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目撃者、モブ
目撃者、女子生徒
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ノートもひとクラス分まとめたら重くなる。でも運べと言われたら運ばないといけないわけで。しかもノートだけじゃなくて教材もついでに、って言われたからもう前は見えないし腕はプルプル。
でももう少しで先生のところだから! って気合いを入れ直して廊下の角を曲がった時。あっ、と思ってももう遅かった。
「ぐえぇっ⁈」
「きゃーっ⁈ ご、ごめんなさい!」
誰かと思いっきりドンッとぶつかって、しかも手に持っていた物が全部相手側に倒れてしまった。目の前には尻餅をついてノートに埋もれてしまってる男子生徒。慌ててノートと教材を拾おうと屈み込む。
「け、怪我してませんか⁈」
「大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけ! ってかすっげぇ重ぇな!」
「ごめんなさい!」
ペコペコ謝ってると相手も大丈夫って言いながらノートを拾い上げてくれる。二人の間に積み上げていったんだけど、改めて見るとそこそこの塔だ。
「え、もしかしてこれ一人で運んでたの?」
「う、うん、先生に頼まれて」
「マジかよ! 俺も持っていくの手伝うよ」
「えっ? い、いいよ、そんなの悪いよ……」
パッと見た感じ一般学部の生徒だけど同じクラスの生徒ではなさそうだし、別のクラスの人に手伝ってもらうのは尚更気が引けた。だから断ろうと思ったんだけど、その前に相手がひょいっと半分以上持ってしまった。
「俺、力だけはあるからさ。しかもそこまでじゃん。持つよ」
「あ……ありが、とう」
相手はもう歩き始めてしまって、こうなったら申し訳ないけどご厚意に甘えようと残りの少ないノートを持って一緒に廊下を歩く。さっきまで腕をプルプルさせていたけど、ほとんど彼が持ってしまったから本当に軽かった。
それから一緒に先生の元に届けて、忙しいのかこっちをチラッと見ただけで「おーありがとなー」ってお礼を言われたけど。
「先生! か弱い女子にこんな重い物持たせるのどうかと思います!」
「お、おお? 重かったか?」
「教材もあるんだから重いに決まってんでしょ! 自分で運んでくださいよ! そんでもって彼女に謝ってください。もう少しで転けて怪我するところだったんですからねッ!」
「そ、そうなのか? それは悪いことをしたな……すまん、大丈夫だったか?」
「あ……は、はい、大丈夫です」
私は。大丈夫じゃなかったのは彼のほうだと思うけど、彼は自分がこの重いノートと教材に潰されたことを先生に言うことはなかった。
廊下に出て改めて彼にお礼を言うと、「たまたま通っただけだから。気にしないで」って言ってそのまま先に行ってしまった。
こう言ってはなんだけど、私は男の人が苦手だった。姉妹しかおらず、父は優しい人だったけれど近所にいたおじさんが本当に怖い人で。学園に入ったら少しはまともに会話できるかなって思ったけど、昔に比べてちょっとはマシになったけどそれでもまだちょっと怖い。
だからああして普通に会話ができたのが初めてだった。助けてもらったっていうのもあるかもしれないけど、彼はあんまり怖くはない。なんて言えばいいのかな、まとっている空気が大らかだったから。
「あの、ありがとう、案内してくれて」
「いいのいいの。同じ学園に通うよしみじゃない」
しっかりと学園で勉強を学んで、休みの日はこうして必要なものを買っていたんだけど。私が欲しかった物が中々見つからなくて困っていたら、今隣りにいる彼女から声をかけてもらった。
「同じ学園の生徒よね? クラスは違うけど見たことあったから」
それだけで私を助けてくれただなんて、優しい人なんだなぁって案内してくれた彼女に感謝しつつお目当ての物を買うことができた。
「綺麗なペンね」
「う、うん、これが一番書き心地がいいの。でもお店が移転してたみたいで……」
