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第九章「海神編」
過去と現在
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話が終わり、もう少しゆっくりしていってはと言ったが、おじさんとおばさんはすぐに帰ると言った。
名残は惜しいが、失踪宣告で死んだ事になっている俺と長く一緒にいて何かあってはならないと言う考えのようだった。
今日会ったのも、細心の注意をしてお忍びで会いに来てくれたのだ。
だからもう、会う事はないだろう。
おばさんが最後にもう一度、ギュッと俺を抱きしめてくれた。
お母さんと呼んだ事は一度もなかったけれど、唯一、戸籍上で俺の母親になってくれた、たった一人の人だ。
「元気でね、サークちゃん。」
「うん。ちょっとの間だけど、俺のお母さんになってくれて、ありがとう。」
その言葉を聞いて、おばさんはボロボロ涙を溢した。
俺もちょっと泣けてしまって、変な顔で笑いかける事しかできなかった。
おじさんもおばさんも、それ以上は何も言わない。
言葉はいっぱい胸にあったけど、何も言わないでいてくれた。
俺も同じだった。
教会の裏門に停まっている馬車まで俺は二人を送っていく。
御者がこちらに気づいて顔を上げた。
その顔がとても焦って見えた。
小さく首を振っている。
おじさんもそれに気づき、足を止めた。
「あなた?どうなさったの??」
おばさんが不思議そうに聞いた時、馬車の後ろから数人の男が足早に出てきて道を塞いだ。
さっとおじさんは外套を翻して俺とおばさんを背後に庇う。
「そんな……どうして……。」
その真ん中に立つ男の顔を見て無言になった俺とおじさんに反して、おばさんは口元を押さえて動揺していた。
知った顔だった。
「夜分にお忍びでお出かけのようでしたので、何かあってはと思いお迎えに上がったのですが、よもや幽霊にお会いになっているとは思いませんでしたよ、父上。」
そう言って、その男は一歩前に出た。
ずいぶん成長したなと場違いにも思った。
「……カイ、なぜここに来た?」
「申し上げた通りです。父上。この所、何かなさっているようでしたので、悪い事に巻き込まれていないかと気になっておりましてね。この様な時間にお忍びで母上と共にお出かけになるので、息子として心配になっただけです。」
「……見え透いた事を申すな!」
「では本心を申し上げます。父上とて、私がどれほどサークを探していたかはご存知でしょう?なのにいつの間にやら失踪宣告を受けていて……。それで私が諦めるとでもお思いになっていたのですか?!」
ん??
んんん?!
どういう事だ??
俺はおじさんの外套の陰でおばさんを支えながらその言葉を聞き、はて?と頭に疑問符をたくさん浮かべた。
そこにいたのは紛れもなくおじさん達の息子の一人、カイだった。
成長して、いかにもインテリ臭い眼鏡をかけたお堅そうな官僚の雰囲気そのままな感じでそこに立っていた。
……何でカイ義兄さんが俺を探すんだ??
俺なんかいなくなってせいせいしたと思ってたのに??
諦めるって何だよ??
いつも陰湿に虐めてきたじゃんか??
ストレスのはけ口がなくなって困ったのか??
そんなもの、別に俺に拘る必要ないしな??
