あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第24章-2

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「俺はこのまま食べ物と服、買ってくるから、高橋は病室で待っててくれ。病院ではけが人の食事は出ないんだってな。なにが食べたい?」
「よくわかりませんけど、パンとかカップ麺かな……」
 胸がいっぱいで、空腹かどうかもよくわからない。
「そうだよな。まあとりあえず着替えとか洗面用具もいるよな」
 青木がまだ泥だらけの祐樹を見て、不安そうな顔をする。中国語がほとんど話せないからそれも無理はない。
「青木さん、ひとりで買い物、行けますか? 無理そうなら、その辺の人に頼みますけど」
「その辺の人って?」

「付添人とか見舞いに来てる人がたくさんいるでしょう。彼らに手間賃払えば、頼まれてくれますよ」
「そういうものなのか? まあでも様子見てくるよ。無理だったら頼むわ」
見ず知らずの人に買い物を頼むのも不安に思ったのか、青木は自分で行くと言って出て行った。
 頭から土砂をかぶったので、ひどい状態のままだった。シャワーを浴びたいと思う。
腕を縫っただけだから、多分平気だろうと看護師にかけあってシャワーの許可をもらい、ベッドに座って青木が戻ってくるのを待つ。
 頭に浮かぶのは孝弘の寝顔だ。

 穏やかに眠っていて安心したはずなのに、心のなかが波立っていた。
 穏やかな寝顔? 
 穏やか…、ってつまり、安らかな寝顔?
 いや、なに考えてるんだ。縁起でもない。
 大丈夫だ、そんなことは起きない。
 
 意識して孝弘の笑顔を思い浮かべた。
 ふだんはちょっと皮肉っぽい笑い方をするが、たまに見せる子供っぽい笑顔が好きだった。
 いたずらを仕掛けてきたときの、すました笑顔も。
 意外な場面で見せる照れたような笑顔も、祐樹を口説くときのやさしくあまい微笑みも。

 ……降参だ。
 祐樹は唇をかみしめた。
 こんなにも孝弘が好きだったのか。
 自覚していたけれど、わかっていたつもりだったけど、それよりももっとずっと孝弘が好きだったのだ。
 失うかもしれないと思っただけで、泣けてしまうくらいに。
 涙がこぼれ落ちそうになるから、必死に瞬きした。

 だめだ、と強く思う。
 そんな想像で泣くのはだめだ。
 大丈夫、すぐに目を覚ます。そしたら、言わなくちゃ。
 逃げてばかりいた自分の気持ちを。
 祐樹は立ち上がると、洗面所に行って顔を洗った。
 右手だけでは思ったようにざぶざぶ洗えなくていらいらした。
 悪い想像も一緒に洗い流してしまいたかったのに。

「今夜だけだから、とりあえずこれでいいか?」
 戻ってきた青木から半袖シャツとジャージのズボンを渡された。病院のすぐ横に必要なものが置いている店があったという。
 予想より早かったと思ったら、あの運転手が一緒だった。預かっている荷物をどうしたらいいかと訊きに来たところを、青木とばったり会って、中国語のおぼつかない青木の買い物につき合ってくれたらしい。
 昨日も病院に運び込まれたときから付き添って、事情を説明してくれたそうだ。
 案外、面倒見がいい。

 祐樹と孝弘の具合を心配していたようで、祐樹の顔を見て何度も無事でよかったと繰り返す。
 彼が親身になってくれたのも孝弘のおかげだろう。親しく話して色々情報交換していたから、こうして世話を焼いてくれたのだ。
 孝弘がまだ目覚めないと聞いて心配そうな顔をしたが「なあに、きっと大丈夫だ」とぶっきらぼうにも聞こえる口調で励ましてくれた。
 荷物をホテルに届けてくれるように頼み、孝弘が契約した料金にかなり上乗せして謝礼を支払う。何か助けがいるなら連絡してくれと言い残して、運転手は帰って行った。

 買物袋の中にサンダルもあったので、泥だらけの革靴と靴下をようやく脱げた。
 服が脱げないので青木にはさみで切り裂いてもらうことになった。左腕の包帯を濡らさないようにビニール袋で覆ってシャワーを浴びるのはなかなか大変だった。
「片腕が使えないって、案外不便だな」
 シャンプーするのも体を洗うのも一苦労だった。
 シャワールームに置いてあるバスチェアに腰かけ、バランスを取りながらどうにか下着とジャージを履いた。

 半袖シャツは大きめのサイズで、包帯をしたままでもそのまま羽織ることができる。
 もらったときはへんな取り合わせだと思ったが、着替えやすい服を青木なりに選んでくれたのだと理解した。
 清潔な服に着替えたら、さっぱりして気持ちも落ち着いた。
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