46 / 66
清次郎と鷹女
早く早く
しおりを挟む
実を言うと、清次郎が赤松の家に「帰って来る」のは今日が初めてだ。
赤松家の養子となることが決まって以降も、帰藩することがあれば、帰る先は木町の芦田の家だった。
近頃は当人もすっかり「赤松清次郎」と名乗り呼ばれることに馴染んでしまっているが、正式にはまだ「芦田清次郎」なのだ。実家に帰るのが当然だろう。
養父となる赤松弘とは実父である芦田勘兵衛の友人として、うっすらとした面識があった。養子入りが本決まりになって以降、幾度か手紙の行き来がをするようになり、そのお陰で、幾分か親しみを抱くようになった。
だが他の家族とは一面識もない。弘の後妻・きぬ女とも、妻になるらしい長女・鷹女とも、直接的なやり取りはしてこなかった。むしろそれを避けてきたきらいがある。
清次郎からすれば、赤松家の女性二人は「名前は知っているが、他人」という感覚だった。
その感覚が一種の疎外感となったものか、あるいは照れからくる決まり悪さを覚えたものだろうか。
「おれは知らない人が、殊更に女の人が苦手でね」
ともかくも、清次郎は赤松家屋敷前に到達してから長い時間、門を潜ることも戸を叩くことも躊躇しているというわけだ。
「ええ、そいつは前々からお察し申し上げておりますよ。よそよそしいというか、人と話すときなんかは間合いが広いと言うか」
秀助は軽い口調で真面目顔をしている。
重い荷物を背負ったまま立ち尽くしているのにはさすがに飽きた。
「先生にもいろいろご事情がおありのようでやすが……ともかくも今はここが先生の御宅なんでやしょ? ほら先生、早いとこお邪魔しましょうよ」
「今は……今となっては俺の家はここ、か。確かにそうだ」
清次郎は背筋を伸ばした。衿元を正す。
「有難う秀助。お前さんの言うとおりだ」
ぺこりと頭を下げた。秀助が驚いた、その上で嬉しげな顔をする。
「お礼なんて……でも、おいらがちったぁお役に立ったってことでやすか?」
「うん。ちっとどころじゃぁない。お前の言葉のお陰で決心が付いた。
行こう。いや、帰ろう。このおれの、赤松清次郎の我が家に」
清次郎は一歩踏み出した。歩を進め、門を潜り、式台の手前で立ち止まった。
咳払いをする。
「お頼み申ぉす!」
という呼びかけの言葉が消える前に、玄関内の衝立の陰から何かが飛び出してきた。
清次郎は反射的に左足を引いた。右手を刀の柄に伸ばす。
抜けない。
旅装であった清次郎の腰の長刀には「柄袋」が被されている。
『しまった!』
焦りを覚えたのは、だが一瞬のことだった。
清次郎の右手と左足は速やかに穏やかに元の位置に戻る。
衝立の陰から飛び出した人は、式台をも軽やかに跳び越えて、清次郎の真正面に着地した。
「おう、清! しばらく見ぬ間に、ずいぶん背丈も何もでかくなりおったな!」
衝立の陰から飛び出した人は、清次郎の両肩をバンバンと叩いた。
赤松家の養子となることが決まって以降も、帰藩することがあれば、帰る先は木町の芦田の家だった。
近頃は当人もすっかり「赤松清次郎」と名乗り呼ばれることに馴染んでしまっているが、正式にはまだ「芦田清次郎」なのだ。実家に帰るのが当然だろう。
養父となる赤松弘とは実父である芦田勘兵衛の友人として、うっすらとした面識があった。養子入りが本決まりになって以降、幾度か手紙の行き来がをするようになり、そのお陰で、幾分か親しみを抱くようになった。
だが他の家族とは一面識もない。弘の後妻・きぬ女とも、妻になるらしい長女・鷹女とも、直接的なやり取りはしてこなかった。むしろそれを避けてきたきらいがある。
清次郎からすれば、赤松家の女性二人は「名前は知っているが、他人」という感覚だった。
その感覚が一種の疎外感となったものか、あるいは照れからくる決まり悪さを覚えたものだろうか。
「おれは知らない人が、殊更に女の人が苦手でね」
ともかくも、清次郎は赤松家屋敷前に到達してから長い時間、門を潜ることも戸を叩くことも躊躇しているというわけだ。