「潰れたわけじゃなくて広いところに移っててよかったね」
「うん」
前あった場所にお店がなくなっていたからもうびっくりした。本当に潰れたわけじゃなくて移転しただけでよかった。
せっかくだからと、彼女と少し一緒に散歩することになった。寮生活だからこうして休日の時じゃないと街には来ない。少し見ない間でも変わっているところがあるのだから、どこかまた変わってるんじゃないかとあちこちキョロキョロと見てしまう。
「あ~、もう少しで卒業ね~。どうだった? 学園生活」
「うん……勉強もたくさんできたし、楽しかった……かな?」
「色々とあったけどね! 当事者じゃなくても!」
「ふふ、確かに」
あそこは色んな生徒が通う学園だから色んなことが起こる。やっぱり今の在学生は去年起こった騒動のことが一番強く印象に残っていると思う。
巷で売られている、妹もよく読んでいる本の中に似たような物語があったなぁだなんて読んだことのない内容を必死に思い出す。妹は面白いって色々と教えてくれたけど、私の趣味じゃなかったから教えてもらったことあまり覚えてないけど。
でも事実は小説より奇なりとでも言えばいいのか。それ以上のことが起こっていたんだから忘れようもない。
結局あのあとどうなったのか、詳しいことは庶民である私たちにはわからない。ただそれぞれの恋人たちがうまくいった、でも一番可哀想な人がいる、その程度しか知らない。
でもきっとこのままっていうわけでもないと思う。王族なのだから相手は誰であろうと結局結婚しなければならないのだから。ちょっと、可哀想だなって思ってしまう。庶民の私にそう思われたくないかもしれないけど。
「あ、見て見てあれ美味しそうじゃない? 買って食べてみようよ」
「え? あ、でも、私、今日必要な分しか持ってきてない……」
「私が奢るからさ! ちょっと待ってて、買って来るっ⁈」
「……? どうしたの?」
今すぐにでも駆け出そうとしていた彼女がビタッ! とおかしな止まり方をした。どうしたんだろう、嫌な人にでも会ったのかなって彼女の視線の先に同じように目を向ける。
「……えっ?」
彼女が固まってしまった理由、わかってしまった。しかもすぐに私の腕を引っ張って物陰に隠れようと移動する。私もそのままズルズルと一緒に物陰に隠れる形になった。
いやでも、あの、さっき見たのは、間違いじゃないよね……? って、彼女を見習ってこっそりと物陰から覗き見る。うん、間違いじゃない。多分私が見間違うことはないと思う。
「えっと……」
私たちの視線の先には、男の人二人。年齢は私たちと変わらない。そもそも、二人のうち一人はとても見覚えのある人だったから。
でももう一人は誰だろう? わからないな、って思っていたらなぜか一緒にいた彼女が謎にプルプル震え始めた。
「ア、アシエ君……」
「あ……やっぱり、アシエ君だよね……?」
「アシエ君のこと知ってるの? あ、ってか私はアシエ君と同じクラスで少し前まで席も隣だったんだけど」
「そうなのっ?」
ちょっと羨ましい。同じクラスなだけでも羨ましいのに、隣の席になったこともあるなんて。
「えっと、あなたって隣のクラスよね? それでもアシエ君のこと知ってるんだ」
「あ……」
そう、私は同じクラスじゃない。そもそも学園は三年間クラスが固定だからよっぽど仲良くないと他のクラスの人と交流することもそう多くない。それなのになんで私はアシエ君のこと知っているのかって、疑問に思うのは当然だと思う。
と、とても説明するのは難しいというか恥ずかしいというか。でも、彼女になら教えてもいいかなって、モジモジしつつチラチラ見ながら口を開く。
「そ、その……わ、私前に、ア、アシエ君に……告白、したことがあって」
「……えっ⁈ そうなの⁈」
「しーっ! 声が大きいよぉ!」
「あっごめん! あでもマジえぇっとあっとあれだよちょっと今からあれちょっと」
「お、落ち着いて⁈」
突然しどろもどろになった彼女に私も慌ててしまう。目も泳いでて冷や汗も流し始めてる。よっぽど何かあったのかな⁈ って急いでハンカチを取り出して汗を拭いてあげた。
