欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

戸籍の行方

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「ウィル~っ!!そいつら捕まえて拭いて~っ!!」

俺はずぶ濡れのまま慌てて叫んだ。
待ち構えていたウィルが、ビチャビチャと水滴を落としながら走る子ども二人をバスタオルで捕まえる。

「わ~!捕まった~!!」

「こら、駄目じゃないか。」

なにが楽しいのかゲラゲラ笑う子どもたち。
風呂場の引き戸を開けて覗き込み、体も拭かずに飛び出して行った子がウィルに捕まっているのを確認した。

俺は夕飯前に子どもたちを風呂に入れた。
一緒に入ったと言うか、とにかく落ち着かない子供らをどうにか入れたと言う感じだ。
特に今逃げ出した二人はやんちゃで、体を洗えば泡だらけで暴れるし、湯船に浸かれば早く出たいと落ち着かないし、100数えさせて他の子を見ていたら、数え終わった瞬間、ざばっと飛び出して体も拭かずに走り出して行った。
他の子の面倒を見ていたので捕まえそこね、ウィルに叫んでしまったと言う訳だ。
ウィルは子どもたちをタオルで包んで逃さないように抱きしめている。

……いいな~。
俺も風呂上がりにあれやって欲しい……。

ウィルに拭かれながら甘える子供らを見、俺はちょっと拗ねた。
しかしこっちにもまだ子供たちが残っているのだ。
だいたいはお利口に自分でちゃんと体を拭いているが、まだまだ拭ききれていない子も多いので仕上げに俺がひとりひとり拭き上げてから着替えさせる。

「ヘッグシュッ!!」

最後の子の着替えを整えていて思い切りクシャミが出た。
考えてみれば、ろくに自分も拭いてないで半裸のまま子供らの面倒を見ていたので体が冷えていた。
そんな俺の頭にタオルがかけられワシワシ拭かれる。

「お疲れ様。冷えたんじゃないか?もう一度温まってきた方がいいな?」

「ウィル~!!」

振り向けばウィルだった。
俺の頭を拭きながら、そっと抱きしめてくれる。
確かに体が冷えていた。

「子どもたちは見ておくから、温まっておいで。」

「ん、ありがと。」

「ふふふっ、それとも一緒に入って温めてやろうか??」

悪戯っぽく笑うウィルが素敵すぎる。
俺はかなり真面目に答えた。

「ぜひ!お願い致します!!」

「馬鹿。冗談だよ。」

「えええぇ~?!一緒に入ろうよ~!!」

「風呂は遠慮しておく。子どもたちも見ないとだし。」

「えええぇ~?!」

「でも、布団は温めてやってもいいかな?」

あぁ、もう本当、ウィルってば素敵すぎる。
こんなに可愛くて格好良くて素敵な奥さんがいるなんて、俺は幸せだなぁ~。

「ウィル~!大好き~!」

抱きついて肩に頭をぐりぐり擦り付ける。
苦笑しつつ俺を撫でてくれるウィルを、戸口から子供らが覗き見ていた。

「ラブラブだ~!!」

「お兄ちゃん、甘えん坊~!!」

そう言われ、バッと俺達は体を離す。
いや、甘えん坊じゃないから……って、説得力がないな、うん。
ウィルは少しだけ赤くなりながら、子どもたちを連れて風呂場を出て行った。

これから食事をして寝かしつけだ。
だから多分、子供部屋に布団を敷きに行ったと思うけど、ウィル一人で大丈夫かな??
どう考えても布団敷きながら遊びだすよな??

