ジャンヌ・ダルクがいなくなった後

碧流

文字の大きさ
18 / 40

アニェス・ソレル

しおりを挟む

シャルルから最も愛されたアニェス・ソレルは、一兵士ジャン・ソレルの娘として生まれた。

アニェスはシャルル7世の義弟、マリーの弟ナポリ王ルネ・ダンジューの妻の侍女として仕えていたのを、シャルルに紹介された。

アニェスは青い瞳と輝く金の髪を持ち、類まれな美貌に恵まれいて、シャルルはたちまち夢中になったという。

彼女の美しさに見惚れたのはシャルル7世だけではなく、15世紀の宮廷詩人オリヴィエ・ド・ラ・マルシュも「私が見てきた美人の中でも、最高に美しい一人である」と書き残している。



マリーに問い詰められあっさり認めたシャルルは、もう何も隠そうとはしなかった。

人目も憚らないアニェスに対するシャルルの溺愛ぶりは、マリーの耳にも次々入ってくる。

とろけるような瞳、人目を憚らず寄り添う姿。
「国王陛下もあのような表情をされるのですね。」
そのような声が聞こえてくるたびに、マリーは深く傷ついた。

若い愛妾を持っただけではない。
シャルルのマリーに対する扱いは目に余るものがあった。

冷たくされて、マリーは自分がシャルルをどれだけ愛していたか気がついた。

「…シャルル様を取り戻さなくては…」
すぐさまマリーは母ヨランド・ダラゴンに相談した。

マリーは必死で母に訴えた。
要領を得なかったかもしれない。
それでも必死に訴えた。
…母がアニェスを排除してくれるかもしれない。ジャネットの時のように…

内心それを願っていた。

しかし、母の反応は思っていたのとは違った。

マリーの話を黙って聞いていた母ヨランドは静かに言った。


「…気持ちはわからんでもない。しかし、そなたはもう若くない。嫉妬をしても若く美しい愛妾にはかなわないし、事を荒立ててはかえって王の心を遠ざける。賢妃としての地位を固めた方がよっぽど良い。」

母ヨランドの助言にマリーは驚いた。

「お母様、でも…」

なおも言い募ろうとしたマリーをヨランドは目で制した。

「母ももう長くない。そなたは、そなたの足元を己自身で固めねばならぬ。若い寵姫と争って何の得になる?高貴な妃として存在を認め、懐の深さを見せたらどうじゃ。」

マリーは黙った。

認める?冗談じゃない。
納得がいかないマリーを憐れむような瞳で見つめて、母ヨランドはぽつりと言った。

「…そなたは愛妾と会うたか?」

「いいえ…」
マリーは頭を振った。

「…そうか」母は小さく息を吐いてマリーを見つめた。

「まずは会うてからじゃ。それから考えるがよい。」

マリーは黙って頷いた。

    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

それぞれの愛のカタチ

ひとみん
恋愛
妹はいつも人のものを欲しがった。 姉が持つものは、何が何でも欲しかった。 姉からまんまと奪ったと思っていた、その人は・・・ 大切なものを守るために策を巡らせる姉と、簡単な罠に自ら嵌っていくバカな妹のお話。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

ゲーム世界といえど、現実は厳しい

饕餮
恋愛
結婚間近に病を得て、その病気で亡くなった主人公。 家族が嘆くだろうなあ……と心配しながらも、好きだった人とも結ばれることもなく、この世を去った。 そして転生した先は、友人に勧められてはまったとあるゲーム。いわゆる〝乙女ゲーム〟の世界観を持つところだった。 ゲームの名前は憶えていないが、登場人物や世界観を覚えていたのが運の尽き。 主人公は悪役令嬢ポジションだったのだ。 「あら……?名前は悪役令嬢ですけれど、いろいろと違いますわね……」 ふとした拍子と高熱に魘されて見た夢で思い出した、自分の前世。それと当時に思い出した、乙女ゲームの内容。 だが、その内容は現実とはかなりゲームとかけ離れていて……。 悪役令嬢の名前を持つ主人公が悪役にならず、山も谷もオチもなく、幸せに暮らす話。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。 婚約者の愛が自分にあることを。 だけど、彼女は知っている。 婚約者が本当は自分を愛していないことを。 これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。 ☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T

婚約者と王の座を捨てて、真実の愛を選んだ僕の結果

もふっとしたクリームパン
恋愛
タイトル通り、婚約者と王位を捨てた元第一王子様が過去と今を語る話です。ざまぁされる側のお話なので、明るい話ではありません。*書きたいとこだけ書いた小説なので、世界観などの設定はふんわりしてます。*文章の追加や修正を適時行います。*カクヨム様にも投稿しています。*本編十四話(幕間四話)+登場人物紹介+オマケ(四話:ざまぁする側の話)、で完結。

処理中です...