欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

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その後も俺とルードビッヒ宰相との攻防は続いた。
これまでは睨まれるばっかりでただ怖いなぁとか苦手だなぁと言う意識しかなかったのだが、こうして仕事として向き合ってみるとその秀でた能力と国の要に必要な非常さが際立って、俺は次第にこの人が怖くなくなった。

むしろこちらの甘い所を嫌味なほどとことんついてくるし、俺が密かにこういう所を突かれたらこう答えようと隠し持っていた部分まで引っ張り出して来るから、議論をする相手としては面白かった。

「大体の計画はわかった。この計画が細部まで考えられ、遂行可能な事も理解した。予算の方も大枠が決まった。」

「ありがとうございます。」

「だが、アズマ男爵。この計画は認められない。」

この王国の毒蛇を納得させられた満足感を感じていた俺は、その言葉にギョッとした。
もちろん俺だけじゃなくて、義父さん以外の他のメンバーも、コーディ書記長や王様までびっくりした顔でざわめいた。

「……どういう事でしょうか?」

俺は動揺しそうになるのをグッと堪えた。
単にこの人との攻防はまだ終わっていなかっただけだ。

気を緩めるな。
むしろここからが本番らしい。

気だるさを含みながらも鋭く開かれた毒蛇の眼光を重く感じながら、俺はそう思った。
ルードビッヒ・ラティーマー宰相は、テーブルに肘をつき、そこから舐る様に俺を見据える。
狙いを定めた毒蛇が、音もなく確実に相手を仕留められる一瞬を伺っているのだ。

僅かな沈黙の後、宰相は言った。


「危険すぎるからだ。」


その言葉とその声は、部屋の温度を一気に下げ、気圧を重くした。
皆が言葉に詰まっている。
何か発する事のできない重さがそこにはあった。

これが王国の毒蛇の真の圧、か。

喉の奥が乾燥してジリリと痛んだ。
何か言わなければ。
そう思ったが呼吸するのも苦しい。
下手に一言でも発した瞬間、毒蛇の牙が深く皮膚に突き刺さり、猛毒に侵されて悶え苦しみながら死に至る事が脳裏を掠めた。

毒蛇の異名は伊達ではない。

ここに真の毒蛇がいる。
俺にはその毒牙によって死に至る様子まで想像できた。

王様は目を瞑り、黙っている。

が……。


「………ぐぶ……っ!!」


俺は盛大に吹き出しそうになったのを、咽たようにして誤魔化そうとした。
俺の思わぬ反応に、ルードビッヒ宰相は怪訝そうに片眉を吊り上げた。

ごめんなさい!
この局面で吹きそうになったのは心底謝ります!!
だからどうか噛みつかないで下さい!!

俺は小さく咳き込むフリをして、口元を押さえて俯いた。
本当は頭を抱えたかった。

いや!待って?!
何なの?!あの人?!
この局面で正気か?!
確かにあなたはあんまりこの圧力と無関係ですけどね?!

この局面でそれはないだろう?!

俺が咳を抑えて顔を上げると、その人は何事もなかったように穏やかな笑みを称えて静かに後ろに控えている。
俺はまわりにバレないようにキッと1度睨んでから、整えるようにもう一度咳払いをして自分を立て直した。

後で見てろ?!
いくらグレイさんだって、このせいでルードビッヒ宰相に厭悪されたら許さないからな!?

そう。
身動きもできない程の圧に固まっていた俺の目に飛び込んできたのは、王様の後ろで物凄い変顔をキメているグレイさんだった。

あれはないだろ?!
黙っていればそれなりに格好いい執事さんなのに!あれはないだろ?!

本当グレイさんは王族付きの貴族執事だと言うのに、どこかそういう雰囲気から逸脱している。
表面上は綺麗に繕っているが、本性を知っている相手に見せるヤバさは本当ろくでもない。
この人は王宮執事と言うより、たぶん冒険者達とガヤガヤしている方が性に合っているんだ。
元々そういった素質があった所に王様と冒険に出ちゃったもんだから、それが開花して味を締めてるんだと思う。

いやでも!

確かにあの美人のレダさんですら普通に変顔とかするけどさ!!
それは冒険者同士の付き合いの上での事であって!!
こんな王宮の厳格な重々しい会議室でする事じゃないから!!

