12 / 66
柔太郎と清次郎
褒めて育てる
しおりを挟む
「赤松の父は、俺が詠んだ歌や句を見せると、必ず褒めてくれるんですよ。俺が見ても駄作間違いなしのものでも、どこかしか美点を見付けて、見付からなくてもこじつけて、褒めて下さる。
兄上もご承知の通り、俺は子どもの頃から算学以外で人に褒められたことがないものだから……いや、算学でも『算盤侍』と小馬鹿にされることの方が多かったのですが……まあ、つまりそのことがうれしくて、うれしくてならないんです」
清次郎は頬を上気させて早口に言った。
その口ぶりを、柔太郎は覚えている。
あの浦賀の港で黒船の測量をしたときだ。
日暮れて宿に戻り、黒船について、その測量のこと、全長産出の数式、外輪の径のこと、艦砲の口径のこと、使われているであろう火薬の種類の類推、蒸気船という動力機関とその操船術・航海術のこと、乗組員の練兵のこと……そういった事々を、行燈の火を生あくびをくり返す彦六に掻き立ててもらいながら、夜明けまで際限なく、計算し、推察し、想定し、議論し、語りあったときの、清次郎の、そして柔太郎の話し方そのままだった。
好きなことを語り出すと周囲のことなどお構いなしに熱心にしゃべり続けることと、当人達にとってはただの議論であるのに他人からは喧嘩にしか見えないということがらは、自分たち兄弟の生来の性質、いや、芦田家の家風なのではないかと、柔太郎は思っている。
柔太郎は心の内で微笑んだ。
「赤松殿は、己の立ち居振る舞いを見せ、褒めて育てる類型の師匠殿、だな」
心の内の微苦笑を顔に出さずにいう柔太郎に対して、清次郎は苦笑を正直に顔に浮かべて答えた。
「何かを教えることをしたとすれば、間違いなく言葉で伝える式の人ではありませんね。
というか、むしろ、口に出して語るのは苦手な人ですよ。俳諧を趣味としているというのに、ですよ。無駄なことをしゃべらないというか、いや必要な言葉すら口にしないというか。
なんであるにせよ、誤解されやすい類型の人であることには間違いないでしょう。他人にも、家族にも、理解されにくい仁ですよ。……それは徒目付の都合もあるかも知れませんが。自業自得とも申せましょうが、かわいそうな人です」
清次郎の顔が暗くなった。ただし一瞬のことだ。彼の顔はすぐに元に戻っていた。
「ともかく、俺に取っては有難い義父上です」
「で、お前は、その有難いお義父上のおわす海野町裏の家に帰らず、ありがたくもない実家なんぞに、どんな用があって来ているのだ? 板の間に墨をまき散らすためか?」
兄上もご承知の通り、俺は子どもの頃から算学以外で人に褒められたことがないものだから……いや、算学でも『算盤侍』と小馬鹿にされることの方が多かったのですが……まあ、つまりそのことがうれしくて、うれしくてならないんです」
清次郎は頬を上気させて早口に言った。
その口ぶりを、柔太郎は覚えている。
あの浦賀の港で黒船の測量をしたときだ。
日暮れて宿に戻り、黒船について、その測量のこと、全長産出の数式、外輪の径のこと、艦砲の口径のこと、使われているであろう火薬の種類の類推、蒸気船という動力機関とその操船術・航海術のこと、乗組員の練兵のこと……そういった事々を、行燈の火を生あくびをくり返す彦六に掻き立ててもらいながら、夜明けまで際限なく、計算し、推察し、想定し、議論し、語りあったときの、清次郎の、そして柔太郎の話し方そのままだった。
好きなことを語り出すと周囲のことなどお構いなしに熱心にしゃべり続けることと、当人達にとってはただの議論であるのに他人からは喧嘩にしか見えないということがらは、自分たち兄弟の生来の性質、いや、芦田家の家風なのではないかと、柔太郎は思っている。
柔太郎は心の内で微笑んだ。
「赤松殿は、己の立ち居振る舞いを見せ、褒めて育てる類型の師匠殿、だな」
心の内の微苦笑を顔に出さずにいう柔太郎に対して、清次郎は苦笑を正直に顔に浮かべて答えた。
「何かを教えることをしたとすれば、間違いなく言葉で伝える式の人ではありませんね。
というか、むしろ、口に出して語るのは苦手な人ですよ。俳諧を趣味としているというのに、ですよ。無駄なことをしゃべらないというか、いや必要な言葉すら口にしないというか。
なんであるにせよ、誤解されやすい類型の人であることには間違いないでしょう。他人にも、家族にも、理解されにくい仁ですよ。……それは徒目付の都合もあるかも知れませんが。自業自得とも申せましょうが、かわいそうな人です」
清次郎の顔が暗くなった。ただし一瞬のことだ。彼の顔はすぐに元に戻っていた。
「ともかく、俺に取っては有難い義父上です」
「で、お前は、その有難いお義父上のおわす海野町裏の家に帰らず、ありがたくもない実家なんぞに、どんな用があって来ているのだ? 板の間に墨をまき散らすためか?」
11
あなたにおすすめの小説
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
新選組の漢達
宵月葵
歴史・時代
オトコマエな新選組の漢たちでお魅せしましょう。
新選組好きさんに贈る、一話完結の短篇集。
別途連載中のジャンル混合型長編小説『碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。』から、
歴史小説の要素のみを幾つか抽出したスピンオフ的短篇小説です。もちろん、本編をお読みいただいている必要はありません。
恋愛等の他要素は無くていいから新選組の歴史小説が読みたい、そんな方向けに書き直した短篇集です。
(ちなみに、一話完結ですが流れは作ってあります)
楽しんでいただけますように。
★ 本小説では…のかわりに・を好んで使用しております ―もその場に応じ個数を変えて並べてます
江戸『古道具 藍凪屋 〜再生と縁結いの物語〜』
藍舟めいな
歴史・時代
捨てられた道具に命を吹き込め。算盤娘と天才職人が贈る、痛快再生譚!
大坂の商才 × 長崎の技術 × 庄内の祈り。
神田お玉が池の古道具屋『藍凪屋(あいなぎや)』、本日開店。
文化十四年、江戸。 泥にまみれ、捨てられたガラクタを、異国の技で「勝色(かちいろ)」へと蘇らせる天才職人・徳三。 その価値を冷徹に見抜き、江戸の「粋」へとプロデュースする算盤娘・おめい。
吹き溜まりの裏長屋から、二人の「余所者」が江戸の価値観をひっくり返す! 捨てられた道具に新しい命を吹き込み、絶たれた「縁」を再び結ぶ、再生の物語。
「うちが売ってるんは物やなくて、職人の執念と、それを持つ人の『格』なんですわ」
どん底から江戸の頂点を目指す、痛快・職人再生サクセスストーリー!
※カクヨムで先読み可能です
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
失礼ながら殿下……私の目の前に姿を現すな!!
星野日菜
ファンタジー
転生したら……え? 前世で読んだ少女漫画のなか?
しかもヒロイン?
……あの王子変態すぎて嫌いだったんだけど……?
転生令嬢と国の第二王子のクエスチョンラブコメです。
本編完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる