殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

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「……ああ、目が、目が洗われますわ。ようやくまともな、清らかなお見合い相手ですのね」

ラブリーは、王宮の端にある小さな礼拝堂で、祈るように手を組んでいました。
ステンドグラスから差し込む七色の光の中に立っていたのは、教会の若き司祭、ラファエル。
彼は彫刻のように整った顔立ちに、慈愛に満ちた微笑みを湛え、その身からは後光すら差しているように見えました。

「ラブリー・ファン・デリシャス様。貴女が昨夜、殿下との婚約を破棄され、自らを『悪女』と称して苦しんでおられると聞き、居ても立ってもいられず参りました」

「ラファエル様……! そうなのです、私は救いようのない罪人ですわ。無実の令嬢にクリームを浴びせ、殿下の愛を裏切った最低の女……さあ、私を厳しく叱って、修道院へ幽閉してくださいまし!」

ラブリーは、これこそが「自由(物理的な隔離)」への最短ルートだと確信しました。
聖職者に「あなたは社会の毒だ」と断罪されれば、さしもの殿下も手出しはできないはず。

「いいえ、ラブリー様。貴女のその告白こそが、魂が浄化を求めている証拠です。貴女の中に眠る小さな光を、私が一生をかけて導き、清めて差し上げましょう。さあ、私と共に聖地へ巡礼の旅に出ませんか?」

「巡礼! いいですわね、世俗のしがらみを捨てて、遠い異国へ……!」

ラブリーが希望の光を見出した、その時。
誰もいないはずの『懺悔室』の扉が、ギィ……と不気味な音を立てて開きました。

「……待ちなさい。その『浄化』、私がすでに行っているよ」

中から現れたのは、教皇すら驚愕しそうなほど真っ白な、最高級の法衣に身を包んだクロードでした。

「殿下!? 今度は懺悔室の中に潜伏ですの!? それに何ですの、その神々しい格好は!」

「邪魔をしているわけではないよ、ラブリー。私はただ、君の罪と罰の『整合性』を確認していただけだ。……ラファエル司祭。君は彼女を『清める』と言ったが、それは大きな間違いだ」

クロードは手にした聖典(のような装丁の、これまでの彼女の善行を記した自作の書)を高く掲げました。

「彼女が放った生クリームは、汚れを落とすための聖水と同じ役割を果たした。彼女が自らを悪女と呼ぶのは、人類の罪を一人で背負おうとするメシア的な自己犠牲の現れだ。……つまり、彼女は清める対象ではなく、我々が『崇める』対象なのだよ」

「……殿下。いくらなんでも、私を神格化するのは不敬罪に当たりませんこと?」

ミリーが祭壇の陰から(なぜかお供え物のリンゴを食べながら)顔を出しました。

「ラブリー様、殿下はもう宗教の域に達していますわ。これ、お見合いじゃなくて『新興宗教ラブリー教』の布教活動になってますわよ」

「ミリー様、リンゴを置いてください! ……ラファエル様、無視してください。私は本当に性格が悪いんですの。昨日は、殿下の大切にしている花をわざと踏み躙ったんですから!」

「……ああ、なんという慈悲深さ!」

ラファエルが感極まったように叫びました。

「地面に落ちた花を土に還し、新たな命の糧にしようとしたのですね!? ラブリー様、貴女はやはり歩く奇跡だ!」

「……ダメだわ。ここにも殿下の信者がいたなんて……!」

ラブリーは愕然としました。どうやらラファエルもまた、クロードが事前に送り込んだ「全肯定型・布教済み司祭」だったのです。

「ラファエル司祭、分かっただろう? 君の役目は彼女を導くことではない。彼女という名の光を、世に知らしめるための『筆頭神官』になることだ。……さあ、これから王都の広場に、高さ十メートルの『ラブリー聖女像』を建設する計画を練ろうじゃないか」

「喜んで、殿下! 大理石は私が最高級のものを手配いたしましょう!」

「やめて! 恥ずかしさで私が死んでしまいますわ! 偶像崇拝はやめてくださいましーっ!」

ラブリーの絶叫が礼拝堂に木霊します。
ラファエルは、クロードと熱く握手を交わし、「愛という名の聖戦」に身を投じる決意を固めてしまいました。

「……殿下。自由とは、静寂の中にこそあるものだと思っていました。……でも、あなたのそばにいると、毎日がカーニバルか宗教儀式なんですもの」

「何を言っているんだ、ラブリー。君が望むなら、私は神にだって、悪魔にだってなってみせるよ。……さて、次は確か、王立学術院の変人……いや、天才発明家だったね」

「……次は科学の力で追い詰められるんですのね。ミリー様、もう私の魂、どこか遠い宇宙へ飛ばしてくれませんこと?」

「ラブリー様、宇宙にも殿下の『ラブリー探索衛星』が飛んでいそうですわ……」

自由を求めるラブリーの道は、今や「聖女」としての神格化という、最も逃げ場のない檻へと変貌しつつありました。
ミリーのメモ帳には、『候補者⑥:ラファエル、殿下との教義統合により、ラブリー教の幹部へ昇進』と、救いようのない一文が刻まれました。
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