欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

竜の瞳の真実

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ボーンとサーニャはほとほと困り果てていた。


「……ウッ!……き、キサマ……ッ!!」

「おすわり。」

「ウガァァァッ!!」


地獄の門の間に響く、聞くに耐えない雄叫び。

ウィルがガルムが目を覚ます度に槍を突き刺し、その巨体に浄化の力を流し込んでいる。
それがもう何度も何度も繰り返されているのだ。

その阿鼻叫喚に、地獄の門の間に入ってこようとしていた魔物達は怖気づき、次第にどこへともなく消えていった。
慣れない直接戦闘に疲れたサーニャは獣化を解き、一息つきながらその様子をオロオロと見守る。
ガルムは恐ろしい魔獣ではあるが、半獣人のサーニャはガルムが気の毒で仕方なかった。
ウィルが低い声で「おすわり」と言う度にビクッとして、思わず自分も座りそうになる。

ボーンは努めて冷静に作業を進めていた。

平常心、平常心。
今はそれどころではない。

ガルムほどの魔物が簡単に出てこれる様な巨大な冥界への通路が開いているのだ。
今はこれをどうにかする事が先決だ。
少しの綻びも許される事はない。
完璧な封印を確実に行わなければならない。

後ろで仲間が死にかけている訳でも世界が滅びかけている訳でもない。
そういった切羽詰まった危機的状況に比べれば、ガルムの叫びなど気にするほどの事ではない。

気にするほどの事ではない……。


「グギャアァァァッ!!」

「……って!!うるせぇ!!気になるわ!!」


元々短気で怒りっぽいボーンがこの状況で黙っていられるはずもなく、イライラしながら後ろを怒鳴りつけた。
それに対し平然とウィルはガルムの頭を槍で殴りつける。

「何をする!!」

「先生が作業に集中できません。静かにしなさい。」

「ハッ!!門が……!!やめろ!薄汚いドワーフがっ!!」

「……おすわり。」

「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」

「だから、静かにしなさい。」

そして悶苦しむガルムをまた殴る。
その様子に遠巻きに見ているボーンとサーニャは、もう何も言うまいと思った。

普段おとなしい人は怒らせてはいけないとは言うが、ウィルの場合は何か次元が違う。
これまで全く気づかなかったが、ウィルの頭のネジは間違いなく吹っ飛んでいる。
いや、もしかしたら「竜の谷の民」にとっては普通なのかもしれないが、ここではその常識はちょっと浮いているとしか言いようがない。

今日の今日まで、ウィルには普通の思慮深い穏やかな青年と言う印象を持っていたが、この戦いによってそれは大きく軌道修正される事になった。

「……おすわり。」

「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」

情け容赦ない。
特に酷い事をしていると言う認識すらウィルにはないように見える。
ボーンが門を封じてしまう前にどうにか戻ろうと必死の抵抗を見せたガルムに、ウィルは真顔で一切妥協なく渾身の攻撃を仕掛けて黙らせた。
その様子にサーニャはペタンと耳を伏せ軽く半泣きだ。

そして地獄の門の封印が完成する頃には、ガルムは殆どの力を使い果たし、すっかりおとなしくなっていた。

「……お父さ~ん!!」

「あ~……。まぁ、何だ……。オメェが言われてんじゃねぇから、落ち着け。サーニャ……。」

ボーンの作業が終わると、やっと持ち場を離れることが許されたとばかりにサーニャはボーンに飛びついた。
そしてガクブルしながら目を潤ませ、小さな子どものようにひしっとその背中にしがみつく。
サーニャの獣としての性質が、本能的にウィルを畏怖しているのだ。

