欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

地獄の門

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「……ほら、特に何もねぇだろ?!」

ボーンは苛立たしげに足を踏み鳴らした。
とにかくさっさと地上に帰りたかった。

だと言うのに、サーニャは強化魔力探査をやめないし、ウィルは色々わかるようになってきた「勘」を元に周囲を見て回っている。
もちろんボーン自身も二人に気づかれぬように魔法を使ってくまなく調べている。

「まだ気がすまねぇのか!!お前ら!!いい加減にしろ!!さっさと帰って夕飯にすんぞ!!」

そう怒鳴りつけると、やっと二人が顔を上げた。
そして顔を見合わせ頷きあった。
あまり納得はしていない様だが、ひとまず良しとしたようだ。

何なんだよ、急に連携しやがって!!
ボーンは苛々しながらつま先で小刻みに床を叩いた。

「だから平気だっつってんのに!!」

「すみません……でも何かあったら怖かったので~。」

「俺はいい勉強になりました。やはり普通にダンジョンで修行するのと、実際、何か起きた時の精神状態の中で行動するのは大きく違いますから。ひとまず何もなさそうで良かったですけど……。」

そうだ、ひとまず何もなくて良かった。
これで二人は大人しく地上に戻ってくれるだろう。
その後、もっと突っ込んで調べればいい。

「わかったら、さっさと歩け!!ゲートに行くぞ!!」

ボーンはそう言って二人を追い立てた。

何故ならボーンだけが気づいていた。
地獄の門周辺にほんの僅かな異変が存在している事に。
ごく僅かな、隠された痕跡。

この件は恐らく「何事もなく」終わらない。

だが、二人を巻き込む事はできない。
向こうも痕跡すら隠しているのだ。
今回はこちらの動向を様子見するだけで通すだろう。
ボーンはそう思っていた。


「…………サーニャっ!!」

「キャッ?!」


だが、違った。

薄暗い地獄の門の側を離れ、神殿のゲートに戻ろうとしていた所でそれは起きた。
岩陰に溜まった淀みの中から、何かがサーニャに飛びかかろうとした。

誰よりも早くその異変に気づいたボーンは、咄嗟にサーニャを押しのけて庇った。
その状況にウィルが素早く反応して、襲ってきたものを槍で攻撃する。

「……素早い?!」

ウィルは確実に仕留めるつもりだった。
魔力の使い方では初心者とは言え、ランサーとしてはそれなりに経験のある中級クラスの実力のウィルが仕留めそこねた。

「先生っ!!」

「痛てて……クソ!!こいつら馬鹿か?!様子見しねぇのかよ?!」

傷を負ったボーンにサーニャは駆け寄り、回復をかける。
回復を主とする魔法師に攻撃メインの魔術師が回復をかけるというのもおかしな光景だ。

「あ~、いいから!!この程度、自己回復ですぐ何とかなる!!」

心配のあまり抱きつかんばかりに寄ってくるサーニャを押しのけ、ボーンは立ち上がった。
そして出てきたモノを見る。

「クーシーか……。こりゃ1匹、2匹じゃねぇな……。」

面倒な事になったとボーンは思った。
てっきり向こうも様子見で流すと思ったのに、襲ってきた。
ウィルの攻撃で傷を負ったモノの側の岩陰から、また、淀んだ何かが出てきた。
1匹、1匹と増えていく。

「先生……。」

「落ち着け、サーニャ。見慣れたクーシーだろうが。どうってことねぇ。」

全部で10匹程の小型の群れ。
クーシー自体はこの遺跡に出てもおかしくない魔物だが、小型とはいえ群れを作っている事に違和感を覚えた。
そしてあれだけ完璧に隠れていたと言うのに、不用意に襲ってきた意味もわからない。

クーシーの群れは、ウィルの攻撃を受けた1匹を無言で見下ろした。
何とか避けたようだが、ウィルは急所を狙っていた為、回復をかけない限りはもう使い物にはならなかった。
そう判断したのだろう。
いっせいにその一匹にクーシーの群れが襲いかかり、それを食べた。
響き渡る断末魔にサーニャがビクリと震える。

