欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

アフタヌーン・ティー

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俺が覚悟を決めて、震える手をライオネル殿下の姿をしたそれに伸ばそうとした時、急に部屋の空気が変わった。

それはまるで、澄んだ風が窓から穏やかに吹き込んできた様だった。

俺を含め、ブラハムさん、ファーガスさん、そしてアレックも無意識に部屋のドアの方に顔を向けた。
風はそこから入ってきた様に思えたからだ。

ドアの外、何かが聞こえる。
俺はそれを理解した。

祝詞だ。

祝詞が聞こえる。
それを誰が唱えているかなんて、考えるまでもなかった。

俺はドサッと、その場に座り込んだ。
張り詰めていた糸がプツッと切れてしまったからだ。

見つめるドアが細く開き、穏やかな顔が中を覗いた。


「神様がいらっしゃるね、サク?でも、大丈夫だよ。」


そう、緊張感もない柔らかい声が響く。
俺はその声に、ただ、ゆっくり頷く事しかできなかった。
するりとその体が中に入り、外の警護の者に穏やかに声をかける。

「心配いりませんよ、大丈夫。でも、私が出てくるまで、決してこのドアを開けないで下さいね?」

ちょっと茶目っ気のある声でそう言うと、ドアを閉める。
閉じた扉に、ふっと息を吹きかけた指で何か文字のようなものを書いた。

誰も何も言わなかった。
いや、言えなかった。

そうしているうちに、その人はこちらに向き直り、深く二度、頭を下げた。

パンパンッと澄んだ柏手が部屋の空気に響き渡る。

そしてもう一度深く頭を下げた。
一度体を起こしまた軽く頭を下げると、穏やかな声が独特の言葉を紡ぎだした。

「神の在座御所に伊禮ば此身より日月の宮と安らげくす 祓え給へ浄め給へ 神ながら守り給へ幸め給へ…。」

そしてまた二礼二拍手一礼がされる。
東の国、そこでは見慣れたその動作も、この中央王国の王族の寝室で見るととても不思議な動作に見えた。

いつの間にか荒れ狂っていた部屋の空気は静まり返り、リンっと涼やかさを放ち始めていた。
その中を静々と進む擦れた足音が微かに響く。
その人が座り込む俺のすぐ側に来た。

「随分、大きな神様がいらっしゃるんだね。ちょっとびっくりしたよ。」

「義父さん……。」

「なのによく頑張ったね、サク。もう大丈夫だよ。」

義父さん。

そう、義父さんがそこにいた。
いつもと変わらず、飄々と穏やかな笑みを浮かべて、俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。

喉の奥が痛くなってぐっと堪える。
目頭がヒリヒリして仕方がなかった。

ライオネル殿下の姿を借りたそれは、外に力を放つ事はやめていたが、まだジリジリとした怒りを部屋の中に漂わせていた。
その前に立った義父さんは表情を変える事なく、いつも通り穏やかだった。
また二礼二拍手一礼を行い祝詞を唱える。

「……掛けまくも畏き地の大神、水の大神、風の大神、火の大神、混沌と真理の園、四神を一柱とせし神判の折、御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の御力、諸諸の禍事罪穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし召せと、恐み恐みも白す……。」

祓詞を終えた義父さんは二礼二拍手一礼し、スーツの懐から火打ち石を取り出すと、おもむろにカンカンッと打ち鳴らした。
そこから出た火花がまるで生き物のようにパチパチと空を踊ると、ライオネル殿下はそれを目で追う。
その火花が消えると、ライオネル殿下は付き物がとれたように穏やかになり、ただ、ぼんやりと空を見つめていた。

「……うん。大丈夫。この方の意識はまだしっかり残られているよ、サク。」

「良かった……打ち負かされて、消滅してしまったのかと思った……。」

義父さんにそう言われ俺は胸を撫で下ろした。
元々、強すぎる意識をライオネル殿下はその身に宿していたのだ。
海神が好意的だったから、飲み込まれたり打ち消されたりしていなかったけれど、これだけ腹を立てていたなら消されてしまったのではないかと少し思っていたのだ。