よくわからなくてきょとんとする。
しかし、俺を死んだ事として守り通そうとするおじさんと、何故か本気で俺を探していたらしいカイは睨み合っている。
「死んだとされた失踪者が実は生きていて密会していたなど、世間に知れたらどう言い訳をなさるおつもりですか?!父上?!」
「いや、それは死んだ事のままにしておけばいい話だと思うんですが??」
語尾強くおじさんを問い詰めるカイに、俺は思わず言ってしまった。
喋ってしまったことで、おじさんは諦めたようにため息をつくと、隠す為に上げていた外套を下げた。
「サーク……本当にお前なんだな……。」
「いえ、違います。私はハクマ・サークではありません。初めまして、ハクマ・カイ国務副大臣。私は中央王国のライオネル第三王子殿下に使える騎士で、アズマ・サークと申します。」
「……だから何だ、サーク。」
「ええと……私の言っている言葉は、通じていますか??国務副大臣??」
「調べはついている。戯言はよせ、サーク。」
「調べ、と言いますと??」
「……中央王国に東の国出身の優秀な魔術師がいて、それが爵位を賜るにあたってハクマ・サークからアズマ・サークに改名したことは知っていると言っているのだ。」
「なるほど……。それが何か??」
「貴様……っ!まだしらばっくれるつもりか?!」
「国務副大臣がハクマ・サークと言う方を探しておられるのは理解しました。それが何故私だと言い切れるのですか??たまたま同じ東の国出身で、同姓同名だっただけだとは思うのですが??」
「ハクマの名に同姓同名などあり得るかっ!!どこまでとぼければ気が済むのだ?!サークっ!!」
「そもそも、何故、国務副大臣はその方をお探しなのですか??ハクマ夫妻は養子にした息子を探されていたので理解できますが、聞くところによれば、貴方はずいぶん彼に嫌がらせをなさったそうではないですか??それでお探しのハクマ・サークは東の国を逃げ出したと聞いているのですが、その嫌がらせをなさったあなたが、何故、彼を探しているんですか??」
その場にいた全員、ぽかんと俺の話を聞いていた。
おじさんもおばさんも、俺が全く躊躇なく別人だと言い切るのを聞いて、目をぱちくりさせている。
カイだけが言葉にならない憤怒を抱えて真っ赤になっている。
「悪ふざけが過ぎるぞ!サークっ!!」
「いやですから、私の名前もサークなのですが、国務副大臣の仰ってるサークさんとは別人かと思うのですが??」
「この世の何処に!東の国出身の高い能力の魔術師で!お前の年齢で!かつてはハクマ・サークと言う名だった者が他にいると言うんだっ!!」
「それは絶対にこの世に存在しないという証拠は何処にあるんですか??現に私はここにいますし??」
「それはお前がお前だからだろう?!サークっ!!」
「……ええと?先程から私はお探しのサークではないと申し上げていまして……意味がわからないのですが??そして何故、国務副大臣は虐めて追い出した義理の弟をお探しなのですか??」
「それは……っ!!」
俺があくまでも冷静に、きょとんと違うサークだと言い張るので、常に眉一つ動かさず淡々としているタイプのカイは次第にそれが保てなくなっていった。
苦虫を潰したように奥歯を噛み締め、今にも地団駄を踏み出しそうな顔をしている。
おじさんは何となく俺がその無茶な設定を押し通そうとしているのを理解して黙っていた。
若干、笑いを堪えているのが気になるが仕方がない。
おばさんの方はキョトンとしながら俺の顔とカイの顔を見比べている。
「出ていって欲しかったから、その義弟のサークさんに嫌がらせをしていたんですよね??なのになぜ探すんですか??いなくなったのだからそれでいいんじゃないですか??」
ここは素で不思議に思った点なので、素で不思議がって聞いてみる。
カイは何か言おうと口を開いたが、そのうち顔を覆って俯いてしまった。
「ご理解頂けたようで幸いです。国務副大臣。私はお探しのハクマ・サークではございません。同姓同名の別人です。今、ハクマ夫妻にもそのお話をしていたところです。」
「……なら、なぜここにいるのだ、サーク……。」
「それはご夫妻がここを指名されたからです。お探しのハクマ・サークの育ての親なら見間違えるはずはないと言う事で、ここの神使えの方が私が別人である事を証明して下さったんですよ。」
「………………クソッ!!」
にっこりと俺がそう言うと、カイはらしくなく悪態をついた。
全く反論できない。
何しろ証拠が多すぎるから、逆にそれを自信満々に否定してこられては、どう反論すればいいかかえってわからなくなるのだ。
「では、ハクマ夫妻。お会い出来て楽しかったです。早く養子の息子さんが見つかると良いですね?」
「ありがとう。アズマ男爵。わざわざ東の国までご足労頂き、申し訳なかった。」
「ご厚意、感謝いたしますわ、アズマ男爵。」
俺がそう挨拶して二人に帰路を進めると、何となく話の流れがわかったおばさんも話を合わせてくれた。
くすくすとおかしそうに笑っているが、あんまり笑うとネタバレしちゃうから程々にね?
俺はおばさんにウインクして見せた。
「……帰るぞ、カイ。無断で家長である私の後をつけた事は、帰ってからゆっくり訳を聞かせて貰おう。」
「………っ。」
カイは悔しげに唇を噛み、俺をキッと一睨みした。
おお怖い怖い。
そう思いながら、俺はただ柔らかく微笑んで、ハクマ・カイ国務副大臣に会釈した。
カイは何も言わず踵を返し、馬車の後ろに留めていた馬に跨った。
さり際、何とも言えない顔で俺をじっと睨んでくる。
何なんだ??本当に??
結局、何でカイが俺を探していたのか教えてくれなかったなぁ。
あんだけ陰湿にいじめといて、何で探してたんだろう??
