欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

兵戈槍攘

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シルクは水を汲むと薬を口に放り込んだ。

レッドの隠れアジトに来て数日。
行動を制限されてはいたが、シルクは特に部屋に閉じ込められたり縛られたりもせず、治療を受けているレオンハルドとともに医務室周辺にいる事を許されていた。

「どこかお悪いんですか?」

「え??」

抑制剤を飲んでいると、心配そうに兵士が声をかけてきた。
シルクはきょとんと考えてからにっこり笑う。
その笑顔にさっと兵士の顔が赤らんだ。

「心配してくれてありがとう。どこも悪くないよ。ちょっと今回、俺も消耗が激しかったから、早く回復できるように栄養剤を飲んでるだけだから。」

「そ、そうだったんですね!あまり無理なさらないで下さいね?!」

「ありがとー。」

笑顔でそう答えると、兵士はもじもじしながら去って行った。
ちらりと周囲を見れば、他の見張りの兵士たちもシルクに目を向け、心なしぽーっと高揚した表情をしている。

早めに抑制剤を飲んでいて良かった。
体は辛くはないが、どうやら周囲には影響を与えているようだと思った。
それがフェロモンのようなモノなのか、無自覚に自分の仕草に出ているのかはわからなかったが、やはり発情期の傾向があるとこういう事になるのだなと改めて思った。
そういえばレッドと関わる時はいつも薬を飲んでる頃だなぁとふと思う。

「ふふっ。あんまうろちょろしなさんな。魅惑的な踊り子さん?」

そう言われて振り向くと、医療室の出入り口に佇む女性が意味有りげに笑っていた。
シルクはそれを不思議そうに見返した。

「師父は?」

「落ち着いてるよ。近いうちに目覚めるんじゃないかな?」

「なんだ、しぶといなぁ~。」

シルクが口を尖らせてそう言うと、その女性はゲラゲラと声を上げて笑った。
彼女はレッドのアジトにいる魔法医だった。
シルクには魔法や魔術の事はよくわからないけれど、レオンハルドに施した処置からして、おそらく相当腕の良い魔法医だろうと思った。

「あ~!!おかしい~!!あんなにべそべそ泣いて「師父~師父~」って言ってたのに!!」

そう言われ、シルクはカッと赤くなる。
誰もいないと思っていたのに、見られていた事に愕然とした。

「カミーラ!!見てたのかよ!!」

「ああ。あんまりにもアンタが可愛いんで。」

シルクは赤くなりながら、ぷうっと頬を膨らませた。
それを見たカミーラ女医はまたゲラゲラと笑った。

「あ~、おかしい~!!」

「笑わないでよ!!」

「悪く思いなさんな。アンタを見てると旦那を思い出すんで、ついつい見ちまうんだよ。」

「……旦那さんを??」

カミーラ女医はシングルマザーだった。
シルクは不思議そうに首を傾げた。
それに対し彼女はニヤッと笑う。

「シルク、その「栄養剤」、足りそうかい??」

「?!」

その言葉、その表情を見て、シルクはカミーラが発情期のある人間を知っているのだと思った。
そして少し戸惑ってから言った。

「……もしかして、旦那さんって……。」

「そ、アンタと同じ体質だったよ。」

あっけらかんとカミーラ女医は言った。
その言葉にシルクは俯いた。
囲い奴隷だった旦那さんをカミーラが見るに見かねて助け出したが、連れ戻されて殺されたと聞いていた。
自分と同じ体質だったというのなら、どういう意味の奴隷かなど聞かなくてもわかる。

「そんな顔しなさんな。昔の話さ。」

カミーラ女医は気にするでもなくシルクの頭をガシガシと撫でる。
シルクは複雑な気持ちでカミーラを見つめた。

「……旦那さんて、どんな人だったの?」

「そうだねぇ~。アンタと同じで可愛かったよ。いや、アンタより可愛かったね。」

「あはは!そうなんだ?!」

「それと……。」

「それと?」

「すっごく美味しかったよ……。」

「?!」

ニヤッと笑ったカミーラに、シルクは硬直した。
その意味を本能的に感じ変な汗が出てくる。

に、肉食、肉食女子……!!

シルクは兵士たちよりも気をつけねばならぬかもしれない相手を前に、棒のように固まっていた。














ウィルは手始めにとばかりに竜葬のルーンを回し始めた。
そこから鳴る音に谷の歌を重ねる。
その音が強くなるのに合わせ、浄化の炎が槍を包んでいく。
ヴィオールが必要に応じてその力を強めてくれる。

