嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

文字の大きさ
12 / 83

04

しおりを挟む
 ドアが開く音に続いて、どたどたとした足音が入ってくる。後ろに控えるティニがますます怯えたように師のフードをきゅっと掴み、ユーダレウスの首元が少し窮屈になった。

 店内に現れたのは三人。中年の男とそれより年嵩の女、そしてその二人の後から不満そうな顔のミアが渋々ついてきた。

「……おかえり、ユーダレウス」

 女の方がそう言って、挑戦的に、にやりと微笑んだ。低く結いまとめている栗色の髪には白髪が混じるが、生き生きと輝く瞳は彼女を実年齢よりも若く見せていた。

「ただいまとは言わねえぞ、マーサ。旅の途中でちょっと寄っただけだ」
「相変わらずの根無し草ってわけね、あんたは」

 ユーダレウスが当たり前のように頷くと、マーサは仕方なさそうにやれやれと首を振った。

 その後ろで、目を三角にしたメアリが男に詰め寄っている。

「ちょっと、トレバー。乱暴にしないでって言ってるでしょう。ドアが壊れちゃうじゃないの。こないだは窓を修理したばっかりなのに」
「悪い、メアリ。ついだよ、つい、急いでたからよ!」

 言い訳をする男の声に、腰に手を当てたマーサが後ろを振り返った。

「いいんだよ、メアリ。今度壊れたら修理費はそこの馬鹿息子の酒代から出すからね」
「う……悪かったって母ちゃん……」

 妻と母親に同時に責められ、トレバーと呼ばれた男は、悪戯がばれた少年のように小さくなった。
 日に焼けた肌に、短く刈り込んだ髪。がっしりとした体格は船乗りにも見えるが、身に着けた白いシャツとエプロンが彼がこの店の料理人であることを示していた。

「久しぶりだな、トレバー」
「ユーダレウスぅ!」

 ユーダレウスの声に、助かったとばかりにトレバーは目を輝かせた。

「かー、懐かしいなあ!」

 二人から逃げるようにのしのしと近寄ってきた男は、がしっとユーダレウスの肩を掴む。そのまま、気難しい表情のユーダレウスの顔を一通り眺めると、もともと柔和な目元をさらに緩ませて大きな声でがははと笑った。
 背後の弟子が声に驚いてびくりと反応した。ユーダレウスがじろりと目の前の男を睨むと、トレバーは母親に似た表情でにやりと笑った。

「おうおう、ユーダレウス、その悪人面も相変わらずだな!」
「うるせーな。昔みてーに魚にすんぞ、トレバー」

 意味深に指を揺らして「それとも、今度はイカでどうだ?」と言って挑発すると、トレバーは弱ったように苦々しく笑った。

 後ろのティニが小さな震え声で「イカ……?」と呟いた。どうやらさっきのイカの化け物の話を思い出してしまったらしく、ユーダレウスは、しまったと人知れず冷や汗をかく。

 厨房でやかんに水を汲んでいたマーサが声を張った。

「そりゃあいい! 今晩出すメニューにイカ料理でも追加しようかね! マリネか、それともニンニク入れてソテーにしようか」
「勘弁してくれよ、母ちゃん!」
「それが嫌ならさっさと晩の仕込み始めな!」
「げ、いっけね、もうそんな時間か!」

 トレバーは「また後でな」とユーダレウスの肩を叩き、駆け足で厨房に入った。
 イカは現れないとわかったのか、ティニがフードを握る力を少し緩めた。同時にユーダレウスもほっと息をつく。

「悪いねぇ、騒々しくて」
「いや、懐かしくていい」

 入れ替わりで戻ってきたマーサがからりと笑う。
 記憶と変わらぬ賑やかさに、ユーダレウスは力の抜けた表情を浮かべた。同時に、記憶の中と比べて一人足りないことにも思い当たる。

「マーサ。ロブはどうした」

 一番離れた壁際のテーブルを整えるふりをして、こちらを注意深く観察していたミアが、ユーダレウスの言葉にぴくりと反応した。
 それを視界の端に捉えたユーダレウスがそちらに視線をやると、ミアはわざとらしく顔を逸らし、父の後を追うように厨房へと消えた。

 ロブはマーサの夫である。ユーダレウスが知る限り、人が良すぎて苦労する質の男だった。トレバーの姿はまさしく生き写しだとしみじみ思いながら、マーサに向き直ると、彼女は古傷の痛みを堪えるような顔で静かに微笑んでいた。

「まさか……」
「ああ。一昨年の秋に。病気で」

 黙って眉間の皺を増やしたユーダレウスに、マーサがなんでもないことのように首を振った。

「暇があるなら墓参りにでも行ってやっとくれ。あの人もあんたに会いたいだろうから」

 さらりと言ってのけたマーサだが、その目には哀しみの色が浮かんでいたのをユーダレウスは見逃さなかった。
 長い瞬きの合間に哀しみを奥に仕舞ったマーサは、陽だまりのような明るい表情を浮かべた。