異様だ。
何もかもが異様だ。

クーシーがこの遺跡にいる事も別に変ではない。
魔物が魔物を食うことも別に珍しくない。

だがこの数の群れを作っている事も、その群れの仲間を生きたまま切り裂いて食うというのも普通ではない。

「……先生。」

「あぁ。どうやら緊急事態だ。」

クーシーの群れとの間に立ち、槍を構えているウィルにボーンは並んだ。

「……別にこの程度たいした事でもねぇ。結界で囲んで一気に浄化する。一人で大丈夫だからお前はサーニャを守れ。」

「サーニャさんを??」

「よく聞け、聞こえんだろ??」

ウィルはそう言われ、クーシー達の荒い呼吸に混ざる微かな言葉をよく聞いた。


『……オンナダ…。』

『穢ノナイオンナダ……。』

『力ニナル……。』

『贄ニシヨウ……。』

『オンナダ……。』


「!!」

「……あれだけ完璧に隠れておきながら襲ってきた理由だ。まぁこんな所に生娘が都合よく現れる事なんてないだろうからな。今回は様子を見て、サーニャが一人でここを訪れた時を狙うような頭の良い奴らでなくて助かった……。この程度の群れで済んだしな……。」

「……そうですね。」

ウィルはそう言いながら後ろに下がり、サーニャの側に立った。

「ウィルさん……。」

「サーニャさんが狙いです。ここは先生が一気に捉えて浄化するので、サーニャさんはゲートで上に戻ってください。」

「私も戦えます!!」

「わかってます。でも向こうの目的がサーニャさんである以上、ここにいるとかえって先生の邪魔になってしまいます。大丈夫ですよ。たとえ群れであっても、クーシーに手間取る先生ではないのは、俺よりサーニャさんがわかっているでしょう?」

ウィルにそう言われ、サーニャはグッと唇を噛んだ。

わかっていても心配なのだ。
修行の為このトート迷宮遺跡管理棟に住まわせてもらって、サーニャとアレック姉弟とボーンの関係を見てきた。
先生や師匠と呼び方は違うが、そこに含まれている意味は同じだった。
だが、彼らはその意味の言葉は使わない。
それが彼らの家族としての形なのだとウィルは理解していた。

「大丈夫。サーニャさんの先生じゃないですか。」

「ええ、そうなんですけどね。先生、意外とドジじゃないですか?!」

「……確かに。」

思わず納得してしまったウィルを見て、サーニャは笑みを浮かべる。
そして仕方ないなぁと言うようにため息をつき、今度は大きく息を吸った。

「先生~!!今日の夕飯はボルシチですよ~!!」

たくさんの意味を込め、サーニャはそう言った。
二人らしいなとウィルは思う。

「うるせぇ!!気が散るからさっさと帰れ!!」

「ご、ごめんなさい~!!」

ボーンもいつも通りぶっきらぼうに返す。
でも意味は通じているのだ。
振り向かずに怒鳴った耳が少し赤い。
微笑ましいな、とウィルは思う。

「さ、行きましょう。」

「一人で大丈夫ですよ!!だからウィルさんは……!!」

「ちゃんとゲートまで送ってから、ね?」

ウィルはしぃっと口に指を当てた。
恐らくボーンは自分も一緒に帰らせるつもりだ。
だが、何でもかんでもその通りになんてしてやらない。

状況は異様だ。

クーシーがいる事もおかしくない。
あの程度の群れなら、そこまで気にする必要もないかもしれない。

だが、何かが酷く異様なのだ。

元々クーシーは霊的な側面も持ち合わせているので、個体によっては見破るのが難しいくらい物陰の淀みと同化し、休眠状態になって更に気配を察知されにくくする事もある。
それなりに知恵のある魔物だから、弱った仲間を食べたのだって、勝手に飛び出した事への戒めであり見せしめだったと考えればそこまでおかしくない。

だが、「そうであってもおかしくはない」と言うものが立て続けに全て起こるのはやはり異様だ。

この程度のクーシーの群れに、ボーン程の大魔法師が手こずるなどという事は有り得ないが、状況の異様さを考えると一人にするのは良くないと思われた。

地獄の門のフロアから短い通路を通って、神殿のある方へ向かう。
本当に短い通路なのだ。
無いに等しい5秒もかからないような……。

「!!」

そこを走り抜けようと駆け出した瞬間、ウィルは突然、ドンッと突き飛ばされた。
後ろにいたサーニャ共々、地獄の門のあるフロアに押し戻されてしまう。

「ギギャアァァァッ!!」

「ヴィオール?!」

この地下空間の中でギリギリ飛び回れる大きさで出てきたヴィオールが、通路で翼を広げ、威嚇の叫び声を上げている。
ウィルは自動的に出てきたヴィオールによって突き飛ばされたのだ。
ヴィオールの声にボーンも慌てて振り向く。

