嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

文字の大きさ
18 / 83

10

しおりを挟む
「しかし、痩せてるね。ユーダレウス、あんたこの子にしっかり食べさせてるのかい?」

 マーサの言葉に、集まっていたマーサの友人たちが同調する。ユーダレウスはうるさそうに顔を顰めて「食わせてるに決まってんだろ」と返事をした。

「何を食べさせてるかが問題なんだろう」

 呆れた様子で言うマーサに、付け合わせの揚げた芋をフォークに刺していたティニが言う。

「師匠のごはん、いつも美味しいですよ」
「おや、そうなのかい」

 予想外の答えだったのか、マーサは目を開いた。
 隣のテーブルに座る、品の良い老婦人から「いつもはどんなものを食べるの?」と聞かれ、ティニはフォークを置いてそちらを向いた。

「えっと、野菜のシチューも美味しいし、たまごを焼いたのをチーズといっしょにパンにはさんだやつも美味しいです。あとお魚を……何かしたやつも好きです。でも師匠のごはんは全部、全部美味しいです」

 裏表のない弟子の褒め倒しがむず痒く、ユーダレウスは眉間に皺を増やして顔ごと視線を逸らした。追い打ちをかけるように、ティニは「パンもいつもふわふわです」と嬉しそうに今日一番の微笑みを見せた。途端に周囲は猫なで声の「あらあら、まあまあ」の大合唱となった。

 ふわふわとした曇天色の頭を、ごつごつとした手が後ろから乱暴に撫でる。

「大魔術師さまの作った飯か! 俺もいっぺんありついてみてえな!」

 厨房がひと段落ついたトレバーは、ティニの頭から手を放し、マーサの隣の席に腰を落ち着けた。ちゃっかりジョッキを持って来た辺り、メアリの目を盗んで酒の調達に来たようだ。
 トレバーはジョッキに発泡酒を注ぐと、干からびる直前だった人が水にありついたかのように一気に飲んで、たまらないとばかりに声を上げる。
 その姿に、くすくすとさざ波のような笑い声が上がった。

「まったくこの飲んだくれ。恥ずかしいったらないよ!」

 マーサがトレバーの背をバシンと叩く。しかし、逞しい体格のトレバーはものともせずに、ジョッキの底に残った酒をぐいと呷るとすっかり赤くなった顔をティニに向けた。

「な、やっぱり美味えんだろ? なんてったって魔術で作った飯だもんなあ」

 香ばしく揚げた芋をぱくりと頬張ったティニが、違うと首を振る。
 追加の酒を注ぎながら、うっとりと自分の想像に思いを馳せていたトレバーが、ティニに視線を戻した。それでも酒を注ぐ手を止めないのはさすがと言うべきか。

「師匠はごはん作るとき、魔術使ってないですよ」

 途中で自信がなくなったのか「そうですよね?」と言って服を手で引いて見上げてくる弟子に、ユーダレウスは不機嫌な顔のまま肯定の意味で低く唸る。するとティ二は自分のことのように、自慢げに胸を張った。

「ユーダレウス、あんた料理までするのかい」

 面食らったマーサの問いかけに、ユーダレウスはそっぽを向いたまま、呟くように答えた。

「……暇つぶしにやりだしたらはまっただけだ」
「昔っから、縫い物でも洗濯でも、なんでも自分でやる男だとは思ってたけど……」

 感心を通り越して呆然としたマーサの代わりに、その場に居合わせた恰幅の良い女が感嘆の声を漏らす。

「生憎、時間だけはあるからな」

 ユーダレウスが自嘲的に笑ったのを皮切りに、周囲に集った婦人方がまるでうら若い少女に戻ったかのようにきゃらきゃらとかしましく声を上げた。

「ほんと、根無し草にしておくのが惜しいわあ!」
「背も高いし、体格もいいし」
「ちょっと怖いけど男前だし?」
「声も素敵だしねえ」

 通りかかったメアリが足を止め、身を少し傾けて話の輪に入る。

「それになんと言っても、凄腕の魔術師さまですしね」

 女性陣のユーダレウス賛美にメアリが参加したことにより、トレバーがつまらなそうに口を尖らせ、自らのジョッキに並々と酒を注ぐ。まるで拗ねた子供のようにジョッキの縁から酒を啜るトレバーを見て、マーサが額を手で抱えた。

「まったく、飲んだくれるしか能のないうちのお父ちゃんと取り替えてほしいもんだわ!」

 一人が豊かな腹を揺らしながらそう宣言すると、少し離れた席ですっかり酔った表情の男が一人、テーブルに突っ伏してわっと泣き出した。

「ちょっとちょっと、あんたんとこのダンナよ、あれ」
「まったく、あの泣き上戸! しょうがないんだから」

 言葉のわりに優しい声音でそう言うと、女は少々幅をとる腹回りを精一杯引っ込めて席の間を縫うようにして夫の元へと向かう。店中に「捨てないでくれェ!」と泣きむせぶ声が響き渡り、たちまち笑いの渦に包まれた。

 つられて声を上げて笑ったユーダレウスに、ティニが目を丸くして皿の上にフォークを取り落とす。

 ――せっせと食事に集中していたくせに、なんでこんな時ばかり見ているのか。

 なんとなく面映ゆい気持ちで喉が詰まるのを感じながら、弟子の視線を逸らすために頭をぐりぐりと強くなでる。手を放すとティニは大きな目をぱちくりとさせ、まっすぐにユーダレウスを見た。

「師匠って、笑うんですね……」
「そりゃ生きてりゃ何かしら笑うだろ」

 もう一回、見られはしないかと期待の眼差しで見つめてくる幼い視線を、どうやっても逸らせないと悟ったユーダレウスは、自棄になってティニの皿に残った最後の一つのイカ団子にフォークを突き刺し、がぶりとひと口で頬張った。
 残念そうな非難の声を上げるティニを無視して、もぐもぐと咀嚼する。
イカのこりこりとした歯ごたえが楽しく、店秘伝の甘辛いソースも絶品で、幼い弟子への小さな不満など、一瞬で吹き飛んでしまった。

「……ん。美味い。やっぱここのメシには敵わねえな」

 満足そうに頷いたユーダレウスに、ひたすらちまちまと酒を舐めていたトレバーが顔を上げた。銀の瞳と視線がかち合うと、照れた少年のようにくしゃりと笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

処理中です...