変な奴だなぁ~。
去っていく馬車と馬を見送りながら、俺はそんな事を考えていた。
それにしても、思ったよりカイの前に立っても俺は動揺しなかった。
土壇場であれだけの大嘘を平然とつけるとか、ちょっと自分が面白くて笑ってしまった。
「案外、何とかなるものだねぇ~。」
ふと、そんな声が聞こえて俺は振り返った。
義父さんがおかしそうに笑いながら木陰から出てきた。
その後ろには何故か小さなヴィオールを肩に乗せたウィルまでいた。
「二人とも、いつからいたの??」
「カイ君が出てきたあたりからかな??」
「サークの養子時代のご両親だし、挨拶くらいはしようと思って追いかけてきたんだけどね。」
「うん、私もお帰りのご挨拶をしようと思ったんだけど……。」
「まさかサークがあんな大ホラを吹く場面に出くわすとは思わなかったよ。」
「面白いねぇ……。同姓同名の別人だって押し通すなんて、私では思いつかないよ。」
「ま、無理が通れば道理が引っ込むって事で。なんとかなりました。」
「無理、通しすぎ。」
ウィルがくすくす笑っている。
肩に止まっていたヴィオールが俺の方に飛んで来て肩に乗った。
眠そうに大あくびをすると、首に巻き付いて寝始めてしまう。
「ヴィオール、また出てきたの??」
「うん、何だか出たがって。ここが好きみたいだ。」
「それは嬉しいね。小さな神様に寛いで頂けるなんて、神仕えとしては光栄この上ないよ。」
あんな事があったのに俺の心は落ち着いていた。
そして義父さんもウィルも穏やかだった。
それが何だか嬉しかった。
「さ、家に帰ろう。」
穏やかな義父さんの声に俺は頷いた。
そっと寄り添ってくれるウィルの手を握る。
ウィルはいつものように静かに微笑んでくれた。
歩き出す前に、一度だけ後ろを振り返る。
もう、おじさんとおばさんとも、そしてカイにも会う事はないだろう。
あれだけ俺を苦しめていた何かははるか昔の出来事で、こうなってしまうとただの過去の一つのようにすら思える。
でもきっと、マダムに言わせれば、あれもターニングポイントだったのだ。
俺が俺である為に必要だった通過点。
そう思うとその苦しみすら、少しだけ愛しい気がしたのだった。
名残は惜しいが、失踪宣告で死んだ事になっている俺と長く一緒にいて何かあってはならないと言う考えのようだった。
今日会ったのも、細心の注意をしてお忍びで会いに来てくれたのだ。
だからもう、会う事はないだろう。
おばさんが最後にもう一度、ギュッと俺を抱きしめてくれた。
お母さんと呼んだ事は一度もなかったけれど、唯一、戸籍上で俺の母親になってくれた、たった一人の人だ。
「元気でね、サークちゃん。」
「うん。ちょっとの間だけど、俺のお母さんになってくれて、ありがとう。」
その言葉を聞いて、おばさんはボロボロ涙を溢した。
俺もちょっと泣けてしまって、変な顔で笑いかける事しかできなかった。
おじさんもおばさんも、それ以上は何も言わない。
言葉はいっぱい胸にあったけど、何も言わないでいてくれた。
俺も同じだった。
教会の裏門に停まっている馬車まで俺は二人を送っていく。
御者がこちらに気づいて顔を上げた。
その顔がとても焦って見えた。
小さく首を振っている。
おじさんもそれに気づき、足を止めた。
「あなた?どうなさったの??」
おばさんが不思議そうに聞いた時、馬車の後ろから数人の男が足早に出てきて道を塞いだ。
さっとおじさんは外套を翻して俺とおばさんを背後に庇う。
「そんな……どうして……。」
その真ん中に立つ男の顔を見て無言になった俺とおじさんに反して、おばさんは口元を押さえて動揺していた。
知った顔だった。
「夜分にお忍びでお出かけのようでしたので、何かあってはと思いお迎えに上がったのですが、よもや幽霊にお会いになっているとは思いませんでしたよ、父上。」
そう言って、その男は一歩前に出た。
ずいぶん成長したなと場違いにも思った。
「……カイ、なぜここに来た?」
「申し上げた通りです。父上。この所、何かなさっているようでしたので、悪い事に巻き込まれていないかと気になっておりましてね。この様な時間にお忍びで母上と共にお出かけになるので、息子として心配になっただけです。」
「……見え透いた事を申すな!」
「では本心を申し上げます。父上とて、私がどれほどサークを探していたかはご存知でしょう?なのにいつの間にやら失踪宣告を受けていて……。それで私が諦めるとでもお思いになっていたのですか?!」
ん??