「どうした?!」

「わかりません!!ヴィオールが自分から出てきたんです!!」

ヴィオールが出てくるのは、自分かサークが呼んだ時だ。
自ら出たいと騒ぐ事もあるが、勝手に出てきた事は今まで一度もない。
一度もないが……。

だが、出てきていいと言う呼びかけがなくともヴィオールがこちらに出てくる条件が一つある。
ウィルに危険が迫った時だ。

つまり、今、ウィルの身に危険があったという事だ。

グルグル威嚇するヴィオールの声に、同じように威嚇する唸り声がいくつも重なっている。
通路内で飛び立つ事は不可能なので、動きやすいようにヴィオールは翼を折り畳んだ。
その向こうに見えたものに、ウィルは表情を硬くした。

「……先生、その群れは全体の1/3だった様です。」

通路の向こう、出てきた所を物陰の淀みから襲おうとしたクーシー達が、1匹、1匹とまた姿を現す。
その数は20匹程になる。
先に現れた群れとの合わせれば、計30匹ほどの群れだった事になる。

「クッソ!!何で今まで気付なかったんだっ!!クソがっ!!」

ボーンが後ろで悪態をついている。
ウィルは何故か冷静で、状況を分析していた。

推測だが、クーシーは元々、この遺跡にいておかしくない魔物だ。
だからそれが結界のガス抜き穴から多少、多く入ってきても遺跡は異常を示さなかった。

そしてクーシー達は、「門から少し離れた場所の物陰の淀みと完全に同化し休眠する」事でカウントされない状況を作り、さらに仲間が入り込んできた。
恐らくそれを繰り返したのだ。

だが、いくら影の中に同化・休眠しているとはいえここまで数が増えた事で、遺跡の安全システムも異変を察知し始めたと言う事だろう。

「クッソ!!」

ボーンは苛立ちを隠せなかった。
何かあるのはわかっていたのに、まだ大丈夫だろうと高を括ったのが間違いだった。
何がなんでも神殿を出る前に、二人だけは地上に返すべきだった。

「ウィルさん……。」

「そうですね……。」

サーニャは意志の強い目でウィルを見た。
ウィルもその目を見て頷き返した。

「ちょうど通路なんです。」

「ええ、ヴィオールに追いたたせます。」

「お願いします。」

「でも、俺の後ろにいてくださいよ?」

「わかってますって。」

ニコッとサーニャは笑う。
ボーンはいつも彼女の事を気が弱くておどおどしていると言っていたが、それは間違いだとウィルは思う。
サーニャがおどおどしてしまうのは、ボーンの前だからだ。
弟と違い、魔法師になれなかった事を今でも気に病んでいるから、引け目を感じてしまうだけなのだ。

「おい!!何、コソコソ話してやがる?!」

仲間が来た事で調子づいたクーシー達の相手をしながら、ボーンは怒鳴る。
よくわからないが、通路向こうにもう一つのクーシーの群れがいるようだ。
こいつらが1/3と言っていたから20匹程いるのだろう。
確かにクーシーなら絶望する程の状況ではないだろうが、あの二人は何、余裕ぶちかましてるんだ?!
さっさと安全な所に行って欲しいというのに!!

「先生~!!こっちは大丈夫です~!」

「なので予定通り、先生はその群れをお願いします!」

「はぁ?!何言ってやがる?!俺がまとめて面倒見るから!さっさとゲートに向え!!」

「でも、ゲートに行くにはこの通路を通らないと行けないので、どの道倒さないと行けないですよ~先生~!!」

「大丈夫ですよ!ヴィオールもいますし!!」

状況に焦りを覚えているのはボーンだけの様で、サーニャもウィルも平然としている。
何なんだ?!いったい?!

