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第九章「海神編」
押し出し押し勝ち
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いよいよその日が来た。
ライオネル殿下の眠るサロンダイニングに集まった皆は、無言で顔を見合わせて頷きあった。
この日の為にそれぞれ、できる限りの事はしてきたのだ。
完璧な事なんてこの世にはないだろうけれど、最善を託してきたのだ。
「カレン、もしもの時は頼むよ?」
「大丈夫です、旦那様。周辺の家の意識にも協力してもらっています。だから、旦那様は気にせずお務めをお果たし下さい。」
「ありがとう、カレン。」
少しこわばり気味に笑ってくれたカレンの肩を、メイド長のバーバラさんが抱き寄せる。
カレンが少しだけ表情を緩めて、バーバラさんに微笑んだ。
俺はベッド横にリアナとアレックに囲まれて待機しているラニに近づいた。
見慣れないダボダボのローブを着ているが、これが精神系魔力攻撃から身を守ってくれると言う、マダムから借りてきたものの一つだ。
他にもすっぽ抜けそうな腕輪等をつけていて、ちょっと見た目はおかしな事になっている。
俺に気づいてラニが少しだけ顔を青くした顔を上げた。
「ラニ。大丈夫か?」
「うん。大丈夫。……だって、僕、ひとりじゃない。お姉ちゃんも、アレック君も、お兄ちゃんもいてくれるから。だから大丈夫。僕は僕にできる事を、精一杯やるよ、お兄ちゃん。」
「うん。ありがとう、ラニ。」
俺はそう言ってラニの頭を撫でた。
ラニは言わなかったが、殿下が、海神が家に来てからはよく寝付けず魘される事が多かったようだ。
俺も気にかけていたが、リアナとアレックがそんなラニに寄り添い、必要あれば魔術や魔法を使ってくれていた。
だから俺が見回りに行くと、いつの間にかアレックの簡易ベッドは二段ベッドの隣になっていて、リアナとラニは同じベッドで寝ていた。
俺達大人の事情に巻き込んでしまったけれど、三人はそれぞれに納得し、小さいながらに寄り添い助け合っていた。
この三人を同じ部屋にして良かったと思った。
「リアナ……。」
「嫌よ。私、ここにいるから!」
「まだ何も言ってないだろ?!わかってるって。どうせ何言ったって聞かないし、口で俺がお前に勝てる訳ないんだし。ただ何が起きても動揺して暴走はするなよ?お前だってラニには劣るにしろ、普通の人よりは魔力が多く、宮廷魔術師並の魔術師なんだから。」
「わかってるわよ。」
リアナはいつも通りツンツンと口ではそう言ったが、俺に抱きついてきた。
だから俺もそれを受け止め、ぎゅっとハグする。
不安な気持ちも、役に立つかはわからなくともそこにいたいリアナの気持ちも、黙って抱きとめる。
体を離すとリアナはだいぶ角が取れた顔をしていた。
最後にそっと頭を撫でてやる。
「……アレック。ラニの身体サポート頼むな?」
「言われなくとも。」
アレックはそう言われてフンッと顔を背けた。
心なし顔が赤い。
こんな時でも俺がラニの事でからかうとでも思ったのかな??
まぁちょっと言いそうにはなったけど。
本当は咄嗟の判断力に優れたアレックは、全体のサポートに回って欲しい部分もある。
だが殿下の精神に潜るラニが一番急激な変化に晒される可能性が高い。
その点や本人の強い希望とラニの不安な気持ちを考えれば、アレックがラニの側についてサポートするのがいいと言うことで話がまとまった。
子供らに声をかけていた俺の肩をぽんっと誰かが叩く。
振り向くと義父さんだった。
「大丈夫、サク。きっと上手く行くよ。」
「義父さん……。」
俺が子供らの心配を取り除こうとしたように、義父さんも俺の不安を取り除こうとしてくれている。
そう思うとちょっと胸の奥がくすぐったくなる。
そんな俺に義父さんはいつものように笑った。
「こういうのは……そう!!当たって砕けろ!!」
「待って?!砕けたら駄目じゃんか!!」
唐突に炸裂した義父さんの天然砲に固くなっていた室内に笑いがこぼれた。
も~、やめてよ、義父さん……。
確かに固くなっていた雰囲気を和らげてくれたのは嬉しいけどさ?!
