98 / 112
第29章-2
しおりを挟む
「実家は横浜です。でも都内で仕事するときはウィークリーマンション借りてます。時間が読めないというか不規則なんで」
北京研修中に家族の話を聞いたことを思い出す。
父親が再婚して、家にはあまりいたくないようなことを言っていた。あれからすこしは関係改善したんだろうか。
「そうだよな、クライアント次第だもんな。観光案内とかもしてるんだっけ?」
「はい、たまに。中国にいる友人に頼まれてアテンドすることがほとんどです。だいたい買い物かディズニーか温泉かですけどね。買い物はつきっきりになりますけど、ディズニーと温泉は送り迎えだけなんでそんなにガイドすることもないんです」
「そうなんだ。なんか楽しそうだな。うちの仕事より観光客のアテンドのほうがいいなとか思わない?」
「私が対応するのはひと家族とか少人数のグループなんで手が回りますけど、ほんとのツアーガイドだと30人、40人を連れてなんで、とても無理だと思いますよ。毎日そんなんだとぶっ倒れそうです」
「確かに、一人二人でも手に負えないのにな」
食えない中国人に振り回されている青木がぼやく。
「上野はうちで働いてもらうから、観光ガイドなんかしてる場合じゃないぞ」
緒方が笑ってそれをいなした。
「高橋もひと月後くらいには北京勤務になるからな、そのつもりで。北京の準備室はそう長いこと使わないだろうから、あとの話は現地で進めてくれ。たぶん決まりになる」
「候補地、決まったんですか?」
青木がちょっと身を乗り出した。
今回の出張はそれが決まらずに振り回されたのだから、無理もないことだった。
「大連か瀋陽になりそうだな。おそらく大連の開発区で決まりだろう。高橋は南方ばかりに赴任してたから、北の寒さは大丈夫か?」
緒方のからかい混じりの問いかけに、祐樹は澄ました顔で答えた。
「わかりませんけど、なんとかなりますよ。哈爾浜の有本さんが聞いたらぬるいって怒られそうですけど」
大連か瀋陽か。
北方の地の暮らしぶりは想像つかないが、どこでも構わない。孝弘と一緒に赴任できるなら。
ひとまず準備期間は北京勤務、その後はプロジェクトの進行次第で大連か瀋陽に移ることになるのだろう。
うれしくて頬が熱い。
顔が赤いのを酔いのせいにできるのは幸いだった。
これからまだ会社に戻るという緒方に礼を言って、残された三人はどうする?という感じで顔を見合わせたが、帰国報告のため残業続きだったので二次会はしないということになり、その場で解散となった。
青木と別れて二人になった地下鉄のホームで、祐樹は孝弘に「すこし話をしたいんだけど」と声をかけた。
「もう一軒、どこかで飲んでいかない?」
祐樹の誘いに、孝弘はあまく微笑んだ。
二人のときにしか見せない、やわらかい表情に祐樹の胸がひとつとくんと鳴った。
「俺から誘おうと思ってたのにな」
すねた口調で言いながら、すっかり大人の余裕を身に着けて、まっすぐに祐樹を見る孝弘に目線が吸い寄せられる。
どうしよう。前はこんなふうじゃなかったのに。
病院で付添いをしている間に、孝弘のことをたくさん考えたせいか、それ以来どうも孝弘を意識しすぎているのだ。
「でも、俺、このあたりの店を知らないんだけど、祐樹のおすすめはある?」
孝弘のほうはふたりのときはすっかり名前呼びになっている。それなのに、意識しすぎて祐樹はそれもできないでいる。名前呼びに照れるほど子どもではないはずなのに。
「静かに飲めるバーは知ってるけど」
心臓がバクバクいうのがうるさい。
いまさらこのくらいのことで緊張するなんて。
そう思いながらなるべくさらりと聞こえるように、なんでもない顔を作って続けた。
「ゆっくり話をしたいなら、うちに来る?」
耳元で鼓動が鳴っているようだ。
孝弘にまで聞こえている気がする。
祐樹のセリフに孝弘はちょっと首をかしげて、困ったふうに笑う。
「それ、ちゃんと意味わかって言ってる?」
「…うん」
途端に、孝弘の目に強い熱がこもった。
祐樹は顔がさらに熱くなるのを自覚したが、年上の意地を総動員してどうにか平然とした顔をキープした。
お互いにどういうつもりかを目と目で汲みあって、孝弘が試すように目を眇めた。
祐樹はちいさく頷いてみせる。
「じゃあ、覚悟して」
孝弘が低くささやく。
頭のなかがじんとしびれた。
北京研修中に家族の話を聞いたことを思い出す。
父親が再婚して、家にはあまりいたくないようなことを言っていた。あれからすこしは関係改善したんだろうか。
「そうだよな、クライアント次第だもんな。観光案内とかもしてるんだっけ?」
「はい、たまに。中国にいる友人に頼まれてアテンドすることがほとんどです。だいたい買い物かディズニーか温泉かですけどね。買い物はつきっきりになりますけど、ディズニーと温泉は送り迎えだけなんでそんなにガイドすることもないんです」
「そうなんだ。なんか楽しそうだな。うちの仕事より観光客のアテンドのほうがいいなとか思わない?」
「私が対応するのはひと家族とか少人数のグループなんで手が回りますけど、ほんとのツアーガイドだと30人、40人を連れてなんで、とても無理だと思いますよ。毎日そんなんだとぶっ倒れそうです」
