81 / 112
第24章-2
しおりを挟む
「俺はこのまま食べ物と服、買ってくるから、高橋は病室で待っててくれ。病院ではけが人の食事は出ないんだってな。なにが食べたい?」
「よくわかりませんけど、パンとかカップ麺かな……」
胸がいっぱいで、空腹かどうかもよくわからない。
「そうだよな。まあとりあえず着替えとか洗面用具もいるよな」
青木がまだ泥だらけの祐樹を見て、不安そうな顔をする。中国語がほとんど話せないからそれも無理はない。
「青木さん、ひとりで買い物、行けますか? 無理そうなら、その辺の人に頼みますけど」
「その辺の人って?」
「付添人とか見舞いに来てる人がたくさんいるでしょう。彼らに手間賃払えば、頼まれてくれますよ」
「そういうものなのか? まあでも様子見てくるよ。無理だったら頼むわ」
見ず知らずの人に買い物を頼むのも不安に思ったのか、青木は自分で行くと言って出て行った。
頭から土砂をかぶったので、ひどい状態のままだった。シャワーを浴びたいと思う。
腕を縫っただけだから、多分平気だろうと看護師にかけあってシャワーの許可をもらい、ベッドに座って青木が戻ってくるのを待つ。
頭に浮かぶのは孝弘の寝顔だ。
穏やかに眠っていて安心したはずなのに、心のなかが波立っていた。
穏やかな寝顔?
穏やか…、ってつまり、安らかな寝顔?
いや、なに考えてるんだ。縁起でもない。
大丈夫だ、そんなことは起きない。
意識して孝弘の笑顔を思い浮かべた。
ふだんはちょっと皮肉っぽい笑い方をするが、たまに見せる子供っぽい笑顔が好きだった。
いたずらを仕掛けてきたときの、すました笑顔も。
意外な場面で見せる照れたような笑顔も、祐樹を口説くときのやさしくあまい微笑みも。
……降参だ。
祐樹は唇をかみしめた。
こんなにも孝弘が好きだったのか。
自覚していたけれど、わかっていたつもりだったけど、それよりももっとずっと孝弘が好きだったのだ。
失うかもしれないと思っただけで、泣けてしまうくらいに。
涙がこぼれ落ちそうになるから、必死に瞬きした。
だめだ、と強く思う。
そんな想像で泣くのはだめだ。
大丈夫、すぐに目を覚ます。そしたら、言わなくちゃ。
逃げてばかりいた自分の気持ちを。
祐樹は立ち上がると、洗面所に行って顔を洗った。
右手だけでは思ったようにざぶざぶ洗えなくていらいらした。
悪い想像も一緒に洗い流してしまいたかったのに。
「今夜だけだから、とりあえずこれでいいか?」
戻ってきた青木から半袖シャツとジャージのズボンを渡された。病院のすぐ横に必要なものが置いている店があったという。
予想より早かったと思ったら、あの運転手が一緒だった。預かっている荷物をどうしたらいいかと訊きに来たところを、青木とばったり会って、中国語のおぼつかない青木の買い物につき合ってくれたらしい。
昨日も病院に運び込まれたときから付き添って、事情を説明してくれたそうだ。
案外、面倒見がいい。
祐樹と孝弘の具合を心配していたようで、祐樹の顔を見て何度も無事でよかったと繰り返す。
彼が親身になってくれたのも孝弘のおかげだろう。親しく話して色々情報交換していたから、こうして世話を焼いてくれたのだ。
孝弘がまだ目覚めないと聞いて心配そうな顔をしたが「なあに、きっと大丈夫だ」とぶっきらぼうにも聞こえる口調で励ましてくれた。
荷物をホテルに届けてくれるように頼み、孝弘が契約した料金にかなり上乗せして謝礼を支払う。何か助けがいるなら連絡してくれと言い残して、運転手は帰って行った。
買物袋の中にサンダルもあったので、泥だらけの革靴と靴下をようやく脱げた。
服が脱げないので青木にはさみで切り裂いてもらうことになった。左腕の包帯を濡らさないようにビニール袋で覆ってシャワーを浴びるのはなかなか大変だった。
「片腕が使えないって、案外不便だな」
シャンプーするのも体を洗うのも一苦労だった。
シャワールームに置いてあるバスチェアに腰かけ、バランスを取りながらどうにか下着とジャージを履いた。
半袖シャツは大きめのサイズで、包帯をしたままでもそのまま羽織ることができる。
もらったときはへんな取り合わせだと思ったが、着替えやすい服を青木なりに選んでくれたのだと理解した。
清潔な服に着替えたら、さっぱりして気持ちも落ち着いた。
「よくわかりませんけど、パンとかカップ麺かな……」
胸がいっぱいで、空腹かどうかもよくわからない。
「そうだよな。まあとりあえず着替えとか洗面用具もいるよな」
青木がまだ泥だらけの祐樹を見て、不安そうな顔をする。中国語がほとんど話せないからそれも無理はない。
「青木さん、ひとりで買い物、行けますか? 無理そうなら、その辺の人に頼みますけど」
「その辺の人って?」
「付添人とか見舞いに来てる人がたくさんいるでしょう。彼らに手間賃払えば、頼まれてくれますよ」
「そういうものなのか? まあでも様子見てくるよ。無理だったら頼むわ」
見ず知らずの人に買い物を頼むのも不安に思ったのか、青木は自分で行くと言って出て行った。
頭から土砂をかぶったので、ひどい状態のままだった。シャワーを浴びたいと思う。
腕を縫っただけだから、多分平気だろうと看護師にかけあってシャワーの許可をもらい、ベッドに座って青木が戻ってくるのを待つ。
頭に浮かぶのは孝弘の寝顔だ。
穏やかに眠っていて安心したはずなのに、心のなかが波立っていた。
穏やかな寝顔?
