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第九章「海神編」
愚かさのツケ
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宮廷魔術師の部署を出て、一度義父さんの話が終わっているか確認に行く事にした。
途中でグレイさんにあったので様子を聞いたら、何だか話が盛り上がっていて、もうしばらくかかるんじゃないかと言う事だった。
「そうですか……。なら、俺はライオネル殿下の様子を見てきます。」
「承知しました。では、話が終わり次第そちらにお連れするか、お父上には待合室でお待ち頂いてご連絡致します。」
「ありがとうございます。」
周りに人がいたので、グレイさんは執事長の顔で微笑んだ。
本当、あの鬼畜な本性さえなければ、格好いい執事さんなのになぁ、グレイさん……。
スマートな対応にちょっとときめきを覚える。
レオンハルドさんは今、どこで何をされてるんだろう……。
何かまた密命を受けて、修行をするシルクを連れて行ってしまった。
でも考えてみると、演舞継承者の師匠と弟子が揃ってるとか、めちゃくちゃ怖い状況だよな……。
たとえ戦争が起きても、二人だけで鎮めて来てしまいそうだ……。
そんな事を考えながら殿下の寝室に行くと、イヴァンが一人でドア前の警護をしていた。
基本警護は二人体制で行う事になっているので、どうしたんだろうと声をかける。
「お疲れ、イヴァン。どうした一人で??」
「あ、サークさん。」
「うわぁっ!!どうしたお前?!」
「え??何か変ですか??」
「鏡を見ろ~っ!!」
少し俯き加減で前を見ていたイヴァンがこちらに顔を向けると、明らかにヤバい顔をしていた。
いったい一晩で何があった?!おい?!
急いで駆け寄って、椅子に座らせる。
椅子というのは警護者休憩用に置いてある物で、警護中座っても良いものなのだが、基本的に警護に入った時は皆、使わなかった。
ただやはり急に体調を崩したりもあるので、必ず置いてあるのだ。
俺は座らせたイヴァンに回復をかけてやる。
応急処置でしかないが、やらないよりは良いだろう。
「大丈夫ですよ、サークさん。」
「自分のケアも仕事のうちっつって常に実践しているお前が、自覚症状がないってのはよっぽどだな……。もう一人はどうした?!」
「いや……何か他の三人も、朝の交代に来て俺の顔を見るなり、大丈夫かって言い出して……。」
「お前……1人称が俺になってるの、気づいてっか??」
「………は??……え??」
……気づいてないらしい。
朝の交代って事はコイツはその前からいて、そして交代して帰らずにいるって事だ。
昨日のあの時点でいたという事は、本来なら夜番と交代で帰るはずが帰らなかったのだろう。
俺は深々とため息をついた。
「まあいい。で?他の奴らは??」
「ええと……今日は後は三人でやるからって言われて……あまりにもしつこいので、隊長に報告して俺は帰る事になりまして……。」
「それが良いだろうな……。」
「なので早いですが昼飯を食いに行かせて、戻ってきたら俺は帰って、三人で回してもらう予定です。」
「うんうん、早く帰ってとりあえず寝ろ。て言うかお前、ちゃんと飯食ってるのか??」
「……??さっき一緒に食べたじゃないですか??」
「重症だな……。とにかく帰って何か食べろ。沢山じゃなくていい。シチューやオートミール1杯でもいい。とにかく食え。水分もしっかり取れ。でも酒は絶対飲むな。寝ようとしても寝付けなかったら、ぬるめの風呂に1時間ぐらい浸かれ…って、寮じゃ無理か……。なら足湯だな。バケツ2個に少し熱めのお湯張ってぬるく感じるまであったまれ。そしてホットミルクにはちみつでも入れてゆっくり飲むんだな。」
「……はぁ??わかりました……??」
「後、色々考えんな。お前が今日、帰って考えるのは、俺と冒険に行くならどの辺に行きたいかとか、どんな事をしたいかだ。近いうちに良い肉の食える店に連れてってやるから、その時その話をしよう。」
「あ、はい……。ちなみにそれ奢りですか??」
「奢ってやる。良質なタンパク質取って、てめぇは大好きな筋トレでもしてろ。……あ、それからこの間、話してた人だけど、仕事が一段落してから考えるってさ。今、処分貴族のゴタゴタで、宮廷魔術師も色々仕事を押し付けられて忙しいんだよ。悪いな。」
「………あ~。と言う事は、今はフリーの方なんですね?嬉しいなぁ~。」
「ちょっとお硬いところがあるから、仕事があるから恋愛は考えられないって事にもなりかねないから、あんま期待すんなよ??」
「お硬い美人ですか……ふふっ、燃えるなぁ~。」
「いや、だからあんま期待すんなって。」
イヴァンはいつも通りにこにこしているが、顔に生気がなさ過ぎてめちゃくちゃ怖い。