そう思って見ていると、ウィルがヴィオールに指示を出し一度引っ込める。
そしてさっきより少し小さめの姿で現れると、すぐに通路の奥まで飛んでいく。
通路前でウィルが構え攻撃し、途中途中でサーニャが強めの魔術で通路内を火の海にしていく。

「……生意気な。」

ケッと吐き捨てながら、ボーンは笑った。
地の利を利用して、20匹のクーシーの群れを問題なく相手にしている。
通路なら襲ってくる向きは限られているし、数も一定数しか来れない。
そこをウィルがせき止めて、溜まったところでサーニャが一気に魔術で攻める。
外に放ったヴィオールは、恐らく通路にクーシー達を追い立てているのだ。
小さい飛竜とはいえ、クーシー程度の魔物にとって竜は恐怖の対象で威圧感がある。
上手いことやったもんだ。

「あ~あ、焦った俺が馬鹿みてぇじゃねえか……。」

小僧と小娘にあんな余裕を見せられては、死にかけジジイの名が廃るというモノだ。
ボーンは一気に片をつけるべく、強く祈った。
光の蔦がすばしっこく動き回るクーシー達を追い詰め1か所にまとめていく。
そこに一気に浄化の魔法陣を描く。

「ギャアアァァァァッ!!」

クーシー達が一斉に苦しみ叫び出す。
地上の精霊とは違い、冥界の精霊にとって浄化はその存在を否定するものになる。
生きたまま自己の存在力を削られるのと同じだ。

「あ~!!うるせぇイヌ共だなぁッ!!」

ボーンは魔法陣にむけて伸ばしていた手をグッと握った。
このまま浄化して消してしまっても良かったのだが、狭い地下空間に響き渡る断末魔は聞くに耐えない。
魔法陣の光がクーシー達を包み込み、さらに光の蔦が下から幾本も伸びるとそれをグルグルに丸め込んだ。
そしてそのままギリギリと締め上げる。
バキバキと微かに何かが砕ける音がした。

「あ~面倒癖ぇ~っ!!」

苛々しながら振り返ると、通路の方も片付け終わったらしく、槍を片手に持つウィルに奥から飛んできたヴィオールが飛びついてキュウキュウ鳴いている。
ウィルは少し怪我を負ったようで、腕のあたりから血を流していた。
こりゃ、サークに怒られる。
絶対に後が残らないように治さなければならないなぁなんて思った。
ボーンはドカドカとそちらに近づく。

「ウィル!平気か?!」

「ええ、大したことないです。」

「良いから見せろ!後が残ったりしたらサークに何を言われんかわかんねぇからな!!」

「あはは、大丈夫ですよこの程度、絞っておけば。」

「何言ってんだ!かなり血が出てんだろうが!…しっかし、ヒデェ臭いだな?!おい?!今日の晩飯は何だって?!」

「ボルシチですよ、先生。ローストビーフとかじゃないから大丈夫です!!」

「この!生意気な!!」

何が言いたいかわかってそう返事をしたサーニャを、ボーンは軽く小突いた。
えへへとサーニャが笑う。
妙な事は起こったが、対した事でなくて良かった。
ボーンは二人が無事な事を確かめながら、ゆっくり息を吐き出した。


その時だった。


バキバキバキッと不吉な音が鳴り響く。

ハッとして振り返ると、地獄の門の結界の穴を無理やり広げて、何かが飛び出してきた。

「チィッ!!」

ボーンはすぐに自分達の周りに結界を張った。
相手が何かはわからなかったが、出てきた感じから言って悪霊の類に見えたからだ。

「先生!!」

「落ち着け、サーニャ!!ここじゃたまにある事だ!!」

結界から出てきたモノは2体。
地獄の門を挟んで対のように並ぶ。

ウィルはヴィオールと共にサーニャを挟むように構えた。
そしてその出てきたものを見つめる。

「……全員!!耳を塞げ!!」

突然、ボーンが叫んだ。
ボーンが結界を強化する中、慌てて耳を塞ぐ。


「ーーーーーーッッ!!」


次の瞬間、けたたましい金切り声が地下空間いっぱいに響きわたった。
ボーンが結界を強化して、各自自分の耳を塞いだというのに、その声はキンキンと耳の中に残った。
ポテッとヴィオールが地面に落ちる。

「ヴィオール!!」

耳を塞ぐ事ができなかったヴィオールは、ボーンの結界の中とはいえまともにその声を聞いてしまい、脳震とうを起こしてしまったのだ。
とはいえ流石は竜であり精霊。
慌てて駆け寄ったウィルが抱き上げると、すぐに目を覚ました。