俺、息子としてちょっと恥ずかしいんだけど……。
きっと義父さんは今までの神仕えの仕事も、あの大ハリケーンのシルフを説得した時も、こんな風に飄々とした天然炸裂でやってきた事なのだろう。
だからきっと、後になって今日の事を聞いても「たいしたことじゃないよ」といつもの様に言うのだろう。
そう思ったら、何だか気が抜けた。
程よく肩の力が抜けた気がした。
「サーク、こっちは準備出来てるよ。」
ノルが機械を見ながらそう言った。
周囲を見渡し、頷きあう。
「ギル、悪いが少し離れてくれ。事が終わるまで、何があろうと殿下に触るな。自信がないなら外で待機してくれ。」
ずっとライオネル殿下の手を握り寄り添っていたギルにそう声をかけた。
ギルは少しだけ黙って殿下を見つめた後、その手の甲に口付けて側を離れた。
「……大丈夫だ。ここで見届ける。」
「絶対だな?!お前が不用意に触れたら、余計おかしな事になるんだからな?!」
「わかっている。リオとお前を危険に晒す気はない……。」
「……そこ、俺も含めて言わないでくれないか??殿下と皆の為にやってくれ……。」
この状況でも空気を読まない無表情な黒騎士に、俺は力なくツッコミを入れる。
本当、警護部隊でしか通じない冗談をホイホイ言うのはやめて欲しい。
はぁとため息をつき、仕切り直して顔を上げる。
ここまで来たのだ、やるしかない。
義父さんじゃないけれど、当たって砕けろだ。
それぞれが開始の為の位置につく。
ライオネル殿下の枕の下に、あのピアが入っていた人形が置かれる。
これが第一安全装置として、もしもの時、潜るラニと義父さんの精神の緊急避難場所になる。
人形は以前と違いやたらキレイになっていて、見た目もちょっと可愛くなっている。
メイド長であるバーバラさんが、こんな汚い物を必要だからといって殿下の頭の下に置くなんて!と言ってめちゃくちゃ洗濯したのだ。
その後ほつれを繕い、色々と手直しをして今の状態になっている。
こんなに変わっちゃって大丈夫なのと義父さんに聞いたが、キレイにして整えただけだから問題ないよと言っていた。
そして人形の手の片方をラニの手と義父さんの手と合わせて結びつける。
これで人形とラニと義父さんの結びつきは簡単には取れないようにして置く。
部屋の中に香の匂いが漂い始める。
リゼットさんが浄めの香を焚き始めたのだ。
「ノル。」
「うん、こっちはいつでも。」
殿下の身体サポートにファーガスさんがつき、義父さんのサポートにヘーゼル医務官長の腹心と言うダリルさんがつく。
腹心というから政治的な意味合いだと思っていたら、実はヘーゼルさんの奥様らしい。
確かに仕事上でのパートナーでもあるそうだが、人生のパートナーなら、腹心とか変な言い方しなくてもいいのになぁとか思った。
宮仕えって面倒くさい。
俺も自分の位置につき、ポケットからピアを取り出す。
ピアも生まれはへんてこでも精霊なので、海神がうちに来た時は、あまりの大きさに失神しその後パニックを起こした様だが、今は何とか静かにしている。
アレックと離された事で、不安そうにくりくりしたガラスの目で俺を見上げる。
「ピア、大丈夫。」
「ぴぃ……。」
不安そうなピアを撫でてやり、カギにくくりつける。
それをいつもの様に首から下げて上着の中にしまった。
「それじゃ失礼するよ~。」
そう言ってノルが俺に機械から出ているコードを繋ぐ。
うぅ……とうとう装置の一部にされてしまった。
俺の両足首には、俺と仮想精神空間作成装置とを繋ぐバンドがとめられており、そこにコードが繋がったのだ。
直に体表面のどこかにつけなければならなかったのだが、手だと色々不便なので足という事になった。
両足なのは念の為、どちらかが切れたりしても大丈夫な様にだ。
まぁちょっとあれなのだが、しのご言っている場合じゃないしな。
