嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

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 それから何年経ったのだろうか。
 生まれ落ちた時代が、人々の間で遠い歴史となる程の年月を『ユーダレウス』はこの世界で旅をして過ごした。おそらくもう、師であった『ユーダレウス』が過ごした年数をはるかに超えていることだろう。
 旅の最中、数多の精霊たちが『ユーダレウス』に名を呼ばれることを望んだが、『ユーダレウス』本人がそれに応えたことは一度もなかった。

 あったのは、何一つ変わらない姿で、変化のない世界を歩き続けることだけだった。
 世界と言う名の途方もなく広い檻にただ一人、閉じ込められていると感じたこともあった。反対に、まるで精霊になったかのように、この世界で一番の自由を手に入れた人間であると思うこともあった。
 しかし、ひたすらに自由であるということは、決して、心の憂いを払ってはくれなかった。
 何にも縛られない。それは、帰りつく場所も、安息の場所も、持っていないのと同じことだったからだ。

だからこそ何にも縛られない精霊たちは、名を呼んでくれる者を望むのだと気が付いた。名を呼んで、一時でも安らぎをくれる止まり木の役目を、人間に求めているのだろう。『ユーダレウス』という名を、ただ一つの目印にして。

 しかし、自分ユーダレウスはどうだろうか?

 月の色によく似た銀髪の魔術師を、誰もがその名で呼ぶ。月を意味する名で呼ばれていた少年を知る者はもういない。
 いつしか自分すら、自らを『ユーダレウス』と名乗るようになっていた。

 誰があの名を呼んでくれるのか。
 この世界に漂う自分を、どこかに繋いでおいてくれる者は、どこにもいない。途方もない孤独はどこにでも『ユーダレウス』に纏わりついた。

 師が言った、知り合いを増やせという言いつけを守るようになってもそれは変わらなかった。
 救いを求めるものをすべて救うという傲慢な旅で、人と関わることは避けられない。数えきれない程の知り合いが増えたが、結局はそれまでだった。

 あるいは、愛しい者が出来れば、干からびるような孤独感は何か変わるのか。
 けれど『ユーダレウス』は、ずっと空白のままのその席に座るものを求めることはしなかった。
 自分のようなものが何かを愛することなど、もう二度とないとわかっていたから、どうでもよかった。

 気掛かりだったのはただひとつ、師の言いつけを完遂できないことだけだった。



 いつしか、師を真似て、どこにも行き場のない子供たちを弟子として引きとるようになった。

 精霊たちはもう、あの頃のように人間の前に容易に姿を現すことはない。魔術師になることはとても困難な道になっていたが、それでも数人の魔術師が自分のもとから巣立っていった。

 けれど、そうなれなかった子供たちの方が圧倒的に多いのも事実だ。弟子だった子供が老いて、その旅立ちを見送る事が、何より辛かった。

 この世界から、旅立った『弟子』は数えきれない。
 この世界から出られないのは、自分だけだ。

 彼らが旅立っていった先が、光に満ちていることを祈ってやらねばならないことはわかっている。それでも、置いてきぼりを食らった気持ちになるのは止められなかった。

 振り払っても振り払ってもにじり寄る孤独を、なお振り払い、『ユーダレウス』は人を救う旅を続けた。

 どこに行っても同じだというのに、どこかに行きたい。
 辿りつく場所なんてどこにもないというのに、どこかに帰りたかった。


 ――知り合いが一人いなくなったとしても、「誰も」いなくならないように。


 黙々と旅を続ける中、そんなことを無意識に考えていた自分に気が付いて、絶望した。人間を個ではなく、ただ漠然とした数で考えていたことに慄いた。
 人を救っているふりをして、実際に救っていたのは孤独に怯える自分自身だったのだから。

 それでも、何か、しがみつくように、約束なのだ使命なのだと美しいだけの言葉を掲げて、人を救う旅を続けた。

 いつの間にやら伝説の魔術師などと呼ばれ、もてはやされるようになっていたが、それとは裏腹に心は疲弊していった。
 その心がどれほどすり減ろうとも、精霊たちは正常な精神と肉体を『ユーダレウス』に与え続けた。

 身を割くような苦しみも、焼けつくような痛みも何もない。
 その代りに、行き着く場所も、安息の日もない。
 与えられるのは限りのない孤独と、身に余るにも程がある称賛の言葉たち。

 違和感を胸に抱いていても『ユーダレウス』は人の在るところを守ることに躍起になった。戦乱の芽を摘み、枯渇しかけた恵みを与え、天災から庇護した。

 それでも。

 どれほど手を尽くして守っても、少し目を離したすきに、自ら過ちへと手を伸ばし、ようやく築かれた文明を己が手で滅ぼしていく。
 幾度ととなく繰り返される文明の滅亡。それに落胆しながらも、その度に残ったわずかな希望を必死に守り、育んだ。

 ――死とは、解放である。
 ――死とは、安らぎである。
 ――死とは、赦しである。

 文明の秩序が狂えば、そんなことを唱える者たちが必ず現れた。しかし彼らの言葉を『ユーダレウス』は理解できない。『ユーダレウス』にとって、死とは死である。この世界で生物の心身を管理していた魂がその役目を終え、ここではない別な世界へと旅立つことである。

 そして『ユーダレウス』が死を求めないことも、彼らの言説への理解を阻んでいた。どれほど心が疲弊し絶望しようとも、それはただ一時のこと。愛しい者が死へと歩み寄ることを、精霊は一歩たりとも許さない。

 生きて、救い、導かねばなければならない。失われたものの代わりをしなければ。たとえそれが徒労に終わったとしても、この救済の旅だけが、唯一、師とふたりの先んずる弟子たちとの繋がりなのだから。

 そう信じる心をよそに、月色の髪をした魔術師にとって世界ここは、罪の責め苦を受ける刑場と同じだった。

 狂うことも許されず、逃げることも許されず。ただ、贖罪の旅をするための箱庭であった。

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