ジャンヌ・ダルクがいなくなった後

密命

「ジャネット。お願いがあるんだ。」

シャルルは軽い調子で言った。
それにも関わらず、ジャネットは重々しく返事をした。

「シャルル様の命であればなんなりと。このジャネット命を賭して全うします。」

「うん、ありがとう。夢を見たんだ。私を救う乙女の夢。だから、今すぐ東のバル公領に行ってくれる？そこのドンレミ村生まれの少女になるんだ。」

意味不明なお願いなのに、ジャネットは理解してた。何の疑問も抱いた様子もなく答えた。

「はい。わかりました！今すぐ参ります！」
ジャネットは立ち上がろうとした。

それを制しながらシャルルは続けた。

「うん。そこで６年くらい過ごして。あと、体鍛えて。」

「はい！」

説明も何もいらない。
こちらの意図を必要ともしていない。

ただシャルルのためだけに動く少女。

マリーは胸が焦がれるような気がした。
嫉妬？焦り？なんだろう。

私とシャルル様は距離は近いが心の間にはまだ薄い膜のようなものがあるのに、彼女との間にはない。

二人の間に入り込めない何かがあるようで、マリーは思わず目を逸らした。

「６年経ったら、時期がわかるから。そしたら、戻っておいで。」

「はい！」

６年経ったら、この少女はどれだけ美しくなっているだろうか。

少女は優雅にお辞儀してその場を去った。

シャルルは別れの挨拶もしなかった。
バル公領には護衛が侍ることになっているが、危険がないわけではない。

この話が出てからシャルルはマリーを片時も離さず側に置いていたので、ジャネットと言葉を交わす暇もなかったはず。

…気の所為だったのかしら…

マリーがそう思ったとき、シャルルがマリーの耳元で囁いた。

「これでいい？」

「え？」

「ちゃんとジャネットを遠くにやったでしょ。」

「…なにを…」

「…マリーが望んだことだよ。」

…違う！違う！私は…そんなつもりでは！

そう言いたかったが、喉に声が張り付いたように声が出せない。

シャルルは不思議そうに首を傾げ、もう一度言った。
「マリーが望んだことだよ。」

マリーは顔が引きつるのがわかった。
違う！そんなことは望んでない！

『…本当に…？』

どこかで小さな声がした。