「あ、あっちのほう見よっか⁈」
そう言って彼女は私の肩を掴んで向きを変えようとしたけど。
私は見てしまった。アシエ君が一緒にいる人と、とても楽しそうに笑ってるところを。
「あ……」
「あーっ⁈ み、見ちゃった⁈ 見ちゃったの⁈」
「隣の人……どこかで見たことがあるような……」
黒髪だけど、でも帽子の隙間からチラッと見えた顔はどこか見覚えがあった。うん、普段そうお目にかかることはないけれど、ある時その顔をよくよく見た気がする。
そこでピンッと来てしまった。見たことがあるに決まってる。去年の例の騒動で初めてまじまじ見たのだから。
「……ウェルス王子……?」
「あちゃー……まぁ、わかるよね。変装しててもわかるよねオーラが違うもん」
「……あなたは知ってたの?」
「ちょっと、場所変えよっか?」
そう言って物陰に隠れていた彼女は立ち上がって歩き出した。一緒に散歩していたのだから彼女を一人行かせるわけにもいかない。後ろが気になったけれど、急いで彼女のあとを追いかけた。
「えっとね、私も前に二人が一緒にいたところを見たことがあるのよ」
「そうなんだ」
「そう……しかも、裏路地で」
「……!」
待って、それってお姉ちゃんがよく読んでいた小説のシチュエーションと似てる。え、休みの日に、二人で裏路地? 裏路地で一体何をするの? って、そんな無粋なことを聞くほど無知じゃない。
え、っていうことは、あの二人は……そういうこと。
「ぇ……うぅっ」
「わーっ⁈ ごめんね余計なこと言っちゃったかな⁈」
「わ、私……付き合ってる人がいるって、それでフラれて」
ということはあれなんだ、あの時すでにアシエ君は王子と付き合っていたんだ。いつの間に。あの二人に接点なんてなさそうだったのにどうやって出会ったんだろう。同じ学園にいるとはいえ、庶民と王族や貴族では関わり合うことはないのに。
というか王子は多方面からフラれたあとに、アシエ君と付き合うことになったっていうこと? ああでもわかる気がする。もしかしたら落ち込んでたら、アシエ君に慰めてもらったのかも。勝手な妄想だけど。でもそう想像できるほどアシエ君はとてもいい人だった。
だって困ってたら誰にでも手を差し伸べることができる人だから。アシエ君にとっては、それが普通だから。
「私そんなアシエ君のこと好きだったの……うわぁんっ」
「あ~泣かないで! つらいよね、そうだよね!」
告白するために頑張って綺麗にして、勇気を振り絞って。フラれて悲しくないわけじゃなかったけど、でもはっきりと言ってくれたおかげで吹っ切れたような気がした。
でもやっぱりちょっと悲しい。ベソベソ泣き始めた私に彼女は背中を撫でてくれて、落ち着ける場所に移動しようって言ってくれて近くにあったカフェに入った。
「落ち着いた?」
「ご、ごめんね、いきなり泣き始めて」
「いいよ、失恋って誰でもつらいもん。美味しいもの食べてパーッとしようよ」
「いらっしゃいませ」
「あっ」
「え?」
「あ」
やってきた店員さんと目が合った瞬間固まった。今度はなんだろうって涙を拭いつつ首を傾げる。
「家のお手伝い中?」
「そう、人手足りないからって。ご注文は」
「えっと、知り合い?」
「同じクラスの男子。実家カフェ運営してるって言ってたけどここだったんだ」
「そう。んで、ご注文は」
「愛想のない店員さんね」
「水ですね。そっちは?」
「待ってよちゃんと注文するから」
そういえば彼、アシエ君とよく一緒にいるのを見たことがあるかも。確かもう一人ちょっと丸い男子生徒も含めて三人で行動してたような気がする。
眼鏡の彼と目が合って、なんだか笑ってしまった。だって彼もあの時あの場にいたんだから。
「あの、前にアシエ君にフラれたんだけど」
「……! あの時の」
「とっても美味しいケーキ、お願いします」
メニュー見てたらお腹空いちゃった。ここでやっと彼女と自己紹介して、ケーキが来るのをお喋りしながら待つ。
そういえばあの時チラッと見たアシエ君。とても楽しそうに笑っていて、そして嬉しそうにはにかんでいた。いつもパッと明るい笑顔ばかり見てたから、ああ、ああいう笑顔もできるんだなぁって。感情が溢れ出ていて。