しかも常に自分の健康管理に気を配っているこの男が、ここまでの状態なのに無自覚ってのが恐ろしい。
「そいじゃ最後に口を開け。」
「は??」
は?と言って開いた口に、俺は持っていた飴玉を放り込んだ。
何もないが、とりあえず糖分を取れば多少は脳にも養分が回るだろう。
回復もかけたし、少しはマシな顔色になった気がする。
「他の奴が戻るまで、座って警護してろよ?」
「いやそれは……。」
「今は俺がいんだから、お前が無理する必要ないだろ?」
「無理をしているつもりはないんですけど……うん……座ったら何かどっと体が重くなった気がします……。」
「気合でどうにかすんのは警護員として避けられない部分ではあるけどよ。倒れたら意味ねぇんだから。」
「でも……。」
渋るイヴァンに、俺はデコピンを食らわせた。
「痛っ!!」
「てめぇが俺に教えたんだろうが?!警護の基本は休む時は休むって。今のお前は休む時だ。明日は出勤して仕事がしたいなら、帰ったら余計な事は一切せず寝ろ。それが今日のお前の仕事だ。わかったな??明日、もしも顔色が回復してなかったら、1週間、出勤停止にするからそのつもりでいろよ?!」
俺が真面目な口調でそう言い切ると、ブホッとイヴァンは吹き出した。
「何です?その脅し文句??サークさんの脅し文句って面白いですよね~。ガスパーにも休憩とらないと全身マッサージするぞって脅してましたし。」
「効果覿面だったぞ??」
「はい。凄く変なのに、これ以上ない脅し文句ですよ。」
「ならお前も言う事を聞いて、帰ったら軽く食べてしっかり寝ろ。いいな??」
「……はい。」
やっと自分の体調を意識できたのか、イヴァンは少し弱々しく返事をした。
クシャッと泣きそうな顔で俺に微笑む。
「……ギルはああ言ったけどよ?別にお前一人で抱え込めって言ったんじゃないからな??わかってんだろ??」
「……はい。でも隊長が他でもなく俺に任せてくれたから、それに応えて見せたかったんですよ……。でもそうですよねぇ~。警護は一人でするものじゃない。何よりも報告・連絡・相談が大事な仕事なのに……。あ~!俺、一人で突っ走って馬鹿してたかも~っ!!」
「分かればいいんだよ、分かれば。」
俺は手で顔を覆って俯いたイヴァンの頭をぽんぽんと撫でた。
確かに事は事だが、一人で気負い過ぎだよ、お前。
何か何でも器用にやってくれるイヴァンが、期待されたからこそいつもの様にスマートにできなかったのが意外だったし、ちょっと可愛く思えた。
しばらくすると、今日の昼番の警護担当の三人が戻ってくる。
手にはテイクアウトの昼飯。
慌てたように小走りで戻ってくる隊員達に、俺はちょっと笑ってしまう。
軽く息をきらせながら、テイクアウトの袋を帰るイヴァンに持たせていた。
すまないと言って受け取るイヴァンと、気にすんなと明るく笑う警護部隊メンバー。
何だかんだ、お前だって周りを引きつけて力になりたいと思わせてるじゃんかよ。
いつかそういうのは俺の専売特許だみたいに言っていたけれど、そんな事はないのだ。
帰るイヴァンに挨拶をし警護担当の連中に後を任せると、俺はライオネル殿下の寝室のドアをノックした。
メイド長が細くドアを開け、相手が俺である事を確認すると中に入れてくれる。
部屋の中には、ファーガスさんとブラハムさんがいて、テーブルで話し合っていた。
「お疲れ様です。殿下の様子はいかがですか?」
「おお、サークか。今の所問題はないよ。お父上はどうだった?」
「はい。信用に足ると言う判断は頂けましたが、謁見は義父一人で行われているので、どこまで話を明されているかはわかりません。」
「そうかそうか。とは言え、ある程度は突っ込んで話を聞かせてもらえそうじゃの。」
「東の国の神仕えの話を聞けるとは、なかなかない機会だからな。詳しく話ができればありがたい。」
「まぁ、神仕えなんて他の国じゃ知られてないほどマイナーな職業ですしね、どこまでお役に立てるか俺もよくわかんないんですけど……。」
俺がそう言うと、ブラハムさんとファーガスさんは不思議そうに顔を見合わせた。
何だろう?俺、変な事言ったかな??
「……何を言っているんだい??サーク??」
「へ??」
「神仕えはマイナーだから知られていないのではないぞ??」
「……え??」
「何だ、本当に何も知らないのだな?アズマ・サーク……。」
ブラハムさんとファーガスさんの様子に、俺は訳がわからず首を捻った。
どういう事だろう?よくわからない。
そんな俺の様子に、ファーガスさんは若干、嫌味っぽく深々とため息をついた。
そしてこう告げた。
「アズマ・サーク。神仕えは、東の国の国家機密に指定されている職業だ。」
俺はその言葉をゆっくりと頭の中で意味を考えた。
国家機密……。
……国家機密?!
神仕えが?!
神仕えが東の国の国家機密?!
