完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール

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38話

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 読書を終えて外に出ると、教会前の道、その向こう側に停まった馬車が見えます。
 そして、窓越しに旦那様の姿がありました。

 私は少し驚きながら近づき

「いつからそちらに?」

 と尋ねると、旦那様はビクッと驚き

「ちょ、ちょうど今着いたところだ」

 旦那様は驚きを隠し、何事もないように答えましたが、御者の方を見ると、馬から離れてベンチで寛いでいます。

 ? 本当に今なのかしら?
 もしかして、ずっと前から?

 そう思ったけれど、胸に浮かんだ予感を言葉にするのは、なんとなく躊躇われたので、私は黙って馬車へと乗り込りこもうとすると旦那様は、

「読書はもういいのか? まだ時間はあるのだから読んでいて構わない」

「いえ、もう暗くて読めません。それより早く帰りましょう」

 それなのに旦那様は中々馬車を出そうとしない。どうしたのかしら? もう一度、声をかけてみました。

「旦那様、早く帰りましょう」

 すると渋々といった感じで御者さんを呼びましたが、何だか旦那様の様子がおかしい。落ち着かないというか、やたらと時間を気にしているというか、どうしたのかしら? 気にはなりましたが、私は戻って来た御者さんにお願いしました。

「すぐに、馬車を出してください」

 そう言うと、旦那様はとても慌てている様子です。この違和感は何かしら?

 旦那様は、どうしてそんなに焦っているのかしら?

 そんなことを考えていると、旦那様がふいに私の隣へ移動し、まるで壁のように私が見ていた方向の窓をさえぎったのです。

「え?」

 驚いて、旦那様の肩越しに、ほんのわずか開いた隙間から外を覗くと、そこには、夕暮れ色に包まれた通りの向こう側に、見慣れた四人家族の姿が見えました。

 女将さん、ご主人、そしてあの時生まれたばかりだった赤ちゃんに、その隣を、まだ幼い兄がちょこちょこと歩いています。

 私は懐かしさで胸がいっぱいになり、思わず大きな声で叫んでしまいました。

「御者さん、止めてください!」

 馬車が急に止まるや否や、私は外へ飛び出してしまったのです。
 後ろから旦那様が慌てて追いかけてくる気配がしましたが、私は女将さんのもとへ駆け寄りました。

「お会いできて嬉しいです。偶然通りかかったら、皆さんのお姿が見えたので」

 と声をかけました。すると女将さんは、相変わらずの明るい笑顔を向けてくださいます。

「アンジュちゃん、元気にしてたかい? 今日は久しぶりに家族で買い物に来たんだよ」

 なんだかとても幸せそうです。

「皆さんもお元気そうで安心しました。丁度いま、旦那様と帰宅するところです」

 そう言って、私は後ろに立つ旦那様を紹介しました。

 すると女将さんが、にこにこと目を細めながら挨拶をしてくれました。

「これは領主様。アンジュちゃんのこと、どうか幸せにしてやって下さいね」

 私も旦那様に紹介しました。

「こちら、私がお世話になっていたパン屋さんの女将さんです」

 ご主人には以前お店で会っているので省かせていただいた。

 旦那様は少し驚いたように瞬きをし、それから丁寧に会釈して下り

「ああ、此方こそ。妻が世話になった」

 そう言って、何故か気まずそうにしていらした。

 私は皆さんに向かって

「またお店に遊びに行かせていただきますね」

 と言って、家族と別れました。

 馬車に戻ると、旦那様はどこか真剣な表情で尋ねてきたのです。

「君は、平気なのか?」

「何がでしょうか?」

「君は……あの店主と付き合っていたのではないのか?」

「は?」

 思わず、素っ頓狂な声が出てしまいました。

 どうやら旦那様は、とんでもない勘違いをされてるようだわ。

 そして、私は気付いてしまった。
 先に道で女将さんたちを見かけ、私が悲しまないようにと時間を稼ぎ、窓を塞ぐようにして外を見せまいとしたことに。

 胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じます。

「大変な勘違いをされていたようですね。でも……気遣ってくださったことは、嬉しく思います」

 と私が言うと、旦那様はどこか気まずそうに視線をそらされました。

 以前、ハンスさんの商会へ行った時、たまたまその時に、私とご主人が一緒にいた場面を見てしまい、それをずっと誤解していたと聞かされました。

 だからって、そんなところまで、気にしてくださっていたなんて。

 私はそっと、馬車の振動に揺られながら、隣に座る旦那様の気配を愛おしく感じるのでした。
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