ウェルス王子のこと本当に好きなんだなぁって、しみじみ思ってしまった。
でももう少しで先生のところだから! って気合いを入れ直して廊下の角を曲がった時。あっ、と思ってももう遅かった。
「ぐえぇっ⁈」
「きゃーっ⁈ ご、ごめんなさい!」
誰かと思いっきりドンッとぶつかって、しかも手に持っていた物が全部相手側に倒れてしまった。目の前には尻餅をついてノートに埋もれてしまってる男子生徒。慌ててノートと教材を拾おうと屈み込む。
「け、怪我してませんか⁈」
「大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけ! ってかすっげぇ重ぇな!」
「ごめんなさい!」
ペコペコ謝ってると相手も大丈夫って言いながらノートを拾い上げてくれる。二人の間に積み上げていったんだけど、改めて見るとそこそこの塔だ。
「え、もしかしてこれ一人で運んでたの?」
「う、うん、先生に頼まれて」
「マジかよ! 俺も持っていくの手伝うよ」
「えっ? い、いいよ、そんなの悪いよ……」
パッと見た感じ一般学部の生徒だけど同じクラスの生徒ではなさそうだし、別のクラスの人に手伝ってもらうのは尚更気が引けた。だから断ろうと思ったんだけど、その前に相手がひょいっと半分以上持ってしまった。
「俺、力だけはあるからさ。しかもそこまでじゃん。持つよ」
「あ……ありが、とう」
相手はもう歩き始めてしまって、こうなったら申し訳ないけどご厚意に甘えようと残りの少ないノートを持って一緒に廊下を歩く。さっきまで腕をプルプルさせていたけど、ほとんど彼が持ってしまったから本当に軽かった。
それから一緒に先生の元に届けて、忙しいのかこっちをチラッと見ただけで「おーありがとなー」ってお礼を言われたけど。
「先生! か弱い女子にこんな重い物持たせるのどうかと思います!」
「お、おお? 重かったか?」
「教材もあるんだから重いに決まってんでしょ! 自分で運んでくださいよ! そんでもって彼女に謝ってください。もう少しで転けて怪我するところだったんですからねッ!」
「そ、そうなのか? それは悪いことをしたな……すまん、大丈夫だったか?」
「あ……は、はい、大丈夫です」
私は。大丈夫じゃなかったのは彼のほうだと思うけど、彼は自分がこの重いノートと教材に潰されたことを先生に言うことはなかった。
廊下に出て改めて彼にお礼を言うと、「たまたま通っただけだから。気にしないで」って言ってそのまま先に行ってしまった。
こう言ってはなんだけど、私は男の人が苦手だった。姉妹しかおらず、父は優しい人だったけれど近所にいたおじさんが本当に怖い人で。学園に入ったら少しはまともに会話できるかなって思ったけど、昔に比べてちょっとはマシになったけどそれでもまだちょっと怖い。
だからああして普通に会話ができたのが初めてだった。助けてもらったっていうのもあるかもしれないけど、彼はあんまり怖くはない。なんて言えばいいのかな、まとっている空気が大らかだったから。
「あの、ありがとう、案内してくれて」
「いいのいいの。同じ学園に通うよしみじゃない」
しっかりと学園で勉強を学んで、休みの日はこうして必要なものを買っていたんだけど。私が欲しかった物が中々見つからなくて困っていたら、今隣りにいる彼女から声をかけてもらった。
「同じ学園の生徒よね? クラスは違うけど見たことあったから」
それだけで私を助けてくれただなんて、優しい人なんだなぁって案内してくれた彼女に感謝しつつお目当ての物を買うことができた。
「綺麗なペンね」
「う、うん、これが一番書き心地がいいの。でもお店が移転してたみたいで……」
「潰れたわけじゃなくて広いところに移っててよかったね」
「うん」
前あった場所にお店がなくなっていたからもうびっくりした。本当に潰れたわけじゃなくて移転しただけでよかった。