俺は変なスイッチが入ってぷるぷるしそうになるのを堪えながら、大きく深呼吸をして顔を上げた。

「……き、危険は承知の上です。だから出来る限りの対策を講じています。」

「それは術者及び、ライオネル王子殿下についてであろう?」

「……どういう事です?」

俺はここまで話してきて、それが危険だから故、数々の対策を取ろうとしている事を話し、予算の問題も解決させてきたと思っていた。
だから何故、宰相があえてまた危険が大きすぎる事を主張するのか測りかけていた。
だが、ルードビッヒ宰相は術者やライオネル殿下に対する危険の事を言っている訳ではない。

だったら何だ??
あれか??

俺が思い当たる部分の事を話そうとした時、ルードビッヒ宰相の方が先に口を開いた。


「この計画を、王宮ないし王宮都市付近で行わせる事は認められぬと言っている。」


その決定事項を告げるような言葉の重さに、周りはズンッと衝撃を受けていた。

だが、俺にとっては先の衝撃の方が重かった。
得体のしれない重さは計り切れなくて対処のしようがないが、正体が分かればそうでもないものだ。
それに良くも悪くも俺だけはグレイさんのせいで、さっきの重さを引きずっていなかったのも良かったのだと思う。

「……なるほど。」

「アズマ男爵。この私が何故、この話し合いに参加したのかわかるかね?」

「そうですね……。ここに来てわかりました。ラティーマー宰相は初めからこの計画には反対だった。だからボロを見つけ出して潰そうと思われていたのですね?」

「当然だ。私にはどんな痛手を負おうとも、この国と王を守る義務がある。その為にはどんな非常な判断もする。それが宰相の務めだ。」

ルードビッヒ宰相は揺るぎない自分の信念を腹に据えながら、微動だにせず俺を睨んでいた。

この人ははじめからこの計画を潰すつもりで話していた。
だが、頭ごなしに拒絶するのではなく、こちらの計画の詳細を聞き理解した上で、反論のしどころを探していたのだ。

仮想精神空間の所で反撃してこなかったのは、自分が反撃するには知識がない部分だからだろう。
漠然とわからないからと否定するのは、頭のいいやり方ではない。
これでもかというほど、確実に息の根を止められる部分を探していたのだ。

いやむしろ、それをどこに定めるかこの人は初めから決めていた。

そこに穴があり、こちらがその穴に気づいていないだろうと予測していたからだ。
そしてそれはこの計画がどれだけ完璧であろうとも、根底から覆す事ができる。
この計画がどんなに素晴らしくても完全否定できるポイントを、この人は初めから見つけていたのだ。

俺は笑った。

ガスパーを敵に回したらこんな感じなのだろうか?
でも、アイツは何だかんだ優しいからな。
ルードビッヒ宰相ほど、目的の為に非情に成り切る事はできないだろう。

ガスパーは神童かもしれない。
何となくの感覚だが、ルードビッヒ宰相とガスパーならガスパーの方が天才的だと思う。

だがガスパーは宰相にはおそらくなれない。

優しすぎるからだ。
代わりに非情になってくれる相棒でもいない限り、アイツは宰相にはなれない。

宰相になるための素質。
それは秀でた知識と感性とバランス感覚、発想の豊かさと速さ、そして何より目的の為にどれだけ非情になれるかだ。

ガスパーは悪ぶっているが、それは優しさを隠す為の外套にすぎない。
無意識に自分に足りない非情さを悟られないようにしているだけだ。

アイツは大きな蛇であり巨大な力と牙を持っているが、その毒は人を致死に至らしめられるほど強くない。

だがルードビッヒ宰相は違う。

気づかれぬように人に忍び寄り、音もなくその急所に近づき、猛毒でもって確実に一撃で相手を仕留めるのだ。
悲鳴など上げさせる隙すら与えないだろう。

「……何がおかしい?アズマ男爵?」

「失礼。流石はラティーマー宰相だと感銘を受けていた所です。」

「くだらぬ戯言はよせ。何を言われようと、この王宮でその計画を行う事は認められぬ。前回の話し合いの際、お主の父、神仕えが申していたではないか?ライオネル殿下の中にいるモノは、この国どころか周辺含め一瞬で死の国に変える事が可能だと。そしてその片鱗をお主たちは見、感じたのであろう?殿下に施した最初の処置を弾き、それが出てきた時に?」

その言葉にアレックもファーガスさんもブラハムさんも顔を曇らせた。
そりゃな、できるならもう二度とあの対峙はしたくないだろう。

本当に痛い所を衝いてくる。
俺は苦笑いを浮かべた。

「あの時、お主らでは太刀打ちできなかったようだと聞いている。たまたまお主の父である神仕えがいたから事なきを得たに過ぎぬ。主らの計画では、神仕えは殿下の中に降りるのであろう?もしも全てを振り切って、そのモノがこちらに出てきたらどうする?お主の父は殿下の中に潜っていて、その場にはいないのだろう?誰がどうやってそれを抑える?いくら友好条約の相手とはいえ、東の国は今回、お主の父については個人旅行と言う事で黙認の形を取るが、それ以上の手出しはせぬと言う返答だ。他の神仕えの助けは借りられぬぞ?」