「うん、かなり奥の方にいたのが不幸中の幸いだったよ。御神は逆に表面近くでお怒りになられていたようだからね。」

「そっか……何にしても良かった……。」

義父さんはそう言いながら、ライオネル殿下の瞼を息を吹きかけた指で閉じ、そっとベッドに寝かせた。
あたりはさっきまでの危機感が嘘のように鎮まり、静かな空気が漂っていた。

「貴方が……東の……。」

少し離れた場所からファーガスさんがそう呟く。
義父さんはそれに顔を向けると、小さく会釈して笑った。

「ご挨拶は後程。今はこの場をお鎮めしなくては……。」

そう言って義父さんはじっとライオネル殿下を見つめた。
ひとまず状況を鎮めたが、今はまだ急いで火消しをした状態にすぎない。
義父さんはじっくりライオネル殿下を観察し始める。
そして困ったように顔を顰めた。

「これは……この方にとってはとても良くない状態だ……。内の神様が強すぎる……。」

ふむ、とばかりに義父さんは考え込んでいた。
義父さんが来た事で場が一瞬で沈静化したので気を抜いていたが、流石に世界を司る神の一柱では義父さんも手立てがないかもしれない。

「義父さん……。」

「うん、大丈夫だよ、サク。ただこの方の衰弱が激しくてね、あまりこのまま中に入れておくのは良くないなと思っただけだよ。かと言って、かの御神を移せるほどのものはここにはないし……。それにとても深い所にいらっしゃるから、お話を伺う事も難しい……。」

義父さんはブツブツと呟きながら、今、どう対処するのが一番良いか考えていた。
俺はそれを見つめながらゆっくり立ち上がった。
邪魔にならないよう後ろに下がる。
突然現れた義父さんを、俺以外の三人は信じられないものを見た様な顔で見ていた。

「……この方が……サークの………。」

「東の国の神仕えとは聞いていたが……よもや、この方とは………。」

ブラハムさんとファーガスさんが呆然としている。
その言葉に俺は振り返った。

何かボーンさんにも似たような対応されたよな??
どういう事なんだろう??

義父さんてやっぱり実は何か有名だったりするんだろうか?
そう言えば西の海でなんたらとか言ってたし??

俺がそんな事を思っている中、義父さんがあまり見せない困惑した顔で唸っている。
やはり精霊に慣れている義父さんでも、精霊王である海神への対応は難しいようだ。
ファーガスさんとブラハムさんが真剣な表情で顔を見合わせる。

「……お願いできますか?」

そして神妙な面持ちでそう言った。
義父さんはそれにちらりと振り返り、また、殿下に向き直る。

「御神が御神なので……。ですがこのままにしておけばこの方が持ちません。とは言えこの場ですぐに対応できる状況でもありません。ただ、ひとまず事態を落ち着かせる事は可能だと思います。その後、どうすべきか考えましょう。」

「そうですか……。わかりました。お願いします。」

義父さんの答えにブラハムさんとファーガスさんの二人は深々と頭を下げた。
ブラハムさんはともかく、いつも威厳をかざしていたファーガスさんまでそうした事に俺は少なからずびっくりしてしまった。

「……え?何でファーガスさんまで??」

ブラハムさんどころかファーガスさんまで、義父さんに物凄く気を使っているのが理解できない。
そして信じられないものでも見るように俺をチラ見するファーガスさんが気持ち悪い。

何なんだ??
俺にはさっぱりわからない。

「……なぁ、アンタの親父さん、もしかして名前がなかったりするか??」

いつの間にか俺の側に来ていたアレックが、げっそりした顔で俺を見上げた。
海神と対峙して疲れているのか、俺の服の裾を掴んで寄りかかってきている。
大人の俺達だってかなりキツかったんだ。
子供のアレックには相当負担になっただろう。
俺は肩に手を回して支えてやった。

「ないよ?名前。」

「マジか……。」

「え??それがどうかしたのか??」

「あんた……ちょっと頭とかヤバイ奴だとは思ってたけど……ヤバすぎだな……。」

俺に寄りかかったまま、呆れた顔で見上げてくる。
可愛気があるんだかないんだか……。
とは言え、よくわからないけど年上に対してお前、言ってる事、酷くないか?!
俺は少しムッとして睨んだ。

