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第12章-1 自覚と嫉妬
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日本から友人が来るからと、祐樹が二日間の夏休みを申請したのは、孝弘があの電話を聞いてから数日後のことだった。
そのタイミングに、もしかしてと思わずにはいられない。
あのときの電話の相手が会いに来るんじゃないか?
ずいぶんと親しげな感じだった。つき合っていたのなら、それも当然だろう。でも別れ話をしていたようだったのに。
いや、高橋さんは断っていたけど、相手はそれに同意はしていなかったんだっけ? いやいや、彼女と結婚をするかしないかを相談していたような会話だったか? 結婚を勧めていたのは覚えている。
あれ、別れ話はどうなったんだっけ?
孝弘も混乱していたせいか、電話で相手の発言が聞こえなかったせいか、いまいち会話の内容が思い出せない。
でも声の調子や話し方で、祐樹が相手を嫌いなわけではないことはわかっていた。
結局、あの日は動揺して祐樹の顔をまともに見ることもできず、食後すぐに頭が痛いと嘘をついて逃げるように寮に帰った。
いや、実際逃げたのだ。
あのまま部屋にいたら、絶対おかしなことを口走っていたと思う。そのくらいにはあの電話は衝撃的だった。
そして、突然自覚した祐樹への思いも、どう取り扱えばいいのか、まったくわからなかった。
いまもわからないままだ。
火曜日はアルバイトだったが、祐樹は出払っていて一日社内にはおらず、孝弘はやきもきしながら仕事をこなした。会えなくてほっとしたが、同じくらい落胆もしていた。
会いたいのか会いたくないのか、じぶんでもはっきりしない。こんな訳のわからない状態になるのは初めてで、一体どうしたことかと気持ちが常に波立っている状態だ。
じぶんの気持ちがこんなにままならないものだとは。
水曜木曜と二日休んだ祐樹が出勤した金曜日、孝弘はやけに緊張しながら朝の挨拶をした。祐樹を一目みて、ああ、やっぱり会ったんだなとわかった。
明らかに憂いを帯びた横顔だったから。けれども表情は荒れてはおらず、少なくとも喧嘩別れをしたとか、修羅場を演じたとかいう雰囲気ではなかった。
それにほっとしつつも、もやもやした気分は残る。
どんな二日間を過ごしたのか、恋人同士の最後の逢瀬だったのなら、つまりそういうことだろう。
でもどんな時間を過ごしたとしても、祐樹は表情に出したりはしないのかもしれない。いつも穏やかに笑って楽し気にしていた祐樹だけれど、実はそれは計算された顔なんじゃないのか。
先日の、電話の日から孝弘はそう思うようになっていた。
普段通りにランチを誘われて、いい断り文句も思いつかず、地下の社員食堂に向かった。安いのだが正直いっておいしくはない。時間があれば外に食べに行くのだが、今日は祐樹が午後イチで打ち合わせが入っている。
「はじめは、なんで料金が二種類あるのかわからなかったな。てっきり量が違うんだと思ってたよ」
ランチは中国人料金と外国人料金が表示されている。王府井で孝弘に説明されるまで、祐樹は二重価格の意味を理解していなかったのだ。
王府井での出来事が、ずいぶんと以前に感じた。
「そうだ、ドリップパックのコーヒーもらったけど、上野くんいる?」
「高橋さんにくれたんじゃないの?」
「うん、でも上野くんのほうが北京生活が長いから、必要度が高いかと思って」
「高橋さん、じつはお茶派ですもんね」
何度かマンションに行くうちに気づいたことだった。祐樹はほうじ茶や麦茶などの香ばしいお茶が好きなのだ。
食後には必ず熱いお茶を飲んでいるし、冷蔵庫には冷やしたものも入れている。北京に来て朝鮮族の店で飲んで以来、玉米茶というコーン茶もお気に入りだ。
そんな好みを把握できる程度には親しくなった。でもそれだけだ。
「コーヒーも嫌いじゃないよ。あーでも、花茶(ジャスミン茶)はあんまりなんだよね」
北京でもっともポピュラーな花茶は香りが苦手らしい。
「ところで、夜は時間ある? おいしい博多地鶏の鍋セットがあるけど、一人じゃ量が多いんだ。食べに来ない?」
にっこり笑って誘ってくるが、それもたぶん彼のみやげなのだろう。
祐樹の料理が鍋と知っている人なのか。きっと彼も食べたんだろう、祐樹の作るつくね鍋とかキムチ鍋とか水炊きとか。
それとも一緒に料理したり、部屋に泊まりあったりしたんだろうか。そりゃそうだろ、つき合ってたんだから。
でもあなたとはもう寝ませんって言ってたし。
ていうか、高橋さんは男としたことあるんだ。当たり前だよな、恋人だったんだし。体の相性はよかったって言ってたし。
ていうか普通にセックスすんのかな、男同士で。……するんだよな。こんな涼し気な顔してんのに。いや、どんな美男美女でもセックスくらいするだろ。
……高橋さんて、抱くの? 抱かれるの? ゲイのセックスに興味を持ったことのない孝弘は内心で首をかしげた。
男同士だとどっちもありとか? つーか俺は一体、何を考えてるんだ。
そんなことを考え始めると、ろくなことをしゃべりかねないとあわてて思考をストップさせる。
「うん、行く」
余計なことは言わず、孝弘はそれだけ返事した。
そのタイミングに、もしかしてと思わずにはいられない。
あのときの電話の相手が会いに来るんじゃないか?