おっと?
そう言う形で来たか、東の国。
もとい教会議会。

ちらりと目を向けた義父さんは、わかっているのかいないのか、いつも通りに微笑んでいる。
物凄く色々わかっているのか、もしくは全く何もわかっていないのかのどっちかだな……。
その穏やかな笑みからはどちらとも読み取れなくて、俺はため息をついた。

「では、ラティーマー宰相はどの様にすべきとお考えなのですか?」

俺はそれに対する答えを持ってはいたが、あえてそう質問した。
駆け引きはラティーマー家の専売特許って訳じゃないからな。
ルードビッヒ宰相は俺の顔から何か読み取ったようではあったが、この勝負を受けようと言いたげに口を開いた。

「まず一刻も早く、ライオネル殿下には王宮都市外に離れて頂きたい。」

「ルーイ!!」

「お気持ちは察しますが、陛下。何度も申し上げている通り私の考えは変わりません。もしもの事を考えれば、ライオネル殿下には一刻も早く出来る限り離れた場所にお移り頂くべきです。」

「しかし!!」

「国王陛下、あなたが守るべきはこの王宮であり、この王国です。これまでは王子も安定しており、陛下の親としてのお気持ちを汲んで、ライオネル殿下がこの王宮都市で生活される事を黙認して参りました。しかし事態は変わりました。非情な事を申し上げますが、この都市を王国を一瞬にして滅ぼす要素を含んでいるものを、このまま王宮でありこの街に存在させておく事は、この国の宰相として認める事は出来かねます。」

有無を言わせない口調でルードビッヒ宰相は言った。
王様も状況が状況だけに、強く反論する事ができずにいる。

国王としての立場、そして殿下の親としての気持ち。
非情ではあるが、ジョシュア国王が優先すべきは国王としての立場になる。

それはこの場にいる全員がわかっていた。
だから、ルードビッヒ宰相が言っている事が正しいと、致し方ない事だと誰もが痛感していた。

「では……我が家でひとまずライオネル殿下をお預かり致します。」

ここで苦しげに、でも平静を保ちながらギルが口を挟んだ。

ギルにとったら、ライオネル殿下が王宮を、この都市を、追い出されるなんて耐えられた話ではない。
だが事情が事情故それを理解もしていた。
だからせめて自分の手の中で護りたいと思ったのだろう。

儚くそして崇高な主従関係。
無表情の中にある漆黒の瞳が微かに揺れていた。

「……以前ならそれも良かろうと思っていた。だが、領地替えで今のグラント家の領地はこの都市から近すぎる。よって危険だ。」

「ですが!!」

「ひとまずそこに移し、もっと北に行って頂こう。……ちょうどここに、イニス家の息子の片方がいる事だしな?」

「!!」

話を振られイヴァンは表情を固くした。
何か言いたげに顔を歪め、何も言えずに奥歯を噛み締めた。

そりゃな?
この国を一瞬にして滅ぼすって言われてるものを、お前ん家で引き取れとか言われたら、そんな顔にもなるよな??

しかもイヴァンって、実家では微妙な立場にいる訳だし。
あんま俺の後輩を虐めないで欲しいよ。
コイツ周りのフォローは上手い癖に、自分の事になると一人で背負い込んじゃうタイプだから。
ギルはギルで物凄い変な顔になってるし、ここいらで俺の方もカードを斬ったほうが良さそうだ。

俺はすっと手を上げて存在を主張した。

「あの~、ちょっとよろしいでしょうか??」

「……何だ?アズマ男爵?言っておくが、お主の領地など論外だぞ?」

「う~ん?領地で論外だと言われると言い出しにくいんですけどね~。」

俺が妙に余裕ブチかましてのったりそったり話すので、ルードビッヒ宰相は苛立ちを込めて俺を睨んできた。
うへ~、やっぱ怖いなぁ~この人。

「何だ?!はっきり申せ!」

「はい。こう言っては何ですが、ラティーマー宰相の仰る事は最もです。この国であり国王陛下をお守りする事が我々にとって最も重要ですから。ですが今のライオネル殿下を移動させるのはとても危険が伴います。」

