真田源三郎の休日

神光寺かをり

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あの長槍に貫かれて死にたい

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 それこそは、前田慶次郎利卓殿と四尺九寸の黒鹿毛くろかげであります。
 
 慶次郎殿は抜き身の槍をい込んで、太い眉の根を寄せ、小高い道脇の茂みを……つまりそこから突き出た私の顔を、鋭い眼差しでじっと見ておられました。

 そのまなざしを真っ直ぐと見返した私の足元で、

「ぐうっ」

 苦しげないびきのように息を飲み込む音がしました。
 私は幸直の顔を見るようなことをしませんでしたが、恐らくは真っ白な顔で、唇を振るわせていたのでありましょう。
 普段の幸直は矢沢の頼綱大叔父の下におります。つまりは、昨今は沼田にいるのが常でありったのです。その城代は滝川儀太夫益氏様です。それ即ち、慶次郎殿の実の父上様です。

 確かに慶次郎殿は滝川家から前田家へ養子に出された方です。
 されど、前田家の家督が義理の叔父である前田利家様へ移ったというご事情があり、そのために御養父ともどもご実父を頼って滝川陣営に戻っておられたのですが、沼田の城には殆ど身を置くことがありませんでした。
 実父の守る沼田ではなく、厩橋うまやばしに屋敷が与えられていたのも、滝川一益さまが、彼の方を儀太夫家からは独立した存在として扱っておられたからでありましょう。
 その辺りの事情は私などにはわかるはずもありませんでしたが、ともかくも、幸直と慶次郎殿は直接に、面と向かって顔を合わせたことは無かったのです。
 そうは申しても、滝川陣営でも随一だという槍使いの、苛烈かれつ極まりない武者振りを、幸直が全く知らぬというわけがございません。
 知っているからこそ、恐怖したのでありましょう。

『あの方が、敵であったなら』

 幸直を小心とあざけるつもりは毛頭ありません。
 私は、出来るだけ平気そうな素振りで、顔などは努めて嬉しげな笑顔を作っておりましたが、その実、心底震え上がっていたのですから。

『あの方が、敵であったなら』

 私はおそおののききながら、しかし、

『それも、また良し』

 とも思っておりました。
 不思議なことでありましょうか。
 人間いずれは死ぬのです。
 死ぬのは怖い。死にたくはない。
 幾度も申し上げたとおり、私は小心者です。常日頃より、出来る限り生き残りたいと願ってやみません。
 生き残れるというのなら、杉の葉の煮込みを食すぐらいのことは何でもありません。石をみ泥をすすってでも、どれ程情けなく足掻あが藻掻もがいてでも、どうあっても生き抜きたい。
 ですが、どう足掻いても絶対に死ぬというのなら、出来るだけでありたいのです。
 親兄弟子孫知友よりもなお長々生き残り、畳の上で親族家臣に看取られてく幸福は元より良し。されど、戦場で素晴らしい敵将と堂々渡り合って、槍に貫かれて逝く幸福も、武人であれば願って当然とは思われませんか。

 ともかく、この時の私は、

『前田慶次郎になら殺されて当然。そうされても構わない』

 と思っていたのです。それどころか、

むしろろ、あの長槍に貫かれて死にたい』

 とさえ考えていたのです。
 ところがそれと同時に、頭の後の方では、

『それはあり得ない』

 とも感じておりました。
 理由はありません。ただそのように思えたのです。
 そのように思えただけのことで、私は武器ではなく笛を持ち、息を潜めるのではなく大きく音を立て、睨み付けるのではなく笑って迎えたのです。

 慶次郎殿は渋柿を召し上がったかのような顔をしておいででした。
 光の加減の為でありましょうか、どうやらこちらの顔がよく見えない様子でありました。
 じっとこちらを睨み付けておられましたが、程なく、

「やはり源三郎だ。あの胸に響く笛の音を、この儂が聞き違えるはずがない」

 弾けるように大笑なさったのです。

 前田慶次郎殿は、掻い込んでいた槍を物も言わずに無造作に後方に投げました。それを郎党らしき者が当然のことであるかのように見事に受け止め、すかさず穂先を鞘に収めました。
 なんとも武辺者ぶへんものらしい振る舞いでした。
 私がほれぼれとした面持ちで見ている前で、慶次郎殿が件の青鹿毛の馬腹を軽く蹴られました。ご自慢の駿馬は六尺も跳ね上がり、堀割道の底から灌木かんぼくの茂みすら飛び越えて、なんと私のやや後方に着地したのです。
 ひづめの三寸ほど脇で、禰津幸直が腰を抜かしておりました。
 その幸直の体を器用に避けて下馬した慶次郎殿は、私の顔をしげしげと見て、