ブォンと言う音を立て、仮想精神空間作成装置が待機状態から運転状態に変わる。
試運転で特に問題はなかったので、後は俺が眠って向こうでウニと作業をこなせばいい。
ラニたちとは逆側の殿下の枕元の椅子に腰掛け、全体の補佐であるヘーゼル医務官長に人形の足の部分と片手を結んでもらう。
「それじゃな、ラニ、仮想精神空間を作ってくるよ。」
「うん。」
「どうなるかわからないけど、向こうで会えたら会おう。」
「うん、気をつけて。」
「ラニもな。」
俺はそう言って周りを見渡す。
皆、流石に緊張した面持ちだった。
この場を仕切る役目のブラハムさんを最後に見つめる。
「では後はお願いします。打ち合わせ通り、殿下とラニ、義父さんの保護を優先して下さい。俺は殿下の騎士です。いざとなればその務めを果たします。」
その意味がわからない人はいない。
だが誰も突っ込まず、静かに頷いた。
「他でもないフーボーが、サークにこの役目を託したのじゃ。こちらこそ頼んだよ。」
「はい。」
俺はそう言ってから、人形の足元に突っ伏した。
そんな俺にヘーゼル医務官長が眠りの魔法をかける。
するんと意識が滑るように落ちて行った。
「ぴぃぃぃぃぃ~!!」
「ピア!!しっかり!!」
「怖いぃぃぃぃっ!!」
装置と繋がっているせいか、いつもの様に図書館にすっと出る事はなく、上も下もわからない場所で落ちていく感覚だけがあった。
俺は夢うつつの中、手を伸ばしてピアを掴む。
「サーク!!こっちだ!!」
ウニの声だ。
顔を向けると小窓みたいな場所からウニが顔を出している。
俺は構えると、魔力を込めてピアをそこに向けてぶん投げた。
「ぴぃぃぃぃぃっ?!」
「ナイスキャッチ!!ウニ!!」
投げ飛ばしたピアをウニが体を伸ばして掴んだ。
そして窓の内側に引っ張り込んでいく。
「サーク!テメェ!!俺の弟分を投げんじゃねぇ!!」
「お兄ちゃ~ん!!」
「お~よしよし、怖かったな?!図書館はその扉の奥だ。とりあえずそこで待ってろ!!」
「……お兄ちゃんは??」
「ちょっと野暮用。いいか?図書館にいろよ??そこから出るなよ?!」
「わ、わかった。ピア、わかった。」
「よしよし、流石は俺の弟分だ。」
めちゃくちゃ偉そうに兄貴面するウニ。
兄ぶれて嬉しいんだろうけどさ??お前の理想の兄像ってそういう感じなのか??
フーボーさんとはかけ離れている気がするんだけど……??
俺の疑問を他所に、窓の方からウニが呆れたように俺を見ている。
「ったく!!物覚えが悪ィなぁ!!サークは!!」
「は?!」
「ここは精神空間と同じだって言ってんだろうが!!図書館はフーボーの意識が働いてっから現実と変わらなく見えるけどよ?!」
「え?!俺、どうしたらいいの?!」
「前に教えたろうが?!もう忘れたのか?!」
そう怒鳴られ、はっとする。
そうか、ここは前にフーボーさんに会った時と同じ様な空間なのか……。
俺はウニを見つめ、意識した。
そうするとすすっと体が動いて窓の所に近づいた。
方向も上も下もわからないが、自分の存在を安定させる事もできた。
「やればできんじゃんか。て言うか、その程度でお前、本当に大丈夫なのか?!これから臨時精神空間作って、それを海神のいる精神と繋ぐんだろ?!」
「いや、どうなんだろう??」
「しっかりしやがれ!!」
ウニにキレられ、たははと笑う。
いや、精神世界については俺、専門外だからよくわかってないし。
「で??ここは何なんだ??」
「だから!!お前の言う仮想精神空間だろうが?!」
「へっ?!これが?!」
俺はあたりを見渡す。
とは言え、これが空間なのか、広いのか狭いのか全くわからない。
きょとんとする俺にまたウニがキレる。