「…………は??はぁぁっ?!」
「そうなんじゃよ、サーク。何故、他国に神仕えがいないのかと言えば、それはその技術が東の国の国家機密とされておるからじゃよ。」
「えええぇぇぇぇ~っ?!」
信じられなかった。
だってそんな仰々しさなんて感じた事はない。
義父さんにもナギ兄ちゃんたち他の神仕えからも、そんな感じを受けた事はない。
のほほんとしていて、地域の人たちだって気軽に接していた。
それを国家機密だと言われても、にわかに信じられなかった。
「君は何故、小さな島国の東の国が、永世中立国を宣言し、それが他国から支持されているか考えた事はないのかね?」
驚きながらも半信半疑むしろ信じていなそうな俺に、ファーガスさんは硬い顔つきでそう言った。
「何か変だなぁとは思ってましたけど……小さな島国だし……侵略したりするほどの価値もないからかなぁと思ってました……。」
「侵略する価値がない?!何を言っているんだ?!君は?!東の国はパンゲアの中で唯一、未だに精霊との交流が残り、魔力や霊力と呼ばれるエネルギーのサイクルが活発で、そのお陰で多様な自然が存在し固有種が数多く存在する。その東の国に価値がないと君は言うのかね?!」
ファーガスさんは憤慨したようにそう言った。
そう言われ、ハッとする。
確かに東の国は狭い島国なのに多様な自然環境があって、固有種なんかも多くて、狭いから資源が多量にあったり産業が栄えたりしている訳でもなく、豊かって訳ではない。
けれどそれなのに、島全体が一定の生活水準が保てている国である事に気付かされた。
「…………あ……。」
俺がその事実に呆然としていると、ブラハムさんがにっこりと優しく笑って頷いた。
「そう……東の国は小さな国だが、価値がないのではないよ、サーク。むしろ他国では失われてしまったエネルギーサイクルが残るとても価値がある国と言えよう……。」
知らなかった。
気づいていなかった。
あの国で育った俺にはその環境が当たり前すぎて、特別な事だなんて思いもしなかった。
俺がそれを理解したのを悟り、ファーガスさんは真顔で淡々と話しだした。
「そんな国が、たいして軍備強化などもせず、何故、永世中立国を宣言し他国からそれが認められていると思う?」
「……それが……神仕えの存在故だと……?!」
「さよう。元々、東の国の精霊との関わり方は独特だった。だが精霊との関わりが薄れる前は、他の国にも精霊師や精霊使いと呼ばれる者達がいたので、それと同じものだと思われていたし、多少違うからと言って誰も気に留めなかった。しかし30年前辺りから精霊と人の関わりは殆ど途絶えてしまった。それにより世界のエネルギーサイクルは大幅に下がってしまった。しかし独特な関わり方をしていた東の国だけにはそれが残ったのだ。そして現在、東の国とは、他国ではほぼ失われた精霊の存在を残す国であり、精霊と交渉し、時にはそれを封じ、時には力を借りる術を持つ国。つまりその術を継承し続けている神仕えこそが、東の国の最大の武器と言えるのだ。」
俺は言葉を失った。
まさか東の国がそんな形で存在しているなんて、まさか神仕えがそれほど重要な職業だったなんて、考えた事もなかった。
俺にとっては身近すぎて、全く意識できなかった事実だった。
「なら……。」
はじめて自覚した事実に俺が質問を投げかけようとした時、感覚にパチンッと何かが響いた。
反射的にバッとライオネル殿下の眠るベッドに顔を向ける。
ブラハムさんもファーガスさんも同じものを感じたのだろう。
即座に椅子から立ち上がり、殿下の方を凝視していた。
パチンッ……パキンッ…!!
感覚にそんな音が響く。
その音は次第に大きくなっていった。
「マズいッ!!」
俺は頭で考えるよりも先に公式を解した。
殿下のベッドの周りをシールドで覆う。
もう一つの公式でそれの保護と強化を行った。
バチンッ!!
