ジャンヌ・ダルクがいなくなった後

碧流

文字の大きさ
29 / 40

父子の語らい

しおりを挟む
私の目の前に立っている息子は、私を冷たく見下ろして言った。

「父上、母上をこれ以上蔑ろにし傷付けるのはおやめください。」

私は肩を竦めた。

「マリーに何か言われたのか?」

ルイは目を怒らせたて言った。

「母上は何もおっしゃいません。でもあの女狐に立場を奪われ、心を傷めておられるのは明らかではありませぬか!今何かに救いを求めるように命を削りながら慈善事業をされているのです!」

私は小さく笑った。

相変わらず小手先の同情引きは上手いもんだ。

しかし、それにまだ引っかかるやつがいたのか。
息子よ、お前見る目大丈夫か?
お前に王位を譲るのが不安になるぞ。

呆れて黙る私にルイは畳み掛けるように言う。

「…子も3人もできたとか。母上がどれほど心を傷めたと思っておられる?」

そのお前が愛する母上は私の心が死んでいた時も気づかなかったがな。

「子は私の愛する娘たちであるが、あくまで庶子だ。王位継承権はない。それにマリーは国母として遇しておる。何が不満なのだ。」

私の愛する娘たち。を強調して言うと、ルイは僅かに眉を寄せた。

「…あなたにも人並みに親の愛があられたのですね。」

ルイが意外だと言わんばかりに呟いた。

私もそれは思った。
アニェスから生まれた娘たちは、目に入れても痛くないとはこのことか、と思うほど愛しい。

…特に三女のジャンヌは。

本当は皆王女として育て嫁がせたいが、さすがにマリーが許すまい。私は可能な限り娘たちに良縁を用意していた。

「お前はすでに王太子だ。あとそなたが望むものは王位であろう。何もせずともあと数年でそれは手に入る。弁えよ。」

何もするな。と暗に仄めかす。

「マリーもそなたが王となれば、国母として崇められる。それで良いではないか。」

ルイは不愉快そうに眉を顰めた。

「…母上は、貴方のような人の心を持たない人間でも、まだ愛しておられる。幼き頃から貴方を支え続けた母上に情はないのか。貴方が王になれたのは母上があってこそ。恩は感じないのか!それでも人の子か。」

「恩か、そんなもの全くないな。」
私は鼻で笑って答えた。
「…不義の子のままでいれば、ジャネットと結ばれる未来もあったやもしれぬな。私は王など望んでいなかった。」
言い切った私に、ルイは目を見開いた。

「…貴方は人ではない。」

「私が人でなければ、ルイよ、マリーは魔物だ。」

再びルイが驚く。

「お前の敬愛する母上は、罪なき人を我が手を汚さず殺め、聖女をも殺めた大罪人よ。」

「…っなっ!」

「言っておくがな。閨係りの乳母を除いて、アニェスが現れるまで、私は他の女人に手を出したことはない。その証拠にアニェスにしか、庶子はおらぬだろうが。

私は殺生は好まぬからな。

マリーに殺されるとわかっていて、手を出すものか。私はそんな鬼畜ではない。

私の侍女が私の服を整えるのに私に触れるのは当たり前だ。なぜ手を切り落として追放する必要がある?しかも盗みという濡れ衣を着せて。

他にも、私の髪を整える時の目つきが気に入らぬと、目をつぶされた者もいた。

…聖女たるジャンヌに魔女の疑いをかけさせたのも、死に至らせたのもあやつよ。」

ルイは緩く首を振った。

「…………それは貴方が母上を追い詰めたからだ。」
ルイが絞り出すように声を出す。

「たわけ。侍女の話は出会ったときの話だわ。慈善事業もこのままだと地獄行きと悟っているからであろう。

ルイよ。私はそなたにとって善き父ではなかった。それは認めよう。しかしな、そなたを王とすることは、義母上、マリーの恩に報いたことにならんか?

そちも王になるなら、もっと人の本性を見極めよ。」

ルイが俯く。

「見習うなら、義母上にしろ。悪魔に従うな。」

ルイはもう反論しなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

春告竜と二度目の私

こもろう
恋愛
私はどうなってもいい。だからこの子は助けて―― そう叫びながらも処刑された王太子の元婚約者カサンドル。 目が覚めたら、時が巻き戻っていた。 2021.1.23番外編追加しました。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

【完結】ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜

あまぞらりゅう
恋愛
クロエの最愛の母が死んで半年後、父親は愛人とその娘を侯爵家に受け入れて、彼女の生活は様変わりをした。 狡猾な継母と異母妹の企みで、彼女は居場所も婚約者も……全て奪われてしまう。 孤独に追い詰められたボロボロの彼女は、ゴースト――幽霊令嬢だと嘲笑われていた。 なにもかもを失って絶望した彼女が気が付いたら、時を逆行していた。 「今度は……派手に生きるわ!」 彼女は、継母と異母妹に負けないように、もう一度人生をやり直そうと、立ち上がった。 協力者の隣国の皇子とともに、「時間」を操り、家族と婚約者への復讐劇が今、始まる――……。 ★第一章は残酷な描写があります!(該当の話は冒頭に注意書きをしています!) ★主人公が巻き返すのは第二章からです! ★主人公が虐げられる様子を見たくない方は、第1話→第32話(流し読みでOK)→第33話〜と、飛ばして読んでも一応話は通じると思います! ★他サイト様にも投稿しています! ★タイトル・あらすじは予告なく変更する可能性があります!

処理中です...