「ごめん!ヴィオール!!」

「キュ~。」

「大丈夫か?!どこか痛いか?!」

そう言われて首を振る。
ヴィオールはどこか悪いというより、気絶するという失態を侵してしまった事を気に病んで落ち込んでいた。

「……バンシーか??いや……!ちげぇ!!」

ボーンが相手を見極める前に、それらは行動を開始した。
対になり何か禍々しい術を使い始める。

叫びでこちらの結界を強化させたのは陽動だ。
ボーンはすぐにわかった。
自分達の術の開始を邪魔させない為に、防御に走らせたのだ。

「……コイツら!ネクロマンシーだ!!」

不吉な呼び声の役割はそれだけではない。
黒い叫びと共に呼び起こされたのは、先程倒したクーシー達の悪霊。
それをネクロマンシーが術で吸い集めている。

そうか、とボーンは思った。

クーシーの群れを用意したのは、むしろこの為なのだ。
こうしてクーシーの群れが倒され、地獄の門の前に流血と無残な死体を積み上げる事が目的だったのだ。

「何かやりやがる気だ!!サーニャ!右のを浄化の炎で術ごと焼け!!」

「はい!!」

すかさず指示を出し、自身は左側のものに浄化攻撃を仕掛ける。
だが、パキンッと音を立て、ボーンの浄化とサーニャの炎が防がれる。

「?!」

「え?!何で?!」

ボーンとサーニャは一瞬、何が起きたのか判断できなかった。
ネクロマンシーはクーシーの悪霊を集めていて防御を取れていない。
なのに攻撃が弾かれてしまった。

「二人とも!下です!!魔術師のボギーがいます!!」

そう言われ、ボーンとサーニャはネクロマンシーの足元を見た。
小さすぎて見落としていた。
小人妖精のボギーが魔術を使ってネクロマンシーを守っている。
恐らく、ネクロマンシーが叫んでいる時にこちらに出てきたのだろう。
強い魔物でもないので、ネクロマンシーの存在と叫び声に気を取られていた全員が気づく事ができなかった。

「クソがっ!!」

忌々しげにボーンが叫んだ時、ヒュッと風が走った。
ヴィオールが旋風の様に飛んで、ネクロマンシーを守るボギーを連れ去ったのだ。

「今です!!」

「わかってんよ!!」

ボーンは今一度、浄化攻撃を繰り出す。
サーニャも1テンポ遅れたがそれに続く。

しかしネクロマンシーの術は完成したのか、禍々しい玉となり宙に浮かぶ。
ボーンとサーニャがネクロマンシーを消し去ったがその術は消えなかった。

場は異様な空気に満ちていた。
黒い2つの月のように、ネクロマンシーの術が浮かぶ。

ウィルは必死だった。
どうしてそうしたのかもわからなかった。

床を蹴り、飛んだ。

元々谷の人間は、竜に乗ったりその上で活動したり、谷の岩肌を登ったりする為に足腰が強いのだ。
だから、外の世界の人々よりもかなりの跳躍力がある。

槍に自分の血が伝っている。

それを何の気なしに意識した。
魔力のある血。
夜の宝石である自分の血。

サークの血の魔術は綺麗だったな……。

ふとそんな事を思い出す。
血をもって使う魔術を気味悪がる人も多かったが、ウィルにはそれがとても美しく見えた。

ネクロマンシーが打ち上げた禍々しい玉に向け、ウィルは槍を振りかぶった。
魔術の塊であり、死霊の塊だ。
物理攻撃が効く訳ない。
だが、何の迷いもなかった。

「ウィル!無駄だ!!」

ボーンの声がした。
だがそれがとても遠く聞こえた。

(俺の血には燃料が詰まってるんだ…だから火が付けば燃える……。)

何でそんな事を思ったのかわからない。
でも全く何の疑いもなく、ふとそう思ったのだ。

そして力一杯、槍を振り落とす。

槍が青く輝いていた。
それによって真っ二つになった禍々しい玉は、ジュッと微かな音を立てて燃えていく。

何だろう?
何でこの魔術と死霊の塊は燃えたんだろう?

