殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
「……寒いですわ。ミリー様、なぜ私は北風吹き荒ぶ訓練場の真ん中に立たされているのかしら」


ラブリーは、毛皮の襟巻きに顔を埋めながら、がたがたと震えていました。
目の前には、銀色の髪をなびかせ、氷の彫刻のように冷徹な瞳をした青年が立っています。
北方の極寒地を守護する「氷壁騎士団」の若き団長、ジークフリート。


彼は一言も発さず、ただ静かに剣を構えて立っているだけで、周囲の気温を五度ほど下げているような威圧感がありました。


「ラブリー様、彼こそが今回の本命ですわよ。感情を表に出さず、ただ静寂を愛する男。……これなら、殿下の騒がしい愛から逃れて、静かな余生を送れるかもしれませんわ」


ミリーが、震える手でメモ帳に『候補者⑧:クールすぎる騎士』と書き込みました。
ジークフリートは、ようやく重い口を開きました。


「……ラブリー殿。私は、喧騒を嫌う。北の果てにある私の城は、一年の大半が雪に閉ざされている。……君が望むなら、誰にも邪魔されない、永遠の静寂を提供しよう」


「永遠の静寂……! 素晴らしい響きですわ! 私、そこへ行きます! 今すぐ荷物をまとめて、凍える大地へ旅立ちますわ!」


ラブリーが希望に燃えて(物理的には凍えて)一歩踏み出した、その時です。
足元の雪原が、ボコッ、と不自然に盛り上がりました。


「……待ちなさい。その『静寂』、私がすでに温度調整済みだよ」


「殿下!? 今度は雪の中から土竜のように登場ですの!? 風邪を引きますわよ!」


中から現れたのは、全身に魔導ヒーターを内蔵した「発熱する白熊の毛皮」を纏ったクロードでした。


「邪魔をしているわけではないよ、ラブリー。私はただ、君の移住先における『体温維持のシミュレーション』を行っているだけだ。……ジークフリート君。君の城の平均室温は何度だい?」


「……零下十度だ。それが精神を研ぎ澄ます」


「却下だ。ラブリーの理想的な睡眠環境は二十二・五度、湿度は五十五パーセントと決まっている。……私はすでに、北方の君の領地をすべて買い取り、地下に大規模な『地熱利用型・全土床暖房システム』を埋設する工事を発注済みだ」


「領地を買い取って床暖房!? 殿下、それはもう個人の過保護の域を超えて、国家事業ではありませんこと!?」


ラブリーが絶叫しますが、クロードは平然と雪を払いました。


「さらに言うなら、君が『雪景色が見たい』と言った時のために、私は窓ガラスをすべて『自動防曇・高断熱三層強化魔法ガラス』に取り替え、外の雪は降った瞬間にイチゴ味のシャーベットに変わるよう、精霊と契約を済ませている」


「イチゴ味の雪……。殿下、それはもはや自然への冒涜ですわ」


ミリーが呆れ果てて、メモ帳に追記しました。
ジークフリートは、自分の誇りである「厳しい冬」が、クロードの財力と執着によって「巨大な温室」に変えられようとしている事実に、絶句しました。


「……殿下。貴方は、冬を……北の誇りを何だと思っている」


「彼女の『冷え性』を改善するための、巨大なカイロだと思っているよ。……さあ、ジークフリート君。君に、彼女のつま先を一生冷やさないために、太陽の軌道すら変える覚悟はあるかい?」


「……無い。そんな天変地異を引き起こす愛は、私の流儀にはない……! ……降参だ。北の氷も、貴方の執念の前では瞬時に蒸発するだろう」


ジークフリートは、初めて動揺した顔を見せ、吹雪の中に消えていきました。
またしても、クロードによる「物理法則無視の過保護」の勝利です。


「……殿下。もう、誰も残っていませんわよ。この国周辺の有力な独身男性は、すべてあなたに精神を破壊されましたわ」


ラブリーが虚空を見つめると、クロードは満足げに白熊の毛皮(ヒーター内蔵)を彼女にかけました。


「何を言うんだ、ラブリー。私は君に『最高』を提供したいだけなんだ。……さて、次は誰だったかな? ……あ、次は確か、海を越えた先にある『暗殺者のギルド』の若き首領だったね」


「……次は命を狙われるタイプのお見合いですのね。ミリー様、もう私の人生、どこで間違えたのかしら……」


「ラブリー様、最初から……殿下を選んだ時点ですべてが決まっていた気がしますわ……」


自由を求めるラブリーの旅路は、クロードが作り上げた「灼熱の檻」の中で、一歩も外に出られないまま続いていくのでした。
ミリーのメモ帳には、『候補者⑧:ジークフリート、殿下の全土床暖房計画により、存在意義を失い敗走』と、冷徹な記録が残されました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』 メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...