せっかくだからと、彼女と少し一緒に散歩することになった。寮生活だからこうして休日の時じゃないと街には来ない。少し見ない間でも変わっているところがあるのだから、どこかまた変わってるんじゃないかとあちこちキョロキョロと見てしまう。
「あ~、もう少しで卒業ね~。どうだった? 学園生活」
「うん……勉強もたくさんできたし、楽しかった……かな?」
「色々とあったけどね! 当事者じゃなくても!」
「ふふ、確かに」
あそこは色んな生徒が通う学園だから色んなことが起こる。やっぱり今の在学生は去年起こった騒動のことが一番強く印象に残っていると思う。
巷で売られている、妹もよく読んでいる本の中に似たような物語があったなぁだなんて読んだことのない内容を必死に思い出す。妹は面白いって色々と教えてくれたけど、私の趣味じゃなかったから教えてもらったことあまり覚えてないけど。
でも事実は小説より奇なりとでも言えばいいのか。それ以上のことが起こっていたんだから忘れようもない。
結局あのあとどうなったのか、詳しいことは庶民である私たちにはわからない。ただそれぞれの恋人たちがうまくいった、でも一番可哀想な人がいる、その程度しか知らない。
でもきっとこのままっていうわけでもないと思う。王族なのだから相手は誰であろうと結局結婚しなければならないのだから。ちょっと、可哀想だなって思ってしまう。庶民の私にそう思われたくないかもしれないけど。
「あ、見て見てあれ美味しそうじゃない? 買って食べてみようよ」
「え? あ、でも、私、今日必要な分しか持ってきてない……」
「私が奢るからさ! ちょっと待ってて、買って来るっ⁈」
「……? どうしたの?」
今すぐにでも駆け出そうとしていた彼女がビタッ! とおかしな止まり方をした。どうしたんだろう、嫌な人にでも会ったのかなって彼女の視線の先に同じように目を向ける。
「……えっ?」
彼女が固まってしまった理由、わかってしまった。しかもすぐに私の腕を引っ張って物陰に隠れようと移動する。私もそのままズルズルと一緒に物陰に隠れる形になった。
いやでも、あの、さっき見たのは、間違いじゃないよね……? って、彼女を見習ってこっそりと物陰から覗き見る。うん、間違いじゃない。多分私が見間違うことはないと思う。
「えっと……」
私たちの視線の先には、男の人二人。年齢は私たちと変わらない。そもそも、二人のうち一人はとても見覚えのある人だったから。
でももう一人は誰だろう? わからないな、って思っていたらなぜか一緒にいた彼女が謎にプルプル震え始めた。
「ア、アシエ君……」
「あ……やっぱり、アシエ君だよね……?」
「アシエ君のこと知ってるの? あ、ってか私はアシエ君と同じクラスで少し前まで席も隣だったんだけど」
「そうなのっ?」
ちょっと羨ましい。同じクラスなだけでも羨ましいのに、隣の席になったこともあるなんて。
「えっと、あなたって隣のクラスよね? それでもアシエ君のこと知ってるんだ」
「あ……」
そう、私は同じクラスじゃない。そもそも学園は三年間クラスが固定だからよっぽど仲良くないと他のクラスの人と交流することもそう多くない。それなのになんで私はアシエ君のこと知っているのかって、疑問に思うのは当然だと思う。
と、とても説明するのは難しいというか恥ずかしいというか。でも、彼女になら教えてもいいかなって、モジモジしつつチラチラ見ながら口を開く。
「そ、その……わ、私前に、ア、アシエ君に……告白、したことがあって」
「……えっ⁈ そうなの⁈」
「しーっ! 声が大きいよぉ!」
「あっごめん! あでもマジえぇっとあっとあれだよちょっと今からあれちょっと」
「お、落ち着いて⁈」
突然しどろもどろになった彼女に私も慌ててしまう。目も泳いでて冷や汗も流し始めてる。よっぽど何かあったのかな⁈ って急いでハンカチを取り出して汗を拭いてあげた。
「あ、あっちのほう見よっか⁈」
そう言って彼女は私の肩を掴んで向きを変えようとしたけど。
私は見てしまった。アシエ君が一緒にいる人と、とても楽しそうに笑ってるところを。
「あ……」
「あーっ⁈ み、見ちゃった⁈ 見ちゃったの⁈」
