あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第24章-1 入院

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 目が覚めて、最初に思ったのは熱い、だった。
 左腕がやけに熱い。

 ぼんやり首を回すと、包帯に包まれた腕が見えた。
 え?なんだ?
「高橋、気がついたか?」
 正面に青木の顔が見えた。心配そうに眉を寄せている。
 状況がつかめず、祐樹は瞬きした。
「あ、なに……?」
 上から覗きこむ青木はほっとした顔をした。

「土砂崩れに巻き込まれたんだよ。わかるか? ここは病院だ」
 意識を失う寸前の光景が一瞬でよみがえった。
 祐樹を突き飛ばして土砂の直撃から守ったのは孝弘だった。
 はっと体を起こす。
「あっ、いった……」
 あちこちに痛みが走って声もなく呻いていると、青木が背中に腕をいれて起こしてくれた。

「大丈夫か? 急に動くと傷が開くぞ」
「はい、すみません」
 体を起こすと、スーツもシャツも左肩から先がなかった。処置のために袖を切り取ったようだ。代わりに包帯がしっかりと巻かれている。
「腕が切れていたから縫ったんだ。出血がひどかったけど、折れてはいないよ。麻酔が切れたらしばらく痛むだろうが、じきによくなるらしい。痕が残らないといいけどな」
 青木の言葉に祐樹はうなずいた。
 女の子じゃあるまいし、傷痕くらい大したことではない。骨折してないのは幸いだ。

「それより、上野くんは?」
「まだ意識が戻らない。ちょっと頭を打ったみたいだから、心配してるんだが」
 孝弘は別の病室にいるそうだ。
 祐樹がいるのは3人部屋で、ベットに2人が寝ており、付添人か見舞い客なのかそれぞれ数人がついていた。
 日本語で話している外国人をじろじろ遠慮のない目で眺めている。

「それにしても、携帯電話のある時代でよかったよ」
 青木は心底ほっとした口調だった。
 車に乗っていて無事だった運転手が機転を利かせてくれ、ポケットに入れていた祐樹の携帯を探して、青木に連絡をつけてくれたのだ。
 ここ3年ほどのあいだに中国でも携帯電話はかなり普及してきていた。
 有線の固定電話は電話線の設置に手間も金もかかるのでいまだに家に電話を持たない人がほとんどだが、手軽に持ててどこでも使える携帯電話はこの広い中国で急速に普及してきている。

 出張中の祐樹ももちろん持っており、そのおかげで事故直後に青木に連絡がついたのだった。外国人が事故に巻き込まれたということで青木の働きかけで市の外事弁公室が動いたらしく、病院への搬送もかなりスムーズに行われた。
「すみません、お世話をおかけして」
「いいよ、そんなの。一歩間違えればもっとひどいことになっていたんだし、このくらいで済んで本当によかったよ」
 あの土砂崩れで30人ほどが生き埋めになり、かろうじて死者は出なかったものの、なかには頭蓋骨骨折の重傷者もいたと聞いて、祐樹は今ごろになって体を震わせた。

 青木と一緒に孝弘の様子を見に行くと、孝弘は頭に包帯を巻かれて眠っていた。
 そこは四人部屋でたいそう騒がしかったが、孝弘の表情は穏やかですこし安心する。
 でも寝顔を見ているうちに、祐樹の心臓は痛いくらいどくどくし始めた。
 まさかこのまま目覚めないなんてことはないよな?
 大丈夫だ、ちょっと頭を打っただけって言っていた。
 
 でも本当にちょっとだったのか? 
 そんなの誰にもわからない。
 もしかしたら、打ちどころが悪かったのかもしれない。
 祐樹は悪いほうへと引っ張られる意識を、どうにか断ち切った。
 考えるな、きっともうすぐ目を覚ます。

「レントゲンとMRIは撮ってもらった。そんなに強く打ったようでもなかったんだが、まだ意識が戻らなくて。そのうち目を覚ますと思うんだが」
 顔色の悪い祐樹を気遣ってか、青木は気楽そうな口ぶりで話した。
 検査結果が出たところらしく、医師がやってきたので青木とともに話を聞いた。
 通訳の孝弘がいないので、祐樹が通訳することになったが、なまりの強い医師の言葉は聞き取りにくく、まして病院という非日常の場面での会話は不慣れなため、何度も聞き返した。

 幸い、医師は英語がそこそこ話せたので、英語交じりの会話でMRI検査では特に異常はないこと、打った場所がすこし切れていたので縫合したが、今のところ大したことはないと知って体から力が抜けた。
 点滴を打たれている孝弘は、ぴくりとも動かない。
 祐樹の怪我の説明もしてもらい、二人ともとりあえず一晩、様子を見るというので、青木といったん病室に戻った。
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