ウィルは考えていた。
ガルムに対し攻撃として浄化が使えるのはわかっているが、今はそれよりもしたい事がある。
それを歌いながらイメージする。

『何ていうのかな?イメージするんだよ。結局、物凄く根本的なところまで巻き戻すと、魔法も魔術も「願い」を形にするものだから。』

いつだか血の魔術の話をサークに聞いた時、そう言われた。
物凄く原始的なところまで巻き戻せば、魔法も魔術も「願う事」で魔力がそれを叶える形になるのだと。

だから強く願う。
そしてそれをイメージする。

「……小癪な!どいつもこいつも、虫けらの分際で……っ!!」

ガルムが唸りながらそう言った。
ウィルはそれに対し、ちらりと目を向けただけで冷静だった。

ボーンの蔦はそろそろ限界のように見える。
術をかけ続けていればもっと持つだろうが、かのエアーデはすでに地獄の門を閉じる作業に入った。
この部屋への入り口では、サーニャが獣化して威嚇の為の慣れない戦闘を繰り広げていた。

(……まずは、場を整える。全てはそこからだ。)

ウィルはさらに多くの力を槍に貯めた。

扱っていてわかってきた。
竜葬のルーンの使い方。

使い手の魔力や術の強さももちろん関係あるのだが、より長く回す事で威力が上がる。
ただし、回転速度を落としてはならない。
早めれば早めるほど威力が上がるが、速度を落とすと貯めていたエネルギーが分参してしまう。

だから自分が速度を落とさず回し続けられる速さで、できるだけ長く回す事が重要になる。

槍のまとった浄化の青白い炎が、次第に花開く花弁のように周りに広がり始める。
その青く美しい花が開ききった時、ウィルはそれを開放した。

ぱっとその花びらが部屋の中に舞散る。

幻想的で香り立つようなその浄化魔法は地獄の門の間に広がり、全体を輝かせた。
空気の匂いが変わり、部屋全体が明るくなった気がした。

「……けっ!力に目覚めたばかりだってのに……アイツはバケモンか?!」

ボーンはちらりと後ろを振り返り苦笑った。
まさかこの冥界に通じる道のある、地獄の門の間全体を浄化できるとは思わなかった。
さすがは夜の宝石、しかも幻の最上位ラピスの瞳を持っているだけあって、桁違いの浄化能力だった。

「だが、都合がいい。これで封印もやりやすくなったってもんだ。」

ボーンは破れかけた地獄の門の封印と再度向き合った。
破損と陰の気に押され、地竜の力が届きにくくなっていた。
この好機を逃さずボーンはその繋がりを結び直す。
その力がボーンの施した五芒星の仮封印に流れ込んだ。
リンとその輝きが封を強める。
それを元にボーンは、少しずつ本封印を編み込んでいく。

突然、陰の気に溢れていた部屋がクリーンになり、サーニャも思わず辺りを見回した。
陰の気に呼ばれて中に入ってこようとしていた魔物たちも、浄化にあてられて二の足を踏んでいる。

「……お前……夜の宝石か……?!」

「そうですよ。」

「……やはり!……クソッ!!忌々しい!!」

「それはこっちの台詞です。うちの可愛い可愛いヴィオールを傷物にして……。その責任は取ってもらいますよ……。」

ガルムはボーンの蔦の束縛を振り払い、ウィルを睨み下ろす。
突然、部屋全体から陰の気が薄まり、ガルムは苦々しく鼻っ面にシワを寄せた。
苛つきながら言われた言葉に、ウィルも負けじと怒気を込めて静かに答える。

その静かな怒りにガルムは落ち着かない思いがした。

夜の宝石とはいえ、ちっぽけな人間に過ぎない。
だというのに、何故こんなにもどこかにざわめきを覚えるのだろう?

「クソッ!!人間ごときが……!!」

「体が大きければいいってものでもないですよ!!」

妙な焦りにガルムは囚われていた。
苛立ちに任せ、ウィルに攻撃を仕掛ける。
ウィルはその人離れした跳躍力を用いてその攻撃を避ける。
激しいガルムの攻撃を耐えながら、その体を伝ってさらに上に飛び跳ねた。

谷の者は皆、竜に乗る。

そして竜と共に大物の狩りを行う。
自衛団として皆、馬ではなく竜に乗り、戦う訓練をする。

そう、つまり。
俗に言う竜騎士だ。

別に谷の者たちは自分達を竜騎士だと思っていたり、誇りを持って名乗っていたりする訳ではない。
谷では馬は使い道が限られているし、竜の方が便利で身近なのだ。
だから自然と竜に乗るし、竜と共に狩りをし、戦うと言うだけだ。

それが谷の普通なのだ。
特別な事をしている意識はない。

そして大きいものに慣れている。
そういったものと戦う事にも慣れているのだ。

ガルムの頭上高く飛んだウィルは、特に怖いとか、どうしたら良いかなど考えた訳でもなく、自然と体が動いていた。
そしてそのまま、落下速度を利用して槍を深々と獲物に突き立てる。

「グガアァァァッ!!」

ウィルの槍が深々とガルムの身に突き刺さる。
ガルムは自分の防御力を過信していた。
そう簡単に自分の身を傷つけられる訳がないと思っていた。
しかしウィルの持つ槍は竜葬のルーン。
竜殺しに使われる槍だ。
ガルムの防御力を打ち破ってその身を切り裂いた。
しかもその槍は今、ウィルの浄化の炎を宿しているのだ。