「……どういう意味だよ??」

「自分の育ての親が何者か知らなすぎって言ってんだよ、薄らバカ。」

「は?!薄らバカ?!酷くないか?!お前?!」

「何を騒いでいる!静かにしていろ!」

小声でゴチャゴチャ揉め始めた俺達を、キッとした目でファーガスさんが睨んでくる。
ファーガスさんともめたら面倒な事になると縮こまった俺達に、義父さんがにっこり笑いかけた。

「悪いけど、君、この水を浄めてもらえるかな??」

義父さんは何故か、ファーガスさんもブラハムさんもいるのにアレックにそう声をかけた。
声をかけられたアレックは、弾かれたように俺から離れる。
そして義父さんの顔をまっすぐ見ながら、姿勢と共に耳と尻尾をピンッと尖らせた。

「俺……いや、私がですかっ?!」

「うん。君が良い。頼めるかい?」

「はっはいっ!!」

優しく語りかけられ、アレックはぽーっと義父さんを見上げている。
ブラハムさんもファーガスさんもいるのに、何でアレックなんだろう??近くにいたからかな??
まぁ、アレックも魔法師なのだから祈りを捧げて水を浄めるなんで朝飯前だろうけどさ??
アレックもボーンさんにもここまで丁寧な対応をしないだろうといった感じで、義父さんが差し出した水差しを恭しく受け取る。
当の水差しは多分、殿下の枕元に置いてあった物だろう。

義父さんに頼み事をされたアレックは、若干、頬を高揚させながら恐縮し、でもめちゃくちゃ嬉しそうだ。
え?何?何でアレック、そんなに嬉しそうなの??
そしてファーガスさんは何でそんな悔しそうにアレックを見てる訳?!

アレックが祈りを捧げると、瓶は光る花びらで覆われた。
澄んだ甘い匂いが微かにしたような気がした。

ファーガスさんは何故か、ギリギリと奥歯を噛み締めて、嫉妬に満ちた目で得意げに水を清めているアレックを見ている。
何なの?!本当?!意味分かんないんだけど?!
まぁ、同じ魔法師でビショップの称号があるのに、義父さんが自分じゃなくてアレックに頼んだから気に入らないのかもしれないけどさ~。
怖い……本当この人怖い……。
そんな様子を、ブラハムさんは苦笑しながら眺めていた。

それにしても、どういう事なのだろう??

俺にはよく状況が理解できない。
確かに神仕えが物凄いものだというのはさっき教えてもらったけれど、その中でも義父さんってそんなにも有名人なのか??

確かに東の国でも名前のない唯一の神仕えだけどさ??
名前のない神仕えが物凄く能力が高いのかと思って以前聞いたら「これはね~、皆、嫌だから、仕方なくくじ引きで決めたんだよ~。義父さんハズレ引いちゃったんだ~。」って笑ってたんだけどな??

しかもこの人、日々、縁側で日向ぼっこしながら、ぽややんと渋いお茶を漬物で飲んでる様な人だよ??
何か誰かと勘違いされてるんじゃないのか?!

俺がそんな事を考えているうちに、義父さんはアレックから浄められた水を受け取っていた。

「ありがとう。小さな清き魔法師さん。」

「い!いえ!お役に立てて光栄ですっ!!」

お礼を言われたアレックは、めちゃくちゃ高揚してそう答えた。
何なんだ??本当に??
どうもこの場で義父さんについて一番知らないのは俺みたいだった。
身近すぎるとよく見えないとは言うけれど、何か納得行かないな??

「……ひふみ よいむなや こともちろらね しきる………。」

アレックが浄めた水を受け取るとそれを4つのコップに入れ、祝詞を呟きながら義父さんはベッドの四隅に置き始めた。
どうやら何の前触れもなく祓えは始まったようだ。
ファーガスさんが目をキラキラさせてそれを見ている。

まぁ確かにこの国じゃ祓えの儀式なんて見る機会もないだろうしね。
俺は見慣れてはいたが、それがいつもの司祭姿じゃなくて紳士の様なスーツ姿でやっているのが何だかミスマッチな気がして変な気分だった。

