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第九章「海神編」
一つの終わり一つの始まり
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「もう!本当に何なのだ?!」
「す……すみません……。」
「主らときたら戦いに美しさがない!!」
「ごめんなさい……。」
「森のも雷のも!本当に粗暴で嫌!!」
「……?すみません??」
森のってのはおそらく俺の事なんだけど、雷のってのは何だろう??
ウニの事ではないよな??
あの後、ウニ直伝の人間ロケットを食らった海神はすぐに起き上がってブーブー文句を言い出した。
それでも一応、自分が一瞬でも意識を飛ばして倒れ込んだ事から力比べの決着としてくれたようだ。
俺はウニを抱えながら、ぷんすか怒る海神をなだめている。
「あんな品のない攻撃するなど!!」
「申し訳ないです……。」
「本当、ガサツ!!だから反対だったのだ!!」
「……反対?」
「そう!本来なら我がその役目を成すはずだった!!」
「役目……ですか??」
「雷のは乱暴者で身勝手!その上、森のは何なのだ?!この粗悪で気品の欠片もないちんちくりんは?!」
「……は、はははは……。」
「ドーンて何だ?!何なのだ?!その低俗で粗暴な攻撃は?!あ~!!頭にくる!!」
よくわからないがだいぶディスられてる……。
だいたい、森って何なんだ??
一度死んでから精霊の類に言われるようになってだいぶたったし、自分が半分精霊らしいってわかったからソレ関連での事だとなんとなく納得してきたけど。
そして今日、新たにわかったのは「雷」というのもあるらしい。
俺の事を「森の何たら」と呼ぶのだから、多分それの事は「雷の何たら」と呼ぶのだろう。
何なのだろう?精霊の類だろうか??
俺の事は粗悪で品祖でちんちくりんと言うのだから、雷の方は少なくとも見た目はまともなのだろう。
乱暴者で身勝手らしいけど。
ただこうして言われるまま文句を聞いているだけだが、海神は他の精霊王に比べて口が軽い。
地の王とは接触はあったと思うけど、俺的には姿も見ていなければ記憶にすらない。
水神様は本当あちらの世界の中で生きている印象で、こっち(人間)側の事は考慮していないというか、そんな考えすらないと言った感じだった。
今の所、風様が一番俺は好きだ。
あちらの世界のルールや流れの中にありながら、こちらの世界の物事をきちんと見て考慮してくれる。
何より風様は人が好きなのだと思う。
竜の子も人の子も、我が子のように愛しんでくれる。
「大きなお母さん」の通称は伊達ではない。
でもって海神、つまり海様なのだが……。
何と言うのだろう……とても女性的と言うと言葉が悪いが……多分、お喋りが好きな方なのだと思う。
それになんだかんだでフレンドリーな気がする。
何となく、精霊王の中でこの方が人に囚えられた訳がわかった気がした。
「……よく喋り散らかす王様だな……。」
初めはビビり散らかしていたウニも、俺の腕の中でボソッと呟いた。
俺は窘めるように軽くバシッと頭を叩く。
俺だってこの肉体がない精神世界の中、色々なものの加護や縛りがあって、やっと目の前に存在していられるってのに、ウニみたいなちっこい精霊なんて鼻息で抹消されるからな?!