まぁ、獣の本能がなくても今のウィルは、ちと怖えぇがな……とボーンは思う。

しかし当の本人はそんなサーニャを不思議そうに見ている。
そしてにっこりと笑った。

「大丈夫です。サーニャさん。ちゃんと躾けましたので。」

「……違げぇよ。オメェが怖えぇんだっつの。」

「え??」

全くわからないという顔で首を傾げるウィル。
ボーンは頭が痛かった。
どうやら大きな思い違いをしていた事に、その時ようやく気がついた。

「まさかなぁ……まさか……そういう事だとは……。」

「どうしたんです?先生??」

「いや……まぁ……。おいおい話すわ……。まずはコイツをどうすっか考えねぇとなぁ……。」

大きくため息をつき、ボーンはウィルの横で半ば気絶しているガルムを……いや、ガルムだったその魔獣を見ていた。

「……なんか……ちょっと小さくなってませんか?先生……??」

「だな。」

「色も……こんなに白っぽかったでしたっけ??」

「いや?もっと黒ずんだ小汚ねぇ色してたな……。」

「それに……。」

「ああ……まぁ……そういう事だ……。」

引っ付いてるサーニャの言葉にボーンは答える。
ガルムだったその魔獣はウィルに浄化されすぎてしまい、すでにガルムではなくなっていた。
普通の陰の魔物ならここまで浄化されれば消えてしまうが、ガルムはそれすら耐えられる強い存在だった為、陰の気を大幅に失うだけで存在が残ってしまったのだ。
かと言ってそれを何と呼べばいいのかは、皆目検討もつかない。

「……とはいえ、門は閉じちまったし……冥界に戻す事は無理だな……。かと言って危険のないモノでもねぇ……。」

ボーンはゆっくりとそれに近づき観察した。
そんなボーンに、力なく横たわったその魔獣が牙を見せて低く唸る。

「……近寄るな……ドワーフごときが……っ!」

「先生に失礼な事を言うんじゃありません。」

「キャンッ!!」

そしてまたウィルに殴られる。
サーニャがビクッと身を縮こませた。

はぁ……とボーンはため息をつく。
こりゃまた面倒が増えやがったと頭が痛かった。

「こうなった以上、コイツは殺すしかねぇな……。」

「え……?」

「お前が浄化したとはいえ、ガルムだったもんだ。暴れだしたら俺達の手に負える魔獣じゃねぇ……。この世界で暮らすにゃ体も大きすぎる。どこぞのダンジョンの主ならいいが、精霊の活動が弱まってる今、コイツを置いておけるダンジョンってのもないだろうしな。まぁ、ダンジョンの主だったとしても存在が危険すぎる。討伐しちまうにこしたこたねぇ。」

「ですが!!」

「言いたい事はわかる。現に今、オメェはコイツを押さえ込んでる。だがよ?オメェ、これを生かしてどうする?家で飼うのか??ガルムだった魔物を??街の中で??そりゃ無茶な話だ。どこかのダンジョンなりに置いておくとしたって、四六時中、常にオメェの監視下に置いていられるか?一日中、一年中、コイツの寿命が尽きるまで、一分一秒足りとも気を抜かずにコイツを監視していられるか?オメェにだって眠る時間はある。ふと気が抜ける瞬間がある。誰にも邪魔されず、共に時間を過ごしたい相手だっているだろうが?」

