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第十三話
しおりを挟むジッとその場から動けずにただ見つめていれば、大人しかった赤子が起きたのか微かに泣き声を上げた。メイドを引き連れて店に入りかけていたスノーベルはその足を止め、ぐずり始めた赤子をメイドから受け取ろうとしている。まさにその姿は愛に満ちた母と子。それは僕が求めていた理想の親子の姿で、僕が得るはずだった愛の形に見える。
そんなスノーベル達に対して、今の僕はどうだろう。地位もお金も捨てて選んだモニカとの真実の愛はどこにでもある安物だった。モニカが産んだ子も愛の結晶どころか、僕の子ではなかった。僕とモニカの愛の物語は流行遅れとなり人々からも忘れられ始めていて、僕の手には最早、ご飯代で消えるだけのわずかなお金ぐらいしか残されていない。…どうしてこうなったのか、何度も考えた未だに答えの出ない疑問。僕は元とは言えども第一王子で、王の子であることは間違いないのに…どうして、こんな思いをしなければならないのだろうか。僕は間違いなく王家の血を引く唯一の男児で、次代の王として多くの者に傅かれ守られて、尊敬されて誰よりも優位に立つべき存在だったはずだろう! それなのに、なんで!!
ふつふつと込み上げてきた熱い怒りに身を燃やしていると、うわぁぁん、とより一層大きな声が静かな通りに響いた。メイドがスノーベルの傍で音の出る玩具らしき物を揺らしているが、泣き止む様子はない。八つ当たり気味にうるさいと声に出そうとした時、スノーベルの柔らかい声が聞こえて来た。…子を想う親の愛がたくさん散りばめられた詩だった。込み上げていた怒りを忘れて聴き入っていると、初めて耳にする詩だと気付く。恐らくスノーベルの即興だろうと思う。貴族の嗜みでもある詩の創作は学園の課題にもあり、評価が壊滅的だったモニカを思い出し、つい苦笑が零れた。それに比べて詩の即興が出来るくらいにスノーベルは優秀であったのだなと改めて……。
「あ……!」
ある考えが唐突に浮かび、思わず声が漏れ出た。
――スノーベルは僕の婚約者として、とても優秀だった。血筋も確かで身分も良く教養もあるし、僕が受けていたように王太子妃教育もすでに受けていただろう。そんな彼女を王家が放置するだろうか。
いや、絶対に手放さない。しかもこれだけ美しい女性なのだ。王妃となって、王の子を産むのに相応しい女性は他に居ないだろう。…そう、そうだ、僕の事だって王家にとっても国にとっても重要な存在だったはず。そんな僕の血を、王家がそのまま貧乏な男爵家なんかに任せたまま放置することも可笑しいのだ。僕の婚約者で僕の子を産む権利を持っていたスノーベルと、王家の唯一の男児である僕の血。その価値は充分過ぎるほどにある。
――もしかして…あの子は、僕の子じゃないだろうか。
天啓のように閃いた考え。あり得ない話かもしれない。でも、あり得ないと思った話が本当の事だった経験が僕にはある。思い出すのはモニカが産んだと言う赤髪に黒目をしていた、僕に似ても似つかない双子。僕の子ではなかったのだから当然だ。…では、あの美しいスノーベルが抱く、銀の髪を持つどこか僕に似た子は。目の色こそ確認できないが、きっと緑の色を持っているだろう赤子。見るからに大事にされている、まるでかつての僕のような。
――あぁ、間違いない。僕とスノーベルの子なんだ。
僕は確信した。僕とスノーベルには友愛しかないと思っていたけど、愛は間違いなく愛だったのだ。僕の身体に子を作る能力がないのも、きっと婚約者ではなくなってしまった彼女が僕の子を産む為の代償だったんだ。これぞ、まさに愛の奇跡。なんてことだ、僕の真実の愛は、ここにあったんだ!
僕は走り出した。母となりより美しくなったスノーベルと泣き止み始めた我が子を、抱きしめる為に。
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