子どもたちはとてもいい子なのだが、俺とウィルと言うとても構ってくれるお客さんが来て、テンションが上がりっぱなしなのだ。
だから普段はやらないような羽目を外した行動をしてしまう。

それだけ俺達に心を開いて甘えていると言う事だ。
彼らは年端もいかない子供なのだ。
普段はいい子でいるのだから、たまにはそんな日があっていい。
わがままを受け止めてやるのだって、躾に叱るのと同じくらい大切な事なのだ。

そう思った俺は、湯船には浸からず急いで着替えて後を追ったのだった。







夕飯はちょっと戦争のようだった。
子供らは俺とウィルにベッタリで、もう一人で食べれる歳なのにあ~んしないと食べない子や、おしゃべりが止まらなくて箸が止まる子、ふざけてばかりで食べない子、ひとくちひとくち食べたのを見て!と言う子となかなか大変だった。
義父さんやお手伝いに来てくれてるおばさん達も、いつもはいい子な子供らが珍しく羽目を外して俺達に甘えているのをわかっているので、度が過ぎれば注意はするが、それ以外は好きにさせて笑って見ていた。

俺もよく、お客さんが来るとテンション上がって羽目を外してたなぁと思う。
それを闇雲に叱らずに羽目を外すのを見守ってくれるところも、義父さんというかここの凄いところだと思う。

とは言え、このままのテンションでこいつら寝るのかなぁと心配していたが、寝かしつけは案外スムーズだった。
境内をヴィオールを追いかけて走り回り、風呂でも布団敷きでも大暴れした子供らは、さすがに腹が膨れて落ち着いてくると電池が切れたように寝始めた。

その満足したように眠る顔をウィルと二人で見守って、何となく幸せな気持ちになる。
子どもたちの体温は少し高くて、囲まれて添い寝していると眠くなってきた。
大あくびをした俺のほっぺたをウィルが突いて笑った。

「……サク、ちょっといいかい??」

襖が少し開き、小声で義父さんが俺を呼ぶ。
俺はウィルに目配せしてそっと立ち上がった。
気配で薄目を開けた子のお腹をウィルがトントン叩いて寝かしつける。
音を建てずに部屋を出て、暗い廊下で義父さんの顔を見つめた。

「来られたよ。離れの客間にお通ししたから。」

「わかった。」

「私も行こうか?」

「いや、大丈夫。」

そう返事をして、俺は離れに向かった。










離れに入ると、懐かしい顔が待っていた。

「…………サークちゃん!」

「良かった……元気そうで良かった………!」

俺が客間に入ると、二人はそう言って抱きしめてくれた。

「おじさん……おばさん……お久しぶりです。」

俺は少し複雑な思いを抱きながらも、素直に二人にハグを返した。

ハクマのおじさんとはおばさん。
つまり俺を養子にして名字を貸してくれた人たちだ。

子供の頃の俺が、今日、俺とウィルに甘えた子どもたちのように甘えた人たち。
あんな事がなければ、ずっと純粋に好きな気持ちだけ持っていられただろう。

「すまない……。君を家の事に巻き込んで……。」

「おじさんたちが悪い訳じゃないし、気にしてないよ、俺。」

「ごめんね、ごめんね、サークちゃん……。」

「大丈夫。それより俺が逃げてから、おばさん達は大丈夫だったの?」

「ああ、サークの苦労に比べればなんてことないさ。」

「俺はそんなに苦労してないって。」

「そんな事ないわ。ずっと実家であるここにも帰れなかったんだから……。」

「でも帰ってきました。だから俺は大丈夫。それより、こっちでの俺の戸籍ってどうなってますか?」

「問題ない。君がヒントを残してくれていたからね。すぐに失踪届を出して、数年前に失踪宣告をもらってある。もう君はハクマの家に縛られていないよ、サーク。」

「そっか、良かった。……あれに気づいてくれてありがとう、おじさん……。」

俺はおじさんの言葉にほっとした。

あの時、俺はハクマの家から逃げ出した。
物理的に自分の身を行方知れずにしたのだ。

跡を追われないよう、東の国を出てまずは南方面の汽車に乗った。
あえて短時間で遠くに行けるが使う人間が限られる為、足跡を追いやすいものを使ったのだ。
そこから途中でこっそり汽車を抜け出して、徒歩で人気のないルートを逆走し、中央王国に入った。

だから探すならまず南部方面そして南の国。
中央王国に調べが入る頃には、移民の平民扱いになっているから見つかる事はないとわかっていた。
平民の記録は適当に保管されているし、数が多すぎて探す事も難しい。
何より、貴族地位から平民にするなど彼らは考えないし、平民登録したなら下賎に落ちたとして死亡した事にするはずだからだ。