一周して水を置き終わると義父さんはライオネル殿下のベッドの横に立ち、また火打ち石を打った。
飛び散った火花から今度は小さな火蜥蜴(サラマンダー)が空に現れ、義父さんは笑って懐から金平糖を出すと差し出した。
火蜥蜴は嬉しそうにそれを受け取ると、大きな口を開けてパクンと飲み込み瞬いて消えた。
いなくなったんじゃない。
目には見えなくなったが、火の精霊は確かにそこにいる。
儀式の際に精霊を呼び出すのはたまに行われる事だ。
逆に言えば、力を借りないといけないほどの儀式になると言う事だ。

そして義父さんは姿勢を正し、軽く一礼した。


「それでは、取り急ぎ御神の鎮魂の義を執り行わせて頂きます。」


俺は反射的に軽く一礼する。
義父さんの儀式は子供の頃から見ているので癖と言ってもいいかもしれない。
隣のアレックが慌てて見様見真似で軽く一礼した。

「頭をお下げください。」

厳かに義父さんがそう言うと、ブラハムさんもファーガスさんも軽く頭を下げる。
俺も特に何も思わず習慣的に頭を下げた。
アレックだけがちょっとアワアワしながら俺の真似をする。
何か可愛くて笑ってしまいそうになった。

アレックが浄めた水を使って、義父さんは俺達とこの場を清める。
水を使うのはうちの教会が国神、つまり水神様をお祀りしているからなのと、海神も水に関わる神だからなんだと思う。
さっきサラマンダー、つまり火の精霊を呼び出して力を借りたのは、反対の力を借りる為。
親和の水と相反する力の両方を使って義父さんは場を鎮める事にしたのだろう。

二礼二拍手一礼。

義父の柏手がとても綺麗な音を立てて部屋に響く。
そして軽く頭を下げ、祝詞をあげ始めた。













「これが……神仕え……。東の国の機密であり、最大の武器…………。」

儀式が終わり、俺達は部屋のテーブルでお茶を飲んでいた。
ファーガスさんをはじめ、ブラハムさんもアレックも、今、起きた一連の事が信じられないようでぼんやりと椅子に座り込んでいる。
その横で、それまでのキリッとした雰囲気が嘘のように義父さんが目をキラキラさせてお茶を楽しんでいるのが面白い。
お茶請けにアフタヌーンティーセットのタワーが出てきたので、物凄く喜んでいるのだ。

「あ~美味しい~。幸せだなぁ~。おっかなびっくりだったけど、お城に来てよかった~。」

「あ、うん。良かったね、義父さん……。」

王宮の最高級アフタヌーンティーセットを堪能し、とても幸せそうだ。
本当、こうして見るといつも通りの義父さんなんだよな……。
て言うか、この状況でほのぼのしてるってどうなの?!ちょっとはあなたも緊張感を持って下さいよ、義父さん……。

ライオネル殿下はと言うと、今はとても穏やかに眠っている。
凍結もしていないし、精神回復の魔法もかけ続ける必要はない。

全てが凪になった。
義父さんはそう言った。

簡単に言うと、肉体と精神を切り離そうとしたライオネル殿下もライオネル殿下の中にいる海神も、今は穏やかな眠りについている。
封じ込めた訳ではなく、全てが眠りにつき動かなくなった状態なのだ。

「神仕えの技をこの目で見れる日が来ようとは……。」

プルプルしながらファーガスさんが感涙極まっている。
とにかくファーガスさんの感動が凄い。
何なんだろうなぁ、本当、この人も……。
俺はため息をついて自分の皿のサンドイッチを食べようと手を伸ばしたが、何故か掴めなかった。

「……あれ?!」

驚いて皿に目を向けると、残っていたはずのサンドイッチが全部なくなっている。
え??まだ一切れしか食べてないんだけど??俺??
まさかと思って横を見ると、アレックがモゴモゴとサンドイッチを頬張っていた。