「隣の人……どこかで見たことがあるような……」
黒髪だけど、でも帽子の隙間からチラッと見えた顔はどこか見覚えがあった。うん、普段そうお目にかかることはないけれど、ある時その顔をよくよく見た気がする。
そこでピンッと来てしまった。見たことがあるに決まってる。去年の例の騒動で初めてまじまじ見たのだから。
「……ウェルス王子……?」
「あちゃー……まぁ、わかるよね。変装しててもわかるよねオーラが違うもん」
「……あなたは知ってたの?」
「ちょっと、場所変えよっか?」
そう言って物陰に隠れていた彼女は立ち上がって歩き出した。一緒に散歩していたのだから彼女を一人行かせるわけにもいかない。後ろが気になったけれど、急いで彼女のあとを追いかけた。
「えっとね、私も前に二人が一緒にいたところを見たことがあるのよ」
「そうなんだ」
「そう……しかも、裏路地で」
「……!」
待って、それってお姉ちゃんがよく読んでいた小説のシチュエーションと似てる。え、休みの日に、二人で裏路地? 裏路地で一体何をするの? って、そんな無粋なことを聞くほど無知じゃない。
え、っていうことは、あの二人は……そういうこと。
「ぇ……うぅっ」
「わーっ⁈ ごめんね余計なこと言っちゃったかな⁈」
「わ、私……付き合ってる人がいるって、それでフラれて」
ということはあれなんだ、あの時すでにアシエ君は王子と付き合っていたんだ。いつの間に。あの二人に接点なんてなさそうだったのにどうやって出会ったんだろう。同じ学園にいるとはいえ、庶民と王族や貴族では関わり合うことはないのに。
というか王子は多方面からフラれたあとに、アシエ君と付き合うことになったっていうこと? ああでもわかる気がする。もしかしたら落ち込んでたら、アシエ君に慰めてもらったのかも。勝手な妄想だけど。でもそう想像できるほどアシエ君はとてもいい人だった。
だって困ってたら誰にでも手を差し伸べることができる人だから。アシエ君にとっては、それが普通だから。
「私そんなアシエ君のこと好きだったの……うわぁんっ」
「あ~泣かないで! つらいよね、そうだよね!」
告白するために頑張って綺麗にして、勇気を振り絞って。フラれて悲しくないわけじゃなかったけど、でもはっきりと言ってくれたおかげで吹っ切れたような気がした。
でもやっぱりちょっと悲しい。ベソベソ泣き始めた私に彼女は背中を撫でてくれて、落ち着ける場所に移動しようって言ってくれて近くにあったカフェに入った。
「落ち着いた?」
「ご、ごめんね、いきなり泣き始めて」
「いいよ、失恋って誰でもつらいもん。美味しいもの食べてパーッとしようよ」
「いらっしゃいませ」
「あっ」
「え?」
「あ」
やってきた店員さんと目が合った瞬間固まった。今度はなんだろうって涙を拭いつつ首を傾げる。
「家のお手伝い中?」
「そう、人手足りないからって。ご注文は」
「えっと、知り合い?」
「同じクラスの男子。実家カフェ運営してるって言ってたけどここだったんだ」
「そう。んで、ご注文は」
「愛想のない店員さんね」
「水ですね。そっちは?」
「待ってよちゃんと注文するから」
そういえば彼、アシエ君とよく一緒にいるのを見たことがあるかも。確かもう一人ちょっと丸い男子生徒も含めて三人で行動してたような気がする。
眼鏡の彼と目が合って、なんだか笑ってしまった。だって彼もあの時あの場にいたんだから。
「あの、前にアシエ君にフラれたんだけど」
「……! あの時の」
「とっても美味しいケーキ、お願いします」
メニュー見てたらお腹空いちゃった。ここでやっと彼女と自己紹介して、ケーキが来るのをお喋りしながら待つ。
そういえばあの時チラッと見たアシエ君。とても楽しそうに笑っていて、そして嬉しそうにはにかんでいた。いつもパッと明るい笑顔ばかり見てたから、ああ、ああいう笑顔もできるんだなぁって。感情が溢れ出ていて。
ウェルス王子のこと本当に好きなんだなぁって、しみじみ思ってしまった。
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