「それは……。」

「何らかの被害が出てからじゃ遅えんだよ。だからここで殺すしかねぇ。それが俺達にとって一番自然な対応だ。コイツにとってもその方がいい。違うか?」

ボーンはそう言うと、ちらりとガルムだったそれを見た。
浅い呼吸の中、その言葉の答えが交じる。

「……殺せ。このまま生き恥を晒すのは御免だ……。」

すでに覚悟はできているとばかりにそれは言った。
ボーンは無言でそれに答え、サーニャは黙ってボーンの服の裾を強く握る。

「でも……!!」

しかしウィルだけが悲痛な面持ちで反論した。

殺したくて浄化した訳じゃない。
ボーンの言う事は理解できる。
獣には独自の生き様とそのルールがある。
人間がそれを歪めてはならない。

わかっている。
谷の掟でもそうなっていた。

だからどれだけ生活の上で竜との距離が近くとも、決して町で竜を飼う事はなかった。
人は人、竜は竜で離れて暮らしていた。

互いの生物としての尊厳を汚さない為に。

だからボーンの言う事はよくわかっていた。
そして何より、ガルムの想いもウィルにはよくわかった。

戦った相手だ。
その誇りを穢してはならない。

わかってる。
わかっているのだ……。

しかし高ぶった感情が抑えられなかった。
ウィルはバッとガルムだったそれを振り返ると、ガシっとその頭部に抱きついた。

ガルムだったそれは、今ならウィルを噛み殺せると思った。
どのみち殺されるなら、せめて一矢報いてやりたいと言う思いがあった。

「……いい子。」

「!!」

ウィルがそう言ってガルムだったそれの顔を撫でた。
驚いて目だけを動かして、ウィルを見つめる。
柔らかく、温かく、それは微笑んで顔をなでてくれる。

「……いい子。俺にはわからないけれど……その役目の為に、精一杯、お前は戦った……。」

「………………。」

「冥界から結界を破ってこちらに来るなんて……大変だったよな……。それに消耗していたのに……よく頑張ったな……。」

「………………。」

「だから……お前の尊厳を守る為に……殺すしかないんだよな……。」

ウィルはそこまで言うと、後は黙ってその顔を抱きしめた。
顔を埋めた毛は、浄化したせいかふわふわして心地よかった。

ガルムだったそれは不思議な感覚に囚われていた。

今まで感じた事のない感覚に戸惑う。
さっきまで自分を痛めつけていた相手だというのに、妙な愛着を覚えた。

「……いい子。」

そう言って撫でられると酷くこそばゆい。
だが嫌悪感はなかった。

「……気にするな。状況がどうであれ、勝負は勝負。お前が我より強かったと言うだけだ……。負ければ死あるのみ。至極当然の事だ……。」

どこか穏やかな気持ちでガルムだったそれは言葉を発した。
死を目の前に、悟りでも開けたのかと少しおかしかった。

ボーンは黙ってその様子を見ていた。
サーニャもそんな様子を見て、何か言いたげにボーンを見つめる。

ガルムは……ガルムだったそれは、変わり始めている。
ウィルの呼びかけに応えているのだ。
意識的なのか無意識的なのかはどうでもいい。

重要なのは、ウィルにそれが応え始めていることだ。

「……やっぱしそういう事かよ……。」

ボーンが大げさにため息をついた。
それを不思議そうにウィルが顔を上げて見つめた。
サーニャもどういう事なのかわからずボーンを見つめる。

「そういう事って、何ですか?先生??」

「あ~、あれだ。サーニャ、お前、ウィルがコイツにおすわりって言ってた時、どうだったよ??」

「ええと……その……。ちょっと座りそうになりました……。」

「だろうな。」

「……どういう事ですか?先生??」

ボーンはそれには答えず、つかつかとガルムだった魔獣に近づいた。
苦々しく自分を睨むその魔獣の顔を覗き込む。

「オメェさんはどうよ?コイツに何か言われるたびに、妙な感覚になったんじゃないか??」

「………………。」

「始めっからちょっと妙だと思ってたんだよ……。コイツはガルムに間違いねぇってのに、ウィルに対して行動が若干おかしかった。オメェさん、コイツの声に……コイツの言葉に……その指示に影響されてたよな??」

「?!」

「……どういう事です?」

ウィルもサーニャもよくわからない。
ボーンは先ほどの戦いの最中、ウィルの言葉にガルムが影響されていたと言う。
ガルムだった魔物の方は多少の思い当たる節があるのか、ざわついた心情で黙り込む。
この状況を理解しているらしいボーンは心底面倒臭そうにため息をついた。


「……俺らは勘違いしてたんだよ。『夜の宝石』の事をよ……。」


唐突にボーンはそう言った。
他の者はよくわからずぽかんとする。

「え??」

「『夜の宝石』の事を勘違いしていた?ですか?」

「ああ……。魔法の根源だとか、浄化に特化した力だとか、そう言う一面にばかり意識が行っていて、てっきり聖女か何かのように思ってたんだけどよ……。」

そこまで言うと、ボーンはわしわしと頭を掻いた。
そして自分の考えを吐き出した。


「『夜の宝石』ってのは聖女の類じゃねぇな。どちらかと言うと魔獣使いの一種だ。少なくとも、浄化能力と共にその素質がある事が『夜の宝石』の条件に含まれてる。」


ウィルも、サーニャも、そしてガルムだった魔獣すら思わず言葉を失った。
ボーンの言った事の意味が瞬時には理解できなかったのだ。

「……え?ええ?!魔獣使い?!」

「魔物使いって……テイマーの事ですよね……?ウィルさん、テイマーなんですか??」

「広い意味ではな。ただ現存する冒険者や探求者達のそれとは存在意義が違げぇ。使役する意味つうか……規模っつうか……規格外っつうか……。魔物使いって表現が正しいのかすらよくわかんねぇけどよ……。」

