殺された。元凶を問い質し、あるべき姿に戻すのが、余の最後の勤め。元はといえば、余があの方と縁組したくないと我儘なことを言うたからかもしれぬのだ。その責任をとるのは余自身」
御前様の実直さに、又四郎は頭を垂れていた。浪人の死を望んだ己とは大違いではないか。
「まことに御前様には申し訳なく」
「何を申すか。そなたは息子。息子が苦しんでおる時に何もせぬ親はおらぬ。余は光信院には何もできなかった。せめてこれくらいはやらせてくれ」
月野斉尚はそう言うと、しばし何かを思い出すかのように目を閉じた。
又四郎は黙ってそんな養父を見つめていた。
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