一際大きな音がして、その音が部屋を揺らした。
衝撃波が俺のシールドにヒビをつけていく。
ビシビシビシッと亀裂が走り、パンっと破壊される。
これだけ強化していたと言うのに、その力は半端ではない。
下手をしたら部屋どころか周辺が半壊する程の威力だ。
俺のシールドを破壊したそれだったが、その上からブラハムさんが強化なシールドをかけていたので、今度はそれにヒビを入れ始める。
やはり数秒と持たずにブラハムさんのシールドも破壊されたが、2つのシールドによって力はほぼ打ち消され、部屋の中に突風が吹いただけで収める事ができた。
それでも、俺達は言葉も発する事ができず、固唾を呑んだ。
俺とブラハムさんのシールドを即座に破壊したのだ。
これ以上の事が起きれば、どんなに俺とブラハムさんが抵抗したって被害は免れない。
そんな中でファーガスさんが魔法を使っている。
鎮静魔法だ。
だが大魔法師ファーガスさんの魔力であっても、それはどんどん打ち消されて行く。
「く………っ!!」
苦しげに額に汗を浮かべ、ファーガスさんがそれに応戦する。
ブラハムさんはその苦痛を和らげようと、補助魔術を使っていた。
「……マジかよ……。」
その声に顔を向けると、奥の仮眠室で寝ていたらしいアレックが転がり出てきて固まった。
しかし冒険者としての経験値もあるアレックは冷静で、状況を瞬時に読み解くと、素早く部屋にいたメイド長を仮眠室の方に避難させた。
俺はその間、部屋の外に被害が及ばないように、この部屋に幾重にも強壁の魔術をかけた。
最も、それで持ち堪えられるとは思わないが、被害はできる限り小さくしたい。
「おのれ……何故……何故、我の邪魔をする……。」
そんな声が聞こえた。
それはライオネル殿下の声であり、そしてライオネル殿下の声ではなかった。
ベッドの上、凍結魔術も何もかも弾き飛ばし、それは上半身を起こして座っていた。
怒りで我を忘れ、空気が渦を巻いている。
打ち消されながらもファーガスさんとブラハムさんで鎮静魔法をかけているので暴れだしてきたりはしないが、怒りを鎮めるまでには至らない。
「我はそなたを手助けしようとしたと言うのに……何故、我に歯向かう?!」
バンッ!!と音を立てて、それが鎮静魔法を弾き返した。
ブラハムさんとファーガスさんがそれに押され、後ろに倒れ込む。
「ブラハムさん!ファーガスさん!!」
「我らに構うな!アズマ・サーク!!」
俺は思わずそれに顔を向けたが、ファーガスさんはそれどころではないだろうと俺を叱咤した。
そう言われ、ゆっくりとそちらに顔を戻す。
アレックが真っ青になりながらも、それに鎮静魔法をかけていた。
ボーンさんのような光る蔦が、ライオネル殿下の外見をしたそれの表面を伝い、柔らかな花を咲かせては枯れ、また花を咲かせる事を繰り返していた。
恐れていた事が起きた。
そう思った。
海神は好意的だったから、おとなしく人間の中に収まっていただけだ。
世界を司る神の一柱をちっぽけな人間の中に納めておくなんて、向こうが好意的だからこそ可能だっただけだ。
そして、そんな巨大なエネルギーがありながらこの国が平穏無事でいられたのは、海神に敵意がなかったからなのだ。
だが、今はそれが崩れた。
海神は自分の好意を無下にされ、とても怒っていた。
今は明確な敵意を持っている訳ではないが、腹を立てていた。
正直怖い。
それは俺だけではなく、この場にいる全員がそう感じていたと思う。
だが、この場には俺達しかいないのだ。
待ったなしの背水の陣。
俺達だけで海神の怒りをひとまず沈めなければ、この王宮都市とその周辺は、跡形もなく消し飛んでしまうだろう。
どうする?!
どうすべきだ?!
はっきり言って、いくらここに揃っている4人が優れた魔法師と魔術師であっても敵う相手ではない。
俺達にできるのは、海神に落ち着きを取り戻してもらい、怒りを鎮めてもらう事だけだ。
ファーガスさんも鎮静魔法を再度かけ始めた。
ブラハムさんは空間保護を行い始めた。
だが、二人ががりで鎮静魔法をかけたとしても、それは応急処置にしかならない。
これ以上の怒りを浮かべる事は防げても、鎮める事はできないだろう。
それほど存在であり力に大きな差があるのだ。
俺は一度目を閉じた。
やりたくはないが、そうしなければこの街は塵一つ残さず消し飛んでしまう。
結論は出た。
俺は覚悟を決めた。
俺がライオネル殿下であり、海神のものになれば、おそらく怒りを鎮められる。
それは俺の気持ちも、ライオネル殿下の気持ちも、そしてウィルの気持ちも踏みにじる事になる。
だが、ちっぽけな人間が神に対して抵抗できる手段としては、一番被害の少ないものだ。
……ごめん、ウィル……愛してるよ……。
ウィルはきっと仕方なかったと言ってくれる。
でも、俺達はおそらく、元の関係に戻れないだろう。
俺は俺が許せないだろうし、ウィルも頭では理解してくれても、気持ちの上では納得する事はできないだろうから。
仕方のない事だ。