「だから!!無駄に魔力を送り込んで膨らんだだけの場所だよ!!お前の存在がそれなりに強いから長く維持できてっけどな?!さっさとピアの情報入れねぇと、潰れるぞ?!」
「え?!なら早くやってよ!!」
「わかってるよ!!でもお前がピアは投げるは動けないわであまりにもアホだったからよ!!ここで思い出させとかないと、この先、危ねぇと思ったから仕方ないだろ?!」
「……すみません。」
やっぱり、精神空間だと俺は何の役にも立ちそうにない。
苦笑しているうちにウニが図書館の扉を開き、ピアをそこに立たせた。
「ピア、ピアは何があってもその扉から先に来たら駄目だぞ?!」
「わ、わかった。」
「で、サーク!!」
「何だよ??」
「お前、ちょっと自分の魔力で空間膨らませろ。」
「……は?!」
「いいから!!その辺に思いっきり魔力を流し込め!!」
「……はぁ。」
よくわからなかったが、俺は仕方なく横の方に思いっきり魔力を放出してみた。
その瞬間、風船みたいに何が膨らんだ感覚があった。
「え?!」
「よっしゃ!!」
そう言うとウニが窓から飛び出してきた。
そして何が持っていた物を、俺が作った空間に押し込みだした。
「サーク!!ぼさっとしてないで!!手伝え!!」
「え?!あ、うん?!」
そう言いながら、ウニが押しているものを一緒に押し込む事を強く意識した。
グイグイ押すと、何故か押してるものがどんどん大きくなる。
「えぇぇぇぇぇっ?!」
「驚いて気を抜くんじゃねぇっ!!どんどん押せって言ってんだろうが!!馬鹿野郎っ!!」
そう言われ、俺はとにかく押す事に集中した。
どんどん大きくなっていく何か。
驚きを通り越して怖くもあったが、とにかく全てを気にせずそれを押す事に集中した。
「押し込め!!サーク!!」
「……うおおぉぉぉっ!!」
なんだかわからないが、とにかく全身全霊を使ってそれを押し込む。
なんとなく小さい時、奉納相撲大会でナギ兄ちゃんと相撲をとった時の事を思い出した。
当たり前だが、小さい時の年齢による体格差は大きい。
だから物凄く頑張ったのに、ナギ兄ちゃんはびくともしなかった。
子供心に悔しくて悔しくて仕方なかった事を思い出す。
……あの時は負けたが、今日は負けない。
集中しすぎて、その時と今が判別できなくなる。
俺だってシルクに尻を叩かれながらも随分体を鍛えたのだ。
ぐっと足腰、そして丹田に力を込めて踏ん張る。
体幹をしっかりさせればもっと押せるはずだ。
俺はただ押す事に集中した。
押せ!押し勝て!!
「うおおぉぉぉっ!!」
叫びながら一歩、また一歩と押し続ける。
次の瞬間、急に押すものが前からなくなり、俺はつんのめってしまった。
「うわぁぁっ!!」
「危ねぇなぁ!!お前まで入っちまったら、分けた意味、ねぇだろうが!!」
ウニが俺の服を引っ張り、その向こうに落っこちるのを防いでくれだ。
だが俺は目の前の空間を見つめて黙ってしまった。
「…………。ナニコレ??」
「……だからよぉ、図書館はフーボーの情報、その多くは知識で出来てんだよ……。元々、情報を残す為の空間でもあったし……だから図書館なんだよ……。」
「……と言いますと?ウニさん??」
「あ~うん……。予想はしてたけどよぉ……。あんま気持ちのいい空間じゃないな?!」
俺はその空間を、さっき窓からウニがのぞき込んでいたように、小さな小窓からのぞき込んでいた。
そして眼下にはやたら広い空間が広がっている。
「……ナニコレ、ホラー??」
俺はちょっと、いや、かなりひいた。
その空間は、とにかく奥がわからないくらい広くて何もない。
何もないのだが壁の至る所に、子供の落書きで「いたい」とか「タスケテ」とかの文字と、泣いている顔や、歯を抜かれた様子や何かの治療なのかの絵がぐちゃぐちゃと書いてあったのだった……。
ライオネル殿下の眠るサロンダイニングに集まった皆は、無言で顔を見合わせて頷きあった。