予想だにしないダメージに、ガルムはウィルとの距離をとって睨みつけた。
身軽に地に降り立ったウィルは、それを静かに見返す。

「……何だ?!その槍は?!」

「竜葬のルーン。かつて火の精霊王から授かったと言われる竜殺しの槍ですよ。」

「火の王だと?!」

ガルムは混乱した。
地上には四人の精霊の王がいるが、水の王は半身である海の王が人間に捕まってから行方知れずとなり、風の王と地の王は異空間に身を隠し、そして火の王はその力ゆえ元々眠りについている筈なのだ。
だからこそ地上の精霊の力が弱まり、かつて厳重に封じられたこの門も開きやすくなっている筈だった。

だと言うのに……。

いざ破って出てみれば、陰の気を浄化できる夜の宝石が待ち構え、地上ではもう滅んだ筈の竜が何故か存在し、門を封じられる程の魔法師がいる。
しかも眠っているはずの火の王の技で作られた武器があり、世界には海の王の匂いが混ざっている。
ある程度の抵抗はあるだろうと思っていたが、あまりにも想定外の事が多すぎる。
ガルムは牙を剥きながら、低く唸った。

何より気になる事がある。

何かがいる。
地上に予想していなかった何かがいる。

何かはわからない。
だがそれは王に知らせなければならない物だとガルムは思った。

バッと地獄の門を振り返る。
しかし夜の宝石が場を浄めた好機を利用して、ちっぽけな魔法師が強い封印を施し始めていた。

マズイ。
これでは帰るに帰れなくなる。

2度も自分に深手を与えた夜の宝石を一睨みし、ガルムは踵を返した。
いくら優れた魔法師だとしても、封印に集中している今なら簡単に倒せるだろう。
先程も長く気を失っていたようだし、火の王の武器を持つ夜の宝石を相手にするより容易い道だ。
この場にとどまり、邪魔なものを一つ一つ潰して地上への道を確保する事も重要だが、今は何より、この地上の状況を王に知らせるべきだとガルムは判断した。

ウィルはガルムが戦う道ではなく、地獄の門に向かった事に少なからず驚いた。

何か難しい顔をしていた。
それが気になった。

竜葬のルーンを知って勝てないと思ったと言う事は考えにくい。
これまでの事を考えても、ガルムはどちらかと言えば好戦的な魔物だった。
そして自分の力に絶大な自信があった。
そんなガルムが後退するというのは考えにくい。
尻尾を巻いて逃げるくらいなら戦って潔く死を選ぶ様な印象があるからだ。

なら何故、ガルムは冥界に戻る事を選んだ?

ウィルは瞬時に竜葬のルーンを回し歌い出した。
走っても体格差と素速さの差で追いつく事は絶対に不可能。
そして許す限りの時間、槍を回し浄化の力を溜め込むと、ガルムに向けてそれを飛ばす。
先ほどの様に攻撃するイメージではなく、全体を捉えて逃さないようなイメージを作った。

「グアァァァッ!!」

飛ばした力は網のように広がり、ガルムを捕らえる。
青い浄化の炎の網はボーンの魔法より弱かったが、ジリジリとガルムの身に焼き付いていく。
その身を包み、ギリギリと絞り込んでいく。

「ああぁぁっ!!忌々しい!!忌々しい!!」

そんな叫びと共にガルムはウィルの力を打ち破る。
しかしウィルは浄化の網がガルムを捉えている間に走り込み、助走をつけて高く飛び上がった。
吼えながらガルムはウィルを迎え撃つ。
ガルムの爪と牙が何度もウィルの体を掠めた。
しかしタイミングよく強まる浄化の炎に阻まれ、決定打を与える事ができずにいる。
ウィルは攻防を繰り広げながら天高く飛んだ。
そしてありったけの力と浄化の力を込め、その額に槍を振り下ろす。


「いい加減!!おとなしく座ってろぉっ!!」


深々と突き刺さる竜葬のルーン。
そこからあふれる様に流れ出す浄化の炎。

その炎がガルムの身を外側から内側までも包み込み、焼きつけた。

瞬間的にガルムの目から光が消え、白目を向いてバタンと倒れる。
倒せた訳ではないが、一時的に戦闘不能状態にする事に成功した。

倒れたガルムから、ウィルが槍を抜き取る。
そしてふぅ、とばかりに一息つく。

それを自分の持ち回りの作業をしながら横目で見ていたボーンとサーニャは言葉を失くしていた。
確かにウィルが夜の宝石の力に目覚めた事でなんとかなりそうだと思ってはいたが、まさか時間稼ぎをするどころかガルムを一時的に戦闘不能状態にするとは思っていなかった。

口を半開きにして固まるボーンに、ウィルはにっこりと微笑む。


「……先生、お約束通りおとなしくさせました。ただ残念ながら、おすわりじゃないですけどね。」


そんなウィルを見て、ボーンは思わず、サークが今後どうなるのだろうといらぬ心配をせずにはいられなかった。
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