大きすぎる力を、我が物顔で制御できていると高を括っていた、人間の愚かさのツケなのだから。
そのツケを払うしかない。
俺はゆっくりとそれのいる方に一歩、踏み出した。
ファーガスさんもブラハムさんも、俺が何をしようとしているかわかっていたと思う。
けれどそれを止める事もできなかった。
それしか手立てがない事をわかっていたから。
アレックは泣きそうな顔で一度、首を振った。
でも、それでも足を止めなかった俺を見て、俯いて黙っていた。
結構、強い魔術師になれたと思ってたんだけどなぁ~。
何の抵抗もできないや。
上には上がいるっていうか、所詮、人間は人間にすぎない。
神様に敵う訳がない。
俺はその事実を、ただ、黙って受け入れるしかなかった。
途中でグレイさんにあったので様子を聞いたら、何だか話が盛り上がっていて、もうしばらくかかるんじゃないかと言う事だった。
「そうですか……。なら、俺はライオネル殿下の様子を見てきます。」
「承知しました。では、話が終わり次第そちらにお連れするか、お父上には待合室でお待ち頂いてご連絡致します。」
「ありがとうございます。」
周りに人がいたので、グレイさんは執事長の顔で微笑んだ。
本当、あの鬼畜な本性さえなければ、格好いい執事さんなのになぁ、グレイさん……。
スマートな対応にちょっとときめきを覚える。
レオンハルドさんは今、どこで何をされてるんだろう……。
何かまた密命を受けて、修行をするシルクを連れて行ってしまった。
でも考えてみると、演舞継承者の師匠と弟子が揃ってるとか、めちゃくちゃ怖い状況だよな……。
たとえ戦争が起きても、二人だけで鎮めて来てしまいそうだ……。
そんな事を考えながら殿下の寝室に行くと、イヴァンが一人でドア前の警護をしていた。
基本警護は二人体制で行う事になっているので、どうしたんだろうと声をかける。
「お疲れ、イヴァン。どうした一人で??」
「あ、サークさん。」
「うわぁっ!!どうしたお前?!」
「え??何か変ですか??」
「鏡を見ろ~っ!!」
少し俯き加減で前を見ていたイヴァンがこちらに顔を向けると、明らかにヤバい顔をしていた。
いったい一晩で何があった?!おい?!
急いで駆け寄って、椅子に座らせる。
椅子というのは警護者休憩用に置いてある物で、警護中座っても良いものなのだが、基本的に警護に入った時は皆、使わなかった。
ただやはり急に体調を崩したりもあるので、必ず置いてあるのだ。
俺は座らせたイヴァンに回復をかけてやる。
応急処置でしかないが、やらないよりは良いだろう。
「大丈夫ですよ、サークさん。」
「自分のケアも仕事のうちっつって常に実践しているお前が、自覚症状がないってのはよっぽどだな……。もう一人はどうした?!」
「いや……何か他の三人も、朝の交代に来て俺の顔を見るなり、大丈夫かって言い出して……。」
「お前……1人称が俺になってるの、気づいてっか??」
「………は??……え??」
……気づいてないらしい。
朝の交代って事はコイツはその前からいて、そして交代して帰らずにいるって事だ。
昨日のあの時点でいたという事は、本来なら夜番と交代で帰るはずが帰らなかったのだろう。
俺は深々とため息をついた。
「まあいい。で?他の奴らは??」
「ええと……今日は後は三人でやるからって言われて……あまりにもしつこいので、隊長に報告して俺は帰る事になりまして……。」
「それが良いだろうな……。」
「なので早いですが昼飯を食いに行かせて、戻ってきたら俺は帰って、三人で回してもらう予定です。」
「うんうん、早く帰ってとりあえず寝ろ。て言うかお前、ちゃんと飯食ってるのか??」
「……??さっき一緒に食べたじゃないですか??」
「重症だな……。とにかく帰って何か食べろ。沢山じゃなくていい。シチューやオートミール1杯でもいい。とにかく食え。水分もしっかり取れ。でも酒は絶対飲むな。寝ようとしても寝付けなかったら、ぬるめの風呂に1時間ぐらい浸かれ…って、寮じゃ無理か……。なら足湯だな。バケツ2個に少し熱めのお湯張ってぬるく感じるまであったまれ。そしてホットミルクにはちみつでも入れてゆっくり飲むんだな。」
「……はぁ??わかりました……??」
「後、色々考えんな。お前が今日、帰って考えるのは、俺と冒険に行くならどの辺に行きたいかとか、どんな事をしたいかだ。近いうちに良い肉の食える店に連れてってやるから、その時その話をしよう。」
「あ、はい……。ちなみにそれ奢りですか??」
「奢ってやる。良質なタンパク質取って、てめぇは大好きな筋トレでもしてろ。……あ、それからこの間、話してた人だけど、仕事が一段落してから考えるってさ。今、処分貴族のゴタゴタで、宮廷魔術師も色々仕事を押し付けられて忙しいんだよ。悪いな。」
「………あ~。と言う事は、今はフリーの方なんですね?嬉しいなぁ~。」
「ちょっとお硬いところがあるから、仕事があるから恋愛は考えられないって事にもなりかねないから、あんま期待すんなよ??」