「……失礼致します。全ての御霊の母の一人である、大いなる海の王。」
いつの間にか義父さんが側に来て海神にそう声をかけた。
立ち姿勢だが深く頭を下げ、礼儀と畏怖を示している。
そんな義父さんからぴょんっとピアが飛び出してきて、俺に……ではなくウニに抱きついた。
相変わらずガタガタ震えてぴいぴい泣いている。
今回の事でピアのトラウマはほとんど消費したと思うのだが、その性格は変わらないようだ。
「あぁ、神仕えかえ。」
「はい。まずは先程のご無礼、心よりお詫び申し上げます。」
「……そう言えばそうであったな?」
「はい。本来なら神の勝負事に横槍を入れる事は万死に値する行為です。しかしながらあのままですと空間が壊れ、海神様も我々も何処ともわからぬ精神世界の片隅に落ちてしまう可能性があった為、恐れながら手出しを致しました。どうぞお許し下さい。」
義父さんにそう言われ、海神は少し考えるように無言だった。
そして周辺を見渡す。
「……人の中以外の場所に出たのはいつぶりやのう……。」
その言葉にハッとする。
人間は気が遠くなるほど長い間、海神を閉じ込めてきた。
南の国の者が囚え、そして中央王国の王族の中に。
だが海神からしてみれば南も中央もない。
人に捕まって長年閉じ込められていたと言うことに過ぎない。
それが何代も前の人間だろうが精霊には関係ないのだ。
「申し訳ございません!!」
それが即座に理解できたので、義父さんと同じ様に礼儀を尽くした。
やっと問題が一つ解決したからと言って、海神に対して人間が行った非礼については何も片が付いていないのだ。
「……何故、森の者が詫びる?」
「私は……私は人の子です。」
「主が……??」
海神はそう言うと、ぬぬっと顔を俺に近づけてきた。
いつぞや水神様にもやられて肝を冷やした事を思い出す。
息ができない。
精神世界だから元々息などしていないのだが、そう言った感覚に捕らわれる。
ウニとピアが弾かれたように俺の腕から飛び出した。
横にいた義父さんさえ、当てられたように膝をつく。
「……なるほど。そう言う事かぇ……。道理で……。」
そしてあの日の水神様と同じ様に何かに納得した。
その顔が離れていく。
俺を含め、義父さんもウニもピアもほっと緊張から開放された。
「……あの、海神様……。」
俺はいい機会だから聞いてみようと思った。
俺の事を。
俺は何故「森の何たら」と呼ばれるのか?
それはどういう意味なのか?
他の精霊王は皆、口が硬かったが、海様ならポロっと話してくれるのではないかと思ったのだ。
「気にするな。我は怒っておらぬ。人を許す。そして神仕えも許す。」
しかし何か察したのか、海神は俺の言葉を遮り、ピシャリと言った。
こうなってしまえはもう聞きようがない。
俺は黙っているしかなかった。
「寛大な御措置に感謝いたします。」
「うむ。」
今のは故意に流されたのだろうか?
よくわからない。
しかし場がうまくまとまりそうなのに、それをかき乱す様な真似はできなかった。
「して?そちは何用だったかぇ?」
「はい。私どもは、海神様を元々いらしたの場所に、海にお還し致したいと考えております。」
「……そうか。そうだな。我もこの生活には飽いた。我が子も降格され、今やほぼ残ってはおらぬ……。海……海か……我が海か……。」
懐かしそうに目を細めた海神からは、どこか海の匂いがした。
ヒレがわさわさと広がり、鈴の音のような微かな音を立てる。
それは風様の虹色の鱗のように澄んでいて、美しい輝きを揺らした。
「あぁ……懐かしい……。」
海神はそう言うと、全身の鱗とヒレを震わせた。
それまで海神にこびりついていた俗世の色が剥がれ落ちていく。
その姿は美しく神々しく輝く。
「……うわ……凄え……。」
ウニの呟きに振り返ると、立ち上がった義父さんの着物の袖口からひょこっと顔を出していた。
そして反対側の袖口からはピアが顔を出している。
「ブフッ!!」
どうやらさっき海神が寄ってきて弾かれた時に義父さんにひっついたようだが、お前らどこから顔出してんだよ?!
何なの?!笑ってはいけないこの状況で、ナチュラルに笑わせにかかってくるのやめてくれよ?!