「しかし、お主の父親も非道ひどい父親だが、妹も大概だな」

「妹……?」

 一瞬、何の事やら判らずに小首を傾げますと、慶次郎殿はあきれ顔をなさって、

於菊おきく姫だよ。あの可愛らしい、お主の妹の」

「於菊に、お会いになられた?」

 我ながらおかしな事を言ったものです。慶次郎殿は馬狩りから戻られて以降は厩橋においでだったのです。城内の人質屋敷にいる我が妹の顔を見ても不思議ではありません。
 しかも、慶次郎殿にとっては主君の嫡孫である上にの間柄である滝川三九郎一積かずあつ様との縁談「らしきもの」が持ち上がった相手でもあります。顔つきの一つや二つをお確かめになって然るべきとも言えましょう。

「会うも何もないわい」

 慶次郎殿は少々呆れ気味に道の側を顎で指し示しました。
 あの頃にままだ珍しかったおんな駕籠かごの引き戸が開いて、中から見知った、今にも泣きそうな幼顔が現れました。

 頭は桂巻かつらまきで覆い、身にはぎの当たった一重を着ております。化粧気のない顔はすすにまみれていました。
 遠目から、着ている物だけを見ますれば、お世辞にも貴人とは言い難い装束です。
 その貴人らしからぬ身なりの者が、あのころにはまだそれそのものが珍奇ちんきな乗り物であった駕籠の、たいそうに立派な扉から出て参ったのです。
 本当ならば、不釣り合いなはずです。
 ところがちっともそうは見えませんでした
 なにしろ、出てきた娘の頭を覆っている布はこれっぽっちも汗じみたところが無く、漂白さらしたように白いのです。
 着物のに継がれた端切れには、使い古した布地の風情がまるで見えなません。
 おまけに、顔の煤の汚れは、まるきり手で塗りつけたようでありました。
 すべて取って付けたようで、ことごとくで、万事嘘くさいときています。
 この扮装ふんそうそのものが、「私は農婦ではありません」と白状しております。

 私は苦笑しました。

 私たち自身がもここへ来るときにずいぶんと下手な「百姓の振り」をしたわけでありますが、なんの、あの下手な変装と見比べれば、千両役者のごとき化けっぷりであったといえましょう。
 百姓のフリをして他人の目を誤魔化そうというのが、於菊の考えか、あるいは周りの入れ知恵かは定かでありませんが、

「やれやれ、兄妹きょうだいそろって似たようなことを」

 私は笑いながら、涙をこらえておりました。
 妹は無事でありました。少なくとも、命はあります。
 それにどうやら、ここへ来るまでの間にまたぞろ杉の葉を喰うような思いはせずに済んだ様子です。
 そして件の偽百姓娘の方はといえば、切り通し道の崖の上に私の姿を認めた途端、こらえることもせずにわっと泣き出したのものです。
 そのまま物も言わず、崖下に駆け寄ったものの、さすがに女の足でよじ登ることが苦労であると見るや、その場にくずおれるようにして座り込んでしまいました。
 あとは顔を覆って泣くばかりです。
 私は灌木を乗り越え、崖を転がるようにして滑り降りました。足が着いたのはなんとも良い案配に、ちょうど泣き虫娘の真ん前でした。
 私がしゃがみつつ、妹の肩を抱いてやろうとしたそのとき、私の耳はおかしな音を聞きました。

 鍔鳴つばなりです。

 そのすぐ後、頭の上で、鉄がぶつかり合う音がしました。
 私は右の腕に「重さ」を感じておりました。
 重さだけです。痛みのたぐいはありません。
 私の右腕めが、脇差しの鎧通よろいどおしを引き抜いて、頭上に掲げ持っておりました。
 その太く短い刃に垂直に交わるようにして、長い刀が打ち下ろされていました。
 臆病者の私の身体には、なんとも妙な「癖」が染みついております。刀を打ち込まれたら防ぐという動作を、頭で考えるより先に身体の方がしてくれます。
 いや、便利なようですが、かえって不便なこともあるのでございますよ。
 相手がこちらを襲う気などさらさらないというときでも、こちらが勝手に逃げることが多々あるのですから。
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