「お硬い美人ですか……ふふっ、燃えるなぁ~。」
「いや、だからあんま期待すんなって。」
イヴァンはいつも通りにこにこしているが、顔に生気がなさ過ぎてめちゃくちゃ怖い。
しかも常に自分の健康管理に気を配っているこの男が、ここまでの状態なのに無自覚ってのが恐ろしい。
「そいじゃ最後に口を開け。」
「は??」
は?と言って開いた口に、俺は持っていた飴玉を放り込んだ。
何もないが、とりあえず糖分を取れば多少は脳にも養分が回るだろう。
回復もかけたし、少しはマシな顔色になった気がする。
「他の奴が戻るまで、座って警護してろよ?」
「いやそれは……。」
「今は俺がいんだから、お前が無理する必要ないだろ?」
「無理をしているつもりはないんですけど……うん……座ったら何かどっと体が重くなった気がします……。」
「気合でどうにかすんのは警護員として避けられない部分ではあるけどよ。倒れたら意味ねぇんだから。」
「でも……。」
渋るイヴァンに、俺はデコピンを食らわせた。
「痛っ!!」
「てめぇが俺に教えたんだろうが?!警護の基本は休む時は休むって。今のお前は休む時だ。明日は出勤して仕事がしたいなら、帰ったら余計な事は一切せず寝ろ。それが今日のお前の仕事だ。わかったな??明日、もしも顔色が回復してなかったら、1週間、出勤停止にするからそのつもりでいろよ?!」
俺が真面目な口調でそう言い切ると、ブホッとイヴァンは吹き出した。
「何です?その脅し文句??サークさんの脅し文句って面白いですよね~。ガスパーにも休憩とらないと全身マッサージするぞって脅してましたし。」
「効果覿面だったぞ??」
「はい。凄く変なのに、これ以上ない脅し文句ですよ。」
「ならお前も言う事を聞いて、帰ったら軽く食べてしっかり寝ろ。いいな??」
「……はい。」
やっと自分の体調を意識できたのか、イヴァンは少し弱々しく返事をした。
クシャッと泣きそうな顔で俺に微笑む。
「……ギルはああ言ったけどよ?別にお前一人で抱え込めって言ったんじゃないからな??わかってんだろ??」
「……はい。でも隊長が他でもなく俺に任せてくれたから、それに応えて見せたかったんですよ……。でもそうですよねぇ~。警護は一人でするものじゃない。何よりも報告・連絡・相談が大事な仕事なのに……。あ~!俺、一人で突っ走って馬鹿してたかも~っ!!」
「分かればいいんだよ、分かれば。」
俺は手で顔を覆って俯いたイヴァンの頭をぽんぽんと撫でた。
確かに事は事だが、一人で気負い過ぎだよ、お前。
何か何でも器用にやってくれるイヴァンが、期待されたからこそいつもの様にスマートにできなかったのが意外だったし、ちょっと可愛く思えた。
しばらくすると、今日の昼番の警護担当の三人が戻ってくる。
手にはテイクアウトの昼飯。
慌てたように小走りで戻ってくる隊員達に、俺はちょっと笑ってしまう。
軽く息をきらせながら、テイクアウトの袋を帰るイヴァンに持たせていた。
すまないと言って受け取るイヴァンと、気にすんなと明るく笑う警護部隊メンバー。
何だかんだ、お前だって周りを引きつけて力になりたいと思わせてるじゃんかよ。
いつかそういうのは俺の専売特許だみたいに言っていたけれど、そんな事はないのだ。
帰るイヴァンに挨拶をし警護担当の連中に後を任せると、俺はライオネル殿下の寝室のドアをノックした。
メイド長が細くドアを開け、相手が俺である事を確認すると中に入れてくれる。
部屋の中には、ファーガスさんとブラハムさんがいて、テーブルで話し合っていた。
「お疲れ様です。殿下の様子はいかがですか?」
「おお、サークか。今の所問題はないよ。お父上はどうだった?」
「はい。信用に足ると言う判断は頂けましたが、謁見は義父一人で行われているので、どこまで話を明されているかはわかりません。」
「そうかそうか。とは言え、ある程度は突っ込んで話を聞かせてもらえそうじゃの。」
「東の国の神仕えの話を聞けるとは、なかなかない機会だからな。詳しく話ができればありがたい。」
「まぁ、神仕えなんて他の国じゃ知られてないほどマイナーな職業ですしね、どこまでお役に立てるか俺もよくわかんないんですけど……。」
俺がそう言うと、ブラハムさんとファーガスさんは不思議そうに顔を見合わせた。
何だろう?俺、変な事言ったかな??
「……何を言っているんだい??サーク??」
「へ??」
「神仕えはマイナーだから知られていないのではないぞ??」
「……え??」
「何だ、本当に何も知らないのだな?アズマ・サーク……。」
ブラハムさんとファーガスさんの様子に、俺は訳がわからず首を捻った。
どういう事だろう?よくわからない。
そんな俺の様子に、ファーガスさんは若干、嫌味っぽく深々とため息をついた。
そしてこう告げた。
「アズマ・サーク。神仕えは、東の国の国家機密に指定されている職業だ。」
俺はその言葉をゆっくりと頭の中で意味を考えた。
国家機密……。
……国家機密?!
神仕えが?!
神仕えが東の国の国家機密?!
