嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

文字の大きさ
13 / 83

05

しおりを挟む
***

 マーサの「いいから早くティニにホットミルク作っておやり」の一声で我に返ったメアリは流れるように厨房に戻った。

 野菜の下ごしらえを終わらせたミアが、小鍋に入れたミルクを火にかけているメアリにひっそりと尋ねる。

「……ねえお母さん。何なの? あの人」

 問われたメアリは、鍋の火加減を調節しながら、合点がいったとばかりに「ああ!」と声を上げた。

「そうよね、ミアの世代は知らないのよね。あの人はね、魔術師なのよ」

 その返事に、ミアの目の色が変わった。

「魔術師? 道理で胡散臭いわけね……」

 ミアは茶を乗せた盆を片手に厨房を出る。二人の話が聞こえていたらしいマーサが、渋い笑顔で孫娘の動向に注意を向ける。

 ドン、と音を立て、不機嫌な顔の男の前に茶の入ったカップが置かれる。衝撃で少し跳ねた茶の滴を「やると思った」という顔をしながらマーサが布巾で拭う。

「……ミア」
「ようこそ、魔術師さん」

 マーサの窘めるような声を知らんぷりして、ミアはにっこりと笑う。営業用の張り付けたような笑みのその目つきは、胡散臭い魔術師などに騙されるものかという決意がにじみ出していた。

「ユーダレウスを名乗るだなんて、大それたことするのね。伝説の大魔術師にあやかりたいのはわかるけど」

 威圧するような物言いに怯えたティニが、外套を脱いだユーダレウスのシャツの裾を握った。それを見たミアは一瞬後悔したような顔をしたが、退くことはなく厳しい眼差しを男に向け続ける。

 誤魔化すか、怒るか。何かやましいことがある人間は、痛いところを突かれたら反応を示す。魔術師だけでも相当に胡散臭いというのに、伝説の魔術師の名を騙るこの男はどう出るか。

 しかし、ミアの予想はあてが外れた。ユーダレウスを名乗る男の表情は、先ほどと何も変わらない、眉間に深い皺を寄せた不機嫌そうな顔のままだ。

「あやかるも何も、本名だからな。そう名乗るのが当たり前だろう」

 男はのらりくらりと言いながら、カップを持ち上げて茶をひと口飲むと「茶葉も変わってねえのか」とマーサに向けてにやっと笑う。

 視線すら合わせない。まるで相手をする価値がないとばかりに、適当にあしらわれたのだと感じたミアは、ますます目を吊り上げた。

「あなたね……っ」
「ミア。お前が何と言おうと、この人はユーダレウスだよ」

 ミアが声を荒げる前に、マーサが間に割って入る。向こうへ行っていろとばかりに背を押され、ミアは苛立ちを示すように声を高くした。

「おばあちゃん、冗談言わないで! ユーダレウスなんて、大昔のクラーケン退治のおとぎ話に出てくる人じゃない!」
「おお! 良く知ってるじゃねーかミア!」

 存在しない人物なのだと主張したつもりが、返ってきたのは父の歓声だった。虚をつかれたミアは、目を丸くして言葉を失う。

「それに五十五年前の大嵐の時の救世主様だ」

 ユーダレウスの前の席に腰を据えたマーサがそう続けると、やはりトレバーが「そうだそうだ」と囃し立てる。

「二十年前の流行り病もねえ。あの時、ユーダレウスが来てなかったら、私は今ここにいなかもしれないんだから」

 ホットミルクを持ってきたメアリが、相変わらず師にしがみついているティニに、にっこりと微笑みかけた。

 ミアは何食わぬ顔でカップを傾けている男を信じられない思いで見つめた。
その顔つきはどう見ても二十代半ば。見かけより年を食っているにしても、三十路にさしかかるかどうかが妥当なところだ。

 クラーケン退治こそおとぎ話だが、大嵐の話も、流行り病の話も、この街の子供は幼い時から親に事実として聞かされている話だ。
 それは、嵐が訪れやすいこの街の特性と、疫病による悲しい歴史を伝えるものだ。それを子供が飽きないよう、おとぎ話に出てくる魔術師を絡めて聞かせていたのだと、そう思っていたのに。

 祖母も両親も、この目の前の男が、その魔術師本人なのだと言う。

 ホットミルクに息を吹きかけていたティニが師を見上げた。

「師匠って長生きなんですね。いま何歳なんですか?」
「さあな、もう忘れた。数えるのも億劫だしな」

 ティニが「忘れるくらいいっぱい生きているんですか?」と続けて尋ねる。適当に返事をするユーダレウスに代わり、マーサが言葉を引き継いだ。

「そう言われても不思議じゃないね。何しろ、あたしの娘時代から、この見た目なんだもの」

 ティニの感嘆の声を聞きながら、ミアはまだユーダレウスを疑っていた。

 ――まじない師だろうと、魔術師だろうと。信じることなんか、できるわけがない。

 唇を噛み締めたミアは盆の縁を強く握る。使いこまれた盆に爪が引っかかり、小さく硬い音をたてた。

 ――もし、本当にあの伝説のユーダレウスが来たというのならば、もっと大々的にこの街に迎え入れられるのではないだろうか。こんな、庶民のための食堂なんかに、フードを被ってこそこそとやってきたりするものだろうか。

「……やっぱり、胡散臭い」

 誰にともなく小さく呟いたミアは、談笑する祖母と魔術師から背を向けるように踵を返した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...