この日の為にそれぞれ、できる限りの事はしてきたのだ。
完璧な事なんてこの世にはないだろうけれど、最善を託してきたのだ。
「カレン、もしもの時は頼むよ?」
「大丈夫です、旦那様。周辺の家の意識にも協力してもらっています。だから、旦那様は気にせずお務めをお果たし下さい。」
「ありがとう、カレン。」
少しこわばり気味に笑ってくれたカレンの肩を、メイド長のバーバラさんが抱き寄せる。
カレンが少しだけ表情を緩めて、バーバラさんに微笑んだ。
俺はベッド横にリアナとアレックに囲まれて待機しているラニに近づいた。
見慣れないダボダボのローブを着ているが、これが精神系魔力攻撃から身を守ってくれると言う、マダムから借りてきたものの一つだ。
他にもすっぽ抜けそうな腕輪等をつけていて、ちょっと見た目はおかしな事になっている。
俺に気づいてラニが少しだけ顔を青くした顔を上げた。
「ラニ。大丈夫か?」
「うん。大丈夫。……だって、僕、ひとりじゃない。お姉ちゃんも、アレック君も、お兄ちゃんもいてくれるから。だから大丈夫。僕は僕にできる事を、精一杯やるよ、お兄ちゃん。」
「うん。ありがとう、ラニ。」
俺はそう言ってラニの頭を撫でた。
ラニは言わなかったが、殿下が、海神が家に来てからはよく寝付けず魘される事が多かったようだ。
俺も気にかけていたが、リアナとアレックがそんなラニに寄り添い、必要あれば魔術や魔法を使ってくれていた。
だから俺が見回りに行くと、いつの間にかアレックの簡易ベッドは二段ベッドの隣になっていて、リアナとラニは同じベッドで寝ていた。
俺達大人の事情に巻き込んでしまったけれど、三人はそれぞれに納得し、小さいながらに寄り添い助け合っていた。
この三人を同じ部屋にして良かったと思った。
「リアナ……。」
「嫌よ。私、ここにいるから!」
「まだ何も言ってないだろ?!わかってるって。どうせ何言ったって聞かないし、口で俺がお前に勝てる訳ないんだし。ただ何が起きても動揺して暴走はするなよ?お前だってラニには劣るにしろ、普通の人よりは魔力が多く、宮廷魔術師並の魔術師なんだから。」
「わかってるわよ。」
リアナはいつも通りツンツンと口ではそう言ったが、俺に抱きついてきた。
だから俺もそれを受け止め、ぎゅっとハグする。
不安な気持ちも、役に立つかはわからなくともそこにいたいリアナの気持ちも、黙って抱きとめる。
体を離すとリアナはだいぶ角が取れた顔をしていた。
最後にそっと頭を撫でてやる。
「……アレック。ラニの身体サポート頼むな?」
「言われなくとも。」
アレックはそう言われてフンッと顔を背けた。
心なし顔が赤い。
こんな時でも俺がラニの事でからかうとでも思ったのかな??
まぁちょっと言いそうにはなったけど。
本当は咄嗟の判断力に優れたアレックは、全体のサポートに回って欲しい部分もある。
だが殿下の精神に潜るラニが一番急激な変化に晒される可能性が高い。
その点や本人の強い希望とラニの不安な気持ちを考えれば、アレックがラニの側についてサポートするのがいいと言うことで話がまとまった。
子供らに声をかけていた俺の肩をぽんっと誰かが叩く。
振り向くと義父さんだった。
「大丈夫、サク。きっと上手く行くよ。」
「義父さん……。」
俺が子供らの心配を取り除こうとしたように、義父さんも俺の不安を取り除こうとしてくれている。
そう思うとちょっと胸の奥がくすぐったくなる。
そんな俺に義父さんはいつものように笑った。
「こういうのは……そう!!当たって砕けろ!!」
「待って?!砕けたら駄目じゃんか!!」
唐突に炸裂した義父さんの天然砲に固くなっていた室内に笑いがこぼれた。
も~、やめてよ、義父さん……。
確かに固くなっていた雰囲気を和らげてくれたのは嬉しいけどさ?!