「…………は??はぁぁっ?!」
「そうなんじゃよ、サーク。何故、他国に神仕えがいないのかと言えば、それはその技術が東の国の国家機密とされておるからじゃよ。」
「えええぇぇぇぇ~っ?!」
信じられなかった。
だってそんな仰々しさなんて感じた事はない。
義父さんにもナギ兄ちゃんたち他の神仕えからも、そんな感じを受けた事はない。
のほほんとしていて、地域の人たちだって気軽に接していた。
それを国家機密だと言われても、にわかに信じられなかった。
「君は何故、小さな島国の東の国が、永世中立国を宣言し、それが他国から支持されているか考えた事はないのかね?」
驚きながらも半信半疑むしろ信じていなそうな俺に、ファーガスさんは硬い顔つきでそう言った。
「何か変だなぁとは思ってましたけど……小さな島国だし……侵略したりするほどの価値もないからかなぁと思ってました……。」
「侵略する価値がない?!何を言っているんだ?!君は?!東の国はパンゲアの中で唯一、未だに精霊との交流が残り、魔力や霊力と呼ばれるエネルギーのサイクルが活発で、そのお陰で多様な自然が存在し固有種が数多く存在する。その東の国に価値がないと君は言うのかね?!」
ファーガスさんは憤慨したようにそう言った。
そう言われ、ハッとする。
確かに東の国は狭い島国なのに多様な自然環境があって、固有種なんかも多くて、狭いから資源が多量にあったり産業が栄えたりしている訳でもなく、豊かって訳ではない。
けれどそれなのに、島全体が一定の生活水準が保てている国である事に気付かされた。
「…………あ……。」
俺がその事実に呆然としていると、ブラハムさんがにっこりと優しく笑って頷いた。
「そう……東の国は小さな国だが、価値がないのではないよ、サーク。むしろ他国では失われてしまったエネルギーサイクルが残るとても価値がある国と言えよう……。」
知らなかった。
気づいていなかった。
あの国で育った俺にはその環境が当たり前すぎて、特別な事だなんて思いもしなかった。
俺がそれを理解したのを悟り、ファーガスさんは真顔で淡々と話しだした。
「そんな国が、たいして軍備強化などもせず、何故、永世中立国を宣言し他国からそれが認められていると思う?」
「……それが……神仕えの存在故だと……?!」
「さよう。元々、東の国の精霊との関わり方は独特だった。だが精霊との関わりが薄れる前は、他の国にも精霊師や精霊使いと呼ばれる者達がいたので、それと同じものだと思われていたし、多少違うからと言って誰も気に留めなかった。しかし30年前辺りから精霊と人の関わりは殆ど途絶えてしまった。それにより世界のエネルギーサイクルは大幅に下がってしまった。しかし独特な関わり方をしていた東の国だけにはそれが残ったのだ。そして現在、東の国とは、他国ではほぼ失われた精霊の存在を残す国であり、精霊と交渉し、時にはそれを封じ、時には力を借りる術を持つ国。つまりその術を継承し続けている神仕えこそが、東の国の最大の武器と言えるのだ。」
俺は言葉を失った。
まさか東の国がそんな形で存在しているなんて、まさか神仕えがそれほど重要な職業だったなんて、考えた事もなかった。
俺にとっては身近すぎて、全く意識できなかった事実だった。
「なら……。」
はじめて自覚した事実に俺が質問を投げかけようとした時、感覚にパチンッと何かが響いた。
反射的にバッとライオネル殿下の眠るベッドに顔を向ける。
ブラハムさんもファーガスさんも同じものを感じたのだろう。
即座に椅子から立ち上がり、殿下の方を凝視していた。
パチンッ……パキンッ…!!
感覚にそんな音が響く。
その音は次第に大きくなっていった。
「マズいッ!!」
俺は頭で考えるよりも先に公式を解した。
殿下のベッドの周りをシールドで覆う。
もう一つの公式でそれの保護と強化を行った。
バチンッ!!