「それで? そっちの坊やはどうしたんだい。あんたの子ってわけじゃないだろう。これっぽっちも似てないもの」

 マーサが言うや否や、厨房にいた三人も気になっていたのか、わざわざ手を止めてティニを見つめる。
 その場の全員に見つめられ、急に話の中心に置かれたティニが戸惑ったように「ししょう」と呟く。いつものように両手を伸ばすのを我慢している代わりに、さっきから掴みっぱなしの師のフードを引く手にあからさまに力がこもった。

「……どこで攫ってきたの、ユーダレウス?」

 口元を手のひらで隠し、ひそひそと悪戯っぽく言うマーサに、襟元に指を差し込んだユーダレウスは眉間の皺を濃くした。

「馬鹿、人聞きの悪いことを言うな。弟子だ、弟子」

 ユーダレウスは頭の後ろに手を回し、弟子の手からフードを取り上げた。そのままティニの手を引き、自分の前に立たせる。

「ティニ。挨拶」
「え? は、初めまして、師匠の弟子のティニエトです。ティニと呼んでください」

 戸惑いながらもしっかりと自己紹介をして、仕上げに手を前に揃えてぺこりと行儀よく頭を下げたティニに、マーサの顔がほころんだ。
 これでいいのかと不安そうに振り返る弟子に、ユーダレウスは満足そうに鼻を鳴らした。

「あらまあ、可愛らしい子じゃないかユーダレウス! あたしはマーサ。この店の主人さ。よろしくね、ティニ」

 ティニを手招き、その肩を優しい手つきで抱いたマーサは、厨房に向けて指をさす。

「あっちのおじさんがトレバー。一応うちの料理長だ」
「よろしくな、坊主!」

 トレバーが大ぶりのナイフをひょいと持ち上げにかっと笑った。直後、マーサに「刃物を振り回すんじゃないよ!」と厳しく叱られ、しゅんと肩をすぼめる。

「全く……あのおじさんの隣の美人さんが、メアリ。おじさんの奥さんだ」
「もう、お母さんたら! よろしくねぇティニちゃん」

 メアリがティニに向けてひらひらと手を振る。義母の誉め言葉に照れているのかその頬は少し赤い。

 最後にマーサは厨房の最奥で野菜の皮むきをするミアを指さした。

「そして、あのお姉ちゃんがミアだ。おばちゃんの孫」
「……よろしく」

 興味がないと言いたげな顔で、少しだけティニを見たミアはすぐに視線を手元に戻した。

「えっと、みなさん、よろしくお願いします」

 ティニが全員に向けてもう一度お辞儀をすると、柱時計が定刻の時報を鳴らした。

「来たばかりで疲れてるだろう、ユーダレウス。今お茶でも淹れるからゆっくりしてな」
「悪いな」
「ティニは何がいい? 好きなの言ってごらん」

 マーサの問いかけに、ティニは後ろのユーダレウスを振り返る。師が頷くのを確認すると、もじもじとしながら口を開いた。

「えっと、ホットミルクが好きです」
「はいよ。トレバー……は手一杯みたいだね。メアリ、頼めるかい?」
「ええ、もちろん。そうだ、蜂蜜あるのよ。入れてもいいかしら?」

 メアリの問いかけに、ティニはぱっと顔を上げた。ガラス玉のようなブルーの瞳は、心なしかきらきらと期待に輝いている。

「ありがとうございます……!」

 それは、ほんのわずかな変化だった。
 ティ二の、人形のように変化のない表情が、ふわりと解けた。
 たったそれだけ。しかし、その控えめな笑顔によって、この場の母性が根こそぎ仕留められた音がした。

「あらまあ! 甘いホットミルクが好きなんだねぇ、ティニは」

 緩みきった顔をして撫でてくるマーサの手をくすぐったそうに受けながら、ティニはこくりと頷いた。ミアは先ほどよりも向こうを向いていた。皮むきの手を止め、口元を抑えて何かを堪えるように震えている。
 マーサに撫でられるティニをにこにこと変わらぬ微笑みで見ながら、メアリが足早に裏口へと向かう。

「ちょっと蜂蜜と牛乳、買いに行って来ます」
「おいおいメアリぃ。どっちも間に合うくらいあるぞ?」
「止めないでトレバー、私、きっと一番良い品を買ってくるわ。あの子の笑顔が見たいの」

 いつも通りと見せかけて、完全に魅了されてしまっている妻を、トレバーが慌てて止めに入る。

 ティニがあまり笑わない子供なせいか、それとも特別な何かがあるのか。弟子の笑顔の効果がもたらしたものを、ユーダレウスは面白半分に観察していた。

 ちなみに、あの微笑がティニの全力の満面の笑みであることを知っているのは、ユーダレウス一人であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

勇者召喚の余り物ですが、メイド型アンドロイド軍団で冒険者始めます

水江タカシ
ファンタジー
28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。 勇者、聖女、剣聖―― 華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。 【戦術構築サポートAI】 【アンドロイド工廠】 【兵器保管庫】 【兵站生成モジュール】 【拠点構築システム】 【個体強化カスタマイズ】 王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。 だが―― この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。 最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。 識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。 「今日からお前はレイナだ」 これは、勇者ではない男が、 メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。 屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、 趣味全開で異世界を生きていく。 魔王とはいずれ戦うことになるだろう。 だが今は―― まずは冒険者登録からだ。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...