殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

文字の大きさ
14 / 28

14

しおりを挟む
「……もう、驚きませんわ。たとえ次の方が、歯車と蒸気を撒き散らしながら現れたとしても」


ラブリーは、王立学術院の一角にある「第零実験室」の前に立っていました。
扉を開ける前から、シュポーッという蒸気の音と、何かが爆発するような乾いた音が響いています。


「失礼いたしますわ。……どなたか、いらっしゃいますこと?」


「おお! 君が件の『生クリーム公爵令嬢』か! 素晴らしい、実物に会えるなんて光栄だ!」


奥から現れたのは、ボサボサの頭に煤けた白衣を纏った青年、ニコラ・テスラ……ではなく、天才発明家のアクセル・ボルトでした。
彼は大きなゴーグルをずらし、ラブリーの周りをぐるぐると回り始めました。


「君の昨夜の行動は、物理学的に見て非常に興味深い! あの生クリームの質量と投擲速度、そして空気抵抗を計算すれば、君の腕の筋肉には未知のエネルギーが秘められているに違いない!」


「……ミリー様。この方、私を人間としてではなく、投擲機(カタパルト)として見ていらっしゃいませんこと?」


「ラブリー様、ある意味で一番安全な相手かもしれませんわよ。色恋沙汰よりもネジと歯車にしか興味がなさそうですもの」


ミリーが感心したようにメモ帳に『候補者⑦:マッドサイエンティスト』と書き込みます。
アクセルは興奮気味に、巨大なレバーが並んだ機械を指差しました。


「ラブリー君! 僕と結婚すれば、君の生活はすべて自動化される! 朝起きてから寝るまで、指一本動かす必要はない。この『全自動ドレス装着マシン』と『自動おやつ供給アーム』があれば、君は悪女としての研鑽に全ての時間を費やせるんだ!」


「……全自動おやつ供給。少し、惹かれますわね」


ラブリーがその巨大なマジックハンドのようなアームを見つめた、その時です。
実験室の壁に掛かっていた、古びた大時計の文字盤がパカッと開きました。


「……その程度の技術で、彼女を幸せにできると思っているのかい?」


「殿下!? 今度は時計の中から登場ですの!? サイズ感がおかしくありませんこと!?」


中から現れたのは、最新鋭の魔導回路が埋め込まれた特注のパワードスーツ(のような銀色の礼服)を纏ったクロードでした。


「邪魔をしているわけではないよ、ラブリー。私はただ、君の生活における『利便性の最適化』を、科学的な視点から精査しているだけだ。……アクセル君。君の『自動おやつ供給アーム』は、彼女のその日の気分による咀嚼回数の変化に対応しているのかい?」


「そ、咀嚼回数!? そんな変数、計算に入れていない!」


「甘いな。私はすでに、ラブリー専用の『超小型ナノ魔導ドローン・ラブちゃん一号』を開発済みだ。これは彼女の脳波を検知し、彼女が『甘いものが欲しい』と一瞬でも考えた瞬間に、最適な温度のタルトを口元へテレポートさせる」


「テレポート!? 殿下、それはもう科学ではなくて禁忌の魔法の領域ですわ!」


ラブリーが絶叫しますが、クロードの暴走は止まりません。
彼は腕の端末を操作し、実験室の空間にホログラムを映し出しました。


「さらに、君の『ドレス装着マシン』だが……。私はすでに、彼女の肌の摩擦係数をゼロに近づけ、瞬時にドレスを分子レベルで定着させる『光速お着替えシステム』を構築している。これを使えば、彼女は瞬きをする間に二十八着のドレスを着替えることが可能だ」


「誰がそんなに高速で着替える必要がありますの!? 目が回ってしまいますわ!」


「ラブリー様、殿下の技術力が、もはや人類の文明を数百年追い越していますわ……」


ミリーが震えながら、メモ帳の記録を更新しました。
アクセルは、自分の発明品たちがクロードの「ラブリー専用・超技術」の前に、ただのゴミ同然に見えてしまう事実に愕然としました。


「ば、馬鹿な……。殿下、貴方はいつの間にこれほどの技術を!? 貴方は政治家でしょう!?」


「愛だよ、アクセル君。彼女の不便を取り除きたいという情熱が、私に物理法則を書き換えさせたんだ。……さあ、君に彼女の『瞬き一回分』の時間を守るために、時空を歪める覚悟はあるかい?」


「……な、無い。そんな狂気に満ちた覚悟は、僕の回路には存在しない……! 降参だ! 殿下、貴方こそが真の『愛の科学者』だ!」


アクセルはガタガタと震えながら、白旗を揚げて実験室の隅に蹲りました。
またしても、クロードによる「執着が産んだオーバーテクノロジー」の勝利です。


「……殿下。もう、お見合いの相手が一人も残っていませんわよ。どの方も、あなたの異常性を際立たせるための踏み台にされていますわ」


ラブリーが乾いた笑いを浮かべると、クロードは至極満足げにパワードスーツ(?)の襟を正しました。


「何を言うんだ、ラブリー。私は君に『最高』を提供したいだけなんだ。……さて、次は確か、北方の氷の騎士団の若き英雄だったね」


「……次は物理的な『氷の壁』が立ちはだかるんですのね。ミリー様、もう私の心、絶対零度で凍らせてくれませんこと?」


「ラブリー様、殿下ならその氷すら『最高級の保冷剤』として再利用しそうですわ……」


自由を求めるラブリーの道は、今や科学と魔法のハイブリッドな檻へと進化を遂げ、彼女をより深くクロードの腕の中へと誘うのでした。
ミリーのメモ帳には、『候補者⑦:アクセル、殿下のオーバーテクノロジーによる時空崩壊レベルの求愛により、自信を喪失し引退』と、絶望的な一文が刻まれました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...