しかし戸籍というのはそうもいかない。
ずっと記録が残っていれば、たとえ何十年後に見つかってもその縁が切れることはないのだ。

だから考えた。
失踪宣告を使う方法を。

失踪宣告を出して貰えれば、ハクマ・サークは東の国の国籍では死亡扱いになり、ハクマの戸籍から消える。
ただそれをするには、ハクマ家の誰かが失踪届を出して、期間が過ぎたら失踪宣告を申し立てて受けてくれなければならなかった。

けれど逃げる事を誰かに明かす事は出来ない。
おじさんとおばさんに明かせば、逃したと言って二人が責められるのは目に見えていた。

だから何も言わなかった。
その代わり、部屋の本棚に失踪についての本をわざと数冊残したのだ。
おじさんかおばさんが気づいてくれる事にかけてみた。

もし気づかなくても、俺がハクマ家の連中に見つからなければ、そのまま平穏に生きていけるのでその時は保険ぐらいに考えていた。

だが、今、俺は中央王国で男爵の爵位を持ち、領土さえ持っている。
自分の状況を思うと、こちらでの戸籍がどうなっているのかは気がかりだった。

いくら名字をアズマに変えたと言っても、こちらに戸籍が残っていて同一人物であると証明できれば、俺はハクマの人間でもある事になるからだ。
だからハクマとの繋がりがあるままウィルと婚姻関係を結んだ場合、それがウィルにも降りかかる事になる。

だから今回、多少なりにも決着をつける必要があったのだ。
あの時、俺の意図を酌み取ってくれたおじさんとおばさんのお陰で色々動かなくて済んでよかった。
俺は安堵して二人に微笑んだ。

「良いんだ、良いんだよ、サーク。よくこの方法を思いついたね……。」

「私達がすぐにサークをここに返して上げるだけの力があれば良かったんだけど……。何年も身を隠さなければ自由にしてあげられなくてごめんなさいね……。」

「いいよ、失踪宣告をしてくれてありがとう。これでもう大丈夫。それに俺さ、最近、中央王国で爵位をもらってるんだ。名字もアズマに変えたし。だから、もしも今後何かあっても、俺自身で対抗できるから心配しないで?」

「うん、聞いたよ。本当に立派になって……。」

「サークちゃんの力になりたかったのに、かえって家の揉め事に巻き込んで苦労をかけてしまって……何も出来なくてごめんなさいね……。」

「そんな事ないよ。あの時おじさんとのおばさんが名字を貸してくれたから、俺は正式な魔術学校に行けたんだ。それがあったから、中央王国で今の職につけたんだし。本当にありがとう。」

「サーク……。」

「サークちゃん……。」

二人は涙目になりながら、もう一度俺を抱きしめてくれた。
おじさんとおばさんの体は思っていたより小さい。
子供の頃、甘えて飛びついていた時はあんなに大きく感じたのに。

「大丈夫。大丈夫だよ、おじさん、おばさん。」

自分が成長したせいか、小さく感じられるようになった二人を抱きしめ返した。

二人は二人なりに俺を思い、葛藤してきたのがわかる。
おじさん達が悪いんじゃない。
俺自身もそれを知っている。
俺の中にあったハクマ家との因縁めいた固着は薄れた。

おじさん達が失踪宣告をしてくれてあるならもう問題はない。
たとえ彼らが俺を見つけて絡んできたとしても、戸籍上の繋がりはもうないのだ。
だから真っ向から向かい合っても怖くはない。

「……義兄さん達は……まだ、争っているんですか?」

ただ気になって、俺はそれとなく二人に聞いた。
おじさんは悲しそうに頷く。

おじさんとおばさんの本当の息子。
双子のカイとダン。

とは言え、彼らは産まれた時から家督争いの道具にされ、一族を二分する派閥が半ばおじさん達から取り上げて育てていた。
それに悩んだ氏子のおじさん達が義父さんに相談に来始めたのがそもそもの始まり。