「……アレ~ックっ!!」

「いいじゃんか。俺、あんなのと対峙して疲れきってんだよ。腹減ってんだよ。」

「腹減ってんのは俺も一緒だっつーのっ!!」

「大人なんだから我慢しろよ~。」

悪びれもなくそう言われカチンとくる。
こいつにはいつかギャフンと言わせてやる必要がありそうだ。
俺はムッとしながら、スコーンの皿をとって食べ始めた。

「それにしましても、よもや、東の国の名を持たぬ方にお目にかかれるとは思っておりませんでしたよ。」

俺とアレックが食べ物の事で争っている間に、ブラハムさんがそう穏やかに義父さんに話しかけた。

「申し遅れました。私はブラハム・ロフェー・ホセア。魔術師をしております。」

「はじめまして、ブラハムさん。サクの父です。」

「ブラハムさんにはいつもお世話になってるんだよ、義父さん。」

「ありがとうございます。息子がいつもお世話になっております。」

「いや、わしゃ何もしとらんじゃろ、サーク。」

「そんなこと無いよ~。ブラハムさんをはじめ、いつも魔術本部の人達には可愛がってもらってるもん。」

「ふふふっ。サクは良い先輩方に囲まれて仕事をしているんだね。」

義父さんがそう言って笑った。
そこにゴホンと咳払いが響く。
どうやらファーガスさんが話しに入り込むタイミングを探っていたようだ。

「お目にかかれて光栄です。神仕え殿。私はファーガス・メディク・アイビス。魔法医をしております。」

「ご丁寧にありがとうございます。アイビス医師。」

義父さんにそう言われ、ファーガスさんはちょっと硬直してしまった。
それを不思議そうに義父さんが首を傾げる。

「アイビス医師??どうされました??」

「気にせんでやって下され。憧れの人物に会え、なおかつ名を呼ばれた事で感動しすぎて固まっておるだけですので。」

苦笑してブラハムさんがそう言うと、ブッとアレックが吹き出した。
それを心なし赤くなったファーガスさんが睨む。
本当こいつは……。
天才的に機転が聞くんだか無作法なんだかよくわからん。

「ちなみに義父さん。俺のサンドイッチを盗み食いしたこの猫耳少年は、アレクセイ・マディソン。この間会った、ボーンさんの義息子で一番弟子だよ。」

「おい!サンドイッチの事は言わなくて良いじゃんか!!」

「なるほど!!ボーンさんの!!通りで純真で強い力の魔法師さんだと思ったよ~。」

義父さんにそう言われ、アレックはポンっと赤くなった。
そしてらしくなく、控えめに紅茶を飲んでいた。
何なの、この子?!
俺に対してと、随分、態度が違わないか?!

「……ボーンにお会いになられたのですか?」

そこにワナワナした声が交じる。
誰かなんて聞くまでもない。
ボーンさんに妙な執着を見せている人物なんて決まりきっている。
ヤベッと俺とアレックは顔を見合わせた。
しかし義父さんはニコニコ笑っている。

「そうなんですよ~アイビス医師~。」

「それより義父さんっ!!」

俺は話を力一杯へし折ってやった。
ボーンさんのところには今、ウィルだっているんだ。
変なふうに付きまとわれたら敵わないし、ウィルが夜の宝石だと知られたら、エライ事になりそうな予感しかしない。

「どうしたんだい??サク??大きな声なんか出して??」

「いや……その……そう!!何で皆、義父さんの事、知ってるの?!義父さん、何をしたの?!」

「へ??さぁ~??わからないなぁ~。」

義父さんはそう言って頭を掻いている。
ボーンさんの時もそうだったが、どうやら義父さん本人はよくわかっていないが周りからは騒がれている事があるようだ。

「おまえさぁ~、マジでわかんねぇの??俺でも知ってんのに??」

アレックがそう言いながら、俺のスコーンのジャムを取っていった。
何すんだよ?!食べ終わってるから良いけどさ?!
どうせこっちも欲しいんだろうと、残っているクロテッドクリームも渡してやった。

「だから何なんだよ??」

「ヒントは30年前の西の海。」

「それは聞いた!30年前の西の海が何なんだよ?!」

「お前……それ、マジで言ってる?!30年前の西の海って言われて?!わかんないのかよ?!それでもお前、魔術師かよ?!」

そう言われ、改めて30年前辺りで何かなかった考える。
西の海……西の……?!