俺は大笑いしそうになるのを必死に堪えた。
義父さんが横で海神を浄め称える祝詞を読み始める。
それに伴い海神の姿も次第に神格を取り戻す。
人の中に住み続けた事で俗世の汚れがつき、少々荒神化していた海神が本来の姿に戻ってゆく。
「綺麗~。」
ぽややんとピアが呟く。
確かにな。
だが真面目に祝詞を唱える義父さんの袖口から「こんにちわ」と顔だけ出して呟かんでくれ……マジで笑いそうになるから……。
そんな中で海神の浄めが終わった。
その姿は蒼く澄んだ水のようであり、キラキラと輝く泡のようでもあった。
「これにて偉大なる御神の一柱で在らせられる海神様のお清めの儀、終わらせて頂きます。」
「うむ。礼をゆう神仕え。錆付いていた体が嘘のように軽くなった。」
「いえ、私は言葉と音により海神様のお力の流れを整えたに過ぎません。この浄めは全て海神様自ら浄化された事でございます。」
いつもと変わらず穏やかに笑って義父さんは飄々と言った。
世界の一角である海神を浄めるなんて、何百人魔術師や魔法師が集まったって難しい。
それをスラリと一人で神仕えはやってしまう。
しかも魔力の様なものはほとんど使っていないのだ。
それがどういう事なのか、魔術師の俺にはよくわかっていなかった。
だが今回、間近で義父さんの技を見てやっと理解した。
神仕えの技は、大雑把に言えば干渉力だ。
魔術や魔法は相手の力に対し、違う力(自分の魔力)をぶつけてそれを行う。
だが神仕えは自分自身には力がない。
その代わり周囲や自然、相手の力に干渉し、そのまま無理なく流れを調節・調整し、コントロールしていくものなのだ。
だから海神ほどの神にも対応できる。
最も、相手が大きければ干渉の仕方を間違ったり流れの判断を見誤れば大惨事になるので、そこには技術と経験とセンスが必要になってくるだろう。
また自分自身には力がない分、協力してくれる精霊がいなければ強い術は使えない欠点もあると思う。
さっきのピアを使った術のように、力を貸してくれる精霊がいなければ術が成り立たないのだ。
ここに東の国以外で精霊師が廃れてしまった要因があるのだろう。
30年前、精霊は人と関わるのをやめてしまったのだから。
俺がそんな事を考えているうちに、義父さんと海神の話はついた。
先ほどまでとは違い、海神は思慮深く義父さんの話を聞き、理解を示した。
「相分かった。ではこれ以上、リオの負担にならぬよう、我は眠りにつきその時を待とう。」
「恐れ入ります。」
「気にするな。人の中で過ごした時間に比べれば、瞬き程度のものだ。」
全てを理解し納得した海神は、再度、ライオネル殿下の精神に戻る事になった。
汚れが祓われ神格を取り戻した今の海神なら、そこまで殿下の負担にはならないはずだ。
後はライオネル殿下の回復を見て、海にお還しすればいい。
俺も義父さんも、姿は見えないラニも、ほっと胸を撫で下ろした瞬間だった。
だが……。
「…………うわっ?!」
海神がライオネル殿下の精神に戻ろうとした時、それは起きた。
海神の動きに引っ張られるように、俺がつんのめったのだ。
それはかなりの力で、抵抗もできず俺はバタンと倒れ込んだ。
『お兄ちゃん?!』
「サク!!」
「……痛てて??……何??」
何が起きたのかわからない。
体を起こすが、それ以上はどうにもならない。
どうやら海神も思う様に動けないらしく、こちらを振り向いてる。
何??何が起きてるんだ??
この状況にいち早く動いたのはウニだった。
ポーンと義父さんの袖から飛び出してくると、俺の周りを素早く飛び回り、何かを見つけてそれに噛み付いた。
「ウニくん!!」
「サークの父ちゃん!!これ!!切れるか?!」
「わからない!!迂闊だった!!」
義父さんもすぐに何が起きたのかわかったようで、ウニが噛み付いている見えない何かに駆け寄った。
その何かに手を翳し難しい顔をする。
義父さんもウニも尋常じゃないほど必死だった。
「……え??何??」
しかし俺は何がなんだかわからない。
いつの間にか外に出ていたピアを拾い上げ、よくわからない光景を眺める事しかできない。
『……繋がっちゃったんだ。』
その中でラニも事態を理解したように呟いた。
海神は黙ってそれを見つめている。
「え?繋がっちゃった?!」
『うん……。お兄ちゃんと海神様……存在が近すぎたんだ……。』
「え?!」
『色々やってたから混ざったりはしなかったんだけど……繋がっちゃったんだ……。魂が……。』
「…………え?魂が繋がった?!」
言われている意味がよくわからず、呆けてしまう。
その中でウニと義父さんが悪戦苦闘している。
「駄目だ!フーの欠片でも切れねぇ!!」
「これは魂の結合だ……無理矢理力づくで切れば、双方の御霊が傷ついてしまう……。」
一難去ってまた一難。
俺は状況と事の大きさを理解しきれないまま、あらゆる手を使って見えない何かに対応しようとしているウニと義父さんを見ている事しかできなかった。
「す……すみません……。」
「主らときたら戦いに美しさがない!!」
「ごめんなさい……。」
「森のも雷のも!本当に粗暴で嫌!!」
「……?すみません??」
森のってのはおそらく俺の事なんだけど、雷のってのは何だろう??