そこでカイとダンより年下だがそこまで歳の離れていない俺に、中々思うように触れ合う事の許されない息子達の面影を重ねて可愛がるようになり、俺も懐いた事から色々してもらったのだ。

幼い俺が無意識に魔術を使い、異例の幼さで民間の生活魔術教育所に通わされ、そこの先生からこの子は本格的な魔術学校に入れるべきだと言われた時、おじさん達は俺に学費も行く為に必要な地位(少なくとも名字のある家でなければ下級クラスにも入れない)もくれた。
俺は義父さんの息子だけど、おじさん達にとって俺はもう一人の息子同然だったのだ。

けれどそこでハクマの一族は俺にも目をつけた。
ハクマの表向きの現当主でありながら、カイとダン、どちらを跡取りにするかはっきり示すことの無いおじさんが可愛がって養子に迎えた子供。
しかも高い魔術の才能を持っている。

彼らはこの子を自分の派閥に引き込めば、担いでいる双子の片割れが次期当主の座は確実だと思ったのだ。
だからあの手この手で強引に俺を囲い込もうとする。
おじさんとおばさんはカイとダンを取られた経験もあり、名前を貸すだけでいずれは義父さんに返すつもりの俺を必死に守った。

だがそれがカイとダンは気に入らなかった。
両親のせいではないとわかりながらも、自分たちは親から殆ど引き離されているのに、血の繋がらないどこの生まれともしれない俺が可愛がられ大事に守られているのが許せなかった。
おまけに魔術と言う生まれ持った特殊な才能があり、それが魔術学校でも主席レベルであることが気に入らなかった。

派閥の影響か、生まれ持った才だったのか、政治力を重んじる派閥に祭り上げられたカイは知能派で、軍事力を重んじる派閥に祭り上げられたダンは肉体派だった。
子供ながらに一族をお前が背負うのだと教育された為、半端ないプレッシャーの重圧によるストレスもあったのだろう。
カイは俺に知恵を回した嫌がらせをしてきて、ダンは俺に暴力をふるった。

教会で助け合って慈しみ合いながら生きてきた俺にとって、それは物凄い衝撃だった。
仮初とはいえ兄弟になったのに、いきなり憎まれ疎まれたのだ。

大人達も表向きはにこやかないい顔をして優しく甘い言葉をかけるけれど、その裏には権力を求めるドロドロとした欲望しかなくて、その為の手段で俺に笑いかけるのだ。
気持ち悪かった。
裏では醜く罵り合い俺の事も汚れた身だと蔑むのに、顔を向ける時は満面の笑みを浮かべているのだ。

そんな歪んだ野望の中で育てられたカイとダンは、双子なのにお互いを嫌い、憎しみ合い、競い合っていた。
それが本当に幸せなのかも理解できぬまま、次期当主にならなければと必死だった。
洗脳されていたんだと思う。

「……私がどちらにするとはっきり言えば済むのかもしれない……だが……。」

おじさんの顔に深い苦悩が浮かんだ。

決められる訳がない。
どちらかを選べば、どちらかを深く傷つける。

それだけならまだしも、どちらと決めてしまえば、殺し合いに発展してもおかしくないのだ。
そんな状況で息子のどちらかを選ぶことなどできないだろう。

せめて、双子でなければ良かったのだろう。
そうすれば、ひとまず第一子にと暗黙の枷があった。

俺はそこから逃げ出してしまった。
もう、何もしてあげる事はできない。

「ごめんね、おじさん……。」

「サークが謝る事ではないよ。これはハクマの一族の問題だからね。」

「そう、サークちゃんは気にしないで自分の人生を生きなさい。大丈夫。私達が解決しなければならない問題なのだから……。」

そう言ったおばさんの顔にも、疲れと悲しみが深く刻まれていた。

どうして人はそんなにも産まれた家の地位であり、その家の中の自分の立場に拘るのだろう?
そしてそれを醜くも脈々と受け継いでしまうのだろう?

成り行きで貴族になってしまったけれど、やはり産まれも育ちも平民の俺には理解できず、苦しそうに笑うおじさんとおばさんに何もしてあげる事ができなかった。
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