「確かに、一人二人でも手に負えないのにな」
食えない中国人に振り回されている青木がぼやく。
「上野はうちで働いてもらうから、観光ガイドなんかしてる場合じゃないぞ」
緒方が笑ってそれをいなした。
「高橋もひと月後くらいには北京勤務になるからな、そのつもりで。北京の準備室はそう長いこと使わないだろうから、あとの話は現地で進めてくれ。たぶん決まりになる」
「候補地、決まったんですか?」
青木がちょっと身を乗り出した。
今回の出張はそれが決まらずに振り回されたのだから、無理もないことだった。
「大連か瀋陽になりそうだな。おそらく大連の開発区で決まりだろう。高橋は南方ばかりに赴任してたから、北の寒さは大丈夫か?」
緒方のからかい混じりの問いかけに、祐樹は澄ました顔で答えた。
「わかりませんけど、なんとかなりますよ。哈爾浜の有本さんが聞いたらぬるいって怒られそうですけど」
大連か瀋陽か。
北方の地の暮らしぶりは想像つかないが、どこでも構わない。孝弘と一緒に赴任できるなら。
ひとまず準備期間は北京勤務、その後はプロジェクトの進行次第で大連か瀋陽に移ることになるのだろう。
うれしくて頬が熱い。
顔が赤いのを酔いのせいにできるのは幸いだった。
これからまだ会社に戻るという緒方に礼を言って、残された三人はどうする?という感じで顔を見合わせたが、帰国報告のため残業続きだったので二次会はしないということになり、その場で解散となった。
青木と別れて二人になった地下鉄のホームで、祐樹は孝弘に「すこし話をしたいんだけど」と声をかけた。
「もう一軒、どこかで飲んでいかない?」
祐樹の誘いに、孝弘はあまく微笑んだ。
二人のときにしか見せない、やわらかい表情に祐樹の胸がひとつとくんと鳴った。
「俺から誘おうと思ってたのにな」
すねた口調で言いながら、すっかり大人の余裕を身に着けて、まっすぐに祐樹を見る孝弘に目線が吸い寄せられる。
どうしよう。前はこんなふうじゃなかったのに。
病院で付添いをしている間に、孝弘のことをたくさん考えたせいか、それ以来どうも孝弘を意識しすぎているのだ。
「でも、俺、このあたりの店を知らないんだけど、祐樹のおすすめはある?」
孝弘のほうはふたりのときはすっかり名前呼びになっている。それなのに、意識しすぎて祐樹はそれもできないでいる。名前呼びに照れるほど子どもではないはずなのに。
「静かに飲めるバーは知ってるけど」
心臓がバクバクいうのがうるさい。
いまさらこのくらいのことで緊張するなんて。
そう思いながらなるべくさらりと聞こえるように、なんでもない顔を作って続けた。
「ゆっくり話をしたいなら、うちに来る?」
耳元で鼓動が鳴っているようだ。
孝弘にまで聞こえている気がする。
祐樹のセリフに孝弘はちょっと首をかしげて、困ったふうに笑う。
「それ、ちゃんと意味わかって言ってる?」
「…うん」
途端に、孝弘の目に強い熱がこもった。
祐樹は顔がさらに熱くなるのを自覚したが、年上の意地を総動員してどうにか平然とした顔をキープした。
お互いにどういうつもりかを目と目で汲みあって、孝弘が試すように目を眇めた。
祐樹はちいさく頷いてみせる。
「じゃあ、覚悟して」
孝弘が低くささやく。
頭のなかがじんとしびれた。
18
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~
結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】
愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。
──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──
長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。
番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。
どんな美人になっているんだろう。
だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。
──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。
──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!
──ごめんみんな、俺逃げる!
逃げる銀狐の行く末は……。
そして逃げる銀狐に竜は……。
白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。
【完結】余四郎さまの言うことにゃ
かずえ
BL
太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。
これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる