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45.ネックレス
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「あー暑っ」
エーリックが教室に入るなり机に突っ伏した。
私もちょうど選択授業が終わり、席に着いたところだった。
「剣術だったの?」
「そう。そっちはダンスだっけ」
エーリックが机に伏せたまま、片方だけ伸ばした腕を枕にして顔だけこっちに向ける。
「うん。ダンスも体使うけど、剣術はもっと大変そうね」
「今日は演習場を十周走らされた」
「うわ」
私は顔をしかめた。向こうの世界で生きていた私にはダンスを授業に組み込む理由がいまいちよくわからないけど、剣術よりはマシだと自分に言い聞かせる。
ゲームでは一年に一回、ダンスパーティーがあって、ヒロインはその時点で一番親密度の高い攻略対象者と踊ることができた。だから夢見る乙女のプレイヤーにとって、選択科目に舞踏を選ぶのは必須だった。
それともうひとつオススメなのが家庭科。ひたすら針を突き動かす作業だけど、一定以上コマンドを実施した報酬で、秘密の力を宿したアミュレットを入手することができるのだ。それを攻略対象者にプレゼントとすると好感度があがりやすくなる。この世界に憑依した身としては、そんな力が本当にあるのか今では疑いの目だ。
針をチクチク動かしているけど、そんな力をもった作品ができる気がしない。ヒロインだけの特別な能力だったのか、それともゲームの設定でそうなっていたのかはわからない。
まあ、現実世界となってしまった今では、不思議な力はなくとも、ヒロインが丹精込めたお守りだったら、攻略対象者たちも喜ぶでしょうってことだけはわかる。
きっと、この悪役カレンの作ったものなんて誰も欲しがらないに違いない。シクシク。完成したら、お兄様にあげよう。
「大変だったね。疲れたでしょう?」
「まあね。でも、こんなことで弱音吐いてたら、あいつに申し訳ないし」
「あいつ?」
「ああ、ごめん。こっちの話」
その時、エーリックの首元から垂れ下がったネックレスが見えた。いつもはシャツの下に隠れているけど、今は暑いせいで襟元が開いている。そのため、頭を下げている今、襟元からこぼれ落ちて見えている。
私の視線に気付いて、エーリックがネックレスに視線をやる。
「ああ、これ?」
細い鎖で繋がれた飾りを手に取る。銀色の小ぶりの台座に緑色の石が嵌め込まれている。
貴族の子息がするには、古くてやや安っぽいデザイン。特に垢抜けたエーリックがするには、ちょっと違和感があった。
起き上がったエーリックが石を少し上にあげ、ふっと懐かしそうに笑った。
「俺の親友のものなんだ」
その視線の中には暖かさと共にどこか寂しい気配が宿る。
「大事なものなのね」
私が呟くと、エーリックがちょっと目を広げてこっちを見た。ちょっと間をおいてから呟く。
「――そう、大事。実はこれ、形見なんだ。俺がまだガキだった頃、一緒に騎士を目指したやつがいてさ。そいつが外国に行くことになった日、絶対騎士になろうなって、約束しあったんだ。その時、お互いのネックレスを交換しあった。でも、そのあと、そいつが亡くなって――。それを聞いた時、誓ったんだ。そいつの分まで、絶対騎士になるって」
エーリックがぎゅっと石を握りしめる。
「それが俺が騎士を目指している理由」
しばらく静かにそうしていたけど、エーリックが気を取り直したようにこっちを向いて笑った。
「ごめん。変な話して。こんな話、普段しないんだけど。カレンはこのネックレス、大事って言ってくれたから」
ちょっと照れくさそうにはにかむ。
「たいがいのやつ、これ見ると、もっと格好良いのつけろとか、もっと素敵なのプレゼントしてくれるって言うんだけど、俺にとってはこれが一番特別なんだ」
ゲームでは好感度が高まると、エーリックが大事なネックレスを落とすイベントが発生する。その落とし物を偶然拾うのがヒロインの役目。エーリックはヒロインにすごく感謝して、騎士を目指した理由を話し始めるのだ。
たまたま見てしまったのと、エーリックの気分がのったのもあるだろうけど、その話を聞かされた私は内心微妙な心情だった。
だって、その親友、生きてるのよね。
その話を聞かされると、自然発生的に親友絡みのイベントが発生する。
それが起こるのは一年以上先だろうけど、結末を知っている私には、親友が生きているとわかっても、『生きてて良かったね』とは思えない。果たして、将来ヒロインが現れたとき、あの結末が正解だと受け入れられるかは、判断がつかなかった。
でも彼女はヒロイン。私は悪役。
画面の中ではここはヒロインのための恋愛シチュエーションゲームの世界。
エーリックのエピソードによって、ヒロインとの絆が更に深まり、エーリックの騎士になる決意も強固になる。
それが本当の真のストーリー。
本当に? それが受け入れがたい結末でも?
私が難しい顔をしていたのだろう、エーリックが首を傾げる。
「カレン?」
「ああ。ごめんなさい。ぼうっとしてた」
私はエーリックに向き合う。
「そんなに大事なものなら、失くさないようにしなくちゃ。鎖をしっかり補強するとか。失くしたら、後悔は尽きないもの」
「そうだね」
エーリックが笑った。
「そうするよ。ありがとう」
もし、エーリックがネックレスを失くすことがなかったら、あのエピソードは起こらないのだろうか。それともやっぱり起こってしまう?
もし起こらないにしても、彼の親友をあのままにして、エーリックも彼に一生会わないんだとしたら、どちらがより幸せなんだろうかと思った。
エーリックが教室に入るなり机に突っ伏した。
私もちょうど選択授業が終わり、席に着いたところだった。
「剣術だったの?」
「そう。そっちはダンスだっけ」
エーリックが机に伏せたまま、片方だけ伸ばした腕を枕にして顔だけこっちに向ける。
「うん。ダンスも体使うけど、剣術はもっと大変そうね」
「今日は演習場を十周走らされた」
「うわ」
私は顔をしかめた。向こうの世界で生きていた私にはダンスを授業に組み込む理由がいまいちよくわからないけど、剣術よりはマシだと自分に言い聞かせる。
ゲームでは一年に一回、ダンスパーティーがあって、ヒロインはその時点で一番親密度の高い攻略対象者と踊ることができた。だから夢見る乙女のプレイヤーにとって、選択科目に舞踏を選ぶのは必須だった。
それともうひとつオススメなのが家庭科。ひたすら針を突き動かす作業だけど、一定以上コマンドを実施した報酬で、秘密の力を宿したアミュレットを入手することができるのだ。それを攻略対象者にプレゼントとすると好感度があがりやすくなる。この世界に憑依した身としては、そんな力が本当にあるのか今では疑いの目だ。
針をチクチク動かしているけど、そんな力をもった作品ができる気がしない。ヒロインだけの特別な能力だったのか、それともゲームの設定でそうなっていたのかはわからない。
まあ、現実世界となってしまった今では、不思議な力はなくとも、ヒロインが丹精込めたお守りだったら、攻略対象者たちも喜ぶでしょうってことだけはわかる。
きっと、この悪役カレンの作ったものなんて誰も欲しがらないに違いない。シクシク。完成したら、お兄様にあげよう。
「大変だったね。疲れたでしょう?」
「まあね。でも、こんなことで弱音吐いてたら、あいつに申し訳ないし」
「あいつ?」
「ああ、ごめん。こっちの話」
その時、エーリックの首元から垂れ下がったネックレスが見えた。いつもはシャツの下に隠れているけど、今は暑いせいで襟元が開いている。そのため、頭を下げている今、襟元からこぼれ落ちて見えている。
私の視線に気付いて、エーリックがネックレスに視線をやる。
「ああ、これ?」
細い鎖で繋がれた飾りを手に取る。銀色の小ぶりの台座に緑色の石が嵌め込まれている。
貴族の子息がするには、古くてやや安っぽいデザイン。特に垢抜けたエーリックがするには、ちょっと違和感があった。
起き上がったエーリックが石を少し上にあげ、ふっと懐かしそうに笑った。
「俺の親友のものなんだ」
その視線の中には暖かさと共にどこか寂しい気配が宿る。
「大事なものなのね」
私が呟くと、エーリックがちょっと目を広げてこっちを見た。ちょっと間をおいてから呟く。
「――そう、大事。実はこれ、形見なんだ。俺がまだガキだった頃、一緒に騎士を目指したやつがいてさ。そいつが外国に行くことになった日、絶対騎士になろうなって、約束しあったんだ。その時、お互いのネックレスを交換しあった。でも、そのあと、そいつが亡くなって――。それを聞いた時、誓ったんだ。そいつの分まで、絶対騎士になるって」
エーリックがぎゅっと石を握りしめる。
「それが俺が騎士を目指している理由」
しばらく静かにそうしていたけど、エーリックが気を取り直したようにこっちを向いて笑った。
「ごめん。変な話して。こんな話、普段しないんだけど。カレンはこのネックレス、大事って言ってくれたから」
ちょっと照れくさそうにはにかむ。
「たいがいのやつ、これ見ると、もっと格好良いのつけろとか、もっと素敵なのプレゼントしてくれるって言うんだけど、俺にとってはこれが一番特別なんだ」
ゲームでは好感度が高まると、エーリックが大事なネックレスを落とすイベントが発生する。その落とし物を偶然拾うのがヒロインの役目。エーリックはヒロインにすごく感謝して、騎士を目指した理由を話し始めるのだ。
たまたま見てしまったのと、エーリックの気分がのったのもあるだろうけど、その話を聞かされた私は内心微妙な心情だった。
だって、その親友、生きてるのよね。
その話を聞かされると、自然発生的に親友絡みのイベントが発生する。
それが起こるのは一年以上先だろうけど、結末を知っている私には、親友が生きているとわかっても、『生きてて良かったね』とは思えない。果たして、将来ヒロインが現れたとき、あの結末が正解だと受け入れられるかは、判断がつかなかった。
でも彼女はヒロイン。私は悪役。
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エーリックのエピソードによって、ヒロインとの絆が更に深まり、エーリックの騎士になる決意も強固になる。
それが本当の真のストーリー。
本当に? それが受け入れがたい結末でも?
私が難しい顔をしていたのだろう、エーリックが首を傾げる。
「カレン?」
「ああ。ごめんなさい。ぼうっとしてた」
私はエーリックに向き合う。
「そんなに大事なものなら、失くさないようにしなくちゃ。鎖をしっかり補強するとか。失くしたら、後悔は尽きないもの」
「そうだね」
エーリックが笑った。
「そうするよ。ありがとう」
もし、エーリックがネックレスを失くすことがなかったら、あのエピソードは起こらないのだろうか。それともやっぱり起こってしまう?
もし起こらないにしても、彼の親友をあのままにして、エーリックも彼に一生会わないんだとしたら、どちらがより幸せなんだろうかと思った。
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2024/10/06 IF追加
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