俺、息子としてちょっと恥ずかしいんだけど……。
きっと義父さんは今までの神仕えの仕事も、あの大ハリケーンのシルフを説得した時も、こんな風に飄々とした天然炸裂でやってきた事なのだろう。
だからきっと、後になって今日の事を聞いても「たいしたことじゃないよ」といつもの様に言うのだろう。
そう思ったら、何だか気が抜けた。
程よく肩の力が抜けた気がした。
「サーク、こっちは準備出来てるよ。」
ノルが機械を見ながらそう言った。
周囲を見渡し、頷きあう。
「ギル、悪いが少し離れてくれ。事が終わるまで、何があろうと殿下に触るな。自信がないなら外で待機してくれ。」
ずっとライオネル殿下の手を握り寄り添っていたギルにそう声をかけた。
ギルは少しだけ黙って殿下を見つめた後、その手の甲に口付けて側を離れた。
「……大丈夫だ。ここで見届ける。」
「絶対だな?!お前が不用意に触れたら、余計おかしな事になるんだからな?!」
「わかっている。リオとお前を危険に晒す気はない……。」
「……そこ、俺も含めて言わないでくれないか??殿下と皆の為にやってくれ……。」
この状況でも空気を読まない無表情な黒騎士に、俺は力なくツッコミを入れる。
本当、警護部隊でしか通じない冗談をホイホイ言うのはやめて欲しい。
はぁとため息をつき、仕切り直して顔を上げる。
ここまで来たのだ、やるしかない。
義父さんじゃないけれど、当たって砕けろだ。
それぞれが開始の為の位置につく。
ライオネル殿下の枕の下に、あのピアが入っていた人形が置かれる。
これが第一安全装置として、もしもの時、潜るラニと義父さんの精神の緊急避難場所になる。
人形は以前と違いやたらキレイになっていて、見た目もちょっと可愛くなっている。
メイド長であるバーバラさんが、こんな汚い物を必要だからといって殿下の頭の下に置くなんて!と言ってめちゃくちゃ洗濯したのだ。
その後ほつれを繕い、色々と手直しをして今の状態になっている。
こんなに変わっちゃって大丈夫なのと義父さんに聞いたが、キレイにして整えただけだから問題ないよと言っていた。
そして人形の手の片方をラニの手と義父さんの手と合わせて結びつける。
これで人形とラニと義父さんの結びつきは簡単には取れないようにして置く。
部屋の中に香の匂いが漂い始める。
リゼットさんが浄めの香を焚き始めたのだ。
「ノル。」
「うん、こっちはいつでも。」
殿下の身体サポートにファーガスさんがつき、義父さんのサポートにヘーゼル医務官長の腹心と言うダリルさんがつく。
腹心というから政治的な意味合いだと思っていたら、実はヘーゼルさんの奥様らしい。
確かに仕事上でのパートナーでもあるそうだが、人生のパートナーなら、腹心とか変な言い方しなくてもいいのになぁとか思った。
宮仕えって面倒くさい。
俺も自分の位置につき、ポケットからピアを取り出す。
ピアも生まれはへんてこでも精霊なので、海神がうちに来た時は、あまりの大きさに失神しその後パニックを起こした様だが、今は何とか静かにしている。
アレックと離された事で、不安そうにくりくりしたガラスの目で俺を見上げる。
「ピア、大丈夫。」
「ぴぃ……。」
不安そうなピアを撫でてやり、カギにくくりつける。
それをいつもの様に首から下げて上着の中にしまった。
「それじゃ失礼するよ~。」
そう言ってノルが俺に機械から出ているコードを繋ぐ。
うぅ……とうとう装置の一部にされてしまった。
俺の両足首には、俺と仮想精神空間作成装置とを繋ぐバンドがとめられており、そこにコードが繋がったのだ。
直に体表面のどこかにつけなければならなかったのだが、手だと色々不便なので足という事になった。
両足なのは念の為、どちらかが切れたりしても大丈夫な様にだ。
まぁちょっとあれなのだが、しのご言っている場合じゃないしな。