んんん?!
どういう事だ??
俺はおじさんの外套の陰でおばさんを支えながらその言葉を聞き、はて?と頭に疑問符をたくさん浮かべた。
そこにいたのは紛れもなくおじさん達の息子の一人、カイだった。
成長して、いかにもインテリ臭い眼鏡をかけたお堅そうな官僚の雰囲気そのままな感じでそこに立っていた。
……何でカイ義兄さんが俺を探すんだ??
俺なんかいなくなってせいせいしたと思ってたのに??
諦めるって何だよ??
いつも陰湿に虐めてきたじゃんか??
ストレスのはけ口がなくなって困ったのか??
そんなもの、別に俺に拘る必要ないしな??
よくわからなくてきょとんとする。
しかし、俺を死んだ事として守り通そうとするおじさんと、何故か本気で俺を探していたらしいカイは睨み合っている。
「死んだとされた失踪者が実は生きていて密会していたなど、世間に知れたらどう言い訳をなさるおつもりですか?!父上?!」
「いや、それは死んだ事のままにしておけばいい話だと思うんですが??」
語尾強くおじさんを問い詰めるカイに、俺は思わず言ってしまった。
喋ってしまったことで、おじさんは諦めたようにため息をつくと、隠す為に上げていた外套を下げた。
「サーク……本当にお前なんだな……。」
「いえ、違います。私はハクマ・サークではありません。初めまして、ハクマ・カイ国務副大臣。私は中央王国のライオネル第三王子殿下に使える騎士で、アズマ・サークと申します。」
「……だから何だ、サーク。」
「ええと……私の言っている言葉は、通じていますか??国務副大臣??」
「調べはついている。戯言はよせ、サーク。」
「調べ、と言いますと??」
「……中央王国に東の国出身の優秀な魔術師がいて、それが爵位を賜るにあたってハクマ・サークからアズマ・サークに改名したことは知っていると言っているのだ。」
「なるほど……。それが何か??」
「貴様……っ!まだしらばっくれるつもりか?!」
「国務副大臣がハクマ・サークと言う方を探しておられるのは理解しました。それが何故私だと言い切れるのですか??たまたま同じ東の国出身で、同姓同名だっただけだとは思うのですが??」
「ハクマの名に同姓同名などあり得るかっ!!どこまでとぼければ気が済むのだ?!サークっ!!」
「そもそも、何故、国務副大臣はその方をお探しなのですか??ハクマ夫妻は養子にした息子を探されていたので理解できますが、聞くところによれば、貴方はずいぶん彼に嫌がらせをなさったそうではないですか??それでお探しのハクマ・サークは東の国を逃げ出したと聞いているのですが、その嫌がらせをなさったあなたが、何故、彼を探しているんですか??」
その場にいた全員、ぽかんと俺の話を聞いていた。
おじさんもおばさんも、俺が全く躊躇なく別人だと言い切るのを聞いて、目をぱちくりさせている。
カイだけが言葉にならない憤怒を抱えて真っ赤になっている。
「悪ふざけが過ぎるぞ!サークっ!!」
「いやですから、私の名前もサークなのですが、国務副大臣の仰ってるサークさんとは別人かと思うのですが??」
「この世の何処に!東の国出身の高い能力の魔術師で!お前の年齢で!かつてはハクマ・サークと言う名だった者が他にいると言うんだっ!!」
「それは絶対にこの世に存在しないという証拠は何処にあるんですか??現に私はここにいますし??」
「それはお前がお前だからだろう?!サークっ!!」
「……ええと?先程から私はお探しのサークではないと申し上げていまして……意味がわからないのですが??そして何故、国務副大臣は虐めて追い出した義理の弟をお探しなのですか??」
「それは……っ!!」
俺があくまでも冷静に、きょとんと違うサークだと言い張るので、常に眉一つ動かさず淡々としているタイプのカイは次第にそれが保てなくなっていった。
苦虫を潰したように奥歯を噛み締め、今にも地団駄を踏み出しそうな顔をしている。
おじさんは何となく俺がその無茶な設定を押し通そうとしているのを理解して黙っていた。
若干、笑いを堪えているのが気になるが仕方がない。
おばさんの方はキョトンとしながら俺の顔とカイの顔を見比べている。
「出ていって欲しかったから、その義弟のサークさんに嫌がらせをしていたんですよね??なのになぜ探すんですか??いなくなったのだからそれでいいんじゃないですか??」