よくわからない。

目に映る地獄の門のある地下空間は異様な有様だ。
それが見えているはずなのに、なんだか映像を見ているようで現実味がない。
音も聞こえない。
いや、聞こえているのだが、意味を認識できないのだ。

ウィルはぼんやりした感覚のまま、シュタッと床に着地する。
すぐさまヴィオールが飛んできて肩に止まった。
ヴィオールはウィルに顔をグイグイと擦りつける。

「ふふっ。よくやったね、ヴィオール。」

それをボギーを倒した事を褒められたいのだと思ったウィルは、笑って撫でてやる。
そうされてヴィオールはキュルクル喉を鳴らしながらウィルの顔を覗き込んでいた。

それにしてもさっきのは何だ??
ウィルは自分の槍を見る。

「……えっ?!」

見えたものに驚いて、ウィルは声を上げた。
目の錯覚だと思っていた槍は、まだ碧い炎で包まれ光っている。
素手で持っているが別に熱い訳じゃない。

「何だ?!これっ?!」

驚いて槍を持ち上げ、まじまじとよく見る。
確認すると燃えているのは槍ではない。
伝って流れる自分の血だ。
血から碧い炎が上がっているのだ。
その光が槍を包んで光らせている。

「……えっ?!」

ウィルは意味がわからず、目を瞬かせた。
何なんだこれは?!
いままでこんなものは見た事がない。


「ウィル!!しっかりしろ!!意識はあるか?!」


慌てた様子のボーンが無理やり自分を振り向かせた。
何が何なのかわからない。

「え?!」

「俺がわかるか?!」

「先生……ボーンさんです。」

「自分の事は?!」

「わかります。ウィルです。」

なぜそんな事を聞かれるのかわからず、怒ったようなボーンの顔をまじまじと見る。
そこでようやくボーンが小さくため息をついて表情を少しだけ緩めた。

「……ならいい。色々、言いてぇ事はあるんだが……今はそうも言ってられねぇ……。」

ボーンはそう言うと、乱暴に血を流しているウィルの手に触れた。
傷が治り血が止まった事で、槍が纏っていた碧い光も消えていく。

「……えっ?!」

驚いて自分の手を見た。
何がなんだかわからない。

ボーンはウィルの傷を癒やすと、すぐさま門の方に向かって行く。
ウィルの肩からはヴィオールが飛び立ち、地獄の門の結界の前で体を少し大きくして叫び始める。

「ギャアアァァァァッ!!ギャアアァァァァッ!!」

「ヴィオール?!」

どこかぼんやりしていた意識が、この声によってはっきり現実に引き戻された。
正気にかえってそちらを見れば、ネクロマンシーが広げた結界の穴を更に広げて何かが出てこようともがいている。
ウィルは慌ててその場に駆け寄った。

「何が……?!何が起きてるんですかっ?!」

「オメェが玉を1個破壊してくれたから、何とか堪えられてんだけどよぉ……もう一個は壊し損ねてな……。」

「それが結界を歪めてるんです!!」

地獄の門……そう呼ばれるそれをウィルは見つめた。

等身大の竜が余裕で通り抜けられそうな大穴。
その奥は深すぎて真っ暗闇に包まれている。
そこから何とも言えない壁が吹き、理屈なく気分が滅入ってくる。

そして何より、その目に見えているものが歪む。
屈折率がおかしくなったかのように、その見えているはずの景色が歪むのだ。

目で見ただけだとそう見える。
だが、ここにサーニャに鍛えられて掴めるようになった感覚を当てはめると、見えない清い力が巨大な魔法陣を描いている。
その模様は細かく、隙間なく書かれている文字はウィルには読み解く事ができない。

だがその美しい幾何学模様の様な魔法陣には多くの亀裂が入り、大きく破けた場所から何かが無理やり押し入ろうと押して伸ばしてきたり、更に亀裂を広げようとしたりしていた。

それは魔法陣を描くのとは真逆の力。
清い力が光であるなら、そこ知れぬ闇。

それが魔法陣を切り裂いてこちら側に出てこようとしている。
ボーンが修復と浄化を行い、サーニャが結界強化を行い、ヴィオールが威嚇する形でそれを防ごうとしていた。

「……クッソ……ッ!!まさか三段構えとは……!!」

ボーンが汗を流しながら、苦々しく呟く。
その言葉からウィルは理解した。

第一段階でクーシーの群れを作る。
第二段階でクーシーの群れの死骸をネクロマンシーが術に使う。
第三段階で術の力を借りて結界を歪め、この何かをこちら側に出そうとしているのだ。

ウィルはどうする事もできず、その何かが出てこようと暴れるのを半ば放心して見上げることしかできなかった。
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赤林檎
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

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