ブォンと言う音を立て、仮想精神空間作成装置が待機状態から運転状態に変わる。
試運転で特に問題はなかったので、後は俺が眠って向こうでウニと作業をこなせばいい。
ラニたちとは逆側の殿下の枕元の椅子に腰掛け、全体の補佐であるヘーゼル医務官長に人形の足の部分と片手を結んでもらう。
「それじゃな、ラニ、仮想精神空間を作ってくるよ。」
「うん。」
「どうなるかわからないけど、向こうで会えたら会おう。」
「うん、気をつけて。」
「ラニもな。」
俺はそう言って周りを見渡す。
皆、流石に緊張した面持ちだった。
この場を仕切る役目のブラハムさんを最後に見つめる。
「では後はお願いします。打ち合わせ通り、殿下とラニ、義父さんの保護を優先して下さい。俺は殿下の騎士です。いざとなればその務めを果たします。」
その意味がわからない人はいない。
だが誰も突っ込まず、静かに頷いた。
「他でもないフーボーが、サークにこの役目を託したのじゃ。こちらこそ頼んだよ。」
「はい。」
俺はそう言ってから、人形の足元に突っ伏した。
そんな俺にヘーゼル医務官長が眠りの魔法をかける。
するんと意識が滑るように落ちて行った。
「ぴぃぃぃぃぃ~!!」
「ピア!!しっかり!!」
「怖いぃぃぃぃっ!!」
装置と繋がっているせいか、いつもの様に図書館にすっと出る事はなく、上も下もわからない場所で落ちていく感覚だけがあった。
俺は夢うつつの中、手を伸ばしてピアを掴む。
「サーク!!こっちだ!!」
ウニの声だ。
顔を向けると小窓みたいな場所からウニが顔を出している。
俺は構えると、魔力を込めてピアをそこに向けてぶん投げた。
「ぴぃぃぃぃぃっ?!」
「ナイスキャッチ!!ウニ!!」
投げ飛ばしたピアをウニが体を伸ばして掴んだ。
そして窓の内側に引っ張り込んでいく。
「サーク!テメェ!!俺の弟分を投げんじゃねぇ!!」
「お兄ちゃ~ん!!」
「お~よしよし、怖かったな?!図書館はその扉の奥だ。とりあえずそこで待ってろ!!」
「……お兄ちゃんは??」
「ちょっと野暮用。いいか?図書館にいろよ??そこから出るなよ?!」
「わ、わかった。ピア、わかった。」
「よしよし、流石は俺の弟分だ。」
めちゃくちゃ偉そうに兄貴面するウニ。
兄ぶれて嬉しいんだろうけどさ??お前の理想の兄像ってそういう感じなのか??
フーボーさんとはかけ離れている気がするんだけど……??
俺の疑問を他所に、窓の方からウニが呆れたように俺を見ている。
「ったく!!物覚えが悪ィなぁ!!サークは!!」
「は?!」
「ここは精神空間と同じだって言ってんだろうが!!図書館はフーボーの意識が働いてっから現実と変わらなく見えるけどよ?!」
「え?!俺、どうしたらいいの?!」
「前に教えたろうが?!もう忘れたのか?!」
そう怒鳴られ、はっとする。
そうか、ここは前にフーボーさんに会った時と同じ様な空間なのか……。
俺はウニを見つめ、意識した。
そうするとすすっと体が動いて窓の所に近づいた。
方向も上も下もわからないが、自分の存在を安定させる事もできた。
「やればできんじゃんか。て言うか、その程度でお前、本当に大丈夫なのか?!これから臨時精神空間作って、それを海神のいる精神と繋ぐんだろ?!」
「いや、どうなんだろう??」
「しっかりしやがれ!!」
ウニにキレられ、たははと笑う。
いや、精神世界については俺、専門外だからよくわかってないし。
「で??ここは何なんだ??」
「だから!!お前の言う仮想精神空間だろうが?!」
「へっ?!これが?!」
俺はあたりを見渡す。
とは言え、これが空間なのか、広いのか狭いのか全くわからない。
きょとんとする俺にまたウニがキレる。
「だから!!無駄に魔力を送り込んで膨らんだだけの場所だよ!!お前の存在がそれなりに強いから長く維持できてっけどな?!さっさとピアの情報入れねぇと、潰れるぞ?!」