「どういう事ですか?!先生?!」

「だからよぉ……。何て言えば良いんだ?!こんちくしょう?!」

ボーンはほとほと困ったように頭を掻きむしった。
どうやら自分の中でそれはきちんとした形になってはいるが、言葉にして相手に説明するのが難しいらしい。
ウィルとサーニャは顔を見合わせる。

「……それって、ウィルさんに『夜の宝石』の力とテイマーの才能があるって事ですか??」

どういう事なのか解かりかね、サーニャが尋ねる。
ボーンは頭を抱えながら首を降った。

「違げぇ。コイツはババアに会ってる。もしもガルムレベルの魔物を使役できるテイマーの才能があったなら、その場で言われたはずだ。だがそうは言われてねぇよな?!」

「はい……そう言う事は言われてません……。」

「まぁババアなら何らかの理由でそれを伏せた可能性もなくはないが、多分違げぇ……。『夜の宝石』の能力の一つだと俺は思う。浄化能力と魔獣使いの能力、どっちもあっての『夜の宝石』なんだと思う。いや、他にもあんのかもしれねぇけど……。」

ボーンはウンウン唸りながら必死に言葉を紡いでいく。
それをウィルとサーニャはぽかんとして聞いていた。

「そもそもなんで『夜の宝石』が竜の谷には普通に残っていたかだ。その必要があったからなんだろうよ。この力は消火器みたいなもんだ。使わずに済むなら使わずにおいた方がいいが、もしもに備えて存在させておく力だ。」

「普段通りに日常が繰り返されるなら必要のない力ですが、有事の際を見越して念の為にそれを抑える力が存在しているって事ですよね?」

ボーンの説明にサーニャが答えた。
それを聞いてウィルも答える。

「……つまり、竜がいたから念の為、谷には『夜の宝石』が生まれ続けていたと言う事ですか?」

「おそらくな。精霊の王から生み出された事を起源とする竜は生物としても最強クラスだが、精霊としても最強クラスだ。その血の呪いは簡単に国を滅ぼす。だから消火器を常に置いてあったんだろうよ。」

ボーンは難しい顔で頷く。
ウィルはその言葉を理解し納得した。
「夜の宝石」を消火器と言うボーンの表現は微妙ではあるが、とてもわかりやすかった。

「でもテイマーと言うのは何でですか??」

しかし最初の疑問が解消されていない。
不思議そうに声を上げたサーニャに、ボーンはいつもの乱暴な調子で答える。

「馬鹿かオメェ?!竜だぞ?!浄化能力があったからって、呪いになったそれを一人でどうにかできると思うのかよ?!」

ウィルはサークから聞いたヴィオールの呪いを思い出し、胸を押さえた。
中のヴィオールが申し訳なさそうにしているが、同時にその時の事を思い出したのか、凄まじい嵐のようなものを胸の中に感じた。

その表現できない荒れ狂う闇。

ずっと不思議だったのだ。
呪いとなった竜を「夜の宝石」が癒やして夜に還すと言うが、それがどうやって行われるものなのか。

涙としてそれを出せると知っても、荒れ狂う呪いをどうやって癒やすというのか?
あの時サークを癒やしたが、それはサークが動かなかったからできた事だ。
呪いとなり全てを憎み暴れている竜を、どうやって癒やすのかわからなかった。


「だから魔獣使いの要素が必要になんだよ。」

「……あ。」


そう言われ、はっとした。

確かに言葉によってその行動を縛れるなら可能な事だ。
多少の戦闘のノウハウはなければ厳しいだろうが、一人、竜の血の呪いに相対してそれを浄化するのなら、呪いへの抵抗力・相手を制御する力・浄化能力が必要になる。

呪いへの抵抗力と浄化能力は確かに聖女のそれに近い。
だが一番重要な、我を忘れ制御の効かなくなったモノを抑え込む力がなければ、『夜の宝石』としての役割を果たさない。