ずいぶんと親しげな感じだった。つき合っていたのなら、それも当然だろう。でも別れ話をしていたようだったのに。
いや、高橋さんは断っていたけど、相手はそれに同意はしていなかったんだっけ? いやいや、彼女と結婚をするかしないかを相談していたような会話だったか? 結婚を勧めていたのは覚えている。
あれ、別れ話はどうなったんだっけ?
孝弘も混乱していたせいか、電話で相手の発言が聞こえなかったせいか、いまいち会話の内容が思い出せない。
でも声の調子や話し方で、祐樹が相手を嫌いなわけではないことはわかっていた。
結局、あの日は動揺して祐樹の顔をまともに見ることもできず、食後すぐに頭が痛いと嘘をついて逃げるように寮に帰った。
いや、実際逃げたのだ。
あのまま部屋にいたら、絶対おかしなことを口走っていたと思う。そのくらいにはあの電話は衝撃的だった。
そして、突然自覚した祐樹への思いも、どう取り扱えばいいのか、まったくわからなかった。
いまもわからないままだ。
火曜日はアルバイトだったが、祐樹は出払っていて一日社内にはおらず、孝弘はやきもきしながら仕事をこなした。会えなくてほっとしたが、同じくらい落胆もしていた。
会いたいのか会いたくないのか、じぶんでもはっきりしない。こんな訳のわからない状態になるのは初めてで、一体どうしたことかと気持ちが常に波立っている状態だ。
じぶんの気持ちがこんなにままならないものだとは。
水曜木曜と二日休んだ祐樹が出勤した金曜日、孝弘はやけに緊張しながら朝の挨拶をした。祐樹を一目みて、ああ、やっぱり会ったんだなとわかった。
明らかに憂いを帯びた横顔だったから。けれども表情は荒れてはおらず、少なくとも喧嘩別れをしたとか、修羅場を演じたとかいう雰囲気ではなかった。
それにほっとしつつも、もやもやした気分は残る。
どんな二日間を過ごしたのか、恋人同士の最後の逢瀬だったのなら、つまりそういうことだろう。
でもどんな時間を過ごしたとしても、祐樹は表情に出したりはしないのかもしれない。いつも穏やかに笑って楽し気にしていた祐樹だけれど、実はそれは計算された顔なんじゃないのか。
先日の、電話の日から孝弘はそう思うようになっていた。
普段通りにランチを誘われて、いい断り文句も思いつかず、地下の社員食堂に向かった。安いのだが正直いっておいしくはない。時間があれば外に食べに行くのだが、今日は祐樹が午後イチで打ち合わせが入っている。
「はじめは、なんで料金が二種類あるのかわからなかったな。てっきり量が違うんだと思ってたよ」
ランチは中国人料金と外国人料金が表示されている。王府井で孝弘に説明されるまで、祐樹は二重価格の意味を理解していなかったのだ。
王府井での出来事が、ずいぶんと以前に感じた。
「そうだ、ドリップパックのコーヒーもらったけど、上野くんいる?」
「高橋さんにくれたんじゃないの?」
「うん、でも上野くんのほうが北京生活が長いから、必要度が高いかと思って」
「高橋さん、じつはお茶派ですもんね」
何度かマンションに行くうちに気づいたことだった。祐樹はほうじ茶や麦茶などの香ばしいお茶が好きなのだ。
食後には必ず熱いお茶を飲んでいるし、冷蔵庫には冷やしたものも入れている。北京に来て朝鮮族の店で飲んで以来、玉米茶というコーン茶もお気に入りだ。
そんな好みを把握できる程度には親しくなった。でもそれだけだ。
「コーヒーも嫌いじゃないよ。あーでも、花茶(ジャスミン茶)はあんまりなんだよね」
北京でもっともポピュラーな花茶は香りが苦手らしい。
「ところで、夜は時間ある? おいしい博多地鶏の鍋セットがあるけど、一人じゃ量が多いんだ。食べに来ない?」
にっこり笑って誘ってくるが、それもたぶん彼のみやげなのだろう。
祐樹の料理が鍋と知っている人なのか。きっと彼も食べたんだろう、祐樹の作るつくね鍋とかキムチ鍋とか水炊きとか。
それとも一緒に料理したり、部屋に泊まりあったりしたんだろうか。そりゃそうだろ、つき合ってたんだから。
でもあなたとはもう寝ませんって言ってたし。
ていうか、高橋さんは男としたことあるんだ。当たり前だよな、恋人だったんだし。体の相性はよかったって言ってたし。
ていうか普通にセックスすんのかな、男同士で。……するんだよな。こんな涼し気な顔してんのに。いや、どんな美男美女でもセックスくらいするだろ。
……高橋さんて、抱くの? 抱かれるの? ゲイのセックスに興味を持ったことのない孝弘は内心で首をかしげた。
男同士だとどっちもありとか? つーか俺は一体、何を考えてるんだ。
そんなことを考え始めると、ろくなことをしゃべりかねないとあわてて思考をストップさせる。
「うん、行く」
余計なことは言わず、孝弘はそれだけ返事した。
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