穏やか…、ってつまり、安らかな寝顔?
いや、なに考えてるんだ。縁起でもない。
大丈夫だ、そんなことは起きない。
意識して孝弘の笑顔を思い浮かべた。
ふだんはちょっと皮肉っぽい笑い方をするが、たまに見せる子供っぽい笑顔が好きだった。
いたずらを仕掛けてきたときの、すました笑顔も。
意外な場面で見せる照れたような笑顔も、祐樹を口説くときのやさしくあまい微笑みも。
……降参だ。
祐樹は唇をかみしめた。
こんなにも孝弘が好きだったのか。
自覚していたけれど、わかっていたつもりだったけど、それよりももっとずっと孝弘が好きだったのだ。
失うかもしれないと思っただけで、泣けてしまうくらいに。
涙がこぼれ落ちそうになるから、必死に瞬きした。
だめだ、と強く思う。
そんな想像で泣くのはだめだ。
大丈夫、すぐに目を覚ます。そしたら、言わなくちゃ。
逃げてばかりいた自分の気持ちを。
祐樹は立ち上がると、洗面所に行って顔を洗った。
右手だけでは思ったようにざぶざぶ洗えなくていらいらした。
悪い想像も一緒に洗い流してしまいたかったのに。
「今夜だけだから、とりあえずこれでいいか?」
戻ってきた青木から半袖シャツとジャージのズボンを渡された。病院のすぐ横に必要なものが置いている店があったという。
予想より早かったと思ったら、あの運転手が一緒だった。預かっている荷物をどうしたらいいかと訊きに来たところを、青木とばったり会って、中国語のおぼつかない青木の買い物につき合ってくれたらしい。
昨日も病院に運び込まれたときから付き添って、事情を説明してくれたそうだ。
案外、面倒見がいい。
祐樹と孝弘の具合を心配していたようで、祐樹の顔を見て何度も無事でよかったと繰り返す。
彼が親身になってくれたのも孝弘のおかげだろう。親しく話して色々情報交換していたから、こうして世話を焼いてくれたのだ。
孝弘がまだ目覚めないと聞いて心配そうな顔をしたが「なあに、きっと大丈夫だ」とぶっきらぼうにも聞こえる口調で励ましてくれた。
荷物をホテルに届けてくれるように頼み、孝弘が契約した料金にかなり上乗せして謝礼を支払う。何か助けがいるなら連絡してくれと言い残して、運転手は帰って行った。
買物袋の中にサンダルもあったので、泥だらけの革靴と靴下をようやく脱げた。
服が脱げないので青木にはさみで切り裂いてもらうことになった。左腕の包帯を濡らさないようにビニール袋で覆ってシャワーを浴びるのはなかなか大変だった。
「片腕が使えないって、案外不便だな」
シャンプーするのも体を洗うのも一苦労だった。
シャワールームに置いてあるバスチェアに腰かけ、バランスを取りながらどうにか下着とジャージを履いた。
半袖シャツは大きめのサイズで、包帯をしたままでもそのまま羽織ることができる。
もらったときはへんな取り合わせだと思ったが、着替えやすい服を青木なりに選んでくれたのだと理解した。
清潔な服に着替えたら、さっぱりして気持ちも落ち着いた。
13
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる