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第十二話

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 ――ふと俯いていた顔を上げる。人が行き交う際の喧騒がなくなり、周囲の人気が少ない事に気が付いたからだ。考え事をしながら歩いていた為か、普段歩いている平民向けの商店が立ち並ぶ王都の中心通りから逸れてしまったようだ。来た道を戻ろうと思った時、第一王子であった頃は良く利用していた商家の店舗が目に入る。改めて周囲を見回すと見覚えのある貴族街の近くまで来ていることに気が付いた。ここの通りは貴族が利用する高級店が多く存在する。貴族の買い物は家に商人を呼びつけるのが基本で、直接店に買い付けに来る貴族は少ないだろうが全く居ない訳じゃないので、通りは馬車が行き来出来るよう広く作られており、また綺麗に整えられている。人や物でごちゃごちゃしている平民街の細い道とは大違いだった。



 学生の頃、よくこの通りをモニカとデートで通ったな、と懐かしさもありぼうっと眺めていた。そんな僕が立つ方を見て、離れた位置にいる貴族の使いらしい二人の女が顔を顰めた。浮浪者、乞食…そんな言葉が僅かに聞こえてくる。ハッとした。もしかして僕の近くにそんな怪しい人物がいるのかと警戒する。以前そういった風貌の男にお金を掏られたことがあり、今僕が持っているお金を取られたくないからだ。このお金は僕のご飯代になる大事なお金なのだから。僕の周りには誰も居ない様子だったが、隠れているのかもしれないと警戒は続けながらまた歩き始める。怪しい人物なら商家が雇っている警備兵の警戒が厳しいこの通りを通れないはずだろうから、来た道を戻るよりもこの先に進んだ方が安心だった。



 それから少し先を歩いた時、一台の華やかな馬車が通りに颯爽と現れて、ある店舗の前で停まった。護衛らしき騎士も連れた貴族の馬車だった。思わず僕が立ち止まったのは、その馬車に見覚えのある家紋があったからだ。かつて高位貴族のモノは全て覚えるようにと、学んだ各貴族家の家紋。記憶を辿ればあれは確か、ダイガークロー公爵家の家紋だったような気がする。当主は父の従兄弟で、両親とは仲が良かった。でも僕が幼い頃、私的に初めて対面した時に髪の色は父と同じ銀髪でも明確に異なる赤い目が怖くて近寄れず、まともに挨拶すら出来なかったことがあった。それきりあちらも気を利かせたのか僕とは疎遠となり、公的な行事ぐらいでしか会うようなことはなかったのだ。最後に会ったのはいつのことだったか……そんな風に公爵の情報を思い巡らせていた時、僕の思考はそこで停まった。



 目も思考も奪われるそれはもう美しい女性が、そのタイガークロー公爵家の馬車から姿を見せたからだ。朝日のように輝く金の髪と、青空のように澄んだ青の瞳。その桃色の口元は柔らかく緩み、まるで絵画に描かれた聖女がそのままこの世に現れたかのような印象を受ける。彼女の美しさのあまりただただ見惚れていると、店舗から恰幅の良い店長らしき人物が現れ、にこやかな挨拶を交わし始める。常連なのだろう、彼女の名が聞こえた。『スノーベル・タイガークロー公爵夫人』と。…その名は、僕の元婚約者の名と同じ。そうだ、そう言えば、彼女は公爵と結婚したのだったと意識の端で思う一方で。



 ――スノーベル。君はこんなに美しい人だっただろうか。



 こんなに輝いて見える彼女の姿を僕は見たことがなかった。唖然としていると、ふいに彼女がこっちを見た。離れた位置に立つ僕の事に気が付いたのかと思ったが、微笑みを浮かべる彼女の視線は何事もないように僕から逸れ、彼女の背後へと移動する。スノーベルの視線の先に促されてか、一人のメイドが馬車から降りて来た。その腕には白地に金糸の刺繍が贅沢に使われたおくるみに包まれた、一人の赤子が抱えられている。…わずかに見えたその赤子の髪は、僕と同じ、銀髪。眠っているのか、とても大人しい。そこでスノーベルの優しい視線は、この子に向けられているのだと気付いた。きっとこの赤子はスノーベルの子供なのだろう。



 ここからは赤子の目までは見えない。けれど、その子の目が緑だったらいいなと思った。だって『緑』なら僕と同じ色だ。スノーベルと同じ青色でもいいけれど、それだと父と同じ色になってしまう。国王である父は銀髪に青の瞳だった。そして側妃である母は亜麻色の髪と緑の瞳で、『銀』と『緑』は僕が両親の二人から受け継いだ特別な色だった。



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