ウニの事ではないよな??
あの後、ウニ直伝の人間ロケットを食らった海神はすぐに起き上がってブーブー文句を言い出した。
それでも一応、自分が一瞬でも意識を飛ばして倒れ込んだ事から力比べの決着としてくれたようだ。
俺はウニを抱えながら、ぷんすか怒る海神をなだめている。
「あんな品のない攻撃するなど!!」
「申し訳ないです……。」
「本当、ガサツ!!だから反対だったのだ!!」
「……反対?」
「そう!本来なら我がその役目を成すはずだった!!」
「役目……ですか??」
「雷のは乱暴者で身勝手!その上、森のは何なのだ?!この粗悪で気品の欠片もないちんちくりんは?!」
「……は、はははは……。」
「ドーンて何だ?!何なのだ?!その低俗で粗暴な攻撃は?!あ~!!頭にくる!!」
よくわからないがだいぶディスられてる……。
だいたい、森って何なんだ??
一度死んでから精霊の類に言われるようになってだいぶたったし、自分が半分精霊らしいってわかったからソレ関連での事だとなんとなく納得してきたけど。
そして今日、新たにわかったのは「雷」というのもあるらしい。
俺の事を「森の何たら」と呼ぶのだから、多分それの事は「雷の何たら」と呼ぶのだろう。
何なのだろう?精霊の類だろうか??
俺の事は粗悪で品祖でちんちくりんと言うのだから、雷の方は少なくとも見た目はまともなのだろう。
乱暴者で身勝手らしいけど。
ただこうして言われるまま文句を聞いているだけだが、海神は他の精霊王に比べて口が軽い。
地の王とは接触はあったと思うけど、俺的には姿も見ていなければ記憶にすらない。
水神様は本当あちらの世界の中で生きている印象で、こっち(人間)側の事は考慮していないというか、そんな考えすらないと言った感じだった。
今の所、風様が一番俺は好きだ。
あちらの世界のルールや流れの中にありながら、こちらの世界の物事をきちんと見て考慮してくれる。
何より風様は人が好きなのだと思う。
竜の子も人の子も、我が子のように愛しんでくれる。
「大きなお母さん」の通称は伊達ではない。
でもって海神、つまり海様なのだが……。
何と言うのだろう……とても女性的と言うと言葉が悪いが……多分、お喋りが好きな方なのだと思う。
それになんだかんだでフレンドリーな気がする。
何となく、精霊王の中でこの方が人に囚えられた訳がわかった気がした。
「……よく喋り散らかす王様だな……。」
初めはビビり散らかしていたウニも、俺の腕の中でボソッと呟いた。
俺は窘めるように軽くバシッと頭を叩く。
俺だってこの肉体がない精神世界の中、色々なものの加護や縛りがあって、やっと目の前に存在していられるってのに、ウニみたいなちっこい精霊なんて鼻息で抹消されるからな?!