「……えっ?!まさか?!違うよな?!」

30年前辺りの西の国であった大きな事件といえば、中央王国との小競り合いと、もう一つ。
確かにそっちは精霊絡みだ。
ただ俺の記憶では海ではなく砂漠での話だったはずだ。
だが……いくら何でも規模がおかしい。
そんなものに義父さんが関わっている訳がない。

「え……?!と、義父さん……??30年前くらいに……西の国でシルフと話したり……してないよね……?!」

俺はグギギギギって感じで義父さんの方に顔を向ける。
義父さんはアフタヌーンティーセットのいちごのケーキを頬張りながら、何でもないように頷いた。

「話したよ??この前、ボーンさんともその話をしてたじゃないか??」

「マジか~っ!!それ!!シルフの話だったのかよ~っ!!」

俺は思わず立ち上がって叫び、そして力が抜けてがっくりと椅子に座った。
アレックとファーガスさんが、冷めた目で俺を見ている。

「……はぁ~っ?!嘘だろっ?!あの教科書にも乗ってる今までで最大の精霊災害の巨大ハリケーン!!……あれに義父さん、関わってたの~っ?!」

俺はテーブルに突っ伏して叫んだ。

事件を知らなかった訳じゃない。
でも世界を揺るがす規模の話に、うちのぼんやり義父さんが関わっているなんて誰が想像できる?!
俺は衝撃のあまり、魂が半分、口から漏れそうになってしまった。

30年前、精霊と人は殆ど関わりを失う事になった。
その節目に起こった事の一つとして、世界を飲み込むほどの巨大ハリケーンがシルフによってパンゲアにもたらされたと言う事件がある。

シルフは風神とその子供である飛竜達に次ぐ、3番目の空と風の支配者。
風神と飛竜がこの世界から姿を消してからは、シルフがこの世界の空と風の支配者をしていた。
そのシルフが何故か怒り狂い集結し、このパンゲアの全てを滅ぼさんとして生み出したのが巨大ハリケーンだった。
それはあまりにも大きすぎ、もしも上陸したら各国、人命どころか人類の文明そのものが無事ではすまないだろうと言われていた。

それは全ての国とギルド等の組織が協力し、シルフの怒りを収めることで事なきを得たと言われている。
その時の話し合いで、精霊達は人類を滅ぼそうと攻撃しない代わりに、もう人に力を貸すことはしないと言われたと伝えられている。

「何~?!あの時シルフと話し合って取り決めをしたりして怒りを治めたのが義父さんな訳~?!」

「ん~どうだったかなぁ~??もう昔のことだからね??とにかく義父さんは、教会会議でもめてるから行ってこいって言われて行って、そしたらかなりお怒りで誰の声も耳に届かない状態だったんで、とにかく話してもらえる状態まで義父さんがお鎮めしたのは確かだよ。と言うか、今時の教科書には、そんな話も乗っているのかい??びっくりだなぁ~。」

あっけらかんと話す義父さんを見て俺は悟った。
本人に自覚がないだけで、この人はヤバイ人なんだと……。

さっきだって、海神の気配を感じながらも飄々といつも通りにしていた。
いくら精霊に接し慣れてると言ったって、海神を前にしてあそこまで平然としていられるなんて、どこか頭のネジが飛んでいるに違いない。

どうして気づかなかったんだろう??

考えてみれば、人と精霊の間に生まれて血の魔術を使う俺の暴発をお守り一つで止める事が可能な人なのだ。
精霊としての性質が強すぎるからと、半精霊の者の魂に封を施せる様な人なのだ。

そんじょそこらの神仕えである訳がない。

規模が違う。
他の神仕えとは規模が違いすぎる。

あの教科書にも乗っている最大の精霊災害を無血解決に導いた精霊師なのだ。
あの話には神仕えと言う言葉はなかったし、西の海ではなく西の国の砂漠で起きたとされているが、その辺は政治的な忖度が入ったと考えれば別におかしな事ではない。

力なく突っ伏した顔を軽く起こし、ちらりと義父さんを見つめる。
ケーキを美味しそうに食べているその顔を見つめながら俺は思った。

あまりに近すぎて、全く気づかなかった。
当たり前に時間を過ごしすぎてわからなかった。

だがこれが、
東の国で唯一、名を持たない神仕え。

その人の実力なのだと……。
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