「え?!なら早くやってよ!!」
「わかってるよ!!でもお前がピアは投げるは動けないわであまりにもアホだったからよ!!ここで思い出させとかないと、この先、危ねぇと思ったから仕方ないだろ?!」
「……すみません。」
やっぱり、精神空間だと俺は何の役にも立ちそうにない。
苦笑しているうちにウニが図書館の扉を開き、ピアをそこに立たせた。
「ピア、ピアは何があってもその扉から先に来たら駄目だぞ?!」
「わ、わかった。」
「で、サーク!!」
「何だよ??」
「お前、ちょっと自分の魔力で空間膨らませろ。」
「……は?!」
「いいから!!その辺に思いっきり魔力を流し込め!!」
「……はぁ。」
よくわからなかったが、俺は仕方なく横の方に思いっきり魔力を放出してみた。
その瞬間、風船みたいに何が膨らんだ感覚があった。
「え?!」
「よっしゃ!!」
そう言うとウニが窓から飛び出してきた。
そして何が持っていた物を、俺が作った空間に押し込みだした。
「サーク!!ぼさっとしてないで!!手伝え!!」
「え?!あ、うん?!」
そう言いながら、ウニが押しているものを一緒に押し込む事を強く意識した。
グイグイ押すと、何故か押してるものがどんどん大きくなる。
「えぇぇぇぇぇっ?!」
「驚いて気を抜くんじゃねぇっ!!どんどん押せって言ってんだろうが!!馬鹿野郎っ!!」
そう言われ、俺はとにかく押す事に集中した。
どんどん大きくなっていく何か。
驚きを通り越して怖くもあったが、とにかく全てを気にせずそれを押す事に集中した。
「押し込め!!サーク!!」
「……うおおぉぉぉっ!!」
なんだかわからないが、とにかく全身全霊を使ってそれを押し込む。
なんとなく小さい時、奉納相撲大会でナギ兄ちゃんと相撲をとった時の事を思い出した。
当たり前だが、小さい時の年齢による体格差は大きい。
だから物凄く頑張ったのに、ナギ兄ちゃんはびくともしなかった。
子供心に悔しくて悔しくて仕方なかった事を思い出す。
……あの時は負けたが、今日は負けない。
集中しすぎて、その時と今が判別できなくなる。
俺だってシルクに尻を叩かれながらも随分体を鍛えたのだ。
ぐっと足腰、そして丹田に力を込めて踏ん張る。
体幹をしっかりさせればもっと押せるはずだ。
俺はただ押す事に集中した。
押せ!押し勝て!!
「うおおぉぉぉっ!!」
叫びながら一歩、また一歩と押し続ける。
次の瞬間、急に押すものが前からなくなり、俺はつんのめってしまった。
「うわぁぁっ!!」
「危ねぇなぁ!!お前まで入っちまったら、分けた意味、ねぇだろうが!!」
ウニが俺の服を引っ張り、その向こうに落っこちるのを防いでくれだ。
だが俺は目の前の空間を見つめて黙ってしまった。
「…………。ナニコレ??」
「……だからよぉ、図書館はフーボーの情報、その多くは知識で出来てんだよ……。元々、情報を残す為の空間でもあったし……だから図書館なんだよ……。」
「……と言いますと?ウニさん??」
「あ~うん……。予想はしてたけどよぉ……。あんま気持ちのいい空間じゃないな?!」
俺はその空間を、さっき窓からウニがのぞき込んでいたように、小さな小窓からのぞき込んでいた。
そして眼下にはやたら広い空間が広がっている。
「……ナニコレ、ホラー??」
俺はちょっと、いや、かなりひいた。
その空間は、とにかく奥がわからないくらい広くて何もない。
何もないのだが壁の至る所に、子供の落書きで「いたい」とか「タスケテ」とかの文字と、泣いている顔や、歯を抜かれた様子や何かの治療なのかの絵がぐちゃぐちゃと書いてあったのだった……。
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