ここは素で不思議に思った点なので、素で不思議がって聞いてみる。
カイは何か言おうと口を開いたが、そのうち顔を覆って俯いてしまった。
「ご理解頂けたようで幸いです。国務副大臣。私はお探しのハクマ・サークではございません。同姓同名の別人です。今、ハクマ夫妻にもそのお話をしていたところです。」
「……なら、なぜここにいるのだ、サーク……。」
「それはご夫妻がここを指名されたからです。お探しのハクマ・サークの育ての親なら見間違えるはずはないと言う事で、ここの神使えの方が私が別人である事を証明して下さったんですよ。」
「………………クソッ!!」
にっこりと俺がそう言うと、カイはらしくなく悪態をついた。
全く反論できない。
何しろ証拠が多すぎるから、逆にそれを自信満々に否定してこられては、どう反論すればいいかかえってわからなくなるのだ。
「では、ハクマ夫妻。お会い出来て楽しかったです。早く養子の息子さんが見つかると良いですね?」
「ありがとう。アズマ男爵。わざわざ東の国までご足労頂き、申し訳なかった。」
「ご厚意、感謝いたしますわ、アズマ男爵。」
俺がそう挨拶して二人に帰路を進めると、何となく話の流れがわかったおばさんも話を合わせてくれた。
くすくすとおかしそうに笑っているが、あんまり笑うとネタバレしちゃうから程々にね?
俺はおばさんにウインクして見せた。
「……帰るぞ、カイ。無断で家長である私の後をつけた事は、帰ってからゆっくり訳を聞かせて貰おう。」
「………っ。」
カイは悔しげに唇を噛み、俺をキッと一睨みした。
おお怖い怖い。
そう思いながら、俺はただ柔らかく微笑んで、ハクマ・カイ国務副大臣に会釈した。
カイは何も言わず踵を返し、馬車の後ろに留めていた馬に跨った。
さり際、何とも言えない顔で俺をじっと睨んでくる。
何なんだ??本当に??
結局、何でカイが俺を探していたのか教えてくれなかったなぁ。
あんだけ陰湿にいじめといて、何で探してたんだろう??
変な奴だなぁ~。
去っていく馬車と馬を見送りながら、俺はそんな事を考えていた。
それにしても、思ったよりカイの前に立っても俺は動揺しなかった。
土壇場であれだけの大嘘を平然とつけるとか、ちょっと自分が面白くて笑ってしまった。
「案外、何とかなるものだねぇ~。」
ふと、そんな声が聞こえて俺は振り返った。
義父さんがおかしそうに笑いながら木陰から出てきた。
その後ろには何故か小さなヴィオールを肩に乗せたウィルまでいた。
「二人とも、いつからいたの??」
「カイ君が出てきたあたりからかな??」
「サークの養子時代のご両親だし、挨拶くらいはしようと思って追いかけてきたんだけどね。」
「うん、私もお帰りのご挨拶をしようと思ったんだけど……。」
「まさかサークがあんな大ホラを吹く場面に出くわすとは思わなかったよ。」
「面白いねぇ……。同姓同名の別人だって押し通すなんて、私では思いつかないよ。」
「ま、無理が通れば道理が引っ込むって事で。なんとかなりました。」
「無理、通しすぎ。」
ウィルがくすくす笑っている。
肩に止まっていたヴィオールが俺の方に飛んで来て肩に乗った。
眠そうに大あくびをすると、首に巻き付いて寝始めてしまう。
「ヴィオール、また出てきたの??」
「うん、何だか出たがって。ここが好きみたいだ。」
「それは嬉しいね。小さな神様に寛いで頂けるなんて、神仕えとしては光栄この上ないよ。」
あんな事があったのに俺の心は落ち着いていた。
そして義父さんもウィルも穏やかだった。
それが何だか嬉しかった。
「さ、家に帰ろう。」
穏やかな義父さんの声に俺は頷いた。
そっと寄り添ってくれるウィルの手を握る。
ウィルはいつものように静かに微笑んでくれた。
歩き出す前に、一度だけ後ろを振り返る。
もう、おじさんとおばさんとも、そしてカイにも会う事はないだろう。
あれだけ俺を苦しめていた何かははるか昔の出来事で、こうなってしまうとただの過去の一つのようにすら思える。
でもきっと、マダムに言わせれば、あれもターニングポイントだったのだ。
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そう思うとその苦しみすら、少しだけ愛しい気がしたのだった。
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