「だが、このまま王宮に滞在されるのは危険だとわかっておるのだな?」

「ええ、わかっていますよ?」

のほほんと俺が話すもんだから、ルードビッヒ宰相は半ギレして顔を赤くして声を大きくした。

「だったらお前に何か考えがあると言うのか!!アズマ男爵!!」

怒った毒蛇の顔を真っ直ぐ見つめて俺は笑った。
あなたがこの計画を覆すならここだと踏んでいたその穴、俺、ちゃんと塞いできちゃってますんで。

と言うか本当、これが巡りの力ってやつなんだろうなぁ。
あまりにも状況が揃いすぎてて怖すぎるんだよ、今回本当……。

「……ラティーマー宰相。たとえライオネル殿下をイニス家の領地である北部にお連れしたとしても、相手は海神です。先程宰相も言っていたではありませんか?この国を含め周辺一帯を死の国にできると。多少、北の方に移動させたって、この国に壊滅的な被害が出る事は変わりませんよ。むしろ、殿下を移動させる事によって今の安定が失われることの方が危険だと思いますよ?」

俺の言葉に、ルードビッヒ宰相は物凄い形相で俺を睨んできた。
こ、怖い……覚悟して話しているんだけど、やっぱりこの人、怖すぎる……。
俺は若干圧に負けそうになりながら、どうにか繕い続けた。

「……なら!他にいい案があるのか?!アズマ男爵!!少しでも国王と王宮から遠ざけるよりもこの国の安全が保たれる案が!!」

「あります。たぶんですがイニス家の領地に殿下をお連れするより安全で良いと思われる案があります。」

「……何?」

俺の返答にさすがの毒蛇も毒気を抜かれたような声を出した。
そりゃな、普通に考えたら遠くに連れていくしか方法がないと思うもんな~。

「その方法ですと殿下もそんなに移動させなくて済みますから、移動に伴う危険性もグッと減りますし、それでも心配だったらしばらく国王陛下は各地を訪問されるという形でこの都市を離れて頂けば良いと思います。」

「……何だと?どういう事だ?アズマ男爵?!」

完全に自分の理解の範疇を超えた俺の言葉に、ルードビッヒ宰相はどう反応すればいいのか対応できずにいた。
他の皆はルードビッヒ宰相の無謀な計画を実行しなくて済みそうな事に安堵していたが、俺が何を言っているのかもわからず顔を見合わせている。

俺は笑った。
まさかこんな事になるなんて思わなかった。

「実はラティーマー宰相。この王宮都市内に、どこよりも頑丈な要塞のような場所があるんですよ。」

「何?!そのような場所がある訳が……!!」

「物凄く最近できた場所で、物凄く凄い偶然が重なった結果、おそらく今、海神が目覚めてこの国を一瞬で灰にしようとしても、多分その建物の中だけは無事で済みますね。」

「……なん……だと……?!」

「なので、逆の使い方をしようかと思って。逆の使い方をするのでどこまで効果があるのかはわかんないんですけど、でもおそらく、今考えられる事の中で、海神がもしも暴れたと想定した時に、一番被害を最小限にできるとしたら、そこしかないと考えています。」

ルードビッヒ宰相はもう、言葉が出なくなっていた。
そりゃこの国の宰相がこの王宮都市内にそんな場所があったら知らない訳がないもんな。
でも、知らなくて当たり前なんだよ。

にこにこ話す俺を呆然と眺めていた周囲の中、義父さんが「あぁっ!!」って声を上げた。
そしてあははと笑った。

「そうか!なるほどね、サク。でもカレンが怒るんじゃないかい??」

「う~ん、確かにまだ話してないから、海神を連れてくるとか言ったらさすがのカレンも怒るかもしれないです……。義父さん、一緒に説得してくれますか??」

「それは構わないんだけど……。」

義父さんはそう言いながら、くすくす笑っている。
しかし状況がわからない皆は顔を見合わせるばかり。
ルードビッヒ宰相が放心状態に入ってしまったのを見て、コーディ書記長が助け舟を出す。
その顔は不思議なものを見つけてワクワクしている少年の顔だ。(禿げてるけど)


「なるほど??して、サーク君。それはどこにあるんだい??」

「はい、コーディ書記長。実はそれ、王様にお贈り頂いた、新しい俺の家の事なんです。」


その瞬間、ええ~?!という声や何やらが会議室に響きわたった。

ここ、機密会議用の会議室だけど、そんな大声出しちゃって大丈夫なのかな??
俺は苦笑いを浮かべながら、皆が驚く姿を眺めていた。
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