「ええ、そいつは前々からお察し申し上げておりますよ。よそよそしいというか、人と話すときなんかは間合いが広いと言うか」
秀助は軽い口調で真面目顔をしている。
重い荷物を背負ったまま立ち尽くしているのにはさすがに飽きた。
「先生にもいろいろご事情がおありのようでやすが……ともかくも今はここが先生の御宅なんでやしょ? ほら先生、早いとこお邪魔しましょうよ」
「今は……今となっては俺の家はここ、か。確かにそうだ」
清次郎は背筋を伸ばした。衿元を正す。
「有難う秀助。お前さんの言うとおりだ」
ぺこりと頭を下げた。秀助が驚いた、その上で嬉しげな顔をする。
「お礼なんて……でも、おいらがちったぁお役に立ったってことでやすか?」
「うん。ちっとどころじゃぁない。お前の言葉のお陰で決心が付いた。
行こう。いや、帰ろう。このおれの、赤松清次郎の我が家に」
清次郎は一歩踏み出した。歩を進め、門を潜り、式台の手前で立ち止まった。
咳払いをする。
「お頼み申ぉす!」
という呼びかけの言葉が消える前に、玄関内の衝立の陰から何かが飛び出してきた。
清次郎は反射的に左足を引いた。右手を刀の柄に伸ばす。
抜けない。
旅装であった清次郎の腰の長刀には「柄袋」が被されている。
『しまった!』
焦りを覚えたのは、だが一瞬のことだった。
清次郎の右手と左足は速やかに穏やかに元の位置に戻る。
衝立の陰から飛び出した人は、式台をも軽やかに跳び越えて、清次郎の真正面に着地した。
「おう、清! しばらく見ぬ間に、ずいぶん背丈も何もでかくなりおったな!」
衝立の陰から飛び出した人は、清次郎の両肩をバンバンと叩いた。
0
あなたにおすすめの小説
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
新選組の漢達
宵月葵
歴史・時代
オトコマエな新選組の漢たちでお魅せしましょう。
新選組好きさんに贈る、一話完結の短篇集。
別途連載中のジャンル混合型長編小説『碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。』から、
歴史小説の要素のみを幾つか抽出したスピンオフ的短篇小説です。もちろん、本編をお読みいただいている必要はありません。
恋愛等の他要素は無くていいから新選組の歴史小説が読みたい、そんな方向けに書き直した短篇集です。
(ちなみに、一話完結ですが流れは作ってあります)
楽しんでいただけますように。
★ 本小説では…のかわりに・を好んで使用しております ―もその場に応じ個数を変えて並べてます
江戸『古道具 藍凪屋 〜再生と縁結いの物語〜』
藍舟めいな
歴史・時代
捨てられた道具に命を吹き込め。算盤娘と天才職人が贈る、痛快再生譚!
大坂の商才 × 長崎の技術 × 庄内の祈り。
神田お玉が池の古道具屋『藍凪屋(あいなぎや)』、本日開店。
文化十四年、江戸。 泥にまみれ、捨てられたガラクタを、異国の技で「勝色(かちいろ)」へと蘇らせる天才職人・徳三。 その価値を冷徹に見抜き、江戸の「粋」へとプロデュースする算盤娘・おめい。
吹き溜まりの裏長屋から、二人の「余所者」が江戸の価値観をひっくり返す! 捨てられた道具に新しい命を吹き込み、絶たれた「縁」を再び結ぶ、再生の物語。
「うちが売ってるんは物やなくて、職人の執念と、それを持つ人の『格』なんですわ」
どん底から江戸の頂点を目指す、痛快・職人再生サクセスストーリー!
※カクヨムで先読み可能です
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
失礼ながら殿下……私の目の前に姿を現すな!!
星野日菜
ファンタジー
転生したら……え? 前世で読んだ少女漫画のなか?
しかもヒロイン?
……あの王子変態すぎて嫌いだったんだけど……?
転生令嬢と国の第二王子のクエスチョンラブコメです。
本編完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる