あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第22章-2

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 遊びならともかく、孝弘が求めているのはそういうつき合いじゃないんだろう。
 体だけのつき合いがしたいなら乗ってもよかった。でも孝弘が伝えてくる熱量は祐樹の予想を超えたもので、だから孝弘はだめだった。
 いつか来るかもしれない別れを予想しながらつき合えるほど、祐樹はもう無鉄砲じゃないのだ。男同士では将来的には不都合な場面が多々あるだろう。
 ストレートの孝弘にとっても、女性とつき合ったほうがいいに決まっている。
 本気でそう思うから、祐樹は孝弘を突き放した。そっけなく聞こえる声を意識する。

「ごめんね。セックスだけならいいけど、上野くんとはつき合えない」
 孝弘の顔を見ないまま、ベッドを降りて服を着た。
 そのあいだ孝弘はじっと祐樹を見つめていたが、何も言わなかった。部屋を出ようとしたところで、ようやく孝弘が口を開いた。
「5年前もそうやって逃げたよな」
 びくっと肩が揺れた。
 孝弘が過去のことを口にしたのは初めてだ。
 ドアの前で、祐樹は振り返らずに息を殺した。

「あの時、ずいぶん考えたよ。なんで最後に言うこときいてくれたんだろうって」
「……酔ってたんだ」
「嘘つき、そんなに酔ってなかっただろ」
「もう忘れた。5年も前の、一夜限りのことなんて」
「そう。それならそれでいいよ。でも今回は俺、諦めないよ。覚悟しといて」
 祐樹は黙って、ドアを開けて廊下に出た。

 孝弘の視線から逃れた途端、体から力が抜けて、その場にへたり込みそうになる。
 これでよかったんだ。
 言い聞かせながら廊下を歩いて三つ先の自分の部屋へ逃げるように入った。
 ベッドに座り込んだら、記憶が一気に押し寄せた。


 北京を離れる最後の夜。
 中秋節の満月の夜だった。


 酔って眠ってしまった孝弘を部屋に連れて帰った。
 連れ帰ったことに深い意味はなかった。
 最後に顔を見られて二人でいられて、祐樹はただそれだけでよかったのだ。

「はい、これ飲んでもう寝なよ」
 水の入ったグラスを渡すと、ぼんやり目を開けた孝弘は素直にごくごく飲んだ。
 窓の外に見事な満月がぽっかり浮いていた。中秋節のまるい月。
「ねえ、高橋さん」
 静かな声で、孝弘が呼ぶ。
 表情を見て、見かけほど酔ってないんだと気づいた。

 何かをこらえるようなかすかなため息。
 なに、とベッドに座っている孝弘のまえに立つと、孝弘は手を伸ばして祐樹の両手を握った。
「抱きたい」
 前置きもなしにストレートに求められて、祐樹は言葉を失った。
 孝弘は言い出さないだろうとどこかで高をくくっていたのかもしれない。
 好きだと告白されたけれど、それは勘違いだろうと思っていた。

 孝弘が立ち上がり、両腕を回してくる。
 きゅっと抱きすくめられて、不覚にも心臓が跳ねた。細身だけどしっかり筋肉のついた体だった。
 どくどくと耳元で鳴っているみたいに心臓の音が速くなる。
「欲しい、だめ?」
 本気を出せば逃げられるくらいの拘束に、逆に孝弘の本気を感じた。
 逃げないなら抱く、そう宣言された気分になる。

 こんなタイミングで。
 祐樹は目まぐるしく、どう返事をするか考えた。
 よりによって、きょう、今ここで。
 こんなことを言い出すなんて。

「抱いても、上野くんのものにはならないよ」
 祐樹の冷静な声にも、孝弘は落ち着いていた。
「それはわかってる」
 賭けてたんだとつぶやいた。
「寝たふりしてて、きょう、安藤さんが連れて帰ってくれたらこれでもう会わない。でももし、高橋さんが部屋に入れてくれたら、欲しいっていう。そう決めてた」
 孝弘の静かな告白に、祐樹はそっかと返した。

 もういいか、こうなるようになっていた、そう思っても。
 何度も拒絶して離れようと努力したのに、会うことになってしまった。どちらも連絡をしないでいたのに、会う状況ができてしまった。
 でももうこれが本当に最後だ。

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