「……失礼致します。全ての御霊の母の一人である、大いなる海の王。」
いつの間にか義父さんが側に来て海神にそう声をかけた。
立ち姿勢だが深く頭を下げ、礼儀と畏怖を示している。
そんな義父さんからぴょんっとピアが飛び出してきて、俺に……ではなくウニに抱きついた。
相変わらずガタガタ震えてぴいぴい泣いている。
今回の事でピアのトラウマはほとんど消費したと思うのだが、その性格は変わらないようだ。
「あぁ、神仕えかえ。」
「はい。まずは先程のご無礼、心よりお詫び申し上げます。」
「……そう言えばそうであったな?」
「はい。本来なら神の勝負事に横槍を入れる事は万死に値する行為です。しかしながらあのままですと空間が壊れ、海神様も我々も何処ともわからぬ精神世界の片隅に落ちてしまう可能性があった為、恐れながら手出しを致しました。どうぞお許し下さい。」
義父さんにそう言われ、海神は少し考えるように無言だった。
そして周辺を見渡す。
「……人の中以外の場所に出たのはいつぶりやのう……。」
その言葉にハッとする。
人間は気が遠くなるほど長い間、海神を閉じ込めてきた。
南の国の者が囚え、そして中央王国の王族の中に。
だが海神からしてみれば南も中央もない。
人に捕まって長年閉じ込められていたと言うことに過ぎない。
それが何代も前の人間だろうが精霊には関係ないのだ。
「申し訳ございません!!」
それが即座に理解できたので、義父さんと同じ様に礼儀を尽くした。
やっと問題が一つ解決したからと言って、海神に対して人間が行った非礼については何も片が付いていないのだ。
「……何故、森の者が詫びる?」
「私は……私は人の子です。」
「主が……??」
海神はそう言うと、ぬぬっと顔を俺に近づけてきた。
いつぞや水神様にもやられて肝を冷やした事を思い出す。
息ができない。
精神世界だから元々息などしていないのだが、そう言った感覚に捕らわれる。
ウニとピアが弾かれたように俺の腕から飛び出した。
横にいた義父さんさえ、当てられたように膝をつく。
「……なるほど。そう言う事かぇ……。道理で……。」
そしてあの日の水神様と同じ様に何かに納得した。
その顔が離れていく。
俺を含め、義父さんもウニもピアもほっと緊張から開放された。
「……あの、海神様……。」
俺はいい機会だから聞いてみようと思った。
俺の事を。
俺は何故「森の何たら」と呼ばれるのか?
それはどういう意味なのか?
他の精霊王は皆、口が硬かったが、海様ならポロっと話してくれるのではないかと思ったのだ。
「気にするな。我は怒っておらぬ。人を許す。そして神仕えも許す。」
しかし何か察したのか、海神は俺の言葉を遮り、ピシャリと言った。
こうなってしまえはもう聞きようがない。
俺は黙っているしかなかった。
「寛大な御措置に感謝いたします。」
「うむ。」
今のは故意に流されたのだろうか?
よくわからない。
しかし場がうまくまとまりそうなのに、それをかき乱す様な真似はできなかった。
「して?そちは何用だったかぇ?」
「はい。私どもは、海神様を元々いらしたの場所に、海にお還し致したいと考えております。」
「……そうか。そうだな。我もこの生活には飽いた。我が子も降格され、今やほぼ残ってはおらぬ……。海……海か……我が海か……。」
懐かしそうに目を細めた海神からは、どこか海の匂いがした。
ヒレがわさわさと広がり、鈴の音のような微かな音を立てる。
それは風様の虹色の鱗のように澄んでいて、美しい輝きを揺らした。
「あぁ……懐かしい……。」
海神はそう言うと、全身の鱗とヒレを震わせた。
それまで海神にこびりついていた俗世の色が剥がれ落ちていく。
その姿は美しく神々しく輝く。
「……うわ……凄え……。」
ウニの呟きに振り返ると、立ち上がった義父さんの着物の袖口からひょこっと顔を出していた。
そして反対側の袖口からはピアが顔を出している。
「ブフッ!!」
どうやらさっき海神が寄ってきて弾かれた時に義父さんにひっついたようだが、お前らどこから顔出してんだよ?!
何なの?!笑ってはいけないこの状況で、ナチュラルに笑わせにかかってくるのやめてくれよ?!