一際大きな音がして、その音が部屋を揺らした。
衝撃波が俺のシールドにヒビをつけていく。
ビシビシビシッと亀裂が走り、パンっと破壊される。
これだけ強化していたと言うのに、その力は半端ではない。
下手をしたら部屋どころか周辺が半壊する程の威力だ。
俺のシールドを破壊したそれだったが、その上からブラハムさんが強化なシールドをかけていたので、今度はそれにヒビを入れ始める。
やはり数秒と持たずにブラハムさんのシールドも破壊されたが、2つのシールドによって力はほぼ打ち消され、部屋の中に突風が吹いただけで収める事ができた。
それでも、俺達は言葉も発する事ができず、固唾を呑んだ。
俺とブラハムさんのシールドを即座に破壊したのだ。
これ以上の事が起きれば、どんなに俺とブラハムさんが抵抗したって被害は免れない。
そんな中でファーガスさんが魔法を使っている。
鎮静魔法だ。
だが大魔法師ファーガスさんの魔力であっても、それはどんどん打ち消されて行く。
「く………っ!!」
苦しげに額に汗を浮かべ、ファーガスさんがそれに応戦する。
ブラハムさんはその苦痛を和らげようと、補助魔術を使っていた。
「……マジかよ……。」
その声に顔を向けると、奥の仮眠室で寝ていたらしいアレックが転がり出てきて固まった。
しかし冒険者としての経験値もあるアレックは冷静で、状況を瞬時に読み解くと、素早く部屋にいたメイド長を仮眠室の方に避難させた。
俺はその間、部屋の外に被害が及ばないように、この部屋に幾重にも強壁の魔術をかけた。
最も、それで持ち堪えられるとは思わないが、被害はできる限り小さくしたい。
「おのれ……何故……何故、我の邪魔をする……。」
そんな声が聞こえた。
それはライオネル殿下の声であり、そしてライオネル殿下の声ではなかった。
ベッドの上、凍結魔術も何もかも弾き飛ばし、それは上半身を起こして座っていた。
怒りで我を忘れ、空気が渦を巻いている。
打ち消されながらもファーガスさんとブラハムさんで鎮静魔法をかけているので暴れだしてきたりはしないが、怒りを鎮めるまでには至らない。
「我はそなたを手助けしようとしたと言うのに……何故、我に歯向かう?!」
バンッ!!と音を立てて、それが鎮静魔法を弾き返した。
ブラハムさんとファーガスさんがそれに押され、後ろに倒れ込む。
「ブラハムさん!ファーガスさん!!」
「我らに構うな!アズマ・サーク!!」
俺は思わずそれに顔を向けたが、ファーガスさんはそれどころではないだろうと俺を叱咤した。
そう言われ、ゆっくりとそちらに顔を戻す。
アレックが真っ青になりながらも、それに鎮静魔法をかけていた。
ボーンさんのような光る蔦が、ライオネル殿下の外見をしたそれの表面を伝い、柔らかな花を咲かせては枯れ、また花を咲かせる事を繰り返していた。
恐れていた事が起きた。
そう思った。
海神は好意的だったから、おとなしく人間の中に収まっていただけだ。
世界を司る神の一柱をちっぽけな人間の中に納めておくなんて、向こうが好意的だからこそ可能だっただけだ。
そして、そんな巨大なエネルギーがありながらこの国が平穏無事でいられたのは、海神に敵意がなかったからなのだ。
だが、今はそれが崩れた。
海神は自分の好意を無下にされ、とても怒っていた。
今は明確な敵意を持っている訳ではないが、腹を立てていた。
正直怖い。
それは俺だけではなく、この場にいる全員がそう感じていたと思う。
だが、この場には俺達しかいないのだ。
待ったなしの背水の陣。
俺達だけで海神の怒りをひとまず沈めなければ、この王宮都市とその周辺は、跡形もなく消し飛んでしまうだろう。
どうする?!
どうすべきだ?!
はっきり言って、いくらここに揃っている4人が優れた魔法師と魔術師であっても敵う相手ではない。
俺達にできるのは、海神に落ち着きを取り戻してもらい、怒りを鎮めてもらう事だけだ。
ファーガスさんも鎮静魔法を再度かけ始めた。
ブラハムさんは空間保護を行い始めた。
だが、二人ががりで鎮静魔法をかけたとしても、それは応急処置にしかならない。
これ以上の怒りを浮かべる事は防げても、鎮める事はできないだろう。
それほど存在であり力に大きな差があるのだ。
俺は一度目を閉じた。
やりたくはないが、そうしなければこの街は塵一つ残さず消し飛んでしまう。
結論は出た。
俺は覚悟を決めた。
俺がライオネル殿下であり、海神のものになれば、おそらく怒りを鎮められる。
それは俺の気持ちも、ライオネル殿下の気持ちも、そしてウィルの気持ちも踏みにじる事になる。
だが、ちっぽけな人間が神に対して抵抗できる手段としては、一番被害の少ないものだ。
……ごめん、ウィル……愛してるよ……。
ウィルはきっと仕方なかったと言ってくれる。
でも、俺達はおそらく、元の関係に戻れないだろう。
俺は俺が許せないだろうし、ウィルも頭では理解してくれても、気持ちの上では納得する事はできないだろうから。
仕方のない事だ。
大きすぎる力を、我が物顔で制御できていると高を括っていた、人間の愚かさのツケなのだから。
そのツケを払うしかない。
俺はゆっくりとそれのいる方に一歩、踏み出した。
ファーガスさんもブラハムさんも、俺が何をしようとしているかわかっていたと思う。
けれどそれを止める事もできなかった。
それしか手立てがない事をわかっていたから。
アレックは泣きそうな顔で一度、首を振った。
でも、それでも足を止めなかった俺を見て、俯いて黙っていた。
結構、強い魔術師になれたと思ってたんだけどなぁ~。
何の抵抗もできないや。
上には上がいるっていうか、所詮、人間は人間にすぎない。
神様に敵う訳がない。
俺はその事実を、ただ、黙って受け入れるしかなかった。
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