「……魔獣使いって表現が正しいのかはわからねぇ。だが、『夜の宝石』は相対する浄化相手を制する力を有してる。その言葉で相手に影響を与える力。それを表現すんなら、魔獣使いってのが一番近いと思う。」

だから半獣人のサーニャも、自分が言われた訳ではないのにウィルの言葉に影響を受けそうになったのだろうとボーンは言う。
そう言われちょっと困ったように笑うサーニャ。
ウィルは申し訳なさそうにしながらも、まだ半信半疑だった。
それを見てとりボーンは続ける。

「見ただろうが……。ガルムはウィルの言葉に時より影響を受けていた。そこにできた隙に成す術なく浄化ブチかまされたじゃねぇか?!ガルムは冥界から出てきた陰の魔物で、こっちの世界のルールに縛られる言われもなければそれに屈する存在でもねぇ。なのにウィルの言葉に影響を受けた。そういう意味では普通のテイマーとは少し違う。だが、ウィルはウィルで力に目覚めたばかりで、自分の力の事なんか何もわかっちゃいなかった。それでもガルムを無意識に言葉で操ってた。そしてそれが勝敗を決めた。」

ボーンの話の辻褄は合っている。
そうでなければ、ボーンとサーニャ、二人がかりでも手を焼くほどの魔物であるガルムをウィルが一人で押さえ込むことなどできない。


「そっから考えて、『夜の宝石』は桁外れの浄化能力者であると同時に、規格外の『魔獣使い』の要素があるんじゃねぇかと俺は思う。」


ウィルは自分の力の形を知り、思わずその手を見つめた。
手を見たところで何がわかる訳ではないが、形にならなかった自分の力の尻尾を掴んだ気がした。

だがよくわからない。
浄化能力もさることながら、無自覚に使っていたらしい魔獣使いの力というものもよくわからない。

「……本当に、言葉で相手に影響を与えられるものなのでしょうか?よくわからないです……。」

「わからないって、おい。事実、お前の言葉にガルムは影響を受けてたじゃねぇか?!」

「ですが……。」

「おとぎ話でもそうだろうが?!名高い騎士でも、軍隊でも敵わなかったってのに、たった一人の「竜の瞳の乙女」がそれを制したんだよ。」

そう言われ、ウィルはぱちくりと目を瞬かせる。

そうだ……。
「竜の瞳の乙女」は騎士でも軍隊でも敵わなかったのに、たった一人でそれを成している。

いやでも……??

あの話は「夜の宝石」を表しているとされる。
一人の女性の深い愛情と慈しみによって、悪竜の陰の気を癒やし、救ったという話ではなかっただろうか??

「え??……なら……「竜の瞳の乙女」が……悪竜を抑え込んだのは……。」

思わずウィルは呟いた。
ボーンの話とおとぎ話が噛み合わない。

漠然とした不安が胸に吹き荒れる。


「愛でも慈しみでもねぇ。実力行使だろ。」


あっけらかんとボーンは答える。
その言葉にウィルはトドメを刺された。

「……………………。」

なんとなくそう言われる気がしていた。
何より、慈愛で竜の血の呪いを癒やしたと言われるより、浄化能力と魔獣使いの力で実力行使したと言われた方が納得できた。
ストンと自分の胸に落ち着いてしまったのだ。

ウィルは手で顔を覆い、ガルムの毛の中に突っ伏した。

自分が「夜の宝石」だと、回復能力者の起源だと、「竜の瞳の乙女」と同じものだと言われてから、どこかで自分を聖女のような存在なのだと無意識に思っていた。
だがいざ力に目覚めて見れば、自分の力の蓋を開けて中をよく見てみれば、それは慈愛に満ちたたおやかな存在とは程遠いものだった。

「……ウィ、ウィルさん……!しっかり!!」

「いや、少し放っといてやれや、サーニャ……。俺がウィルの立場でも立ち直るのには時間がいる様な気がするからな……。」

動かなくなったウィルにサーニャがあわあわしながら声をかける。
それを放っといてやれとボーンが言う。


「……どうでもいいが、我を忘れていないか?」


力が出なくて動けない事もあるが、このよくわからない茶番にガルムだったそれはぐったりとため息をついたのだった。
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