俺は大笑いしそうになるのを必死に堪えた。
義父さんが横で海神を浄め称える祝詞を読み始める。
それに伴い海神の姿も次第に神格を取り戻す。
人の中に住み続けた事で俗世の汚れがつき、少々荒神化していた海神が本来の姿に戻ってゆく。
「綺麗~。」
ぽややんとピアが呟く。
確かにな。
だが真面目に祝詞を唱える義父さんの袖口から「こんにちわ」と顔だけ出して呟かんでくれ……マジで笑いそうになるから……。
そんな中で海神の浄めが終わった。
その姿は蒼く澄んだ水のようであり、キラキラと輝く泡のようでもあった。
「これにて偉大なる御神の一柱で在らせられる海神様のお清めの儀、終わらせて頂きます。」
「うむ。礼をゆう神仕え。錆付いていた体が嘘のように軽くなった。」
「いえ、私は言葉と音により海神様のお力の流れを整えたに過ぎません。この浄めは全て海神様自ら浄化された事でございます。」
いつもと変わらず穏やかに笑って義父さんは飄々と言った。
世界の一角である海神を浄めるなんて、何百人魔術師や魔法師が集まったって難しい。
それをスラリと一人で神仕えはやってしまう。
しかも魔力の様なものはほとんど使っていないのだ。
それがどういう事なのか、魔術師の俺にはよくわかっていなかった。
だが今回、間近で義父さんの技を見てやっと理解した。
神仕えの技は、大雑把に言えば干渉力だ。
魔術や魔法は相手の力に対し、違う力(自分の魔力)をぶつけてそれを行う。
だが神仕えは自分自身には力がない。
その代わり周囲や自然、相手の力に干渉し、そのまま無理なく流れを調節・調整し、コントロールしていくものなのだ。
だから海神ほどの神にも対応できる。
最も、相手が大きければ干渉の仕方を間違ったり流れの判断を見誤れば大惨事になるので、そこには技術と経験とセンスが必要になってくるだろう。
また自分自身には力がない分、協力してくれる精霊がいなければ強い術は使えない欠点もあると思う。
さっきのピアを使った術のように、力を貸してくれる精霊がいなければ術が成り立たないのだ。
ここに東の国以外で精霊師が廃れてしまった要因があるのだろう。
30年前、精霊は人と関わるのをやめてしまったのだから。
俺がそんな事を考えているうちに、義父さんと海神の話はついた。
先ほどまでとは違い、海神は思慮深く義父さんの話を聞き、理解を示した。
「相分かった。ではこれ以上、リオの負担にならぬよう、我は眠りにつきその時を待とう。」
「恐れ入ります。」
「気にするな。人の中で過ごした時間に比べれば、瞬き程度のものだ。」
全てを理解し納得した海神は、再度、ライオネル殿下の精神に戻る事になった。
汚れが祓われ神格を取り戻した今の海神なら、そこまで殿下の負担にはならないはずだ。
後はライオネル殿下の回復を見て、海にお還しすればいい。
俺も義父さんも、姿は見えないラニも、ほっと胸を撫で下ろした瞬間だった。
だが……。
「…………うわっ?!」
海神がライオネル殿下の精神に戻ろうとした時、それは起きた。
海神の動きに引っ張られるように、俺がつんのめったのだ。
それはかなりの力で、抵抗もできず俺はバタンと倒れ込んだ。
『お兄ちゃん?!』
「サク!!」
「……痛てて??……何??」
何が起きたのかわからない。
体を起こすが、それ以上はどうにもならない。
どうやら海神も思う様に動けないらしく、こちらを振り向いてる。
何??何が起きてるんだ??
この状況にいち早く動いたのはウニだった。
ポーンと義父さんの袖から飛び出してくると、俺の周りを素早く飛び回り、何かを見つけてそれに噛み付いた。
「ウニくん!!」
「サークの父ちゃん!!これ!!切れるか?!」
「わからない!!迂闊だった!!」
義父さんもすぐに何が起きたのかわかったようで、ウニが噛み付いている見えない何かに駆け寄った。
その何かに手を翳し難しい顔をする。
義父さんもウニも尋常じゃないほど必死だった。
「……え??何??」
しかし俺は何がなんだかわからない。
いつの間にか外に出ていたピアを拾い上げ、よくわからない光景を眺める事しかできない。
『……繋がっちゃったんだ。』
その中でラニも事態を理解したように呟いた。
海神は黙ってそれを見つめている。
「え?繋がっちゃった?!」
『うん……。お兄ちゃんと海神様……存在が近すぎたんだ……。』
「え?!」
『色々やってたから混ざったりはしなかったんだけど……繋がっちゃったんだ……。魂が……。』
「…………え?魂が繋がった?!」
言われている意味がよくわからず、呆けてしまう。
その中でウニと義父さんが悪戦苦闘している。
「駄目だ!フーの欠片でも切れねぇ!!」
「これは魂の結合だ……無理矢理力づくで切れば、双方の御霊が傷ついてしまう……。」
一難去ってまた一難。
俺は状況と事の大きさを理解しきれないまま、あらゆる手を使って見えない何かに対応しようとしているウニと義父さんを見ている事しかできなかった。
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